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具現化した炎4


『エグゼキューター。三神、エグゼ、聞こえるか』エマ・レッドフォード少佐の声が通信で入る。『3分でいい、耐えろ。それだけ持ちこたえてくれれば、こちらで支援を開始する』

「了解した。エグゼ、電子戦闘を開始しろ」

「電子戦開始。ジャミングスタート」エグゼが短く返答する。

 眼下に燃える空を置きながら旋回する。ゆっくりとペダルを踏み込み、加速度的に上昇を続ける機体をコントロールする。波を打った海水を思わせる炎がカルォーシュアの空中要塞を焼く。中心部にイフリエスと呼ばれた機体がいるのは、拡大されノイズを取り除かれた映像に出ていることでわかる。しかし、接近は難しい。

 炎の支配者。そう呼称するのが相応しいだろう。

 兵器の射出用スイッチのカバーを親指で弾き、取り外しながら、今度は一息にペダルを踏み込む。空間投射されたディスプレイからジャミングサインが出ている。エリアはエグゼキューターを中心とした半径25メートル圏内に限定されている。即時戦がこちらとイフリエスを見失わないためだ。そのおかげで精度は高まっていた。

 機体から走射された妨害フィールドは物体を反射し、それをセンサで捉え高度演算処理システムが位置を把握する。溶けた地形や炎をも同時処理し、リアルタイムで変化した状況をマッピングする。

 瞬間加速したエグゼキューターはちょうど敵機の後ろに回り込んだ。ペダルから足を浮かし、今度は急減速。左手で空間上のディスプレイをなぞりスロットから兵器を選択。今回はドックから離脱時に使用した歪曲レーザーで決定する。兵器名、テュポーン。

「歪曲位置、セット、レディ」とおれ。

「ポイント24mff94Dから24mfN11s。セット、オーケイ」

 射出スイッチを右手の親指で押し込む。機体後部で回転を続ける歯車が速度を増し、青白い燐光を収束させ幾筋もの光線へと変換、システムはエンコード正常を示している。

 まずは、敵機を囲っている炎を吹き飛ばす。

「レーザー、着弾を確認。〈ギア・エンジン〉正常回転中」

 青い光線が台風のように旋回し、爆炎を散らしていく。

 

 舞い散る火の粉の中に、奴の姿が見えた。


 高熱で揺らめく機体の額部分に、文字が見える。注視するおれの視線をシステムが理解し、自動的に拡大を行う。ノイズ除去された映像に〈IF-RE-es〉。そう書かれている。

 魔神の顔がこちらを捉えた。視線が交錯した――それを理解した瞬間には、機体の正面に炎をまとって出現している。

 イフリエスの腕がこちらの翼を砕いた。破片をばらまきながら、おれはペダルを思い切り踏み込み離脱を図る。雲を貫通し音を置き去りにした。レーダー上で離れたことを確認してから、自分の上にいるエグゼに叫ぶ。

「どういうことだ、エグゼ。奴は瞬間移動したのか」

「高速移動の片鱗は見られませんでした。空間解析レーダーにも変異は認められません」

「ワープなどの移動ではなそうだな。解析しろエグゼ」

「了解しました。その前に破損した部分を含め、飛行ユニットをパージします」

 再度、加速した機体の後方に紅蓮の騎士が迫ってくるのが見えた。かなり速いがエグゼキューターほどではない。むしろ驚くべきは、この機体だ。翼を破壊されたにも関わらずバランスをほとんど崩していない。通常飛行だとすら思える機動だ。

 ステータスモニタが出現し、翼部分とバーニア部分が赤く点滅する。パージの合図だ。こちらに許可を申請している。

「飛行ユニットの排除を許可。リリース、ナウ」

 戦闘機であれば致命的なパーツ群をすべて取り払う。あとを追ってきていたイフリエスにそれらは直撃し、微かではあるが速度を落とさせることができた。

 エグゼキューターが空中で変形する。機体上部にあった不自然な膨らみはサイドへと移動し、フレームが固定される。それは大きなショルダーシールドだった。さらに、その中からそれぞれ腕が出現した。偽装に使われていた部分は弾け飛び、足があらわになる。ここまでくれば、それがどんな形をしているのか予想できた。

 ステータスモニタに目をやる。そこには人型の〈ギア〉が存在していた。

 ずんぐりとしたアーマー・ナイトを思わせる機体。背中には後光を受けるように〈ギア・エンジン〉と呼ばれた歯車が浮いている。

「敵機、接近」とエグゼが警告する。「少佐が定めた時間まで、カウント40」

「了解。撃破の必要はないな」

「イエス・マイ・ロード。短距離ライフルの使用を提案します」

「武装を選択する。残念ながら射撃の腕はない。システムに補正させてくれ」

「イエス、オートロック。システムにて支援します」

 機体の背中に装着されていたスロットが開放される。機体を急反転。手に持ったライフルを対象に向ける、システムが自動補正でロック。照準は機械的に行われた。発射タイミングはおれに譲渡されている。しかし、またもや不自然な現象が起きた。

 イフリエスが目の前にいる。灼熱をまとった手がこちらの腕を握りしめた。異音を立て、ひしゃげる。肘から先がちぎれ、もぎ取られた。瞬時に鋼鉄と思われる腕が融解を始め溶けて滴り落ちていく。

 ――どこから来ているんだ、あの、化物は。

 心の中で絶叫する。まるで幽霊だ。

「初期分析終了」

「なにがわかった、エグゼ」

 藁にもすがる思いで問いかける。

「対象の機体は炎に変換されているようです。一時的に固体ではなくなっています」

「ギアは、そんなことすら可能なのか」

「わたしも初めて確認をしました――敵機、再び炎へ変換。当機の周囲を移動中。これでは敵機を攻撃できません」

「それは……」

 おれの頭の中はパニックに陥っていた。

 炎の支配者・イフリエス。想像を超える能力を持っていることは、比較対象であるエグゼキューターからも理解できた。しかしこれほどの性能を持っているとは夢にも思わなかった。

 少なくとも同種の機体。それぞれ特化した部分はあるにせよ、対抗可能だと、そう考えていた。甘かった。自分の楽天的な、希望的観測に失望する。ここまで差が開くなんて……機体が悪いとは思わない。おそらくパイロットの能力の違いだろう。

 カウントは残り19を示している。あと、残り僅かだ。ただで撃破されるわけにはいかない。

「エグゼ、可能な限りでいい、対象の現出時間を予測しろ」

「了解しました」

 エグゼとシステムが演算を始める。おれはレーダーと肉眼を使って周囲の炎に意識を集中させた。決して、相手は姿が消えているわけではない。ただ見えにくいだけだ。うねる火は確認できている。

 三次元マッピングされているモニタにいくつかの光点と、それを中心に水紋のようなアクティブ・ソナーが展開される。いままさに、相手の行動を予測しようとしていた。ジャミングも変わらず作動しており物体が現れれば即座に反応可能だった。ときおり、機体の横を炎が舐める。位置を掴みかねている、電子攻撃が効いている証拠だ。

 複数あった光点が次第に数を減らしていく。それを横目に、ペダルを中程度踏み込みカルォーシュアに向けて前進する。

 カウント10。左右のレバーを操作し機体を急速反転させる。感覚はバイクのハンドルに近かった。正面に大容量の熱が迫っている。モニタには重度の危険を示すアラート・サインが猛烈な勢いで赤く点滅しているが、無視する。

「エグゼ」叫ぶ。「全力で防御しろ」

「了解」

 エグゼキューターの周囲に青白い光の膜が広がり、爆炎と激突した。

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