第六話「言わなかったけど、見てた」
紬、初の公式戦!
体育館の床が、シューズの音にリズムを刻んでいる。
空調の風がほんの少し涼しい。けれど、それよりも手のひらにじっとりと汗がにじんでいた。
紬はベンチに座りながら、ラケットのグリップを巻き直していた。
「緊張してる?」
隣に座る同じバド部のペア、伊藤 真依が声をかけてくる。
「うん。ちょっとね。でも、悪くない緊張かも」
「紬って、試合前でも落ち着いてるように見えるからズルいよ。私はもう胃がキリキリ」
「外に出さないだけ。内側ではドキドキしてるよ、ちゃんと」
ふたりは小さく笑い合った。
「……誰か、見に来てたりする?彼氏とか気になる人とか」
真依がポツリと聞いた。
「ん?」
「ほら、男子とか。なんか噂になってたじゃん。氷室くん?圧倒的男バドより良い顔の人」
「来るわけないよ、そんなの。男子はもう大会終わってるし」
そう答えながらも、心のどこかで“もし”を思っている自分に気づいていた。
(来てないって、わかってる。……けど)
体育館の観客席、隅のほう。
「……そこにいるの、バレたら普通に怒られると思うけどな?」
「別に。観戦は禁止されてない」
「まあ……でも氷室らしいか」
智也が帽子を目深にかぶりながらつぶやく。
「……見たかったんだろ?」
湊は何も答えない。
ただ、静かにラケットを握るような目で、紬の立つコートを見つめていた。
そのタイミングで、コート側から試合開始のコールが響いた。
「第3コート、七瀬・伊藤ペア対、川井・大谷ペア。ラブオール、プレー」審判の声と同時に、ラリーが始まる。
紬の1球目は――静かに、でも迷いなく、相手の足元へ打ち込まれた。
観客席の誰もが、息をひそめるように、その軌道を追っていた。
「パコン!!」
伊藤 真依の快音がコートに響いた。
彼女のスマッシュがライン際を突き、ポイントが決まる。
「ナイス、真依!」
紬の声は短く、でも力強かった。
前半は順調だった。
相手ペアの動きにも少し隙があり、紬たちの息も合っている。
(集中。落ち着いて。いつも通り)
自分に言い聞かせるように、紬はボールを構える。
真依のサーブ。そこから続くロングラリー。
相手のクロスショットが飛んでくる。
真依が届かない。
——大丈夫。来るって、わかってた。
紬は一歩、大きく飛び込んで、クロスカットで返す。
コートに入った
会場がざわつく。難しい体勢からの正確なコントロール。
その瞬間、観客席の隅で、帽子を目深にかぶった少年が小さく目を見開いた。
(……動きに、迷いがなかった)
湊は、さっきから一言も発さずに紬のラリーを見つめていた。
打つたびに表情が変わらないのに、体は全てを語っている。
相手の動き、空気、シャトルの回転まで——全部見えてるような打ち返し。
(強い。ちゃんと、“自分で戦ってる”)
湊の中に何かが灯った。
それは、まだ“感情”という形をしていない。
でも、「見たい」と思ったから、ここに来た。
それだけは、確かだった。
しかし、次の試合で紬達はストレート負けした…
彼女に何と言ってあげるのが正解かそれを考えながら湊は智也と帰るのであった
男子バドミントン部
高3,10
高2,6
高1,4
なんやかんやで仲が良い部活高1の代は紬を狙っているやつも…
次回「ラリーの外にも、相手がいる」