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これが私?



 腫れぼったい一重、低くて丸い鼻、斜めにひっかいたみたいな唇。生まれたときから自分の顔が嫌いだった。両親でさえ、私の顔を「可愛い」とはいわなかった。

 数ヶ月ぶりに包帯が一枚もなくなった顔。渡された手鏡はみたくなかった。どうせ、あの顔があるだけだと思っていた。


「うそ……」


 渡された鏡には美しい女性が写っている。瞳をとじたら、美しい女性も瞳をとじた。左右に首を振ったら、鏡の女性も首を振る。


「これが……私……?」


 白衣の医者は、ほがらかにいった。


「そうですよ、山崎姫華さん。あなたです」


 ふるえる指で鏡をなぞる。涙が頬をつたった。


「女優さんみたい」






 生まれたときから、自分の顔が嫌いだった。

 両親ですら、私を「可愛い」とはいわなかった。一度だって、可愛いといわれたことはない。


 私はブスだと知ったのは、幼稚園の年少さんのころ。担任のまどか先生は、私を抱っこしてくれなかった。


 みんなの憧れだったまどか先生は、茶色い髪をくるりとひとつのお団子にしていた。華奢な手足に細い腰。幼いながらにも、まどか先生はお人形さんみたいだと思った。

 いつも笑顔のまどか先生は、じゃれついてくる園児を抱っこして遊んでいた。みんな、まどか先生に抱っこされたくてじゃれていた。いつもみるだけだった私は、ある日、勇気を出してまどか先生に抱きついた。おままごとをしていたまどか先生は、私が抱きつくと凍りついた。


 ーどうしたの~? 姫華ちゃん


 それだけだった。抱っこしてもらえなかった私がもう一度抱きつこうとしたら、園で一番可愛い子が横入りをして抱きついた。まどか先生は、自然な動作でその子を抱っこした。私を抱かなかった腕で編み込みの髪をなでた。





 それからすぐに、幼稚園に行ってもだれも遊んでくれなくなった。おままごとも砂場遊びも鬼ごっこにも、私を入れてはくれなかった。どうしても一緒に遊びたかった私は、しつこくあとをつけまわした。怖がったみんなは、犬になるならいいよといった。

 私もみんなと同じように、お母さんやお姉さんに憧れていた。でも、犬にならないと遊んでもらえない。犬は外の犬小屋にいるといわれたから、みんなが遊んでいるのを遠くからみていた。


 砂場遊びは砂を運ぶ係、鬼ごっこは鬼。私の名前に菌がついたのは、小学校の二年生の春だった。


「姫菌がきたー!」


 はしゃぐ男子は、私がなにもしていなくても叩いてきた。教室の席にいるだけで、くちを塞いで息をした。初恋の男の子は、床に落とした私の消しゴムを蹴って遊んだ。

 十歳を迎えたら、だれかに話しかけることすら怖くなった。教室で息を殺していたら、今度は暗くて気味が悪いと遠巻きにされるようになった。

 姫華という名前も嫌いだった。姫も華も、不細工な私には似合わない名前だった。名前と顔を見比べられるたびに胸が痛んだ。痛んだ胸はいつの間にか、なにも感じなくなった。


 中学も高校も同じ。ブスのくせに勉強も努力も嫌いだった私は、大学にも専門にも進学せずにコンビニで働きはじめた。

 両親は「正社員になれ」といった。私だって、なれるものならなっている。履歴書を送ってもほとんど落とされた。面接までたどり着いても、顔のせいで落とされた。面接の人は私の顔をみていたから、きっと、不細工な顔のせい。

 コンビニのバイトは深夜でもできる。客の少ない、人と顔を合わせる機会の少ない時間を選んで働いていた。


 交通事故にあったのは、そんなときだった。


 深夜から早朝のシフトを終えた私は、大通りを渡る信号の前にいた。車道を大きくはずれた車が私をひいた。アスファルトに身体を打ちつけるまでのあいだ、生まれてから二十九年の日々が走馬燈のように流れた。ろくでもない人生だった。




 やっと終わると思った人生は、終わってくれなかった。一ヶ月の昏睡状態を経て目覚めた身体は、自分の身体とは思えないほどに重く痛んだ。全身打撲と骨折。内蔵への損傷もある。おまけに顔面は骨が陥没している。死ねたらよかった。と、本気で思っていた。あのときは。

 二年間の入院とリハビリをするあいだに、事故や病気で顔が崩れた人を無償で治療する美容整形外科があると知った。


 ー薔薇色の人生を取りもどしましょう


 綺麗なものが一つもない病室で、ネットサーフィンをしていたときだった。陳腐なキャッチコピーを食い入るように見つめた私は、二十四時間対応のチャットにダメ元で連絡をした。五分もしないうちに、無料で処置するという連絡がきた。半信半疑で受けたカウンセリングで聞かれた「なりたい顔」には、小さいころにみた映画の主演女優の名前をあげた。まどか先生は、あの女優に少し似ていた。

 事故で負ったケガで二年間入院、全身整形でさらに二年。気がつけば、私は三十三歳になっていた。





 生まれてから一番のいい気分でクリニックを出た。受付のキラキラ看護師さんが苦手だった。いまは、私のほうがキラキラしているから気にならない。


「だいちゃん」


 自動販売機の横。日除けの下にいるだいちゃんは、コンビニの同僚だった人。十年近く勤めるうちに、似たもの同士でつきあった。はじめての恋人だけど、恋人って感じはしない。だってだいちゃんはずんぐりむっくりで、私に……前の私に負けない不細工な男。


「だいちゃんってば」


 華やかな美人に話しかけられただいちゃんは、目を右往左往させた。なにかのセールスかと怯えている。


「山崎だよ」


 顔に似合わない名前で呼ばれるのは恥ずかしいから、下の名前で呼んでもらっていた。


「山崎……?」

「うん。同じ服でしょ」

「本当だ」


 小心者のだいちゃんは、私の通院にあわせてシフトを提出していた。今日だって、一緒に住んでいる家から一緒にきた。


「女優さんみたいでしょう」


 くるりとまわってみせる。事故を言い訳に手足と腹の脂肪吸引もしてもらった。丸太のように太かった手足も、太鼓のように張った腹もない。


「可愛いでしょ、私」


 生まれ変わった私に見惚れているだいちゃんは、壊れた人形みたいに何度もうなずいた。


「包帯取るとき、痛くなかった?」

「少しだけ。手術のあとに比べたら、あれくらいなんてことないよ」

「そっか」


 美人に慣れていないだいちゃんは、両手をもじもじと揉んだ。


「アップルパイ焼こうか」

「ほんと?」

「うん」

「やったぁ、だいちゃんのアップルパイ大好き! バターもケチんないで、いっぱい使ってね」


 冴えない顔が照れくさそうに微笑んだ。






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