第4話:(後編)廃都に響く心の鼓動
重厚な金属音が、静まり返った玉座の間に響き渡る。
地下から這い出してきたのは、かつての魔導文明が遺した自律防衛兵器『センチネル』。青白い魔力光を瞳に宿した鋼鉄の巨像たちが、無機質な殺意を湛えてエルたちを包囲していく。
「……くっ、数が多いわね!」
エレナがいち早く正気に戻り、床に落ちた弓を拾い上げる。だが、放たれた光の矢はセンチネルの強固な装甲に弾かれ、火花を散らすだけだった。
「物理無効の魔力結界!? 嘘でしょ、これだけの数相手に……!」
「ルミナさん、戦えますか?」
エルが傍らの少女に問いかける。しかし、ルミナはエルの腕にしがみついたまま、激しく首を振った。
「無理よ……、無理……! 剣に戻ったら、またあの中(闇)に戻るみたいで……怖い。アンタの声が聞こえなくなったら、私、今度こそ消えちゃう!」
ルミナの瞳には、かつて世界を呪った傲慢さは微塵もない。あるのは、初めて「生」を実感した者が抱く、根源的な死への恐怖だった。
センチネルの一体が巨大な鉄拳を振り上げる。標的は、動けないルミナと、彼女を庇うエルだ。
「危ないっ!」
エレナが叫ぶ。だが、エルは逃げなかった。
彼は逃げるどころか、震えるルミナの頬を、自分の小さな両手でそっと包み込んだ。
「ルミナさん、僕を見てください」
エルの声は、戦場とは思えないほど穏やかで、澄んでいた。
ルミナが恐る恐る顔を上げると、そこには慈愛に満ちた、少年聖騎士の瞳があった。
「君はもう、孤独な道具じゃありません。僕の『心』の一部なんです。君が剣になっても、僕の手のひらを通じて、僕の心音(鼓動)は君に届き続けます。……約束したでしょう? ずっとそばにいるって」
その言葉は、ルミナの魂の深奥にまで浸透した。
エルの手のひらから伝わる温もりが、彼女の凍てついた恐怖を溶かしていく。
「……本当? 本当に、離さない?」
「はい。君を振るう時、僕は君の痛みも、喜びも、全部共有します。だから、僕を信じて、君の『真実の姿』を預けてください」
ルミナの赤い瞳に、強い光が戻る。
「……ったく。アンタって、本当に……人使いが荒いんだから!」
ルミナの体が純白の光に溶け、エルの手の中で一振りの大剣へと回帰する。
先ほどまでの重苦しい呪気は一切ない。エルの魔力と共鳴し、清らかな聖光を纏った『断罪の聖大剣』。
「――【執行相】、全出力解放!」
エルの背後に、光の粒子で形成された四枚の翼が展開される。
ショタと見紛うほど小柄な少年が、自分よりも大きな大剣を軽々と一回転させ、凄まじい風圧と共に踏み出した。
「エレナさん! 矢に僕の光を乗せます、合わせてください!」
「ええ……やってみるわ!」
エルが大剣を横一文字に薙ぐと、溢れ出した聖光が波となってエレナの弓に吸い込まれていく。
エレナが放った一本の矢は、エルの光を纏うことで巨大な光の杭へと変貌し、先頭のセンチネルを装甲ごと貫き、一撃で沈黙させた。
「すごい……。これなら行ける!」
エレナの瞳に希望が宿る。彼女は夫を失って以来、初めて「誰かと共に戦う」ことの昂ぶりを感じていた。
エルは翼を羽ばたかせ、空間を縦横無尽に駆け抜ける。
センチネルの死角へ回り込み、聖剣となったルミナを叩きつける。
『――いいわよ、エル! アンタの魔力、最高に気持ちいいわ! もっと注ぎ込みなさい!』
脳内に響くルミナの快活な声。それは道具としての叫びではなく、パートナーとしての歓喜だった。
最後の一体となった巨大な守護像に対し、エルは空中で大剣を上段に構えた。
「これで、終わりです! ――光の理よ、全ての拒絶を断ち切り、明日への道を拓け!」
一閃。
黄金の閃光が玉座の間を真っ二つに割り、センチネルは爆散した。
爆風と共に霧が完全に晴れ、廃都の夜空には、今度こそ一点の曇りもない満月が輝いていた。
戦闘が終わると同時に、ルミナは再び実体化し、力尽きたエルの胸へと飛び込んだ。
「やったわね、エル! 私たち、最強じゃない!」
「……ええ。ルミナさんが、頑張ってくれたおかげです……」
エルはルミナを抱きしめたまま、その場で静かに座り込んだ。
「……お疲れ様。エル、そして……ルミナ」
エレナが歩み寄り、二人の前に屈んだ。
彼女の表情からは、先ほどまでの鋭い憎悪は消えていた。代わりに浮かんでいたのは、困惑と、そして自分でも制御しきれないほどの「羨望」だった。
「夫ができなかったことを、あなたはやってのけた。……認めざるを得ないわね。あなたは、私たちが知る勇者とは、別の意味で『光』そのものなのだわ」
エレナはそっと手を伸ばし、エルの白銀の髪に触れた。
その手の震えは、もう止まっていた。
「エレナさん……。一緒に、来てくれますか? 世界の危機を止めるために」
エルのまっすぐな勧誘に、エレナは自嘲気味に微笑む。
「私に拒否権なんてあるかしら? こんな小さな聖者に命を救われて、そのうえ、こんな眩しいものを見せつけられたら……もう、放っておけないわよ」
こうして、廃都の呪いは晴れ、少年の元には一振りの聖剣と、一人の未亡人が加わることとなった。
一行が廃都の門をくぐり、朝日が昇る地平線へと向かおうとした、その時。
崩れた門柱の上に、一人の少女が立っていた。
星空を映したような髪をたなびかせ、無機質な瞳で一行を見下ろす『時空の案内人』セレス。
「……第一の特異点、収束を確認。運命の歯車は、わずかに歪み始めた」
彼女の声は風に乗ってエルに届く。
「でも、気をつけて、エル。愛が深まるほど、あなたの『聖刻』は、あなた自身を焼き尽くしていくのだから……」
不穏な予言を残し、少女の姿は霧のように消え去った。
エルの右手の甲の聖刻が、一瞬だけ、疼くように熱を帯びた。




