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Friend of a Friend  作者: koenig
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ゾンビ看護師

大学のキャンバス内には人目につかない場所が多々ある。

中庭の茂み。

試験時期以外の図書室。

そして、使用されていない空き教室だ。


キャンパス内の空き教室などが人目につかないなどありえないと思うだろう。

しかし、キャンパス内には数多くの教室があり、抗議で他の教室が使われている場合当たり前のことだが使われていない教室が出てくる。

しかも学生であれば空き教室にいても基本的に不審に思われない。


たとえ中でなにが行われていたとしてもその扉を開けるまで誰にも感づかれることがない。


「よぉ、山田入れよ。」


ガラの悪そうな男女数人に山田(やまだ) 安弘(やすひろ)、通称【ヤス】は空き教室へと押しやられる。

いつものことだ、彼の人生から親友である鮫島(さめじま) 恭介(きょうすけ)がいなくなったあの日からヤスの日常は()()()()()

大学入学当初にこいつらに目を付けられたところを鮫島 恭介に助けられてからヤスは金魚の糞のように彼に付きまとった。

それ以降こいつらは鮫島 恭介による報復を恐れてヤスに構うことなどなかったのだ。


「山田オメェ、今度は百野瀬(もものせ)に付きまとってんだってなぁ?」


「無理っしょ、アンタと百野瀬さんが釣り合うわけないじゃん。」


こいつらの言ってることはヤスの最近の動向についてだろう。

喫茶店ウィッチに二人で通うようになったため、自然に一緒に帰ったり、行動を共にすることが多くなった。

そのためにこいつらの中では鮫島 恭介の代わりに今度は百野瀬 (もものせ)百合矢(ゆりや)に付きまとっているように見えるのだろう。

愚問だ……ヤスにとって鮫島 恭介(ヒーロー)は後にも先にも彼しかいない。


「違うでヤンス……彼女とはそんなんじゃ……」


「ああ!?”彼女”だぁ!?テメェ調子乗ってんじゃねぇぞ!!」


ヤスの発言にこの()()の一番の巨漢である児島(こじま) 鷹雄(たかお)が吠え散らかす。

軽率だった。この男は百野瀬 百合矢を狙っている。

惚れているのではない、()()()()()のだ。周りにいる女性(ビッチ)共のように……

しかし、こいつはこの性格だ。百野瀬本人には好ましく思われていない……どちらかといえば嫌われているのだろう。


「……それは悪かったでヤンスね………それでなんの用でヤンスか?この前巻き上げた拙者のお金がもう底をついたでヤスか??相変わらず金使いが荒いでヤンスね。」


ヤスは自分ができる精一杯の抵抗を試みる。

腕力ではこいつらに届かない。群れているから尚更だ……だから気持ちと言葉で勝つしかない。

………一人でこいつらを全員のした彼のようになれればいいのだが……


「……ちっ!山田テメェやっぱ調子乗ってんじゃねぇか!ああ?」


ヤバい、煽りすぎた。少しは鷹雄(なまえ)の通り堂々としてほしいものだ。


「タカやん、そうじゃないだろ?こいつに時間潰すよりさっさと終わらせて遊びに行こうぜ?」


「……チっ」


思わぬところから助け船が来た。

いや、こいつにとっては時間の浪費のほうが嫌なのだろう。

この鷹雄の隣にいる工藤(くどう) 狐輔(こすけ)はこういう人間だ、カツアゲの時も金を出し渋ると周りの連中を煽って徹底的にボコしてくるが、さっさと払うと周りの連中を言葉巧みに沈めて引き上げていく。

鷹雄がリーダー面をしているが、実質狐輔が頭だろう。


挿絵(By みてみん)

「山田オメェ、幽霊とか得意だろ?」


なんだ藪から棒に……そんなことこいつには関係がないだろう。


「こいつの母校の小学校がよ、廃校なんだわ。んで今夜肝試しに行くからよ、オメェ来い。」


………どういう風の吹き回しなのだろうか、わざわざそんな面白そうな話をヤスに持ってくるなんて。


「ビビるなよ?山田。わざわざ呼んでやるんだ、幽霊呼ぶ準備しとけやじゃなかったら殺すぞ」


そういうことか。

ただの【廃校回り】の肝試しじゃ面白くないから面白くしろということらしい。

鷹雄たちはその廃校の住所をヤスに渡して空き教室を去る。

誰が行くものか、あいつらと一緒に廃校回りなど面白くもなんともない。

……ヤスは一応その住所をちらりと見る。

別に行きたいわけではない、しかしすっぽかしたら後が怖いのだ。


「こ………この場所は…………!」


ヤスの眼光が大きく見開かれた。



_________喫茶店ウィッチ。

「はぁーーーーーーーっ」


ヤスのため息が喫茶店内に響く。これでもう三回目だ。

黒鳥(くろとり) 京子(きょうこ)こと鮫島(さめじま) 恭介(きょうすけ)は気にしないようにしつつもここまで露骨に聞いてくださいアピールをされてしまうとそれこそ露骨に気になってしまう。

しかし考えるまでもなく都市伝説絡み(やっかいごと)であるだろうソレを聞く気にはなれなかった。


「ヤス君、どうしたの?」


そこにちょうど厨房から出てきた黒鳥(くろとり)楓華(ふうか)がヤスに質問する。

まぁ、都市伝説絡みの相談は恭介が聞くより黒鳥が聞いたほうが話が早いだろう。


「いやぁ…拙者の人間関係の話であるんでヤンスがね?」


恭介はヤスの話の切り出しに驚く。

人間関係?恭介の知る限り大学内にヤスと関りがある人物などいない。

しいて言えば百野瀬 百合矢くらいだ。


「最近拙者に絡んでくるうざったい奴らがいるんでヤンスよ……ことあるごとに拙者を取り囲んでは金をせびってくるでヤンス。」


その説明だけで恭介には思い当たる節があった。

ヤスとの出会いのきっかけになったガラの悪い集団だ、大学生にもなって中学生みたいなことをしていたのが癪に触ってボコボコにした記憶がある。

あの時は自分も高校を卒業したてで血気盛んだったのだ。

若気の至りに少し恥ずかしくなる。


「そいつらが拙者を肝試しに誘ってきたでヤンスよ、強制参加で……どうせ途中で飽きて嫌がらせパーティに発展するだけでヤンしょうけどね。」


ヤスはまた大きなため息を吐く。心底嫌ということが伝わるため息だ。


「あいつら凝りねぇな……。」


「え?京子氏知り合いでヤンスか?」


ヤスの驚いたような声に恭介はあわてて口を塞ぐ。

ヤスは黒鳥 京子の正体を知らない、今あの集団とのつながりを匂わせたらあいつらの仲間だと思われても不思議ではない。

あんな低知能達と一緒にされるのはごめんだ。


「いや、どこにでもそういう奴っているもんだよなって……ははは……」


恭介は笑ってごまかそうとするが正直苦しいと思う。

隣の黒鳥 楓華も不思議な目で恭介を見ている。


「あー……いやでヤンスなぁ……せっかく面白そうな場所でヤンスのにあんなのと一緒じゃ十分に楽しめないでヤンスよぉ……」


ヤスはため息交じりに愚痴を吐く。

都市伝説絡みは嫌だが、ヤスがまた虐められているとあっては見過ごしておけない。


「しゃあねぇな…俺がついて行ってやるよ。」


恭介は頭を掻きながらつぶやく。

しかしヤスから帰ってきた言葉は予想外の返事であった。


「いや、やめておいて欲しいでヤンスよ。京子氏がついてきたら今度は京子氏も標的にされる可能性があるでヤンス、愚痴を聞いてくれただけで嬉しいでヤンスから。」


ヤスの言葉に恭介は面食らう。

あれだけ恭介だったころには遠慮がなかったのに。


(そうか……そりゃこいつの中で俺は恭介じゃなくて京子だもんな。)


恭介は少しだけ寂しさを覚える。

こいつ(ヤス)の中で自分(きょうすけ)はもう死んだ人間なのだ。


「それで、その肝試しの場所はどこなのかしら?」


黒鳥がヤスに質問する。

ヤスの話だとその場所は市内でも有名な心霊スポットの廃校だった。

なんでも小学校の前は病院だったらしい。

ヤスは愚痴を吐いてスッキリしたのか、コーヒーを一杯飲んだら喫茶店をあとにした。


「…………」


喫茶内に微妙な空気が立ち込める。

いや、微妙な空気だと感じているのは恭介の勝手な感覚なのかもしれない。

現に黒鳥はいつも通り仕事をこなしている。


「……黒鳥さん、俺今夜少し出かけます。」


恭介の言葉に黒鳥はただ笑顔で頷いた。







____________廃校前


とうとう来てしまった。

喫茶店ウィッチを出てから憂鬱で仕方がなかった。一瞬バックレてしまおうかとも思ってしまったが、やはり次の大学が恐いので結局来てしまったのだ。

ただ虐められるより心霊が見れる可能性のある虐めのほうがマシだ。


「おう、山田逃げずにきやがったな。」


ニヤニヤした表情の鷹雄たちの面持ちがみるみるうちに驚愕のそれへと変わっていく。

一体何があったというのだろう?まさか()()のだろうか?


「おい……その女……誰だよ……」


狐輔がヤスの後ろのほうに指をさす。

まさか……本当に出たのだろうか?この廃校の都市伝説が………!

しかしおかしい、その都市伝説は校舎内でしか目撃されていないはずだ。


「ああ?ヤスのツレだよ」


挿絵(By みてみん)

声に驚いてヤスは後ろを向く。

そこには昼間喫茶店で会った黒鳥 京子の姿があった。


「すげぇ美人……」


「どこであんな女と知り合うんだよ……」


「ちょっと肌白すぎない…?」


「背…高……」


鷹雄達の集団がざわついている。

やはりこの人は世間一般的には美しい女性(ひと)なんだな、鮫島 恭介が人目惚れした黒鳥 楓華と瓜二つの見目なのだ……それは間違いないのだろう。


「今日は俺も同行するから、よろしく」


京子はヤスの肩にポンと手を置き、奴らにあいさつをする。

喫茶店で確かに断ったはずなのに何故ここにいるのだろうか?


(ちょっと!なんで居るでヤンスか!?来ないでって言ったでヤンスよね!?)


(ああ?何授業参観の子供みたいなこと言ってやがるんだよ、見過ごせるわけねぇだろが!)


愚痴るのではなかった。

この女性(ひと)はつくづく鮫島 恭介に似ている、こういうお人好しなところなどは特に。


(しかしやっかいなことになったでヤンス……これじゃ京子氏が標的に……)


この集団は大学内でも()()()()()ことで有名なのだ。

京子氏が()()()()()になってしまったら楓華氏に合わせる顔がない。


「そ…そんじゃ全員そろったし、さっさと中に入っちまおうぜ」


鷹雄が場の進行を始める。

ごく自然に、それが当たり前であるように、京子に近づきその肩を組もうとしてくる。


「触んな、馴れ馴れしいな。」


京子がその手をはたくと鷹雄はわかりやすく、顔を引きつかせている。

ヤスはこの後の事態が不安になりながら校舎の中に入っていく。





「んで?なんでこの廃校が有名な心霊スポットなんだ?病院の跡地の学校なんてザラにあるだろ?」


校舎内に入ったところでヤスに質問する。

幽霊などは怖いが、知っておかないと対処のしようもない。

本当に都市伝説の存在(そういうもの)をしっているのであれば尚更だ。


「あれ?キミそんなことも知らないでついてきたの?」


ヤスに問いかけたというのに糸目の奴が話しかけてくる。

個人的にこいつはそこのゴリラよりも気に食わない、裏でこそこそしてやがるからだ。


「これさ、友達の友達からきいた話なんだけど、ここにはさ、なんでもゾンビの看護師が出てくるみたいなんだよんね。」


「ふうん……で?そのゾンビの看護師ってのはどういう奴なんだ?」


「それは…えっと、なんだっけ?」


糸目は振り返ると他のメンバーに解説を促す。

何も知らんのかい。


「”ゾンビ看護師”は夜の学校や病院に現れる恐ろしい形相をした看護師でヤンス、車椅子を押しながら校舎内を徘徊し、生徒を見るや否や追いかけてくるんでヤンス。」


ヤスの解説に糸目がうんうんとまるで自分の手柄のように頷いている。


「生徒がトイレの個室で息を殺しているとトイレのドアが開く音がするでヤンス……ゾンビ看護師はここにもいない、ここにもいないとトイレの個室を順番に開けていきながら呟くでヤンス。そうしてとうとう自分の隠れている個室の番だと絶望する生徒でヤンスが、突然物音がしなくなるでヤンス、とうとう夜が明け安堵した生徒が扉を開けようとするでヤンスが、なぜか扉があかないでヤンス。」


ヤスの語りに一同は唾をのむ。

相変わらずこの手のヤスの語りは饒舌だ。


「不審に思った生徒が、ふと上を見ると……そこにはゾンビ看護師がドアを抑えながらこちらをのぞき込んでいたでヤンスよ!!」


ヤスはうつむいていた顔を突然上げて大きな声で語る。

その迫真ぶりに女性陣の幾人かが悲鳴を上げる。

もちろん恭介も例外ではない。


「生徒は一晩中、ドアの上から個室を除かれていたでヤンス!!…………それからゾンビ看護師はその生徒を乗せた車椅子を押して、また校舎内を徘徊するようになるでヤンス……次の犠牲者を求めてね……」


恭介は自身の腕に鳥肌が立ったのを感じ、両腕をさする。

その様子をゴリラがずっと注視していた。一体何がそんなに気になるのか……


「そーそー、だからキミも俺らから離れないほうがいいよー?てか、キミ名前なんていうのさ?よかったらRHINE交換しようよー?」


糸目の奴が急に距離を詰めて話しかけてくる。

今日のこいつらはなんなんだ?やたらと馴れ馴れしい……恭介は前に連れられたホストクラブと同じような雰囲気を狐輔に感じていた。


「やだータカやんこわーい」


「お……おう。」


対して鷹雄(ゴリラ)は恭介を見つめて心此処に在らずといった面持ちだ。さっきから腕を組んでいる金髪の女に対しても空返事……こいつら明らかに大学にいた時と様子がおかしい……


……まさかとは思うが……


「ちょっと、ヤスこっち……」


「え?なんでヤスか?」


恭介は近くの教室内にヤスを連れ込むと集団から離れた。





「ありゃ身持ち固いわ…」


山田とあの美女が離れた瞬間、狐輔はタカやんに向かってつぶやく。

タカやんはずっとあの美女を目で追っている、明らかにロックオンしている。


「おい、見たかよあのおっぱい!スゲぇでけぇよな…さっきなんてたゆんたゆん揺れてやがったぜ?」


このおっぱい星人め……明らかに顔がいいだろ……


「なによアイツ、少し肌が綺麗だからってお高くついちゃってさ…」


「でもあのリアクションだと肝試し(こういうの)とか嫌いそうだよな?なんで来たんだろ?」


「そりゃお前、山田(アイツ)とデキてんだろ?」


「はぁーーー?羨まーーーー!!!てか趣味悪ぃーーーー!!!」


各々思い思いの感想を語っている。

もう、廃校回りなど眼中にない。みんなあの美女の話題一色だ。


「それじゃその趣味を正してあげないとな……山田(アイツ)の目の前で犯してやったら面白そうだ…」


タカやんがいつもの調子を取り戻す。

全く……趣味が悪いのはお前もだろう…?まあ、嫌いじゃないけどね。


「ねぇ?なんか聞こえない?」


タカやんの()彼女がおかしなことを言う。

自分たちの笑い声以外何も聞こえないが……


「何も聞こえないけど?」


「うそぉ?何か錆び付いた何かみたいな…キィ…キィ……みたいな音するでしょぉ?」


ほんと何を言ってるんだか…これだから馬鹿な女は嫌いなんだ。





「おい!ヤス!!あいつら可笑しいぞ!?」


京子はヤスを連れ込むや否や問い詰める。

ヤスは彼女がなにを疑問に思っているのかわからないという表情をしていた。


「お……落ち着くでヤスよ、一体どうしたでヤンスか?」


困惑するヤスの言葉に恭介はかぶせるように発言する。


「妙に馴れ馴れしくないか!?やたらと身体触ろうとしてくるし……まさかとは思うが、な…何かに取り憑りつかれているんじゃ……!」


【取り憑かれている】…この言葉でヤスはピンときた。

今まで過ごしてきた中でうすうすわかってきたことだが、京子(このひと)はホラー物が苦手なのだ。

この廃校に来るのにも相当勇気を振り絞ってきたのであろう、つくづく鮫島 恭介に似ている人だ。


「心配ないでヤンスよ、あいつらは特に何も変わらないでヤンス……平常運転でヤンスよ。」


ヤスは呆れ気味に京子に言い聞かせる。

そう、相も変わらず最低な奴らなのだ……今もどうやったら京子(このひと)と性交渉できるかということしか頭にないだけだろう。


「いや!でもあいつら大学じゃボコしてから全然関わってこなかったじゃん!!ゴリラなんて放心状態みたいな感じだったぞ!?」


京子はだいぶテンパっている様子でまくし立ててくる。

鷹雄(ゴリラ)が放心状態だったのは京子(あなた)の揺れる胸に目が釘付けになっていただけで…………


「……ちょっと待つでヤス…なんで京子氏がアイツらの大学での様子なんて知ってるでヤンス…?それに大学でアイツらが避けていたのなんてたった一人でヤンス…。」



恭介ははっと両手で口を紡ぐ……しまった…余計なことを口走ってしまった。

嫌な汗が背中を伝うのがわかる。


「それに、その鷹雄(ゴリラ)ってあだ名はその人がつけたもので、他には拙者しか知らないはずでヤンス………」


心臓の鼓動がどんどん大きくなっていく。

ヤスは変なところで勘がいい……それこそ京子(きょうすけ)をシスコンと揶揄するほどに……


「まさかとは思うでヤンスが…あなたはキョウ……」


ヤスが確信をつこうとしたその瞬間、甲高い金切声が校舎内に響く。

その異常な悲鳴にはじかれたように二人は廊下のほうに視線を向ける。

サバンナを駆け回るダチョウのように肝試し集団が廊下を走り去っていく……


そして一通り通りすぎて辺りを静寂が包むころ、キィ…キィ……とさび付いた車輪を押す音が聞こえる。

息を殺し、廊下を凝視していると、その音の正体が姿を現す。


挿絵(By みてみん)

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


”ゾンビ看護師”を見た瞬間恭介は悲鳴を上げる。

その悲鳴を聞きつけた”ゾンビ看護師”は今にもずり落ちそうな眼球をこちらに向ける。


「ちょぉお!?何叫んでるでヤンスか!!」


「いや!!無理だろあんなん!!!」


ヤスと恭介が言い合っているうちに”ゾンビ看護師”はゆっくりとこちらに台車を向ける。

その瞬間

物凄い勢いで”ゾンビ看護師”はこちらに迫ってくる。

台車に乗っていたあの集団の一人が吹き飛ばされた机や椅子と共にバラバラになっていく。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!グロぉぉぉおぉぉおぉぉぉぉおぉ!!!!!!」


恭介はヤスを抱え込むと教室の後ろのドアから逃げ出していく。

”ゾンビ看護師”は急カーブをかましながら恭介たちを追っていく。


「どぉすりゃいい!?どぉすりゃいい!!?どぉすりゃいい!!???てかなんで車椅子じゃなくてあんな頑丈そうな台車なんだよ!!?」


「一説には台車のバリエーションもあるでヤンスよぉ!!!」


恭介とヤスはパニックに陥りながらも”ゾンビ看護師”から逃げていく。

確かに”ゾンビ看護師”の迫るスピードも速いが、それから逃げ続けている恭介の足も十分速い。

恭介は廊下の曲がり角を上手く使い逃走していく。

”ゾンビ看護師”は勢いがついてしまいカーブを曲がり切れないのか、曲がり角のたびに壁に衝突し、轟音と共に自身の腐った身体をまき散らしながら大穴を開けている。


「よしよし!!このままバラバラにしちまえば逃げ切れるんじゃないのか!?」


恭介が歓喜の言葉を発しながら走る。

しかし、ヤスは嫌な予感をした。

いや、ヤスの勘が働いたのだ、それはフラグだと……


穴から出てきた”ゾンビ看護師”は台車に残っていた被害者の男の左腕をおもむろに取り出すと自身のなくなった右腕に無理やりくっつける。

”ゾンビ看護師”の腕は()()()()()で台車に手をかけると、同じような勢いで恭介たちを追いかけてくる。


「おいおいまじか!!」


恭介は驚きながらも落としていたスピードを再び上げる。

このまま逃げ続けていたら先に恭介の体力が尽きて、襲われてしまうだろう。


「京子氏!!そこ!!!そこの教室の中に入るでヤンス!!」


恭介はヤスの指示に従っておもむろに教室に入る。

オカルト系(こういうこと)はヤスのほうが詳しい、何か策があるはずだ。


「で!?どうすんだ!?」


「そ……そこの掃除用ロッカーに隠れるんでヤンス!!」


恭介は急いでロッカーに近づくと、勢いよくロッカーをあけるが……


「やべ…入らない……」


ヤスと共にロッカーに隠れようとする恭介だが、胸と尻がつっかえて入れない。

こうしている間にも”ゾンビ看護師”が迫ってきている。


「ヤス、お前はこのままここに隠れてろ…」


「え?京子氏??」


恭介はロッカーの扉を閉めると、おもむろに廊下に飛び出す。


「おら!こっちだ化け物!!!」


恭介は大きな声をあげながら挑発する。

その姿を見つけた”ゾンビ看護師”は先ほどと同じ勢いで恭介に迫る。


「京子氏……やっぱり……」


ヤスはこのままではいけないと思いつつもガタガタと足が震えて動けない自分に情けなくなって泣いてしまった。







「おら!こっちだ化け物!!!」


下の階であの美女の大きな声が響く。

どうやら誰かの代わりに囮になっているようだ。


「くそ……あの女死んじまうじゃねぇか。」


鷹雄は舌打ちをしながら2階の隅に座り込む。

鷹雄はあの化け物を目撃した瞬間、腕を組んでいた女性を突き飛ばして一目散に逃げだした。

世の中は得体のしれない相手に襲われたときはこれが最善の行いなのだ、いくら腕っぷしに自身があっても死ぬときは死ぬし、死んだら元も子もない。

あの男のように……


「はぁ……いい女だったのに勿体ねぇー」


鷹雄は頭を掻きながらぼやく、早くどこかから下に降りてこの廃校から脱出しなければ……

重い腰を上げて階段を下りる。

先ほどあの美女が化け物を引き付けていたようだからしばらくこちらにはやってこないはず…

足音を立てないようにゆっくりと下に降りていく。

廊下の左右を確認してそそくさと玄関へと向かうと、見覚えのある人影が玄関に立ち尽くしている。


「狐輔…無事だったか。」


人影の正体は狐輔であった、こいつは頭の切れる奴だ。この状況では誰をも見捨てて逃げるのが吉だと判断したのだろう。


「何突っ立ってやがる、早く逃げるぞ。」


「はぁ?劣化ジャ〇アンが偉そうだな?俺がんなこととっくに試してないとでも?」


狐輔の発言に唖然とする。

何だこいつ、こんな口を利くやつだったか?


「おい!なんだその口の利き方は!?」


「うっさいわ!木偶の棒が!!だったら自慢の怪力で玄関開けてみろや!!」


狐輔がわけのわからないことを口走る。

こんなボロボロの玄関、簡単にぶっ壊せる。

鷹雄は目いっぱい力を入れて玄関の扉を押す。


開かない。


そんなはずはない、視線を下に移し玄関のカギを確認するが掛かっているわけでもない。

何かの間違いだ……鷹雄は渾身の力でもって玄関にタックルをお見舞いするが、以前びくともしない。


「どうなってんだよ!!」


だんだんイラついてきた鷹雄が怒声を吐いて玄関に八つ当たりする。


「は!知るかよ!!窓も明かないし、椅子を投げつけても壊れないからどうしようもないね!!」


「それをどうにかすんのがテメェの仕事だろ!!!」


「ならテメェの役割も果たせよなぁ!!!さっさと玄関開けろや!!!」


鷹雄と狐輔の醜い言い争いはヒートアップする。

どちらもこの極限状態で精神が限界なのだろう。

そんなとき、廊下を走る音が聞こえる。

先ほどまで罵りあっていた二人はとっさに下駄箱の影に隠れると、視線を音のするほうへと向ける。

すると先ほどの美女が鷹雄の()()を抱えてあの化け物から逃げているのだ。

化け物も猛スピードで奴らを追っている。


「あーあ、勿体な……あの二人死んだわ」


「ああ…そうだな。」


あの美女は先ほどまでもあの化け物に追われていたはずだ。

その最中にわざわざお荷物を抱えていくなんて正気じゃない。


「くそ……イカれてるわ…」






「ひぃぃぃ!!ひぃぃぃぃ!!!」


恭介は必死に廊下を走り回る。

途中保健室らしき所に逃げ込もうとしたが、その手前で足を引きづっていたゴリラの彼女を発見し、抱えてそのまま逃げた。


そのため全然休めていない。


「ちょっと!!もっと早く走りなさいよ!!!」


「これでも全力だっての!!!!!」


恭介は曲がり角を上手く利用し、壁に”ゾンビ看護師”をぶつける。

何度目かの衝突で穴は大きく広がってしまい、”ゾンビ看護師”のパーツもなかなか取れない。


「穴から出てくる前に隠れるぞ!!」


恭介は近くの階段を一息に上がっていく。

あんな大きな台車を押しているのだ、簡単には上がってこれないだろう。


「はぁ…はぁ……はぁ………た…助かった……か?」


恭介は二階に着くと、ゆっくりとゴリラの彼女を下す。

床に座りこみ、一息つくと下の様子を見下ろした………キィ…キィ……と静かに車輪が回る音に変わっている。

そうやら本当に見失ったようだ。


「はぁ……なんなんだよアイツ……フィジカルありすぎだろ……」


恭介はため息を漏らすとゴリラの彼女に向き直る。


「さっきは悪かったな…あのバケモン連れてきちまって…」


「ほんとよ!危うく死にかけたんだから!!」


ゴリラの彼女は怒声を恭介に浴びせる。

その通りだ……その通りなのだが…何か釈然としない。


「そういやあのゴリラはどうした?ずっとべったりだったじゃないか、はぐれたのか?」


「知らないわよ!あんなゴミ!!信じられる!?アイツあの化け物を見るや否や私を突き飛ばして囮にしたのよ!?おかげで足ひねるし最悪!!」


恭介は唖然とする。自分の彼女に普通そんなことするか??

……いやゴリラならするか……


「はぁ…わかったよ…んじゃぁ名前なんていうんだ?【ゴリラの彼女】じゃ長いからな。」


四条(しじょう) 至輝(しき)……」


恭介は名前を聞くと立ち上がる。


「んじゃ四条、お前は二階に隠れてろ…俺は下に戻るから」


恭介の発言に四条は意味が分からないというような表情を向ける。


「はぁ!?馬鹿でしょあんた!!あんたも二階(ここ)にいたらいいじゃない!!」


「いや、まだ下にはヤスが残ってんだ…何とかアイツもつれてこないと……」


四条はさらに困惑の表情を恭介に向ける。


「あ……あんなキモキノコなんてどうでもいいでしょうが!!」


「馬鹿がよ……友達なんだ。」


恭介はそれだけ言うと階段を駆け足で下りていく。


「ば……馬鹿はどっちよ……!」







「うーん……これは詰みでヤンスねぇ……」


ヤスは隠れていたロッカーから出て、教室の窓を調べていた。

どういうわけかうんともすんとも開かない、なんとか京子が戻ってくる前に脱出経路を見出したい。


「物理的に開かないんじゃなさそうでヤンスね、これはほんとに”ゾンビ看護師”の仕業でヤンスか?」


少なくともヤスの知っている都市伝説である”ゾンビ看護師”には校舎に閉じ込めるなんていう逸話はない。

怪異の出る校舎に閉じこめられるというのはホラーの定番中の定番であるが、それは()()()()()()()()()であって怪談、および都市伝説の定番ではない。

普通に考えて違う原因があるはずだ。


「閉じ込められる都市伝説でヤンスか……有名なのは”消えた花嫁”……いやここが学校であることを考慮すると”助けて…”あたりでヤンスかねぇ。」


ヤスが状況を分析していると背後に気配を感じる。

よもや”ゾンビ看護師”に見つかったかと思ったが、その予想は即座に否定される。


「よぉ、山田……テメェ生きてやがったか。」


声の主は鷹雄であった、傍らには狐輔の姿もある。


「いやおめぇみてぇなどんくさい奴があんなのから逃げ切れるわけがねぇよなぁ?あれか?あの姉ちゃんを囮にしたのか!うっわ!ひでぇやつ!!」


いつもはこんな嫌味も皮肉で返すのだが、今回ばかりはヤスは言い返すことができなかった。

ヤスを匿って自ら囮になった黒鳥 京子を見捨てたのは事実なのだ。

足がすくんで動けなかったというのは言い訳にすらならない………黒鳥 京子があの人の可能性があるのなら得に……


「は?まじかよ!!黙ってるてことはそうだよなぁ!?」


目の前で鷹雄と狐輔はケラケラと笑っている。

今回ばかりは仕方がない、甘んじて受けよう。


「タカやん、どーでもいいよそんなことは。それよりちゃっちゃと終わらせよう。」


「終わらせる……?」


こいつらは何を言っているんだろう?”ゾンビ看護師”は解決法が確立されていない都市伝説だ、終わらせるもなにもない。


「そうだな、あいつも何人か殺せば満足すんだろ。」


二人の会話にヤスは目を見開く。

こいつら馬鹿だ……そんな保証はどこにもない。

犠牲者を出せば終わる怪異は何件かあるが、その場合一人死ぬごとに何かしらの変化があるはず……しかし先ほどこいつらのグループの一人が死んだところでなんの変化も出ていなかった。

つまり”ゾンビ看護師”はそういう類の怪異じゃない。


しかし二人の表情は本気だ。

いつもヤスを虐めるときと同じようなためらいのない顔。


「ふ……ふざけるんじゃないでヤンスよ!!」


ヤスは近くの机を倒して二人から逃げる。


「くそ!!待てや!!!」


二人は逃げるヤスを追って廊下に出る。

最悪だ…怪異だけではなく、人間(いじめっこ)からも追われるハメになるなんて……

廊下に出たヤスは足を止める。

向かい側からいじめっ子グループの一人が歩いてきたのだ。


「おお!真理(まり)!!そいつを捕まえてくれ!!」


後ろから鷹雄と狐輔がその真理という人物に呼びかける。

しかし反応するでもなく静かに近づいてくる。


「おい!真理!!……聞こえてねぇのか?」


鷹雄はのんきなことを言っているが、ヤスと狐輔はすぐに察した。

キィ……キィ………という金属音で………


挿絵(By みてみん)

それは明らかに”ゾンビ看護師(ヤツ)”であった。

真新しい頭をつけ、台車の代わりに車椅子を押している。

そしてその車椅子には頭のない身体……


「あ……はぁ……!」


恐怖のあまり動けずにいると、”ゾンビ看護師”はどんどん速度を上げて迫ってくる。

その様子をみて一目散に逃げたのは鷹雄であった。

ヤスや狐輔を押しのけ、トイレに駆け込む。


「痛っ!!の野郎!!!」


狐輔は尻もちと悪態を同時につく。

その瞬間にも”ゾンビ看護師”はもうスピードでこちらに迫ってくる。


もう目と鼻の先、T字路に差し掛かったあたりで大きな声が聞こえてくる。


「どおおおぉぉぉぉっせぇぇぇぇぇぇぇぇいぃ!!!!」


恭介の強烈な飛び蹴りが”ゾンビ看護師”を襲う。

”ゾンビ看護師”は腐った肉体をびちゃびちゃにまき散らしながら壁に衝突する。


「お前らこっちだ!!!」


ヤスと狐輔の腕をつかんで恭介は走る。


「おい!なんでや!!あのバケモン殺したんだろ!!!」


「あいつはいろんな奴の身体くっつけて追いかけてくるんだぞ!?そのうち復活する!!!」


二人を引き連れた恭介は二階へと駆け上がる。

三人は息を整えると下の階を見下ろす。

姿は見えないが、遠くのほうでぴちゃぴちゃといった水音が聞こえてくる。

どうやら自分の身体を組み合わせるのに夢中でこちらには追いかけてこないらしい。


「はぁ……助かった…あんた女神様じゃん……」


狐輔は恭介の手を取り上下にぶんぶんと振るう。


「ここから出られたらさ、お礼も兼ねてどっか遊びに行かない?ね?RHINEと名前教えてよ。」


恭介はむっとした表情を狐輔に向けるとつかまれていた手を振りほどく。


「はん!ダチを……しかも女を見殺しにするような奴に奢られても嬉しくないね!!」


「はぁ?いつ俺がそんなことしたよ?」


「四条から聞いたぞ!ゴリラに突き飛ばされて置き去りにされたって!!!」


恭介の言葉に狐輔はプっと噴き出す。


「くくく……ゴリラって……確かにそうだわ……はぁー……あいつをそんな風に呼んだのアイツ以来だわ…くくく……おもろ…」


ヘラヘラ笑う狐輔にだんだん腹が立ってくる……くそ、助けるんじゃなかった。


「でもさ、それしたのタカやんで会って俺じゃないじゃん?俺関係なくね?」


「助けるくらいはできたろうが!!」


「ははは!!無理無理!逃げるのに必死でそれどころじゃないって!!自分と同じスペック他人に求めるのやめてもらえます?」


恭介の叱咤に狐輔は小馬鹿にしたように答える。

つくづく腹の立つ野郎だ。


「はぁ……まぁいいや…この階に残してきた四条のことも心配だしな…おいサギツネ、ゴリラはどうしたんだ……一緒じゃなかったのか?」


「ああ、あいつならさっさと逃げていったわ…ほんと、大きいのは図体と口と態度だけだわな。」


おいおい、お前たちほんとに友達なのかと思ったが口をつぐんでおいた。

一人で逃げられるなら四条のほうを優先するべきだろう、アイツは見つかったら終わりだ。



「おーい!四条!!無事かぁー!?」


恭介は教室一つ一つに呼びかけながら移動する。


「おい!正気かよ!!そんな大声出したらあいつに見つかるだろうが!!!」


狐輔は声を潜めながら恭介に言う。


「こういうときは声を潜めながら呼びかけて隠れられそうなところを一つ一つ調べるもんでしょ!」


それはそうだ、コレは恭介が迂闊だったかもしれない。


「悪い、急ぐあまりつい……」


「へ?何だ急に素直に……」


そりゃ恭介だって怖いのだ、ただでさえホラーが苦手だというのに……しかしここ数週間のおかげで恭介はだいぶホラー耐性がついたように思う。

そんな会話をつづけていると近くの教室の扉ががらりと開く。


「嘘……ほんとに生きて戻ってきたの……」


そこには古びた掃除用モップを持ちながら震えた様子で四条 至輝が姿を現す。


「よかった、無事だったんだな。」


恭介の安堵した様子に四条は肩の力を抜く。

こんな表情をするのが幽霊なわけがない。


「あんた達も生きてたんだ。」


「”あんた達”って……俺もこのキノコと同系列かよ。」


四条のそっけない態度に狐輔は驚きを隠せない様子だ。

確かに大学内では狐輔も含め、グループ内の男にきゃぴきゃぴしていた印象しかない。


「はぁ?人を見殺しにしておいてよくいうわ!あたしあの後死ぬような目にあったんだからね!?」


「はぁ!?そりゃこっちだって同じだわ!!大体お前がこんな肝試しなんて提案しなきゃこんな目にあってねぇし!!」


二人の言い争いはどんどんヒートアップしていく……これ以上はまずい…


「少し落ち着けって…ここで喧嘩したところでどうしようもないだろ…」


恭介の言葉に二人は黙りこくる。

さっきから妙に素直というかなんというか……


「ヤス、”ゾンビ看護師”って解決法とかないのか?」


恭介は先ほどから口数の少なくなってしまっているヤスに話しかける。

まぁ自分を虐めていた奴らがこうも近くにいるのだ、気を張ってしまうのは仕方がないだろう。


「残念ながら…”ゾンビ看護師”は生徒が襲われるという話しかないでヤンスよ…」


ここまで話をしていたヤスが口を紡いで考え込む。

こういうときのヤスは何かを思いついた時のヤスだ。


「もしかしてこの都市伝説…”かくれんぼ”じゃなくて”おにごっこ”だったんじゃないでヤンスかね?」


「はぁ?わけのわからないこと言ってんじゃねぇぞ。」


ヤスの発言の意図がわからず、狐輔はヤスを恫喝する。

しかしそれを恭介が静止するとバツが悪そうに一歩下がる。


「拙者は今まで話の構成から”ゾンビ看護師”は隠れるのに失敗したから生徒は殺されたと思っていたでヤス、でも実際に出現した”ゾンビ看護師”は猛スピードで追ってきた……実際話にも”追いかけてくる”とちゃんと明記されているでヤンス。」


ヤスの言葉に狐輔が口を開く。

しかしそれは恫喝ではなく、しっかりとした意見であった。


「追いかけっこたってどこに逃げんだよ、この校舎窓も玄関も開かないぜ?」


「嘘!!」


狐輔の言葉に四条は青ざめる。

確かにそうだ、逃げ場がないのではどうしようもない。


「それは拙者も確認したでヤスよ、”ゾンビ看護師”に校舎を封鎖するという話などなかったから最初は疑ったでヤンスが、これはれっきとした”ゾンビ看護師”の噂でヤンス。」


「どういうことだよ?校舎に閉じ込められるなんてなかったんだろ?」


恭介の発言にヤスは首を横に振る。


「校舎ではないでヤンスが、閉じ込められる描写はちゃんとあるでヤンス……トイレの個室に。」


三人はハっとしたような表情を浮かべる。

確かに最初にヤスが語った話ではそんなことを言っていた。


「都市伝説では生徒は一目散にトイレに逃げてるでヤンス、当然玄関も窓も弄っていない……トイレの個室を上から一晩中生徒を見張っていた”ゾンビ看護師”がそんな体勢でトイレの個室を抑えていたとは考えにくいでヤンス……つまり」


「”ゾンビ看護師”は任意の扉を開かなくすることができるってわけか……」


そうなると、ロッカーやトイレなどに隠れるのは悪手だ……逃げ場がなくなってしまう。


「そうなると俺らが逃げてるときに扉を閉じなかったのはなんでだ?逃げるの阻止できるじゃん。」


「おそらく、”閉まった扉しか開かないようにできない”のでヤンしょう……拙者らはすっと教室の扉を開けてヤンした。」


ヤスと狐輔の会話に四条はさらに青ざめる……確かに恭介たちと合流するまで教室の扉を閉めていたな……。


「あんた……結構頭いいのね……で、でもさ、結局逃げ道がないのは変わんないじゃん…どうすんのよ…」


四条の質問にヤスはくいっと眼鏡を上げる。


「ここからはおそらく…という話になるでヤンスが、”朝日が出るまで逃げ延び、脱出する”必要があると思うでヤンス……」


「はぁ?でも話の中じゃ生徒死んでんじゃん。」


狐輔の疑問は最もだ……話の中では生徒は朝を迎えても死んでしまっている。


「それは生徒が弄ばれた結果でヤンス、すぐ手を下せる状況ですぐに殺さずに生徒が気づくまで見つめていたでヤンスよ?楽しんでいたとしか思えないでヤンス。ある意味怪異らしい怪異でヤンスね。」


ヤスはうんうんと感心したように頷いている。

いや、どこに感心しているんだ。


「そして話がここで終わっているのが味噌でヤンス、楓華氏のいうように都市伝説が”噂の具現化現象”なのだとしたら、時間が明示されている都市伝説である以上、それ以降のことは起こりようが無いでヤンス。」


確かにそうだ、これまで出てきた都市伝説も噂以上のことは起こらなかった。

強化された”身”の時も噂にそう形であったし、解決法が明示されていないにも関わらず、都市伝説の解釈を変え、試行錯誤することで解決した。


「……確かに、有り得るかも。」


恭介の言葉に四条と狐輔は顔を見合わせる。


「はぁ……意味わかんね……」


「どっちにしろ姐さんと一緒にいたほうが安全そうだしね……どっかの誰かとは違って。」


二人はしぶしぶといった様子だがこの方針に乗ってくれるようだ。

ヤスはスマホを取り出し、時間を確認する。


「現在時刻3:00……日の出まで残り二時間ちょっとでヤンス…」


その言葉に皆戦慄する。

二時間……結構長い……


辟易している四人の耳に足音が聞こえる。

どこかゆっくりとした感覚のその足音は確かにこの教室へと近づいてきている様子だ。


「まさか……まさかよね……?」


「いや…まだ死んだのを確認していないやつが三人いたはずだ……そのうちの誰かってことも在り得る」


「そ……そうでヤンスよ…それに”ゾンビ看護師”なら台車か車椅子を押しているはずでヤンス…階段を上がれるわけが……」


四人はそれぞれ自身の鼓動が早くなっていくのを感じ取る。

教室の扉、その一点を凝視し微動だにしない。

いや、くぎ付けになって動けないのだ。

足音はピタリと止まり、その正体を現す。


ひょこっとした動作で肝試しメンバーの一人が扉からその顔をのぞかせたのだ。


「真理!よかった!あんた生きてたのね!!」


真理の顔を確認した四条は安堵と喜びが入り混じった声で彼女を迎え入れようと近づく。

しかし、それを恭介は阻止する。


「ちょ…どうしたのよ、この際人手は多いほうがいいでしょ?」


恭介は四条の顔を見ず、真理の顔を凝視したまま首を左右に振る。

確かに目の前の彼女は肝試しのメンバーの中に見覚えがある。

しかし、同時につい先ほども見たのだ。

あの薄暗い廊下で……


「逃げろぉーーーーー!!!!!」


狐輔の絶叫を皮切りに三人は弾かれたように反対側の扉へと走りだす。


「え?え?ちょっと!!」


四条はわけもわからないまま恭介に引っ張られ走り出す。

疑問に思った彼女の視界に映ったのは

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


四条の絶叫が校舎内に響き渡る。

あんなものを目撃していしまえば当然の反応だろう。


「あんなのもう”ゾンビ看護師”のパーツ無いでヤンスよぉ!!!」


「ナース服着るならせめて女の身体であれや!!!」


「つーかアイツ台車も車椅子も押してねぇぞ!!!」


恭介の言う通り今の”ゾンビ看護師”は身軽なものであり、両腕を大きく広げてこちらへ向かってくる。

それでは台車や車椅子は一体どこに行ったのだろう。


「ひぃ!!」


先頭を走っていたヤスの悲鳴で恭介は前方を確認する。

そこには台車と車椅子に交じってバラバラの腕や足、五体満足だが頭部のない身体が恭介たちを通らせまいと立ち塞がっている。

中央にはまだ再会できていなかった肝試しメンバーの頭部がぶら下げられている、おそらく現在の”ゾンビ看護師”の身体のもとの持ち主だろう。


「人肉バリケードとか悪趣味すぎるだろ!!」


「怪異でヤンスからね!!!拙者らの美意識などお構いなしでヤンしょ!!!!」


狐輔とヤスがかつて人だった肉の塊たちをどうにかどかそうとしている。

しかし腕や足を台車や車椅子にまるで紐のように結ばれているバリケードはちょっとやそっとでは突破できない。


「ちょっとあんたら何もたもたしてんのよ!!!」


こうしている間にも”ゾンビ看護師は猛スピードで恭介たちに迫ってくる。


「クッソ!!」


恭介は”ゾンビ看護師”へと向かっていくとドロップキックをお見舞いする。

”ゾンビ看護師”は臓腑をまき散らしながら廊下を転がりうごめいている。

まるで虫のようなその動きに恭介は鳥肌を抑えられないものの三人に指示を出す。


「俺が食い止めてるうちに早く逃げろ!!」


「い……嫌でヤンス!!京子氏も一緒に……」


「それじゃ追いつかれる!!!」


残ろうとするヤスを狐輔が引っ張る。

まただ、またヤスは()において行かれる。


三人が階段を下りていくのを確認した恭介は手首、足首を回す。

その間にもゾンビ看護師は折れた手足を虫のように這わせながら恭介へと向かってくる。


「さて、やっと二人きりだな。」


”ゾンビ看護師”と一対一になった人造人間(さめじま きょうすけ)は迫りくる”ゾンビ看護師”を思いっきり蹴飛ばす。

人造人間(ホムンクルス)である人外の力を勘のいいヤスの前で使うことに躊躇っていた恭介は三人を安全に日の出を迎えられるよう”ゾンビ看護師”をこの場にくぎ付けにすることに決めた。

まぁ、ホラーが苦手な恭介でもやっと”ゾンビ看護師”のビジュアルに馴れてきたのだという要因のほうが割合としては大きいのだが……

というかより新鮮な死肉に取り換えたおかげで最初のデロデロに腐りきった姿より、幾分もマシに思える。

蹴飛ばされた”ゾンビ看護師”は天井を上手く足場に使うと恭介に向かって跳躍する。


「うお!?」


まるで弾丸のように恭介に激突した”ゾンビ看護師”は自らの頬の肉を顎の力だけで引き裂くと恭介の柔肌で覆われた腹を噛みちぎる。


「ぎゃぁぁぁああ!!!痛ででででで!!!!!」


恭介は痛みのあまり”ゾンビ看護師”を引き離そうと藻掻くが全く離れない。

恭介が不死の存在となり力のリミッターが外れやすくなったのと同じようにゾンビであるこの怪異もそうなのだろう。

そのうえで女の身体と男の身体だ、筋力差が違う。


「や……めろ!!!」


恭介が渾身の力を振り絞って”ゾンビ看護師”を蹴飛ばし、無理やり距離をとる。


「油断ならねぇ!!なんだあいt……」


体勢を立て直し”ゾンビ看護師”に向き直った恭介は違和感を覚える。

”ゾンビ看護師”が何かを(くわ)えているのだ。

チューブのような……ソーセージのような……

そういえばやけにスースーする。

噛みちぎられた箇所だけでなくその先……


そう…ちょうど”ゾンビ看護師”へと続くこのホースみたいなこれのあたり……


「お……お前、まさか………」


恭介は震える声を発しながら、震える手で自身の腹を探る……

汗ばんだ手がさらに濡れた温かい感触を実感する。

間違いない……

”ゾンビ看護師”が今まさにサラミのようにくちゃくちゃ貪っているそれは


黒鳥(さめじま) 京子(きょうすけ)(はらわた)だ。


「お……おま………おぉまぁぁえぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!!」


実感すると急激に痛みに襲われる。

理不尽な激痛と腸を引きずり出されているいう恐怖を怒りに変えて思いっきり自身の腸ごと”ゾンビ看護師”を引き寄せる。


「おらぁ!!マグロの一本釣りじゃぁぁぁ!!!!!」


恭介は引き寄せた”ゾンビ看護師”をとっ捕まえるとそのまま腸で首を締め上げる。

それはもう精一杯、自身の腸から血やそれ()()()()()がにじみ出るほどに……


「このまま窒息させたらぁぁ!!!」


恭介は鬼の形相で”ゾンビ看護師”を締め上げる。

しかし恭介はここで失念していたのだ。

相手が”ゾンビ看護師”であることを……


”ゾンビ看護師”は自身の頭部と身体を二つに分けると、逆に恭介を抑え込む。

外れた勢いでコロコロ転がっていった頭部がゆっくり、ゆっくりと恭介へと近づいてくる。

非常に危機的状況だ。

いくら身体が不死身だとは言え、他の犠牲者のように体を挿げ替えられたらどうなるかわからない。

今の恭介が恭介であれるのはこの頭の中に()() ()()()()()()()()()()だ。

頭だけになったらどうなるのか……そのまま意識がはっきりしたまま放置されるのか…それとも……


最悪な想像をしてしまった恭介は必死にもがいて抵抗する。

しかし、やはり”ゾンビ看護師”はびくともせず恭介を組み伏せ続けている。


(あ…これ……やば………)


恭介の身体に死という電流が走りぬけた時、ぐちゃりとトマトが潰れたような音がする。

思わず両目を閉じた恭介だが、聞き馴染みのある声を確認する。


「京子氏!!大丈夫でヤンスか!!?」


「……は!?ヤス!??なんで!!!?」


”ゾンビ看護師”の身体の向こう側…そこには真っ赤に染まった椅子を握りしめたヤスの姿があった。

頭部をつぶされた”ゾンビ看護師”の身体はヤスに向き直るとそのまま襲い掛かる。

しかしそんなことを恭介が許すはずもなく、両足で拘束すると、そのままの勢いで床にたたきつける。


「ヤス!!早く逃げるぞ!!!」


「京子氏!!!それより中!!!中身もろび出てるでヤンスよ!!!」


しまった……腸が出ているところを……それでいて平気でいるところをヤスに見られてしまった……

恭介は走りながらいそいそと自身の腹に大腸を仕舞っていく。

ヤスはその様子を凝視している。

階段を下り、玄関あたりまで逃げ込むと下駄箱の陰に隠れる。


「京子氏……どういうことでヤンスか?」


隠れるや否やヤスはド直球に聞いてくる。


「そ……そんなことよりなんであんなとこにいたんだよ!!俺は逃げろって言ったよな!!?」


恭介はヤスの質問をごまかすようにヤスに問い詰める。

正直自分でもこれは苦しいと思う。


「……別にまた居なくなられるのが嫌なだっただけでヤンス。」


眼鏡越しにヤスの瞳が見透かすように恭介の瞳をまっすぐ見つめている。

………まずい…これは確実にバレている……。

恭介はヤスから逃げるように目線を逸らし、立ち上がる。


「……あとの二人はどうしたんだ……?」


話題を逸らすように恭介はヤスに問いかける。

……わかっている、こんなものは時間稼ぎに過ぎない。


「……彼らには職員室に隠れてもらってるでヤンス、あそこは机が連なって置いてあってもし来られても簡単にチェイスできるでヤンスから………勿論扉を全開にして。」


恭介とヤスの間に微妙な空気が流れる。

ヤスと居てこんな空気になったことはただの一度もなかった、それは黒鳥 京子(このからだ)になった後もだ。




______「なんだよ!その血!!!」


職員室にて狐輔、四条と無事合流した恭介とヤス。

えぐられた腹やむき出しの骨、内臓はシャツで何とか隠しているが、さすがに血だけはシャツに滲み、流石に隠すことができなかった。

明らかな大量出血に二人とも動揺してる。


「だ…大丈夫、大丈夫……見た目ほどひどくないから…」


恭介は苦笑いと共に嘘を吐く。

実際は見た目ほど酷いし、アドレナリンが切れたのか職員室に着いた頃にはとんでもない激痛が襲ってきた。

早く再生してくれることを祈るしかない。


「でも何とかなりそうで安心したわ…外もなんか白んできたし……」


スマホで時刻を確認すると四時を過ぎ、五時に入ろうかというあたりに差し掛かっていた。

電話もネットもつながらないスマホはすでに大きいだけの時計だ。


「ならこのまま職員室に隠れてやり過ごしたらいいんじゃないか?見つかったらこの先生方の無駄にでかーーい机を障害物にして逃げればいい。」


狐輔の提案に全員異論はなかった。

何もここで無駄に動き回り、見つかるリスクと体力を無駄にすることはない。

そう決めたなら後は早いものだった。

時間はあっという間に過ぎていきすっかり空は明るくなる。


不気味なほど”ゾンビ看護師”が姿を現すことはなかった。


「もう…いいんじゃない?多分朝になって消えたのよアイツ……」


四条の言葉を皮切りに狐輔も同意し、立ち上がる。


「待つでヤンス、二階でも言ったでヤンスけど”ゾンビ看護師”は朝だからといって消える都市伝説ではないでヤンス、ゆっくり、慎重に、見つからないように行くでヤンスよ」


ヤスの注意に二人は生唾を飲む。

二人ともすっかりヤスの言うことに素直に従うようになっている。


「よし、じゃあまず窓が開くかどうか確かめよう。」


四人で手分けして職員室内の窓を調べる。

………しかし相変わらず窓はびくともしない。


「ちょっと!!どうなってんのよ!!!朝になったら出られるんじゃなかったの!!?」


「お……落ち着くでヤンスよ!あくまで憶測だと説明したはずでヤンス!!それにまだ玄関があるでヤンス!!!」


窓が開かないことに四条がヒステリックに叫ぶ。

もう精神的に限界なのだろう、やっと出られると思ったところにこれだ……パニックになるのも無理はない。


「……じゃあ、次は玄関だな…」


恭介を先頭に四人は玄関を目指す。

狐輔と四条は恭介にびったりくっついているがこの際放っておこう。

”ゾンビ看護師”に見つからないように細心の注意を払ってゆっくり廊下を歩いていく。

もう外はすっかり明るいというのに恐怖心がぬぐい切れない。


「………おい…それはずるいだろ…」


目の前の場景に思わず声を漏らす。

目の前にはすっかり明るい陽射しが差し込んでいる玄関がある。

……しかしその前を”ゾンビ看護師”が陣取るようにウロチョロしているのだ。


「こんなのどうやって逃げろってのよ……」


四条の泣きそうな声が四人の気持ちをさらに沈ませる。

しかし希望がないわけではない。


玄関(あそこ)をあんなに大事そうに死守してるってことは玄関(あそこ)に近付かれると困るってことだろ……?じゃあやっぱり玄関から出れるんじゃないのか?」


恭介の言葉にヤスも頷く。

希望的観測かもしれない……しかし今は確かめてみるほかない。


「でも……結局どうやって玄関に近付くのよ……」


そう、そこが問題だ。

玄関(あそこ)に行くには()()()()()()()しかない。

みんなそのことには気づいてるようで互いに互いを見つめている。


「大丈夫……俺が囮になる、その隙に玄関を開けてくれ。」


恭介の言葉に四条と狐輔が頷く。


「だ…だめでヤンス!京子氏は怪我してるでヤスよ!!せ……拙者がいくでヤンス!!!」


ヤスが声を殺しながら慌てたように言う。

確かに恭介の腹はいまだに塞がってはいない。

しかしここは人造人間(さめじま きょうすけ)が一番適任なのだ。

これをどう説得するか……


「なら俺にいい案があるわ……」


ヤスの発言に狐輔がにやりと笑う。

何か怪しい、こいつこの期に及んで何か企んでいるんじゃないだろうな?


狐輔は来た道を少し戻ると何やら壁から何かを取り出し、持ってくる。


「消火器だ、こいつを使って目くらましさせようぜ。」


狐輔はそういいながら消火器の圧力を確認する。


「廃校の消火器のわりには十分だな。」


狐輔が構えると身を隠す。

奴が目くらまし役を勝手出るというのは少々不安だが、何かあっても最悪自分が足止めをすればいい。


「いくぞ」


狐輔が飛び出すと同時に三人も一斉に駆け出す。

狐輔たちの姿をとらえた”ゾンビ看護師”は一目散にこちらに向かってくる。


「ひぃぃ」


狐輔はその姿に一瞬やたじろぐも構えた消火器を構えて一気に放出する。


「いまだ!!走れ走れ!!!」


恭介の掛け声にヤスと四条が玄関に突撃する。


「開いた!!」


四条の歓喜の声が恭介と狐輔にも届く。


「急げ狐輔!!」


「お、おう!」


恭介は狐輔の手を引っ張り玄関へと急ぐ

しかし”ゾンビ看護師”も粉を振り払い、恭介たちに迫る。


「京子氏!!」


玄関でヤスが手を伸ばし、まっている。

恭介は飛び込むようにヤスの手をつかむと、そのまま引っ張られる。

恭介、狐輔、ヤスの三人は転がるように校庭に投げ出されるとすぐに体制を立て直す。

すぐに”ゾンビ看護師”から逃亡しないといけないからだ。


………しかし、”ゾンビ看護師”は玄関を超えることなくこちらをじっと見つめると、ドアを閉めてかがむ。

ガチャリと玄関のカギをかけた”ゾンビ看護師”はくるりと振り返り、校舎の中へと消えていった……。


「た……助かった………のか……?」


狐輔が間の抜けた声を発する。

”ゾンビ看護師”は追ってこない、校舎からも出ることができた……助かったのだ。


「よし……よし!!やった!!!はは……生きてる!!!」


狐輔は涙目になりながら喜びに打ち震えている。

それはヤスや恭介だって同じだ、四条に至ってはわんわん泣きはらしている。


「おい!こんなとこさっさとおさらばしようぜ!!また変なのに巻き込まれたらたまったもんじゃない!!!」


狐輔は立ち上がると一気に駆け出す。

それに続くように四条も立ち上がりよたよたになりながら狐輔の後を追う。


「ふぅ……何とかなったでヤンスね、鮫島氏。」


「ああ……そうだな……」


すっかり脱力した恭介は太陽の光を目いっぱい浴びるように横になる。

何だかずいぶん久しぶりに日光を浴びた気がする。

そんな恭介の顔にヤスの影がかかる


「………やっぱり鮫島氏だったんでヤンスね。」


恭介の顔を覗き込むようにヤスは見つめている。

そういえばこいつさっきから()()()って……

しっかりお話聞かせてもらうでヤンスよ?















トイレの一番奥、そも個室にでかい図体をガクガク震わせた男がいた。

トイレ窓からはすっかり陽射差し込み、夜が明けたことを告げている。

しかしまだこの個室からでてはいけないのだ、山田の話では生徒は日が昇ってから殺された。

つまり日が昇り始めた今はまだこの個室から出てはいけないのだ。

決して出れないのではない。

決して上を見れないのではない。

化け物がこの個室内を覗いているか否かを確認するのが恐いわけではない。

確認しなければ覗かれていないのと同じことだ……これは合理的判断だ………

男は未だガタガタと身をふるわせ、トイレ床のタイルを一心に見つめている。





キィ……キィ………








ギィィィ………………………

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