砕けたレッドベリルの記録
砕けたレッドベリルの記録
(…え?)
俺の目の前にあるのは死体になった俺だった。
「―――。」
声は出ない。はくはくと口が開閉するだけで、空気が振動させられることは無かった。
(…幽霊になったってことか?そんなことあるんだ)
そう思い俺は俺の死体へ触れてみようと試みる。
(ありゃ。すり抜けちゃう。やっぱ触れないんだ)
半透明でふよふよ浮いている自分の体を見つめ、手を握ったり閉じたりしながら状況を整理することにした。
(俺は中園朝陽。20歳。うん、覚えてる。蒼空がやってる事務所で仕事をもらってる代理人。うん、大丈夫だ。…何の確認?)
名前と年齢と職業の確認をしたところで今の状況が整理できるわけではない。もう一度、俺が何で死んだのかの記憶を探るために目を伏せた。
(任務が終わって、蒼空と話してて、昔の同業者…暗殺者と鉢合わせて、戦闘になったんだ。そこで敵を捌ききれなくて、蒼空との通信が切れて、大怪我を負いながら敵を追っ払って…。そっか。逃げながら戦ってたせいで結構な距離まで離れちゃって、仮死状態になった影響で俺が死んだら天音のスマホに送られるメールが送信されちゃったんだ。意識を取り戻しても死ぬ直前だったから手紙を書き残して、ここまで来てそのままぽっくり…)
そこまで考えてから俺は一息吐いて天を仰ぐ。
(怒涛の死の間際って感じだぁ)
音にならない声をあげながらケラケラ笑ってから、動けないかな、とあたりをふよふよ散策することにした。
どうやら俺はこの小屋がある付近しか動けないらしい。俺の死体の近くだからかな?Wi-Fiみたい。俺の肉体はルーターになった。頑張れば宇宙いける?
そう考えていたらがさっと物音が聞こえた。
(!天音)
恐らく俺からのメールを受け取ってここまで来てくれたのだろう。しっかり一人で来てくれてるとこ、律儀だなぁ。
「血の臭い…?」
そう呟いた瞬間天音は鬼のような速さで小屋の扉に食らいついた。がんっ、と扉を開け、地面に落ちている俺が書いた手紙を発見した。
「少し乾いてる…。ちょっと前のやつか?これ」
俺の血が付いた封筒を見て天音は呟く。そのままくるりと封筒を裏返すと、天音はアメシストの瞳を見開いた。俺から天音に宛てての手紙であることを確認したのだろう。
(目の前でこれ読まれるの恥ず…。ちょっと離れてようかな。Wi-Fiの接続悪い時ってルーターの近くいるしね。うん、そうしよう)
ふよふよと俺はまた俺の死体の近くへ飛んでいく。
暫くして、またどたどたと焦ったような音が聞こえた。
がっ、と扉が先程より強い勢いで扉が開いた。
「!っ、あぁ、ああ…」
焦り一色だった天音の顔がどんどん絶望に塗りつぶされていく。俺の死体の惨状を見て、目を見開いたまま座り込んでしまった。
(…。ここまでなってくれるのが嬉しいなんて、きっと俺は歪んでるな…)
口に出したら自嘲的な響きとして空気を震わせそうなそれを、俺は思わず鼻で笑った。音にはならなかったけど。
「朝陽…。朝陽っ、…嘘、だって、言ってくれ…」
天音はずるずると自分の体を引きずりながら俺の死体へ近づき、首元へ手を伸ばす。慣れた手つきで脈を確認する姿を見ると、やはり天音も殺し屋の元次期当主なのだと再確認させられる。
脈がないのを確認してしまったその手を力なくだらりと下ろす。蹲るようにして、か細い、風でも吹いたら消えてしまいそうな声で天音は言った。
「名前を呼んで…」
「―――。」
音にならない。空気を震わしてはくれない。ああ、今お前の名前をこの口で、この声で呼べたら、そんなに辛そうな顔も声も、少しはましになるはずなのに。
(そんな顔、させたいわけじゃなかったんだけどなぁ)
言い訳じみた思考を嘲笑い、天音に視線を向ける。スマホを手に取って、誰かに連絡を取ろうとしていた。
画面に映し出された名前は『四本蒼空』だった。
(蒼空に電話するんだ。…まぁ、そっか。俺と最後に話したのは蒼空だったし、一番気にしてるのはきっと蒼空だろうし)
天音と、微かにスマホから漏れ出る蒼空の声を、俺は聞いていることしかできない。あぁこれなら、大怪我して帰ってきて、説教を食らったほうが嬉しかったなぁ。泣かせたくは、なかったなぁ。
天音は蒼空との電話を終えるとスマホをその場に置いて徐に死体の俺の瞳をそっと閉じる。そして真っ白な外套を脱ぎ、死体の俺に優しくかけた。
「気長に待っててよ、朝陽」
(孤独は、やっぱり辛いなぁ)
「…おやすみ、中園朝陽」
(まだ起きていたかったよ、俺)
こんにちは。もしくはこんばんは。あゆーです。
【砕けたレッドベリルの記録】いかがだったでしょうか。
早いもので、次回でこのシリーズ最後で御座います。もう既に書き終わっているのですが、これで良いのかと前作今作含め、うんうん頭を抱えております。
ではまた、次回の作品で会いましょう。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




