白い結婚サービスのご利用ありがとうございます。契約期間は一年でお願いします。
「……え?」
先日婚姻が成立し私の旦那様となったパトリック・ガルシア侯爵が目を丸くしてこちらを見ている。
聞き取れなかったのだろうか、営業スマイルはそのままに、もう一度頭を下げる。
「白い結婚サービスをご利用いただきありがとうございます。説明を省きまして大変失礼しました。ガルシア侯爵領の経済、農地、街の労働、そのほか様々な情報を事前に調べさせていただきました。それらのデータをもとに、領地経営を軌道に乗せるまでに必要な期間を最大一年とさせていただきたく……」
「まて」
話を続けようとするガルシア侯爵は片手をあげて制した。その顔には明らかな困惑の色が見える。期間になにか不満があるのだろうか。
「……長いでしょうか?」
確かに多めに見積もった期間である。もとよりほとんどの産業が上昇傾向の土地だ。経営がうまく回り始めたのであろう。寒さ厳しい北部の特徴をよく知り、有効活用していると感じる。ガルシア侯爵の評判は領民や周辺の貴族、商人からも非常によく、彼なら私がいなくても問題ないことはわかっているはずなのに、なぜ私に婚約を申し込んだのかと聞きたくなるレベルだ。
彼の力も考慮に入れればもう少し結婚期間は短くてもいいかもしれない。
「今後の発展スピード次第では短くすることも検討できますので!」
「もっと短くなるだと!?」
ガルシア侯爵が叫び声とも取れそうな大きな声を出した。契約期間が短くできるのはお互いに好都合だろう。そう思って私は笑顔でうなずく。ガルシア侯爵は何やら気まずそうな変な顔をしていた。
「……エレーヌ嬢」
「婚姻したのですもの、エレーヌで構いませんわ」
言いにくそうに私の名前を呼んだガルシア侯爵にそう答えると、なら自分もパトリックと呼んでくれと言われた。以前の依頼者にはそんなこと言われたことがなく、新鮮だった。
「そうさせていただきますわ。パトリック様」
旦那様を名前で呼ぶのなんて最初の婚姻以来だ。少し照れくさくも感じるが、依頼人と請負人の立場よりもぐっと近くなったようでいい。そんなことを考えている間も、パトリック様はあーだとか、うーだとかうなりながら何か考えているようだった。銀色の髪を指先でつまんでは離しを繰り返している。
「……私は君に求婚した。そして君はそれを受け入れてこの地に来てくれた。それで間違いはないか?」
「えぇ、間違いありませんわ」
「それでは、白い結婚とは……?」
「えぇ、サービス終了後に円満に離縁するために白い結婚は絶対条件とさせていただいていますわ」
「えっ!?」
また大きな声を出すパトリック様。すぐ後ろについている従者の肩が先ほどから小刻みに震えている。雇い主がこんな短時間に2回も叫んでいるのだ。抱える恐怖はよくわかる。急な挙動不審。彼は思ったよりも精神面で不安定なのかもしれない。私の想定以上に領地の経営は厳しいのかもしれない。
私も困惑しているのに気が付いたのか、従者は肩を震わせたままパトリック様に耳打ちをする。本来であれば私がすべきところを気遣わせて申し訳ない。
パトリック様は従者の話を聞きながら数度頷き、少し落ち着いたようだった。
「……すまない。長旅で疲れただろう。ゆっくり休んでくれ」
「ありがとうございます。では明日より視察を始めさせていただきますわ」
「え、いや、しばらくは屋敷の中でゆっくり……」
「お気遣い痛み入ります。ですが少しでも早くお役に立ちたいのです。ご理解いただけますと幸いですわ」
私の答えにパトリック様は何やら悩むそぶりを見せたが、すぐ了承を口にした。
「では失礼します」
「あぁ……また明日」
部屋を出てメイドの案内で自室を目指す。手入れの届いたきれいな屋敷だ。今までの屋敷は薄汚れでもきれいな方で、蜘蛛の巣が張っているところも多くあった。
廊下のどこかから笑い声が聞こえてくる。使用人たちの休憩もしっかりとれているようだ。
ますます、自分に求婚した理由がわからない。
*******
翌日から私の北部ガルシア領での生活が始まった。
商人と話をしたり、領内の職人たちの工房をみたり、 慌ただしくなると思っていた毎日だったが、意外にもとても穏やかな日々が続いている。パトリック様は細かく気を使ってくれ、会うたびに一言二言言葉を交わしていた。
「エレーヌ、今日食事を一緒にどうだろうか」
「パトリック様、申し訳ないのですが今日は商人たちとの会食がありまして」
「わかった、またの機会にしよう」
その後、本当にまた誘いが来て今では朝食は毎日、そして週に一度以上夕食を共にしている。
「エレーヌ、新しいドレスを見に行かないか? 街に腕のいいお針子の店があって」
「あぁ、そこなら先日伺いました。本当に素晴らしい技術です。店主の女性も後進育成に意欲的な方で、従業員たちの技術もどんどん上がっていくでしょうね」
「そうだな、期待しているんだ」
この話のあと領内の視察にはパトリック様が一緒についてきてくれるようになった。予定外のものも多く見ることができて、最近は楽しすぎてはいないかと不安になる視察になっている。
「エレーヌ、今年の麦は豊作のようだ。甘い菓子などは好きか?」
「そうなのですね。どうやら西の農地は天候不良で収穫量が伸びなかったようです。王都に売り込むチャンスですわ!」
「……そうだな」
今年の麦が豊作だったのも追い風となり、経営はより強固なものになっていた。
「パトリック様はなぜ私に依頼したのかしら?」
ここに来て半年以上が過ぎた。契約期間も残り少しである。
豊かな麦畑を一望できる丘、そこで視察と称してお茶を飲みながら私は疑問を口にする。
「どこに経営的問題があるのかわからないのよ」
若干コストの高い事業がいくつかあるがそれは今後への投資ということで理解する範囲だし、税収も右肩上がり、なぜ私と結婚しないといけなかったのかわからない。
「……経営の立て直しをお願いしたかったわけではないかと」
ドゥニがそう言って穏やかに笑う。彼は従者だが、パトリック様との付き合いが長く、兄弟のように育ったらしい。私がパトリック様に挨拶した時も隣に控えていたのは彼だ。
「え? どういうこと?」
私が聞き返すとドゥニは曖昧に笑ってパトリック様に聞いてくださいと小さく首を振った。
「エレーヌ様は、いつから白い結婚をされているんですか」
結婚したばかりの夫人に聞くことじゃないだろうと苦笑いしてしまったが、ドゥニが悪びれる様子はない。
「いいじゃないですか。聞かせてくださいよ」
むしろ茶目っ気たっぷりに笑い返され私も毒気を抜かれた。
「最初の結婚からよ」
エレーヌ・シャテル、シャテル伯爵家令嬢。私の最初の結婚相手は伯爵家の一人息子だった。
学生の頃にはもうすでに彼との婚約は決まっていた。年は私より少し3つ上。彼の在学中は学園の中でも長く一緒に過ごした。仲は悪くなかったし、それなりに愛情はあったと思っていた。しかし、私の卒業、結婚と同時に告げられた『白い結婚』という条件。彼は卒業から3年の間に私ではない、愛する女性を屋敷に囲っていた。
逃げ帰るのは癪だと、私がいないと回らないほど仕事を請け負った。税収の安定、領地の産業の活性化と販路拡大。福祉の充実、道の整備。ありとあらゆることに手を加え、伯爵領を豊かにした。そしてそれをすべて慰謝料として受け取って帰ってきたのだ。
今、彼の領地はほとんどシャテル家のものになっている。
「白い結婚サービスってのはそこからですか?」
ここまで私の話を黙って聞いていたドゥニがそう尋ねた。
「始まりはそこね。そのあとの求婚は何というか……お金もなく、屋敷もボロボロで、このままじゃつらい結果になりそうな方でね。白い結婚を条件にして立て直しに力を貸すって言ったのよ。彼はそれを受け入れて期間を決めて、立て直しが終わったら離縁と慰謝料という形でお金をもらうことにしたわ」
あとは話を聞きつけた人たちがなし崩し的に来たのよね。
そう続けると、ドゥニは何とも言えない複雑そうな顔をしている。お人よしとでも言いたいのだろうか。領地経営に口を出せる女はその領地に置いて夫人以外に存在しない。私が経営に口を出すには彼らと婚姻を結ぶ以外なかったのだ。
「経営の知識は学園で?」
「昔から興味はあったんだけどね。授業は受けられなかったから、本で独学よ」
「へぇ、すごいですね。いつから学びたいと?」
「小さいころ、本をもらったのよ。簡単な経営についての本。物語仕立てでね」
話をしながら、お茶会で一度だけ会った男の子の笑顔と銀色の髪を思い出す。あの日以降、彼の家がお茶会に来ることはなかったが、彼がくれた一冊の本は私の心を守っていくれていた。
その頃の甘酸っぱい気持ちや最初の結婚の準備をしている頃の気持ちも一緒に少し思い出した。
「……幸せな結婚を夢見たこともあったのよ」
私がそうつぶやくと、ドゥニは何とも言えない顔でこちらをみている。しかしその視線が少し私の後ろにずれた。後ろにだれがいるのか。
振り向くと、パトリック様がドゥニ以上に何とも言えない、いや悲壮な顔をしてこちらを見ていた。
「なんだそれは」
「え?」
パトリック様が近づいてくると思ったら一瞬銀がきらめいて、視界から消えた。感じる体温、抱きしめられたのかと理解する。
「パトリック様!?」
少し抵抗してみるが、痛くない程度の強い力で振りほどけない。それに、思いのほか心地よく感じている自分に気が付き抵抗をやめた。視界の端でドゥニが手を大きく振って笑顔で走り去っていくのが見えた。
「君はわかってない」
「え?」
「私は君に結婚を申し込んだんだ」
「えぇ、存じております」
「いや、わかっていない」
パトリック様が少し離れる。顔が見えるようになったパトリック様と見つめあう形になった。よく聞いて、と前置きされてうなずく。
「私は、君と幸せな結婚がしたくて、結婚を申し込んだんだ」
幸せな結婚その言葉で、頭が真っ白になった。何を言われたのか少しずつ理解していくうちに顔が赤くなっていくのがわかる。
あーだとかうーだとか言っている私の頭をパトリック様が愛しげになでた。
「契約期間が終わったら、君にもう一度プロポーズがしたいんだけど、いいかい?」
「……おねがいします」
私がそう答えると、パトリック様は嬉しそうに笑う。 その笑顔があの日の少年に重なった。
「君に愛を伝える機会がやっとめぐってきたよ」
覚悟していてくれ。パトリック様は穏やかな笑顔だったが、瞳の奥にはギラっとなにかが輝いているように見えた。
残り数か月、私は耐えられるのだろうか。
そう思っているとパトリック様はまた私を抱き寄せる。今度はとてもやさしい力だった。
読んでいただきありがとうございました!
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