短編・私がルールだ
SA-3228、名の無い私を他の何かと区別するための識別番号だ。
私が産みの親――、創造主から課せられた命令はただ一つ。『世界に蔓延る悪意の完全一掃』。
創造主はこの世の悪を憎んでいた。私利私欲で簡単に尊き命を奪う卑劣漢、それらが我が物顔で居座っているのを知りながら、自身の利益や保身の為に手を下さない政治家や警察組織。考えや信じる物の違いだけで、血で血を洗う争いを止めぬ愚か者たち。何もかもにうんざりしていたのだ。
他人任せや時間の流れでは、人々は間違いに気付かず、幸せになることも出来ない。故に私は作られたのだ。
私はそれを遂行するに十分な能力を与えられた。核シェルターの扉をも一発で穿つ腕力脚力。斯様な攻撃を受けても瞬時に再生する流体の合金。地球を半日で一周可能な素早さ。世界中の電波や有線無線の情報を読み取り、如何なるセキュリティも突破する能力。世界のどんな人間も機械も、私に勝つことは不可能だろう。
殲滅の際、私には主から三つのルールが与えられている。
一つは『悪と認識した者は、どんな手段を用いても確実に始末する』こと。基本だ。
二つ目は『悪と関わりを持った人間は、たとえどのような者だろうと排除する』。やればやり返される、これは自然の摂理だ。憎しみの連鎖が復讐の炎を燃やし、新たな悪の火種になりかねない。それは女子どもだろうが関係ない。
そして三つに『悪を一掃するまでは、絶対に破壊されてはならない』。平和な世界が出来上がるまで、私はこの世界に存在し続けなければならない。
平和の為の孤独な戦いが始まった。私は悪党を殺してその家族をも始末し、その交遊関係まで洗って徹底的に殺し続けた。それが主の願いであり、平和に続く道程なのだ。
私のやり方を残酷過ぎると非難する者がいた。しかし私が世界中を飛び回り、悪漢たちを目に見える形で消し続けると、そのような声は次第に失せていった。
悪党たちが互いに手を取り徒党を組んで襲ってくることもあった。幾度銃弾の雨を浴び、何度吹き飛ばされたか分からない。だが、それでも尚平然と向かってくる私に対し、反抗する気が失せたのか、彼らは戦うことよりも逃げることを選んだ。
私を救世主と崇め、祭り上げる者も現れた。教祖と目される男が過去に似たような手口で金を巻き上げていたことを知り、私が直接手を下すと共に、そうした活動は急速に沈静化していった。
開戦から数年が経ち、世界の人口は数年前の約半分となっていた。甲斐あってか、悪とされる存在はその殆どが姿を消し、我が創造主が夢見ていた理想の世界が出来上がりつつあった。
ある日、私の元に機械兵士の艦隊が押し寄せてきた。この手の悪は完全に始末したと思っていたが、まだ生き残っていたのか。
頭目はどうやら科学者らしい。山のように大きい鉄の巨人や、見たことのない重火器が私の行く手を阻んだが、どれも私の敵ではなかった。
乗り込んできた私に対し、頭目は全く抵抗せず、両手を上げて投降してきた。その時初めて男の顔を見る。この顔には見覚えがあった。私を造りし創造主だ。
こめかみに銃口を向けられた主は、私が聞くでもなく様々なことを口にした。自分は武器を作って売り歩く死の商人で、これまで倒してきたロボットは皆、主の商品であること、主は本当は世界平和など望んでおらず、むしろ私に争いの火種を産ませ、自身の商品を売り付けたかったこと――など、など。
やめてくれ、私はお前の開発者だ。お前の親も同然じゃないか。主は震える声で私に救いを求める。だが、私のルールを決めたのはあなた自身だ。たとえ産みの親だろうと、悪は許されるべきではない。私は引き金を引いて主の頭を吹き飛ばし、赤黒い脳漿に変えた。
巨悪は去った。だが、私も悪の仲間だと分かった以上、自分自身を始末しなくてはならない。そうでなければルールその二・「悪と関わった者は何であろうと始末しなくてはならない」に反してしまう。
だが、自分で自分を破壊する事は出来ない。私という「悪」がこの世に存在する以上、ルールその三・「悪を一掃するまでは、絶対に破壊されてはならない」 が適用されてしまう。
かと言って破壊を止めることは出来ない。ルールその一・「悪と認識した者を絶対に始末する」に干渉してしまう。ならばどうする。自分以外の誰かの手を借りる他無い。
私は世界を巡り、私を破壊できる者を探し回った。引き受けてくれる者は大勢いたが、この体に傷を付けられる者は誰もおらず、ルールその二と三が干渉し、多くの善人が命を落とした。
そのうち、引き受けてくれる人間は誰も居なくなった。人々に私を壊す理由を与えるべく、私は争いの火種を世界中に撒き、数多くの善人の命を奪った。
私は世界中の人々から恨まれた。私に対する殺意と憎しみは、あっという間に世界を覆い尽くした。
世界は再び、止めどない悪意によって包まれた。
きっかり二千文字でまとまった……かな。
こういうアイデアをふと思いついて、忘れないうちに書いたらこうなったという典型的な例です。
なんかこう、正義とか悪とか以外で笑える話を書きたい。