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三相の聖刻騎士と呪われし乙女たち ―ショタ聖者が「装備変更不可」の呪具ヒロインを愛して救うまで―  作者: 寝不足魔王


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第15話:亡霊の森に降る雨

 幽霊樹が浄化の光の中に消え去り、迷いの森を永きにわたって支配していた呪いの霧は、跡形もなく霧散した。

 厚い雲の隙間から、祝福のような朝の光が差し込み、湿った土の匂いと、芽吹く生命の息吹が森を満たしていく。


「……ん、……お兄ちゃん?」

 エルの膝の上で、プラチナブロンドの髪を揺らしながらベルが目を覚ました。

 彼女は実体化した姿のまま、エルの胸元に顔を擦り寄せ、ふにゃりと締まりのない笑みを浮かべる。


「おはようございます、ベルさん。……よく眠れましたか?」

「うんっ! ベル、こんなにぐっすり眠れたの、何百年ぶりかわかんないです。……ねぇ、お兄ちゃん。もう、どこにも行かない? ベルを、置いていかない?」

 ベルはエルの首に細い腕を回し、甘えるように問いかける。その瞳には、かつて世界を呪った絶望の欠片もなく、ただ一人の少年を慕う純粋な光だけが宿っていた。


「はい。約束ですよ。君はもう、僕の大切なパートナーですから」

 エルが優しくその頭を撫でると、ベルは「えへへ」と声を上げて喜んだ。


「ちょっと! そのちびっ子、いつまでエルの膝を占領してるのよ! 交代しなさい!」

 ルミナが頬を膨らませて割って入る。

「……ダメ。……ベル、賢いけど、ずるい。……お兄ちゃん呼び、卑怯……」

 ミスティもバイザーを上げて、ジト目でベルを牽制する。


「ふふーん。お姉ちゃんたちは、お兄ちゃんと『合体』して戦うだけでしょう? ベルはね、お兄ちゃんの『頭の中』までお掃除してあげられるんだから。格が違うんですぅー!」

 ベルはエルの胸元でふんぞり返り、小さな胸を張った。

 呪具『追憶の銀首飾り』としての彼女の能力は、エルの魔力を増幅させ、広域の索敵や精神防壁を構築する「管制官」の役割。これまでの力押しではない、戦略的な戦いが可能になった証でもあった。


 賑やかな少女たちのやり取りを、少し離れた場所で見守る影があった。

 エレナだ。彼女はかつて夫が倒れた場所――今はただの穏やかな木陰となったそこへ歩み寄り、静かに膝をついた。


 彼女の手には、夫の遺品である、古びた金色の髪留めがあった。

 十年間、肌身離さず持ち続け、彼女を「未亡人」という過去に縛り付けてきた呪縛。


「……勇者様。……いいえ、あなた」

 エレナは静かに微笑み、その髪留めを、柔らかな土の上にそっと置いた。


「私は、あの子と行きます。あなたの影を追うためではなく、あの子の隣で、新しい明日を見るために」


 エレナが立ち上がり、結んでいた藍色の髪を解いた。

 さらりと風に流れる長い髪。それは、過去の亡霊と決別し、一人の女性として、そしてエルの守護者として生きる決意の表れだった。


「エル様、お待たせいたしました。……さあ、次の街へ向かいましょう」

 歩み寄ってきたエレナの表情は、これまでにないほど晴れやかで、眩しい。

「エレナさん……。はい、行きましょう!」


 森を抜け、街道へと出た一行。

 だが、そこで彼らを待ち受けていたのは、予期せぬ「現実」だった。


 前方から響く、整然とした馬蹄の音。

 現れたのは、白銀の甲冑を纏った騎士団と、聖教会の紋章が刻まれた豪華な馬車だった。


「止まりなさい、旅の者たちよ」

 騎士団の先頭に立つ女性が、冷徹な声を放つ。

 彼女は法衣の上に銀のプレートを重ねた、聖教会の直属部隊『異端審問局』の審問官だった。


「私は聖教会、第四審問官のテレーザ。……そこの少年。あなたの右手の甲にあるのは、もしや『失われた聖刻』ではありませんか?」

 テレーザの鋭い視線が、エルの右手を射抜く。

 エルは反射的に手を隠そうとしたが、隣にいたベルが「っ……! 嫌な魔力です」とエルの背後に隠れた。


「……左様です。僕は、呪具を浄化するために旅をしています」

「浄化、ですって? 呪具は教会の管理下に置かれるべき聖遺物。それを個人が、ましてやそんな年端もいかぬ子供が所持するなど、不敬にも程があるわ」


 テレーザの背後で、騎士たちが一斉に剣を抜く。

 不穏な空気が街道に張り詰める。

「待ちわびていたわ、エル。あなたの『光』は、もはや隠し通せるほど小さくはないの」


 一触即発の事態を救ったのは、遠くの街から聞こえてきた教会の鐘の音だった。

「……チッ。今日はここまでね。ですが、覚えておきなさい。あなたの持つ力は、いずれ教会の……神の御名の下に回収されることになります。精々、今のうちにその『おもちゃ』たちと遊んでおくがいいわ」


 テレーザは嘲笑を残し、騎士団を連れて去っていった。

「……あいつ、何よ! 私たちを物扱いして……!」

 ルミナが激昂するが、エルはただ静かに、感覚の失われつつある右腕を握りしめていた。


 森を抜けた先に降る、静かな雨。

 その雨粒に打たれながら、エルは実感していた。

 呪具を集めるということは、魔物だけでなく、人間という名の欲とも戦うことなのだと。


 遠くの丘の上。

 雨に濡れるセレスが、古文書の新たなページをめくった。

「……三つの絆。けれど、彼の器は既にひび割れている。……エル。あなたは、自分自身が壊れる前に、全ての乙女を救えるのかしら」

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