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その竹刀で守るべきもの

作者: koo

初めて投稿です よかったら読んでください

 夏の県大会剣道競技、ベスト4をかけた準々決勝。大将戦。スコアは同点。3年間の集大成の試合。俺

はまさに試合に臨むべく歩みだした。心の中にはここに至るまでの万感の思いがあった。



 名門剣道部として県内では名の知れたこの伝統校。中学まで弱小剣士だった俺は、先輩方の勇姿に憧れ3年前剣道部の門を叩いた。全国大会常連校、名監督、手厚い保護者会。俺もいつかは先輩のように強く、後輩から憧れられる先輩に・・・。


 甘かった。近年まれにみる程選手層の薄いたった3人の同学年。一人は不良、一人は初心者。それに加え決して強くはない俺。状況は悪かった。しかし、それでも諦めたくなかった。強くなりたい一心で厳しい稽古に耐えた。目標はもちろん「全国制覇」。武道場にはそう書かれた横断幕がかかげられていた。


 3年になり主将になった。輝かしい先輩たちの成績に恥じない成績を残したい。その思いは人一倍だった。だが、そんな思いとは裏腹に待ち受けていたのは厳しい現実だった。試合に出ればまさかの1回戦敗退。10連覇のかかった試合でも予選リーグ敗退。礼儀の正しい学校に贈られる作法賞を5年ぶりに逃す。俺たちの代でことごとく伝統は壊された。まさに不名誉キャプテン。きっと後々まで語り継がれることになるだろう。


 「落ちぶれ世代」 ある意味予想できたことなのかもしれなかったが、改めてその現実を目の当たりにした時、無力さ、何より自分の考えの甘さを痛感した。俺が剣道部に入ったこと自体間違いだったのか?強くなりたいなんてただのうぬぼれに過ぎず、夢で止めておくべきだったのか・・・。夢は見るべき実力を持った奴が見るものなのか・・・。


 苦しい日々が続いた。試合で結果は出ず、チームの士気は低下。保護者からの厳しい罵声。それでも必死にもがいた。いや、主将という立場である以上逃げることはできず俺はやるしかなかった。数々の伝統をぶち壊し、保護者が敵に見え、監督すらも諦めの眼差しを差し向けているのを感じた。


 結果は出ないまま時は経ち、ある日夏の県大会の前哨戦と言われる大会があった。大会前に壮行式があり、主将は保護者に向かって挨拶をしなければならなかった。弱いながらに自分たちの目標はいつも「優勝」だった。それを目指すのが今までの伝統であったし、目標を下げるなんてことは考えられなかった。しかし、今回俺はそれに抵抗した。目標はベスト4と言ったのだ。それは俺たちの実力を考え、闇雲に優勝と言っても余計な気負いが生まれ、良い影響はないと考えた結果自然と出た目標だった。ある保護者がこう言った。「ベスト4が目標なんて、そんなことだからあんたたちは勝てないんだよ」。試合前のチームには厳しく、とても痛い言葉だった。やりきれない思いを胸にしまい込み、試合へ向かった。


 試合の結果俺たちは目標のベスト4という結果だった。一人一人が自分の実力を見極め、それに応じた試合ができた結果だった。先輩に言わせればこれはきっとダメな結果だろう。とても堂々と言える結果ではない。だがチーム内にはささやかだが今までにない達成感と充実感が漂っていた。チームとして少しずつだが確実にまとまりを見せている。嬉しい反面俺の頭の中には壮行式での保護者の厳しい言葉が残っていた。


 帰り際、親父の車に乗った俺は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。壮行式ではもちろん親父も来ている。俺が目標を下げたことで1番肩身の狭い思いをしたのはきっと親父だろう。厳格な親父だからきっと何か文句を言うに違いない。そんな思いもあり俺はずっと黙ったままだった。しかし親父からの言葉は意外なものだった。「朝の挨拶だけど、俺はよかったと思うぞ。あれはお前が冷静にチームを見れた結果だ。そのせいかいつもよりみんな力が抜けていい剣道をしていた。大きい目標を立てればいいってもんじゃないからな。」嬉しかった。いつも結果が出ず試合から帰っては説教をくらっていたが、やはり1番見てくれているのは親父だったんだな。そう思うと自然に力が湧いてきた。どんなに周囲が批判しようと必ず誰かが本質を見てくれるんだ。


 俺はそれから様々なことを考えた。


 伝統ってなんだ。強さってなんだ。結果さえ出れば周りの人間や先輩方は満足するのか。それを守り抜くのが伝統なのか。じゃあそれを守りきれなかった奴はダメ人間てやつか。違う。伝統ってのは結果や実力じゃなく何かを守ろうとする気質そのものなんだ。結果が出なかったから伝統が守れなかったなんて言う先輩は本当は伝統なんてわかっていないんだ。結果が出てしまうからきっとそんなこと考えなかったんだな。実力者や英才教育ばかり集まってもだめなんだな。負けを知らないから平気で誰かを批判する。さも正論のようにおかしなことを言う。だから伝統を伝えるのって難しいんだ。だとしたら今の俺ができることは・・・数々の伝統をぶっ壊し、負ける苦しみをともに味わったまるで野武士の集まりと言える品のないこのチームで・・・品のあるどこぞのお坊ちゃんたちにどれだけ泡をふかせられるか試してみることだけだ。



 夏の県大会剣道競技、ベスト4をかけた準々決勝。はっきり言ってここまで来るのも苦労した。予選リーグ格下にまさかの引き分けをくらい1度突破を諦めかけたがなんとか這い上がった。1度死んだ身だ。だがそれもむしろ自分たちらしくて誇らしい。


 大将戦。スコアは同点。3年間の集大成の試合。相手は・・・優勝候補の一角。ここまでピンチもなくスムーズに勝ち上がってきた。いかにも体格が良く、道着、防具の着こなしも完璧な県内屈指の選手。


 相手にとって不足なし。いざ参らん



 

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