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Friend of a Friend  作者: koenig
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くねくね

挿絵(By みてみん)

「あ、晴れた!通り雨だったみたいだね!」


弟の元気な声が野山に響く。

今、僕たち兄弟は田舎の祖父母の家に寄生している。

都会に比べ、涼し気に感じるのは緑が多いからだろうか?木々の木陰から差し込む日差しが心地いい…アスファルトやコンクリートに囲まれた都会ではこうはいかない。


「ねぇ、兄ちゃん!約束通り自由研究手伝ってよ!」


弟が僕の服をつかみ、引っ張ってくる。

自由研究の手伝いを申し込んできた弟に「今は雨が降っているから、晴れたら手伝ってやる」と断りを入れたのだ……今思えばあの時あのような約束をした自分を蹴飛ばしてやりたい。

どうして自分にはド〇えもんがいないのかと落胆してしまう。


「兄ちゃん!遅いよ!」


弟は張り切り、すでに玄関でサンダルを履いている。


「おい、あんまり急ぐと転ぶぞ……大体こんな真昼間からカブトムシがいるわけ……」


「えー!いるよぉ!葉っぱの裏で休んでるっておじい言ってたもん。」


僕は深くため息を吐いた。

おじい…孫にいいとこを見せたくて余計なことを吹き込んだな?

玄関でサンダルを履き、田舎特有の田んぼ道を歩いていく。

いくら都会と違って幾分か涼しくても夏は夏だ。

直射日光に当てられればさすがにこたえる。


「あついねー!」


そんな中でも弟は元気だ、小学生の頃は自分もこんなに元気が有り余っていただろうか?高校生(はんぶんおとな)になってしまった今の自分では思い出せない。


田んぼにはすっかり水が張られ、太陽の光できらきら輝く。

そこで僕はあるものを見た。

ゆらゆら揺れる白い影を……


「なんだろ、あれ……」


どうやら弟も同じものに目を付けたらしい。

彼は小さな瞳を大きく見開き、一生懸命その正体を見つめている。


「さぁ…カラス除けかなんかじゃないか?」


あんな動きは普通じゃない。

まるで紐に通された布やビニール袋のような動き……人型にしているのは案山子の代わりだからではないだろうか?

しかし、いくら目を凝らしてみても紐も、その両端をひっかけれるような棒もこの田んぼには存在しない。


「お前、カブトムシ見つけるために双眼鏡持ってきてたろ?少し貸してみろ。」


僕は弟から双眼鏡を受け取ると、その陰に向けてのぞき込む。

のぞき込んでしまった。


「ねー、何だったのぉ?僕にも見ーせーてー!」


僕は震える手で双眼鏡をおろし、ぎゅっと握りしめる。


「いや……見ないほうがいい…というか…知らないほうがいい………。」


僕はそのまま弟の手を引いて歩き出す。

それから僕はこの帰省の間、弟に双眼鏡を返すことはなかった。

蝉の鳴き声が救急車のサイレンの音に変わったのはいつ頃からだったろうか……






________喫茶店ウィッチ。


「恭介くんも仕事ぶりが板についてきたじゃない。」


カウンターの拭き掃除をしている黒鳥(くろとり) 京子(きょうこ)こと鮫島(さめじま) 恭介(きょうすけ)黒鳥(くろとり) 楓華(ふうか)が話しかける。


「ええ?何ですか?突然。」


恭介は照れくさそうに後頭部を掻き、黒鳥から目線を外す。

好意を抱いている人物に藪から棒に褒められると何とも言えないむずがゆさを覚えるものだ。


「いや、前は胸をテーブルに擦り付けてたせいで何度も同じところを拭く羽目になっていたけれど、今は自然と距離を保てているなぁと思って。」


恭介は一気にスンとなる。

嬉しくない。

いくら好きな女性の誉め言葉だとしてもこればかりは嬉しくない。

そんな恭介の表情がツボに入ったのか、黒鳥はクスクスと笑っている。


「くっ……可愛い…!」


あんな笑顔をみせられてしまったら何を言われても簡単に許してしまう……。

恭介は少しだけ自分が哀れに感じた。


そんなやり取りをしているとカランコロンと来客を告げるベルの音が聞こえる。


「はーい!いらっしゃいませー!」


恭介はベルの音に反射的に反応すると、玄関のほうへ足を運ぶ。

玄関には中肉中背といった表現がふさわしいような男性が立っていた。


「えっと…」


「あ、ご席に案内しますね、こちらへどうぞ!」


恭介はすっかり板についた接客でその男性を案内する。


「ご注文お伺いしまーす。」


挿絵(By みてみん)



しかし男性は店内をキョロキョロ見回すばかりで一向にメニューを見ようとしない。


「あの……」


男性は不思議そうな顔をして恭介に話しかける。

何か顔についているだろうか?


「キョウちゃん、キョウちゃん。」


カウンター越しに黒鳥が声をかける。


「そのお客さん、コーヒーを飲みに来たんじゃないわ。」


恭介は首を傾げる。

喫茶店にきてお茶しにきたわけではないと言うのは……

次の瞬間、恭介は嫌な直感をする。


「まさか……調査のご依頼ですか?」


恭介は外れてくれと心の中で懇願しながら男性に質問する。

しかしその懇願も空しく、男性は安心したような表情を浮かべ頷く。


______「いやぁ、よかった!場所を間違えたと思いましたよ!」


男性はここが調査事務所も兼ねているを知ったとたん堰を切ったように話し出す。

なんでも()()チラシを見て足を運んだのだという……あのサイケデリックなチラシを……


「それで、調査依頼のほうは…?」


チラシを見てきたという話を聞いた黒鳥 楓華はとてもご満悦だ。

素人目にはわからないがムフーっというような自信に満ち溢れた表情(かお)をしている。

とてつもなく可愛い。


「あ、そうです…今回私が依頼したいことというのが、幼少期の頃に見た謎の影について調べていただきたいのです。」


その男性の言葉に恭介と黒鳥は顔を見合わせた。

なんでもこの男、志部谷(しぶや) 平八(へいはち)は7歳の頃、祖父母の家に兄と共に帰省した際、田んぼに揺らめく白い影を目撃したそうなのだという。

彼が双眼鏡でその影を見てみようと思った際、兄に双眼鏡を貸してくれと言われ平八から双眼鏡を取り上げると、兄だけがその影を除きこんだのだという。

兄に何だったのか詳細を訪ねたが、意地悪をされて教えてもらえず、双眼鏡も結局返してもらえなかったのだという。


「この前、アルバムを整理しておりましたらその頃の写真が出てきまして…改めて気になっていたところ、ここのチラシを見つけた次第です。」


何だか不思議な依頼だ。スピリチュアルな子供の頃の体験。


「それならお兄さんに直接改めて聞いてみるんじゃだめなんですか?言っちゃなんですけどここで依頼するとお金かかりますよ?」


商売人としては失格の発言だが、こればかりは言っておいたほうがいい。

後でクレームになるのはごめんだ。


「それが……兄は…」


「気が触れてしまった?」


依頼人の男性、平八が口にするよりも前に黒鳥 楓華がつぶやく。

その言葉に平八は驚愕の表情を浮かべる。


「ど……どうしてそれを…?」


失礼極まりない発言にまずいと思った恭介だが、平八の反応は予想と違った。

話したはずのない内容を言い当てられて顔を青ざめさせている。


「とてもメジャーな都市伝説だからです。お兄さんが見たのは”くねくね”でしょうね。」


黒鳥はふっと微笑むと恭介の顔を伺う。

わかっている…「それはどういう都市伝説何ですか?」と聞いてくるのを待っているのだ。くそ…可愛い。

しかしその手には乗らない、なんやかんやこういう都市伝説は怖いのだ。


「そ……その”くねくね”とは何なのですか!?」


恭介が我慢していると平八が代わりにと言わんばかりに聞いてしまった……その役目は俺のものだというのに!!


「……これは友達の友達から聞いた話なのだけれど…」


黒鳥は恭介の顔をじっと見つめていつもの語り句を唱える……それはどういう感情なんですか!?俺が聞かなかったから怒っているんでしょうか?可愛いな!……次からは聞くようにしよう……

そんなことを考えているうちに黒鳥は語り始める。


「あるところに兄と弟の二人兄弟がいたわ。彼らは田舎に遊びに行った際に家から田んぼ道を見ていたの…そしたら田んぼの中腹あたりで何やら真っ白な服を着た人がありえない動きでくねくねと踊り始めた。兄弟は最初それがなにかわからなかったのだけれど、やがて双眼鏡でそれを見た兄は何かわかった様子で、弟にあれはなんなの?と質問される。しかし兄はわからないほうがいいと弟にその正体をおしえてはくれないわ……しばらくしてその兄は知的障碍者になってしまったという……」


楓華の語りに恭介と平八は二人して身震いする。

平八は尚のことだろう……危うく自分が兄のようになっていたかもしれないのだから。

しかし一通り話し終えた黒鳥は何やら考え込んでいる。


「でもおかしいのよね。」


「何がです?」


黒鳥の言葉に瞬時に恭介は聞き返す。

もう同じ轍は踏まない。


「この都市伝説もネット掲示板2ち〇んねるが発祥なのだけれど、この話が出た時期って2000年の頃なのよね…」


またか…いったいその掲示板はいくつ都市伝説を輩出してきたというのか……。

しかしそれのどこがおかしいというのか、今までもネット由来の”具現化した噂”にはさんざん振り回されてきたではないか……?


「平八さん、失礼ですがご年齢をお伺いしても?」


「え…?えっと35歳です。」


黒鳥さんに【さん】付けで呼ばれるとは何とも羨ましい……


「平八さんが”くねくね”らしき存在に遭遇したのは7歳の頃の28年前……だけれど初めて”くねくね”の話が書かれたのって2000年の25年前なの。」


恭介は黒鳥の言葉に首を傾げる。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のかしら。」


黒鳥のこの発言でやっと恭介は合点がいく。

そうだ。

ここで調査する都市伝説は怪異であれ事件であれ”噂の具現化”によって生じたものだ。

犯人が怪異であれ、人間であれ、噂にならなければ実態を持たない。具現化しない。


話が世に出なければ噂になることすらないのだ。


「面白いわね……興味が出てきたわ。」


黒鳥が妖艶な微笑みを浮かべる。

恭介はその姿にくぎ付けになってしまった。


「キョウちゃん、旅行なんて興味ない?」





________翌朝、駅前。

恭介と黒鳥は現場である平八の祖父母が住んでいたとされる田舎に足を運ぶために朝早くから駅に来ていた。

放射冷却の影響で外はいまだに霧がかかっている。


「電車の時間にはまだ余裕があるわね、乗る前にトイレを済ませておこうかしら。」


黒鳥はそういうとトイレへと向かう。

ちなみに恭介は女子トイレに入るのに未だ抵抗感を感じており、喫茶店を出る前に済ませておいた。


「あれ、?京子さんじゃない?」


聞き覚えのある声に恭介は振り返る。

挿絵(By みてみん)


「三浦!?」


その場にいたのは三浦(みうら) 魅堵(みと)であった。


「お前どうしたんだよ!音沙汰もなしに!!」


魅堵はかつて【コインロッカーベイビー事件】で自首すると警察署に向かったはずだ。

それが待てど暮らせどニュースにならないし、こうして恭介の目の前に現れている。

……しかもたくさんの子供たちを引き連れて……


「お前……改心するために自首するんじゃなかったのかよ…逃げるための嘘だったのか?」


「いやぁ…それが事情があってさ、自首できなくなっちゃった!」


恭介の悲しそうな声色にバツが悪くなったのか苦笑いを浮かべて答える。

自首できない事情とはいったい何だというのだろうか。

恭介は呆れたようにため息を吐くと話を続ける。


「……そんで、お前今何やってんだよ……つーかその子供たちは?」


「ああ、この子たちはね親に()()()()()子たち。自首できないから罪滅ぼしってわけじゃないけどこうして保護して面倒見てんの、今はちょうど()に帰るとこ。」


そういうと魅堵は子供たちの頭をなでる。

どんな事情かは知らないが、彼女は彼女なりに償いはしているようだ。


「京子さんも待ってるからね。」


魅堵はにへらと笑う。

その言葉に一瞬なんのことか頭を悩ませる。

恭介も身寄りがないから引き取ってあげるよといいたいのだろうか?やかましいわ!

……魅堵に過去のことなど話しただろうか…怒って手を挙げた時にうっかり話したのかもしれない。


「うっせぇやい、俺にはもうくr、姉さんがいるわ!」


「そうだね、京子さんにはもう()()もんね。」


魅堵が意味深につぶやく。

何故だかその微笑みにうすら寒さを覚えた。


「ねぇ、その人新しいママ?それともパパ?」


「んー?違うよー。京子さんがパパだったらどんなによかったかなー。」


しかし魅堵が子供の頭を優しくなでる素振りでそのうすら寒さはなくなってしまった。

というかパパってなんだよ。


「あ、そうだ、京子さんストーカー君に会ったら伝えてよ、貢いでもらったお金返せなくなってごめんって……それと…待ってるから…って」


「はぁ?そんぐらいあいつが出てきたときに自分から……」


「恭介くん?誰と話してるの?」


鈴の音のような声が背後から恭介を呼ぶ。

振り向くとそこには黒鳥 楓華がトイレを済ませて戻ってきていた。


「あ、k…姉さん!聞いてくださいよ!こいつ……」


恭介が再び振り向いた時には三浦 魅堵の姿は霧に消えていた。


(アイツ……黙って帰りやがった……)


恭介は諦めたようにため息を吐く。


「いや……なんでもないです……」


と頭を振りながら駅のホームへと向かう。

キィ…キィ…という音をかすかに耳にして。




電車に乗り、正午ごろには例の田舎に到着した。


「なんか空気が冷えてますね。」


電車から降りた時に真っ先に感じたのはこれだった。

空気が澄んでいるというか、都会にくらべてモヤっとしていない。

暑いことは暑いのだが、それでも幾分もマシである。


「空気が籠っていない感じがするねぇ。」


黒鳥さんも同じように感じたらしく、深く息を吸っている。

何だか見ているこっちがドキドキしてきた。

内容はどうあれ、黒鳥 楓華(いちゅうのあいて)との初めての旅行だ、ドキドキしないはずがない。


(うわ!そうだよ!初めての旅行だよ!)


恭介は今更慌て始める。

好きな人との旅行なんて何をすればいいのだろうか!?


「さて、恭介君。」


「ひゃい!!」


急に話しかけられた恭介は肩をビクリと震わせる。

黒鳥は不思議そうに顔を傾け恭介の顔をみつめている。くっ…可愛い……!


「ひゃい……?えっと、今回の”くねくね”を調査することで注意する事項についてだけれど…」


そうだった…これはただの旅行ではなく、都市伝説の調査なのだ。

恭介は改めて気を引き締める。


「まず、”くねくね”について現地の人に聞いては駄目ね。まともに答えてくれないし、しつこく嗅ぎまわってると何されるかわからないから。」


なんだその因習村みたいな…


「それと現地の人の意味深な言葉は聞き逃さないでね、何かのヒントか昔の人の残した教訓だったりするから。」


因習村みたいだ。


「あと、妙に親切にしてくれる現地の人がいたら注意して、何か裏があるから。」


因習村じゃねぇか!!


「さ、じゃあ行きましょうか……あ、あともし本当に”くねくね”に遭遇したらすぐに目を離してその場を離れるのよ?あれは追ってこないから。地面を見ながら建物の中に入るのがいいかな………今回の調査対象が本当に”くねくね”ならだけれど。」


恭介は一気に不安になってきた……本当に大丈夫なんだろうか………。

何としても黒鳥だけは守り通そうと決意を固めた。




________それから何時間経過しただろうか

駅を降りてから延々と田んぼ道を歩いている。

流石にこの炎天下の中歩き続けるとなるとだいぶこたえる。

自分も黒鳥のように大きな帽子をかぶってくればよかったろうか……ふと自分が今の黒鳥と同じようなワンピースを着ている姿を想像する。


挿絵(By みてみん)

「……いや、ないな。」


やはりこういう衣装は黒鳥 楓華のような女性がふさわしい、同じ顔でも精神性からくる仕草は隠せないものだ。


「どうかした?恭介くん。」


「あ、いや!なんでもないっす」


いきなり質問され戸惑う。

こんなキモイ妄想をしていたとはバレたくない。

恭介は急いで話題を逸らそうとする。


「なかなか見つからないっすね、”くねくね”。」


「ふふ…そんな簡単に出てきたらみんな大発狂ね。」


「可愛い。」


口に手を当て、クスっと笑う仕草に脳直で声を発してしまう。

最近は我慢できていたと思っていたのに!

恭介は自身の両頬をぺしぺしとはたくと、気を落ち着かせるために遠方の山を見つめる。


「……………ん?」


ふと山頂近くに何やら赤いものを見つける。


「黒鳥さん、アレなんですかね。」


恭介は黒鳥にもわかるようにその赤いものに指をさす。

しかし黒鳥には目を凝らしても見つからないようで、首を横に振る。


「うーん……見えないね。赤というから”くねくね”ではないのだろうけど……」


黒鳥の発言にゾっとする。

そうだ、ここにはみたら発狂するという都市伝説がいるのだ……あれが何なのかわからないうちに恭介は目線を地面に向ける。

先ほどまでの暑さが退いてしまった。


「ふふふ…大丈夫よ、白と黒以外”くねくね”じゃないから。」


黒鳥がおかしそうに笑っている。

……ちょっと待った、白以外にも黒がいるというのか。

それこそ駅での注意事項の時に教えて欲しかった。


「でもあれは何か気になるね、少し散歩がてらあそこまで行ってみようか。」


黒鳥の発案に恭介は辟易する。

この炎天下の中、あの山の山頂付近まで!?

見た目以上になかなかアグレッシブなのだなと恭介はうなだれた。


上る以前に山までがそれなりに遠く、二人とも道半ばでへこたれてしまう。

二人は目についたバスの停留所のベンチで休むことにした。


「はぁ!……日影だぁ!!ありがてぇ!!」


恭介と黒鳥は倒れるようにベンチに腰掛けるとすっかり棒になった足を延ばして休める。

停留所の小屋内には壁掛け時計がかけられており、現在の時刻は15:00ごろだというのが確認できた。


「嘘だ……まだ三時間ぐらいしかたってないのかよ……」


スマホも腕時計もない恭介は驚愕を隠し切れない。

てっきりもう6時間ぐらいたったものかと……いや日の高さをみればそんなことはないとわかるのだが、感覚的にはそんな感じがしていたのだ。


「結構正確な時刻だね、誰かがちゃんと調整しているんだ…。」


黒鳥がハンカチで汗をぬぐいながらスマホで時刻を確認している。

なんだか…こう……すごいイケない気分になってくる。

いかんと思った恭介は視線を逸らす。

顔がほてっているのが暑さのせいか黒鳥の色香に当てられたせいかわからなくなってくる。


恭介が視線を逸らした先……停留所の壁越しに何かが見える。

ないか……こう、白い布のようなものが……

恭介はすぐさまハッとして黒鳥のほうへ向き直り、黒鳥の両眼を隠す。


「きゃっ!」


「黒鳥さん!駄目です!!出ました!”くねくね”です!!」


恭介は両目を力強く瞑りながら黒鳥に現状を伝える。

心臓の鼓動が早鐘を打ったように脈動する……先ほどまで暑かった身体から血の気が引き、冷水でもぶちまけられたかのように冷える。

何分ほどこの状態でいただろう……恭介はゆっくりと薄目を開け、確認すればもうそこに”くねくね”は存在していなかった。

どこかに消えてしまったようだ……。

恭介はふぅと安堵の吐息を漏らす。


「恭介君……?そろそろどいてほしいのだけれど……」


ふと()()()()()()()()()


挿絵(By みてみん)

目線をそちらに向けると、黒鳥 楓華と目が合う。

 

(うわ……顔がいい…!)


今は自分も彼女とおんなじ顔をしているはずなのに鏡で見るそれとは全くの別物……

恭介は一度落ち着いた脈動がまた高鳴るのを感じる。


「ねぇ…それともまだそこにいるのかしら。」


「え…?」


恭介は思考がまとまらずにいる。

先ほど冷え切った身体かすでに熱い。

思考のまとまらない恭介の目の前で黒鳥の艶のある唇が再び動く。


「”くねくね”」


「え……あ!すいません!!もういないみたいです!!!」


恭介はすぐに飛びのき、縮こまるようにして黒鳥の隣に座る。

人は情欲に流されると思考力が落ちるものだなと耳まで真っ赤にさせた恭介はしみじみ感じるのであった。


「残念、一目見たかったのに。」


黒鳥はベンチの下に落ちた帽子を拾い上げ、バスの時刻表を見る。


「勘弁してください、黒鳥さんに何かあったら……」


恭介の心配をよそに黒鳥は中腰になりながら時刻表を見ている。

どんな姿でも画になる人だな……。


「……バスを待ってるんですか?」


「うん、歩くの疲れたからね…でもダメ見たい。」


「え?」


黒鳥の言葉を聞いて恭介は立ち上がり、同じようにバスの時刻表を見る。


「うわ……これはひどい………」


バスの頻度は大まかにいえば朝、昼、夜と二本ずつ。

当然のごとく15:00ぐらいにはない。

二時間前に出発していた。


「歩くしかないね。」


黒鳥があきらめたように恭介に言う。

名残惜しいが仕方がない、このまま待っていたら日が落ちてしまう………こんな街灯のない道で夜を迎えたら真っ暗すぎて何も見えないだろう。

………見えちゃいけないものを見るのはごめんだし。


しばらく歩いていると前方のほうに建物が見えてくる。

やっと人の気配がするところにやってこれた。


「おや、これは珍しい…外のお客さんだなぁ。」


近くによれば早速第一村人のお婆さんに声をかけられる。

一目で声をかけられるなんて余程珍しいのだろう。


「こんな辺鄙な村に若いお嬢さん方がなんの用ですかな?」


お婆さんはにこやかに話しかけてくる。

用は何かといわれても”くねくね”を探しに来ましたなんて言えるわけがない。

駅で黒鳥さんに注意されたからというわけではないけれど、都市伝説や幽霊を探しに来たんですよなんてその土地に住んでる人には失礼極まりないと思う。


「九月になったというのに暑いですから、避暑しに来たんですよ。」


「ええ、ええ、そうですか。ここは木々が多くて空気が澄んどりますからいくらか涼しいでしょう。」


「ええ、ちょうどこの村に興味が出てきたと妹と話をしていたところなんです。……そうだ、どこか図書館のようなこの村の歴史とかを学べるところ知りませんか?」


黒鳥さんがお婆さんとどんどん話を進めていく。

前から思っていたが、この人は本当にコミュ力が高い。


「図書館……は町までおりにゃあ無いですなぁ…けんど、公民館に行けば何かしらあんでね?」


「そうですか、ご親切にありがとうございます。」


「ほんで、熱中症に気ぃつけぇよぉ。若いからって余所事でないからなぁ、ほれ。」


とお婆さんがポケットから何やら取り出して恭介たちに渡してくる。


(栄養ドリンク……?)


なぜ栄養ドリンク?まさかいつも持ち歩いているのだろうか?しかも二本……。そのポケットの中に何本入っているんだろうか?四次元ポケット……?心なしか白シャツと青の(もんぺ)の組み合わせがドラえ〇んに思えてきた。


「親切なお婆さんだったね。」


黒鳥さんはもらった栄養ドリンクをそっと鞄にしまう。

まぁ、()()()()とはまた違うからありがたく受け取っておこう。


公民館の場所を教えてもらうのを失念していた恭介たちであったが、その場所は難なく見つけることができた。

大きな共同施設といえる建物が公民館(これ)しかないのだ。

周りは田んぼと畑、何件かの家があるのみ。

公民館の表には大きく()()()()()()()()()と看板を立ててある。

二人は公民館のドアを開けて中に入る。


「すみませーん…」


恭介が小さな声であいさつをするが、返事は帰ってこない。

それどころか、人の気配すらしない。

 

「勝手に入っていいのかな?」


入り口で立ち止まっている恭介をよそに黒鳥は建物の中へと入っていく。

恭介も慌てて靴を脱ぎ、黒鳥のあとに続いた。


「これかな?」


黒鳥は入り口近くの本棚に収められていた一冊の本を手に取る。

表紙には達筆な文字で【郷土史】とただそれだけ書かれている。

黒鳥はその本をぱらぱらと流し読みするようにめくると


「なるほどね。」


とだけつぶやく。今のでどうやってなるほどねなんて言葉が出るほど読んだのだろうか。

黒鳥は再度本をめくると、1個所を指さし恭介に見せる。


「樺禰様…?なんて読むんですかこれ……」


「おそらくだけど樺禰(かばね)様だろうね。この土地の土着神みたい。」


へぇ……と恭介は感心しながら頷く。

本当にアレで読んでいたんだ……ほとほとこの人には驚かされる。


「毎年冬にはお祭りもやるみたい……ほら、恭介君が指さしたあの山でさ。」


黒鳥さんが本を戻しながら恭介に説明してくれる。

なるほど、俺がみた赤いものは神社の鳥居だったわけだ。


「さて、いよいよあの山に行ってみなくちゃ始まらないところまで来たわけだけど……どうする?このまま行ってみようか?」


黒鳥が微笑みながら恭介の瞳をのぞき込む。

そんな顔をされてしまったら断れるはずがない。

恭介たちはそのままの足で山へと向かっていった。


山の道は獣道に近い状態であったが、一応は整備されていた。

整備といっても土を階段状にして踏み固めたようなそんな道だ。歩きづらいことは歩きづらい。

二人して吐息を漏らしながらゆっくりと登っていく。

途中休憩しているときに黒鳥が”樺禰様について説明してくれた。


「なんでも樺禰様はこの村が飢饉に陥った際に現れて村人たちに食べ物を恵んでくれたそうね。だからこの村に訪れる旅人…特に海外の人は神様の使いだとしてもてなす風習があるみたいなの。あのお婆さんが親切だったのもそこから起因しているのかもね。」


恭介は息を整えながら頷いて見せる。

この山は傾斜がひどく、途中まで歩くだけでもだいぶ体力を持っていかれる。

息をしっかり整えるころには山が太陽を呑み込もうとしていた。

さらに歩き進めるとやっとのことで神社へとたどり着く。

夕日のせいか、近くで見ると神社の鳥居は紅蓮のように深い紅色でいささか血を連想させた。


「鳥居も神社も立派なものね…古いけど、しっかりと整備されてる。」


黒鳥は神社の鳥居、その中央の板を指さし恭介に問いかける。


「あれ、なんて書いてあるかわかる?」


恭介は指のさす方向を細目で見据える。

本来なら”樺禰神社”とでも表記されているであろうそこだけは文字がかすれたように読むことができない。

かろうじて神社という文字を判読できる程度だ。


「さぁ……読めませんねぇ……でも場所的に”樺禰神社”なんじゃないですか?」


「でもそれだと文字が収まらないよね?」


確かにそうだ。

”樺禰神社”と書いてあったなら神社の上の余白が狭すぎる。

文字が入って一文字ほどだろうか……。


「だいたい見て回ったし、日も暮れてきた……そろそろ帰ろうか?」


黒鳥に同意し、恭介たちは山を降る。

登るときとは裏腹に降るときはあっけないくらい早く麓にたどり着いた。

周りが薄暗くなっていたのもあり、夜風が気持ちよくバス停までも難なくたどり着く。


「おお、お嬢さんら他所のもんじゃな?」


バス停にはお爺さんがすでにおり、腰掛けていたベンチの脇によってくれる。

恭介たちはお礼を言うと隣に腰掛けた。


「ええ、この村には涼みに訪れまして……暗くなってきたころ合いなので帰ろうかと……」


「ほぉ、そりゃええ…ちょうどバスが来る時間帯だで()がったの。」


そんな他愛のない話をしているうちにバスが到着する。


「んで達者での、儂は違うバスじゃからここでお別れじゃ……ほれ!」


お爺さんはそういうと別れ際に何かを手渡してきた。

……だからなんで栄養ドリンク?


黒鳥はお礼を言うとそれを鞄にしまい、乗車する。

もともと車という車は通っていないため半ばバス専用道路と化している道はだいぶ早く駅へとたどり着く。

昼間の徒歩移動が嘘のようだ。

無人駅ではすでに電車が到着しており、スムーズに乗車することができた。

まるで計算しつくされたようにスムーズだ……まさか黒鳥はバスの時刻表を見ていた時からずっと計算していたのだろうか………まさかね……。


「しかし……結局”くねくね”の正体についてはわからず仕舞いでしたねぇ……平八さんになんて報告しよう……」


恭介が報告書の内容に頭を悩ませていると、平然とした様子で黒鳥が答える。


「あら、だいぶ輪郭を捕らえたと思うのだけれど。」


恭介のきょとんとした顔に黒鳥はクスクスと笑う。

意地の悪い仕草すら可愛いのは反則だ。


「樺禰様の漢字、一文字で同じ読みのものがあるでしょう?」


一文字で同じ読み…?そういえばあの神社の鳥居も一文字だけなら入りそうな余白が……


「………まさか……”かばね”って…”(かばね)”?」


黒鳥は微笑みながら頷く。

こんな時にばかり予想が冴えわたるのが嫌になってきそうだ。


「多分村に現れた樺禰様ってそれこそ村を訪れた旅人なのよ。飢饉の際、食べるものに困っていた村人たちは一体どんな行動に出たでしょうね…?」


外からきた人間……飢えそうな人々がどうするか……

簡単だ…親切に接し、もてなし、油断したところを食らう……


「なけなしの食材も厭わなかったでしょうね。目の前に()()()()()()()()()()んだから……当時の日本に来るような外国人は学者先生方ばかりだったからさぞ裕福でしょうからなおさらね。」


恐ろしい話だ……飢えは人を獣に陥れるということか。


「殺した相手に祟られたら怖いものね、だから”神様”ということにして祀り、怨念を鎮めることにしたというところかしら。」


笑えない話だ……待てよ?それじゃあ……


「もしかしてお婆さんやお爺さんが飲み物を渡してきていたのも……」


「飲まなくてよかったかもね。」


黒鳥が微笑みながら恭介の顔をみる。

ゾッと背中に寒いものを感じた。


「まぁ、現在(いま)はそんなことないんじゃないかしら、昔の”他所の人に親切に”っていう風習だけ残っているという風に考えられるわ。それこそ今やってたら大事件でしょうからね。」


その言葉を聞いて恭介は安堵する。

そりゃ令和の世までそんなイカれた信仰が残っているほうがおかしい。


「………ん?でも待ってくださいよ、”樺禰様”の正体はわかったっすけど、結局”くねくね”の正体がわからないじゃないですか?」


恭介の質問に黒鳥は恭介の目をまっすぐ見据えて答える。


「恭介君、日々の食材に感謝したことある?」


いきなり何を言い出すのだろう。

そりゃ感謝はしているけれど……


「昭和、平成、令和と……社会が便利になるにつれて人々は食材への感謝の気持ちを失っているわ。現代では食卓のたびにいただきますという人も少ないんじゃないかしら。」


確かにそうかもしれない。

今や食べ物を食べるというのは当たり前すぎて何とも思わないほどだ。

何なら食べるのが億劫という人もいるという。


「それこそ昔の人は食べ物への感謝の念を忘れなかった。殺した生き物は何から何まで有効活用したわ……骨は骨粉として畑にまき、皮はなめして衣類や巾着に……無駄にすることが罪だったの。」


確かにそうかもしれない。

………ん?待てよ?そうなるとかつての村民が()()()()は?

一片も無駄にしないようにどうした?


()()()()()()()()()()()()()()()()……

()()()()()……


確か皮をなめす過程で干す工程があったはずだ……

ぺらぺらで()()の皮が風にあおられたらどうなるか………

それこそ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

恭介は青ざめた表情で黒鳥の顔を見つめる。


「その地特有の土着神だとしたら”くねくね”の都市伝説が世に出る以前に存在していたのにも納得ね。信仰というのはそれ自体が語り継がれる”噂”なのだから。」


黒鳥 楓華はすべてを見据えるような微笑みを向けて()()()を見つめていた。


挿絵(By みてみん)













「おいおい、なんだこれ。」


とあるアパートのまえで救急車が止まっている。

その救急車というのが変なのだ。

一言で言えば”黄色い”。

本来白に当たるところが黄色いのだ。


その”黄色い救急車”から降りた人物二人がアパートの一室で困惑の声を上げた。


「おい、名簿みたらよぉ……志部谷って兄弟そろって施設行きとはついてねぇな。」


人物は玄関の土のびっしり着いた靴を横にどける。

どこかで山登りでもしたかのようなありさまだ。

このアパートの一室で涎を垂らしながら「あー……アー……」とだけ発する中肉中背の男を担架に二人係で乗っける。


「おい、足元気をつけろよ。」


アパートの一室の床には栄養ドリンクの瓶が散乱しており、中身が床のカーペットに染みついている。

二人係で”黄色い救急車”に男を乗せると、運転席と助手席にそれぞれ座る。


「こいつの兄貴、あの村の連中にやられたんだろ?こいつもそうなのかねぇ」


「さぁな…祖先の罪の隠蔽のためによくやるよ。」


”黄色い救急車”はサイレンを鳴らして出発する。

しかしこのけたたましいサイレンを鳴らしているにも関わらず、その()()()()()()()()()()()()()()()()街並みの中に消えていった。

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