第二話「次の一球、どう返す?」
この小説が大反響でありますように…
てか、皆部活してた?
朝、教室に入った瞬間、湊はふと足を止めた。
教室の奥、席に座っている七瀬 紬が、彼の方をちらりと見たのだ。
目が合う——というほどでもない。けれど、それは昨日までにはなかった反応だった。
湊は無言で席につく。
クラスの空気が、なんとなく静かになる。
それもまた、昨日までと違う気がした。
昼休み。
二年B組の教室内は、弁当の香りとざわめきで満ちていた。
氷室 湊は、自席で黙々とパンをかじっていた。今日のパンは王道の「アンパン」だ!
誰にも話しかけられず、誰にも話しかけない。それが彼にとっては自然な時間だった。
「……ここ、空いてる?」
ふと顔を上げると、七瀬 紬が立っていた。手には小ぶりな弁当箱。湊の隣の席は、クラスの中でも空きがちな場所だった。
「ああ」
湊はわずかに首を縦に振る。それだけで、紬は椅子を引いて腰を下ろした。
「今日は静かだね、この辺」
「……いつも、こんなもんじゃないか」
「そうだっけ。なんとなく、そう思っただけ」
それきり、しばらくの間ふたりは黙って食べ続けた。
「昨日、ありがと。倉庫のこと」
「別に」
「でも助かったのは事実。黙ってたけど、ちゃんと見てたんだね」
湊は、答えずにパンの袋をしっかりと畳んだ。
「私、あんまり人に頼るの得意じゃないんだけど」
「……それは、なんとなくわかる」
紬が小さく笑う。
「氷室くんも、あんまり喋らないよね。けど、変な静けさじゃないから、なんか平気」
「……そう」
また少し沈黙。けれどそれは、気まずくも重たくもなかった。
「そういえば、昨日ちょっとだけ意外だった。テニスの人って、もっとわーってタイプ多いかと思ってた」
「うちは、相棒がそういうタイプだから、俺は静かでいい」
「……ああ、あの人か。明るい人だよね」
「うるさいけど、悪くない」
紬は弁当の最後のミニトマトを口に運びながら、窓の外に目を向けた。
「ラリーって、どっちかが返さないと続かないんだよね」
「そうだな」
「返ってくるかわからないと、ちょっとためらう時ある」
湊はその言葉にすぐには返さなかった。けれど、その意味だけは妙に胸に残った。
チャイムが鳴る。昼休みの終わりを告げる音。
「……また、来てもいい?」
「好きにすれば」
それだけ言って、湊は席を立った。紬も静かに立ち上がり、弁当箱を片づけに行く。
ふたりの距離は、近づいたというより、“少しだけ視線が合うようになった”——そんな感覚だった。
放課後。
校庭脇のテニスコートでは、ラケットの音が乾いた空気に響いていた。
「今日、珍しくボールに力こもってんじゃん。どうした?」
ラリーの合間、ペアの本庄 智也が声をかけてくる。
「……別に」
「へぇ〜、その“別に”はちょっと嘘くさいな」
智也はネット越しにニヤリと笑い、軽くボールを打ち返してくる。
「何か、彼奴等張り切ってんな〜」
「あれじゃね、一年生大会とかじゃね?」(しらんけど)
コート脇で休憩してる有馬と朝比奈先輩が言う
「昼休み、屋上じゃなくて教室いたでしょ? 誰かと話してた?」
湊は沈黙で返す。
「やっぱりね〜。しかも相手、七瀬紬ちゃんでしょ。あの空気、普通じゃなかったもん」
「……見てたのか」
「見たっていうか、感じた? 俺、そういうの得意なんで」
ふざけた口調の中に、どこか真剣さが混ざっていた。
「で、返せた? そのラリー」
湊は、一瞬だけボールを見つめる。
「……まだ、試合始まってもいない」(試合前の練習程度かな)
「ふーん。でも、ちゃんとコートには立ってるんだな」
智也が笑いながらサーブの構えを取る。
湊はネットの向こうのその顔を見て、小さく息を吐いた。
「……次の一球、どう返す?か」
自分に問いかけるように、ラケットを握り直す。
それは、プレーの話ではなかった。
次回「ラリーは続けていいのか?」