赤いちゃんちゃんこ
キーン、コーン、カーン、コーン……
夕暮れが校舎を紅に染める頃、最終下校時刻を告げるチャイムが鳴る。
それと同時に文芸部の部室に使われている教室のドアが開く。
「いやぁ、流石は野薔薇さん!今回の作品も最高だったよ!」
「うんうん、特に部長と部下の甘い関係性がとっても胸にきゅんきゅん来ちゃった!!」
「ふふん…まぁね。」
教室からは三人の女生徒達が楽しげに会話をしており、その仲の良さを伺い知ることが出来る。
「あ……いけない……そう言えば今日お母さんが迎えにくる日だった……。」
三人のうち、一人の女生徒が下駄箱の前で立ち止まる。
「えー!そっかぁ…残念……じゃあ今日は寄り道しないで帰ろうかな。」
「そうだね。」
残り二人の女生徒も下駄箱から外靴を取り出したところで立ち止まった。
「ほんとごめんね!また明日感想を話し合おう!野薔薇さん!望奈さん!」
「ううん、仕方ないもん。それじゃね!また明日!」
女生徒達は互いに挨拶を交わすと、手を振って別れを告げる。
「お母さんが来る前にトイレ行っておこうかな……」
残った女生徒は身震いをすると、玄関近くのトイレへと向かい、一番奥の個室に入り用を足す。
「うそ……紙ないじゃない………」
女生徒はトイレにおける最大のピンチに直面し、あたりを見渡す。
ところが給水タンクの上にも、予備のトイレットペーパー置きにもその姿は何処にもない。
「勘弁してよもぉ……」
途方に暮れ、しばらくその場に座っていると隣の個室から声がする。
「ねぇ、紙ないの?」
女生徒は助かったと思い、隣の個室に向かって返事をした。
「あっ!そう!困ってて!!そっちにあったら分けてくれない!?」
「いいよ」
女生徒はその返事に助かったと安堵する。
このままではこのトイレに閉じ込められるところであった。
…………しかし、ここでふと少女の脳裏にある疑問が浮かぶ。
トイレの、この個室に入る際隣の個室は開いてはいなかったろうか?
一番奥の個室に入ったのだから覚えている。
開いていた。
誰も入っていなかった。
それも自分が個室に入ってから扉が開く音も足音も聞いていないのである。
女生徒の額に汗が滲み出る。
何か嫌な予感がする。
そんなことを思っていると、また隣の個室から声が聞こえる。
「赤い紙やろうか?青い紙やろうか?」
女生徒は恐怖した。
この問いかけはかの有名な……“赤い紙、青い紙”である。
(うそ………ほんとにいるの…………?)
女生徒はガタガタと震えてしまう。
しかし、女生徒はこの怪異の回避方法を知っていた。
「いりません!!何もいりません!!!」
それは紙を要求しないこと。
あるところでは“黄色い紙”と答えるところがあるらしいが、一説によると“全身黄色くなる病”に犯されてしまうともいう。
だからこそ、何も要求しないのが正解なのだ。
「…………………。」
狙い通り、隣の個室から声はしなくなった。
女生徒はバクバクなる心臓を抑えて深呼吸をする。
助かった……自分は助かったのだと必死に言い聞かせた。
不意にカシャンっという音が目の前で響いた。
何かがこの扉の向こう側にいる………。
女生徒は震える視線で扉の下の隙間を見つめるが、おかしい………足が見当たらない。
女生徒の心臓はバクバクと脈動が激しくなり、飛び出しそうになる。
女生徒が恐る恐る扉の上を見上げると…………
薄ぼんやりとした白い顔が女生徒を見つめていた。
女生徒は恐怖のあまり声を出すことができずにいると………
「何もいらないなら…貰うね。」
とその顔に囁かれるのであった。
_______喫茶店ウィッチ
人気のない店の中に日影が二つ。
黒鳥 京子こと鮫島 恭介と山田安弘こと、通称ヤスだ。
「京子氏…本当にやるんでヤンスか…?」
ヤスの静止を促す言葉が喫茶内に響く、これは忠告だ。
「馬鹿…ここまで来てやめるわけないだろ…こちとら結構深刻なんだぞ……」
ヤスの言葉に対し、恭介は改めて決意を露わにする。
恭介の右手が自らのシャツをまくり、震える左手を衣服の中へと滑り込ませていく。
「んふ……はぁ……」
恭介の口から艶声が漏れる。
「ちょっと京子氏!変な声を出さないでほしいでヤンス!」
「いや…だって……」
恭介の頬は熟れた果実のように赤く染まり、肩を震わせる。
「気持ち…よくて……」
心なしか声まで震えているように感じる。
恭介は左手をシャツから抜き取ると、そのままの動きで腕をカウンターへと伸ばし、ヤスの手…………………の近くにある冷却シートを一枚とる。
冷却シートに引っ付いている透明な膜をはがすと、先ほどと同じ動作で自らのシャツの中に入れて冷却シートを張り付ける。
「くぅ~冷てぇ~!気持ちいい~~……!」
恭介は冷却シートの冷たさにまた身を震わせると吐息を漏らす。
「京子氏…やっぱり客がいる前でそれはやめたほうがいいでヤンス。」
ヤスは再度の忠告を恭介に浴びせる。
その忠告を恭介は軽くいなす。
「いいじゃんか、今客いないんだし。」
「いや、拙者がいるでヤンスよ!?」
珍しくボケとツッコミが反転している。
しかしすべてはこの猛暑が悪いのだ、九月に入ったというのに未だに蒸し暑さが人類を襲ってくる。
おかげで恭介の胸部……特に谷間と下乳らへんは蒸れるし熱はこもるしで仕方がないのである。
全く慣れないこの状態に偶然見つけた冷却シートで涼をとるのは当然の流れであった。
「あのでヤンスねぇ……いくら京子氏がシスコンレズ乙女だとしてもでヤンスよぉ?さっきのは公序良俗に反しているでヤンスし、尚且つ拙者も立派な男であるからでヤンして、不躾に先ほどのような行動は控えるべきだと親切心から忠告をでヤンスねぇ…」
「はいはい、わかったよ気を付けますぅ」
黒鳥 楓華という魅力的な相手に無反応だった奴が何を言うか……そもそもこいつ以外の男の前でなどするわけがない。
ヤスにはこの手のことよりオカルトだというある種の信頼は持っているのだ。
そんな他愛無いやり取りをしているところにカランコロンと、来客を告げるベルの音が喫茶店の中に響き渡る。
「いらっしゃー……おっと、百野瀬さんじゃないか、こんにちは!」
来客を迎えるべく顔を覗かせた恭介の目の前にはこの店の二人目の常連である百野瀬 百合矢の姿があった。
「どうも、京子さん。」
百合矢は恭介にぺこりと挨拶をすると、身体を脇に寄せる。
「ほら、野薔薇も挨拶。」
先ほどは百合矢の後ろに隠れていたので気が付かなかったが、中学生くらいの少女が、百野瀬 百合矢に促され前へ出る。
「どうも……百野瀬 野薔薇です……。」
野薔薇と自己紹介したその子は百合矢に続くとぺこりと挨拶をし、百合矢についていくようにヤスの隣のカウンター席へと腰を据える。
「ここがお姉がいつも通ってる喫茶店……」
野薔薇は「おぉ……」というような感嘆の表情をしながら喫茶店の中を隅々と観察している。
「この子は…百野瀬さんの妹さん?」
「はい!そうです。」
恭介の質問に百合矢は笑顔で答える。
「へー…なかなかに愛くるしいでヤンスねー!」
ヤスが隣の野薔薇に話しかける。
「中学生が来ても大丈夫な良心的な価格設定…」
「……前言撤回でヤンス。」
野薔薇はヤスの顔を見て発言する。
どうやらヤスのことを見て”中学生”だと判断したのだろう……それはヤスにとっての唯一の地雷だ。
「それで、今日は何にする?いつも通りコーヒーか?」
「え?お姉コーヒーなんて飲んでるの?家ではいつもジュースなのに…」
「ちょ…!野薔薇!ち…違いますから!本当にいつもはコーヒーを飲んでて…」
百合矢は顔を赤くしながら野薔薇をとがめる。
どうやら聞いてはいけないことを聞いてしまったようだ、記憶から消すよう努力はしておこう。
「……って、そうじゃなくて!今日はお茶しに来たわけじゃないんです!」
お茶をしに来たわけではない。
その言葉だけで恭介は案件を察するようになってしまっていた。
いや、デジャヴという奴だろうか、ヤスも同じ気配を感じ取ったのか目を輝かせている。
「……その…つまり……調査依頼ってこと?」
恭介の淡い期待も空しく、百合矢はこくりと頷く。
隣に座っている野薔薇に百合矢が話すように促す。
「これは…私の学校であったことなんですけど…」
野薔薇はごくりと生唾を飲むと、語り始める。
「私の部活…文芸部の子が一人、トイレで変死したんです。」
”変死”…その言葉に恭介は背筋にうすら寒さを覚える。
今までも誰かが死んだ案件が流れてきた事はあった…それこそ百野瀬 百合矢の持ち込んできた案件がそれだ。
しかし今回はかってが違う。
死亡した場所が安全だと思われる学校内であり、死亡者がその学校の生徒だということだ。
比較的治安がいいとされる日本でこれは異例の事態であり、あってはならないことだ。
「け…警察には……?」
「勿論通報されて、今現在学校は全校閉鎖になっています。だからこそ私がこんな平日の昼間にこうして喫茶店に入れているのです。」
恭介はなるほどと頷く。……いや、そんな事件があったのに出歩くのはどうなのかとは思うが……
「それで!変死というのはどういう風に変なのでヤンスか!?」
好奇心を抑えきれなくなったのかヤスが野薔薇に質問する。
こいつの精神年齢は中学生以下か…!
「それがあの……聞いた話なんですけど、首から上がなくて……その…死体が真っ赤に染まってたそうなんです。」
ここまで一息に話した野薔薇の顔色がみるみるうちに蒼くなる。
それはそうだ、多感な年頃の少女が学友の死の場景を説明するなど…トラウマになってもおかしくない。
そんな妹の背中を百合矢がさすって介抱する。
「おい、ヤス……」
恭介はこれ以上はやめるべきだと判断して止めようとするがヤスは顎に手を当てて何やら考えており、声が届きそうにない。
「百野瀬さん、妹さん奥のテーブル席に座らせてあげて?」
恭介は百合矢にそう促すと、冷蔵庫から甘味を取り出す。
金銭を取らずに提供するのは飲食店としてはどうかと思うが、代金は後で自分の懐から店のレジに入れておこう…。
野薔薇を落ち着かせた百合矢がカウンター席へと戻ってくる。
妹の代わりに証言をするためのようだ。
「…もしかして死体のあった場所ってトイレじゃないでヤンスか?」
考えがまとまったのか、ヤスが口を開く。
百合矢は驚いた素振りを見せながらうんうんと頷く。
「ヤス……お前どうしてわかったんだ?」
恭介の驚愕の反応にヤスは静かに口を開く。
「オカルトの類において学校……特にトイレは危険度の高い場所でヤンス、閉鎖空間が少年少女たちの不安感を煽るんでヤンしょね。」
ヤスの言葉に恭介は愕然とする。
学校が危険地帯は笑えない……
「そんで被害者の情報から候補に挙がる怪談が二つあるでヤンス、皮肉にもどちらも都市伝説でヤンスね。」
都市伝説と聞いて百合矢の表情がわかりやすく強張る。
都市伝説という存在にいい思い出がない。
「一つは”赤い紙、青い紙”でヤンスね、これはトイレの紙がないときにどこからともなく声が響いてどちらの紙が欲しいか聞かれるという怪談でヤンス…これはカイナデというトイレの神様の妖怪が元ネタで……」
「あー…元ネタとかそういうのはいいって…そんで、なんで今回の被害者がその”赤い紙、青い紙”なんだ?」
恭介の質問にヤスが答える。
「青い紙が欲しいと答えると全身の血液を抜かれて真っ青な死体になり、赤い紙が欲しいと答えると頭部を切断され、自身の身体を真っ赤に染めて死ぬでヤンス。」
恭介はあからさまに嫌な顔をする。
毎度のことながら聞いたことを後悔する。
「それで……もう一つは……?」
百合矢が神妙な面持ちでヤスに質問する。
ヤスは咳払いを一つするともう一つの候補を提示する。
「もう一つは”赤いちゃんちゃんこ”でヤンス。これも同様にトイレで赤いちゃんちゃんこ着せましょか?と質問され、ハイとか着ますとか肯定の言葉を答えると首をもぎ取られて、後日血で真っ赤に染まった死体として発見されるというものでヤンス。これは元々”赤い半纏”という怪談が元ネタで、セットで”青いちゃんちゃんこ”という怪談と一緒に語られることがあるでヤンス。」
饒舌に語るヤスの様子に恭介はあっけにとられる。
よくあの話だけでそこまで断定できるものだ。
「つーかそもそもなんだが、怪談って決まったわけじゃないだろ?」
恭介は素朴な疑問をぶつける。
「そうなんです、ですからそこを調査してほしくて…もしそういった類のものだったら閉鎖が終わった後怖くて学校に行けないと妹が…」
そういうことか…そもそもこの事件がそれらの仕業かどうかを調べてほしいという話……
「それで……楓華さんにも話を聞いてほしいのだけれど……今日いらっしゃらないんですか?」
百合矢はキョロキョロと店内を見回す。
その懸念に恭介は苦笑いをしながら頭を掻く。
「ああ…くr…姉さんは今体調が優れなくて……」
「え…!風邪ですか……!?」
「いや…まぁ……」
恭介はしどろもどろになりながらごまかす。
彼女は今、地下室で先日のUSBを解析をするのに夢中なのだ。
「じゃあ……その…京子さんに調査お願いできますか?」
百合矢は頬を赤らめながらもじもじし、言葉を区切りながら恭介に調査依頼をお願いしてくる。
理解はできる、こんなにホラー耐性のない人間にこの手の仕事を頼むのは不安だろう。
しかし、仕事として調査を頼まれた以上、行動するほかない。
(ふぅん……あの人が例の……)
少し離れたテーブル席に座っていた野薔薇は訝し気に恭介と百合矢の様子を見ていた。
_____________中学校、校門前。
(調査をするって言っても……)
恭介は中学校校門の前で立往生していた。
キョロキョロとあたりを見回し、ため息を吐く。
(………学校閉鎖している校舎内にどうやって入り込めばいいんだよ……)
そう、恭介は学校関係者でもなければこの中学校のOBですらない。
校舎内に潜入する方法が見当たらないのだ。
(事件のあった学校前でウロチョロしてても不審がられるだけだし……いったいどうすればいいんだ……)
「あの……何をしてるんですか?」
途方に暮れている恭介に声をかける人物が一人……
「君は……野薔薇ちゃん…?百野瀬さんも!」
声のした方向に視線を向けると今回の調査依頼者である百野瀬姉妹がこちらを見つめていた。
「どうしてここに??」
「どうしてって京子さん一人だと学校に入れないと思いまして……」
「課題の提出に来たんですよ、お姉と京子さんは保護者の付き添いってことで入れて貰います、一人で出歩かないようにって言ったのは学校側なんで」
そういう野薔薇は手提げ鞄から束ねられたプリントを取り出すと、恭介に見せる。
どうやらちゃんと侵入方法を考えてくれてはいたみたいだ。
「おっと!間に合ったでヤンス!!拙者も仲間に入れて欲しいでヤンスよ!!」
聞き覚えのある声がしたかと思うと、ヤスが急いだ様子で駆けつけてくる。
「ヤス!?お前までどうして!?」
「そんな水くさいでヤンスよ!こんな面白そうなこと仲間はずれにして!!」
人一人死んでいるというのに面白そうは如何なのかと思うが……もしこの事件の犯人が都市伝説の類だった場合、ヤスの知識は役に立つだろう。
そうなると、ヤスにも来てもらった方がいい。
「なんだか、想像よりも大所帯になって来ましたね。」
野薔薇の発言に百合矢は苦笑いを浮かべる。
「さ、京子さんこっちです。」
野薔薇は皆を誘導する様に校舎へと案内する。
下駄箱でスリッパに履き替えた一同は右に曲がり、電気の付いていない廊下を歩いていく。
いくら昼間だからと言っても電気がないと結構暗く感じるものだ。
「いつもは電気が付いているんですけどね……生徒がいないから節電してるのかな?」
野薔薇はいつもと違う廊下を観察しながら慣れた足取りで目的の場所へと赴く。
扉の上には職員室と札が付けられており、中からは人の気配がする。
殺人事件があり、学校閉鎖のなかでもどうやら先生方は仕事をしているらしい……頭が下がる。
「失礼します、3年2組百野瀬 野薔薇です。」
野薔薇はガラガラっと戸を開けると慣れた口調で挨拶をする。
そうすると、一人の先生がこちらを確認して近づいてくる。
「おや、野薔薇さん。如何しました?」
その先生は物腰が柔らかい若い男性で、如何にも優男といった様な印象の人物であった。
「竹田川先生、課題を提出しにきました。」
野薔薇は先ほどのプリントの束をその竹田川と呼ばれた先生に手渡す。
「おや、早かったですね。百野瀬さんには物足りなかったかな?」
竹田川は優しげな笑顔を野薔薇に向けると、顔を上げて恭介達を見る。
「失礼ですが、保護者の方々ですか?」
「あ!えっと私がこの子の姉で百合矢と申します!この人達は私の友人で付き添いで来て貰いました!」
竹田川の質問に百合矢が答えると同じように笑顔を向けてくる。
「それは、ご迷惑をおかけしています……大切なご家族を預かっている身でありながら心配をかけてしまうとは……」
竹田川の唐突な謝罪に百合矢は慌てて対応する。
直接的に関係がない恭介も何故か謝罪されてしまい、「いえいえ」と言葉を返す。
その後恭介達は職員室を離れ、調査を本格的に開始する。
「なんで俺まで謝られたんだ?」
「一番威圧感があったんじゃないでヤンスか?」
恭介の疑問にヤスがしれっと答える。
確かにこの中では身長が一番高く、威圧感があったのかもしれない。
「………京子さんは、竹田川先生っぽい人が好みだったりします?」
唐突な野薔薇の質問に思わず吹き出しそうになる恭介。
流石は中学生、多感なお年頃である。
「なっ!ななな……何言って!!全然違うよ!」
恭介は必死に否定する。
彼には心に決めた人がいるのだ。
……だいたいホモじゃないんだから男は恋愛対象外である。
「そうでヤンスよ、京子殿は立派なシスコンでヤンスからして………痛っ!!」
ヤスが余計なことを口走るので頭を叩く。
中学生に何を吹き込もうとしてんだこのオバQアホ毛。
「ふぅん……だってさお姉」
「えっ!?ちょっ………なぁに?!やだこの子ったら……」
野薔薇は唐突に百合矢に話題を振る。
百合矢もわけがわからないボールを唐突にパスされたからか、しどろもどろになってしまっている。
「さて……ここが問題のトイレ………」
話をしているうちに恭介達は下駄箱近くのトイレへと到着する。
一見すれば普通のトイレである…………【立ち入り禁止】と書かれた黄色のテープが貼られていること以外は………
「如何やって調査しようか……」
呟く野薔薇の表情をよく見ると、顔が強張っているのがわかる。
学友の死亡した現場だ……何も思わない筈がない。
もしかすると先程の唐突な話題は気分が落ち込まないように気丈に振る舞うための彼女なりの防衛本能だったのかもしれない。
「これじゃ調査もへったくれもないでヤンスからね。」
ヤスの言う通りだ。
流石に一般人がテープを乗り越えて事件現場に入り込んだらイタズラでは済まされない。
どうしたものか考えていると、背後から聞き覚えのある声が投げかけられる。
「お前さん……本当に何処にでも出やがるな……。」
「け……刑事さん………」
振り返った恭介はバツが悪そうな顔をする。
呆れたように発せられたその皺がれたような声の主は八神 杜十郎。
これで3度目の邂逅となる。
「お前さん、俺みたいな捜査一課が出張るような事件にばかり遭遇するとこをみると……だんだん怪しくなって来やがるぜ……」
八神の言葉に恭介は苦笑いを浮かべることしかできない。
「京子氏………警察関係者とお知り合いだったんでヤンスか………!」
隣でヤスが眼鏡を輝かせてこちらを見つめている。
コイツにバレるとややこしくなりそうだったから黙っていたのに……
「………んで、今度は嬢ちゃん何をしにここに来たんだい?」
八神の質問に恭介………ではなく百合矢が答える。
「あ……妹の課題提出の付き添いに付き合ってもらったんです……私一人だと心許なくて……」
「そうかい…まぁ、嬢ちゃんも前に変な事件に巻き込まれた身だからな…用心すんなってのも無理な話か。」
八神はうんうんと頷いてみせる。どうやら納得してくれたみたいだ。
「それはそれとしてだな…事件現場付近をうろうろされちゃたまったもんじゃねぇ。ささ、さっさと帰んな。」
しかし、八神は手をしっしっと振りながら恭介達を追い出そうとする。
やはり事件現場には入れそうもない。
「……あの、私この学校の生徒なんですけど…事件のこととか被害者の事……聞かなくていいんですか……?一応同じ部活なんですけど………」
追い返そうとする八神に野薔薇はおずおずと声をかける。
そんな野薔薇をみた八神は「何か気にかかることや知ってることでもあるのか?」と優しい口調で語りかける。
野薔薇は俯き、地面を見つめると八神はしゃがんで声をかける。
「嬢ちゃん、気持ちはありがたいけどな…まずは気持ちを落ち着けな。下校当時の証言は他の刑事から共有されてるから何回も辛いこと思い出さなくていいんだ……その上で何か気付いたことがあればな、家族か先生経由でおっさんに伝えてくれや。」
八神はそこまで言うと、帰った帰ったと恭介達を遠ざける。
追い返された恭介達は校庭で如何したものか頭を悩ませていた。
これでは調査のしようががない。
「一度解散したらまた学校に皆さんを招き入れるのは難しいです……ここは一度忘れ物を取りにいく体で文芸部の部室に来ませんか?」
野薔薇の提案にのる形で三人は再び校舎内に入っていく。
正面玄関から入ると八神に見つかってしまう恐れがあるのでぐるりと周り、体育館と校舎を繋ぐ渡り廊下から入るのだ。
文芸部の部室は校舎内の一階、図書準備室の隣の空き教室を使用している。
「どうぞ…入ってください。」
野薔薇の誘導に従い、各々教室の中へ入っていく。
空き教室内は事件前の部活終了直後の状態のままなのか、机が三つくっつけられた状態のまま中央に配置されていた。
「さて……如何したもんかな………」
恭介は椅子の一つに腰掛ける。
流石に中学生用の机と椅子なだけあってだいぶ低い。
ふと、机の中が目に入った恭介は一冊のノートを見つける。
「なんだこれ……」
手にとってパラパラとめくる。
どうやら文芸部で書いている作品のようだ、敏腕営業マンの男とその部下である新入社員の男性がダブル主人公の群像劇。
(今の中学生はこういう社会人を題材にした作品を書くのかぁ……)
恭介は何気なくノートを読み進めようとする。
しかし、それに気付いた野薔薇があわてた様子で恭介に突っ込んできてその勢いのままノートを取り上げた。
「なっ!!!ななななな………!!!何してるんですかっ!!!!??プライバシー!!プライバシーの侵害です!!!!これは事件となんら関係ないですよね!!????」
鬼気迫る勢いで野薔薇が恭介に捲し立てる。
中学生でありながらものすごい気迫だ…恭介も思わず椅子ごと後ずさる。
「ご……ごめん……つい目に入ったものだから……」
「ちょっと野薔薇、京子さんをあまり困らせないでよ…」
「いや百野瀬さん……今のは俺が悪かったですから」
百合矢が野薔薇を諌めようとするが、それを恭介が止める。
何やら見られるとまずいものらしい…まぁ、中学生のうちは黒歴史ノートのような人に見られると恥ずかしいものを書くものだ。自身の作品というのもそのうちの一つかもしれない。
「……この隣は図書室なんでヤンスよね?もしかしたら学校新聞とか残ってたりしないでヤンしょか?」
先程まで黙っていたヤスが口を開く。
やけにおとなしいと思ったら何やら考え事をしていたようだ。
「ああ、はい……新聞部のまとめていたものがある筈ですね。」
ヤスの質問に気を落ち着かせた野薔薇が答える。
その回答に満足したのか、ヤスがニヤァっと口端を吊り上げた。
何回見てもこの笑顔は怪しさしかない。
「それで…学校新聞なんて見つけてどうする気だよ。」
「だいたいの学校新聞には“学校の七不思議”をまとめたものがあるはずでヤンス……それを見つけることができれば、ご学友を襲ったのが“赤いちゃんちゃんこ”なのか“赤い紙、青い紙”なのかはっきりするでヤンス!」
ヤスは自信満々に提案する。
それに口を挟んだのは百合矢だ。
「それ…もしどっちも書かれていたらどうするの?」
百合矢の疑問にヤスはチッチッチッと人差し指を振る。
いつ見てもイラッとする仕草だ。
「“赤いちゃんちゃんこ”も“赤い紙、青い紙”もその怪談の特性が似通ってるために学校によって片方しか書かれていないでヤンスよ、二番煎じになってしまうでヤンスからね。」
ヤスの説明になるほどと百合矢が頷く。
確かにどちらも【トイレで声をかけられ、答えたらその返答如何によって血まみれにされ殺される】という怪異だ。
七つしかないのに同じような内容のものを二つも入れられないのだからそうかもしれない。
早速、隣の図書準備室へと足を運ぶ。
なんでも図書室に置いておくのは最新号だけで、それ以前の新聞は学校だよりと共に学校の歴史ファイルにまとめているのだという。
恭介達はヤスの指示通り、夏あたり……それもお盆近くの学校新聞を重点的に調べていく。
なんでもそういうホラー特集をするのはだいたいが夏頃だからだというのだ。
「あった!3年前の記事!」
野薔薇が声をあげてみんなを集める。
確かにそこには【恐怖!学校の七不思議特集!】とおどろおどろしいフォントで書かれていた。
1.音楽室のひとりでに響くピアノ
2.西2階踊り場の入れ替わる鏡
3.初代校長の胸像が笑う
4.トイレに一人でいる時に現れる赤いちゃんちゃんこ
5.体育館に現れる鞠をつく子供
6.夜中の校舎に聞こえる後ろをついてくる足音
とまとめられており、下の方には詳しい内容が解説されている。
「ん?七不思議のくせして六つしかないな?」
恭介の疑問にヤスが反応する。
「何言ってるでヤンスか、七番目を知ってしまうと呪われんでヤンスよ、つまりそれ自体が怪談の七つ目みたいなもんでヤンス……語ってはいけない怪談……“牛の首”みたいなものでヤンス。」
恭介はヤスの言った“牛の首”なるものに何故か既視感を覚える……何か…昔どこかで聞いたことがあるような気がする。
「ともかく、これでご学友を襲った怪異の正体が“赤いちゃんちゃんこ”で確定したでヤンスなぁ!」
ヤスがうんうんと頷きながらファイルを閉じる。
しかし、もう一つ10年前のファイルを読んでいた百合矢が口を開く。
「………ねぇ、こっちにも七不思議の記事があるんだけど……」
その言葉に今度は百合矢の周りに皆があつまる。
するとそこには【恐怖の七不思議】と特集が組まれており、同じように七不思議が纏められている。
ただ一点の違いを残して……
1.音楽室のひとりでに響くピアノ
2.西2階踊り場の入れ替わる鏡
3.初代校長の胸像が笑う
4.トイレに一人でいる時に聞こえる赤い紙、青い紙
5.体育館に現れる鞠をつく子供
6.夜中の校舎に聞こえる後ろをついてくる足音
「どういうことだよ……?」
七不思議が纏められた10年前と3年前の記事ではよりにもよってトイレに関する怪談が二つに分かれていた。
これではどちらが野薔薇の学友を襲ったものなのかはっきりしない……。
「どういうことだよヤス…同じ七不思議は同じ学校には存在しないんじゃなかったのか…?」
恭介が困惑といった表情でヤスに問いかける。
「年月が進むことで怪談が他の似た内容の怪談と入れ替わるというのはそれなりにあることでヤンス…それも三年周期で前の世代のことを知っている生徒がいなくなる中高では特に…」
しかしヤスもそのことは抜け落ちていたらしく頭を抱えている。
完全に振り出しに戻ったかたちだ。
「これじゃ八方塞がりもいいとこだ……どうしたもんかなぁ…」
皆でうんうんと頭を悩ませているところでヤスのスマホが鳴る。
マナーモードにしていなかったヤスは慌てた様子で電話に出る。
「ハイ!こちらヤスでヤス!あっ!楓華氏!お勤めご苦労様でヤス!」
は?
ちょっと待てヤス貴様いつの間に黒鳥さんと連絡先を交換
恭介が落ち着きを取り戻そうと深呼吸をし始めたあたりでヤスが振り向く。
「京子氏、楓華氏が用事を頼みたい用でヤンス。」
用事?いったい何だろう?
恭介はヤスからスマホを受けとると、通話に出る。
「もしもしく…姉さん、俺だけど。」
『あ、キョウちゃん、調査お疲れ様。まだまだかかりそう?』
黒鳥の言葉で恭介はふと窓の景色を見る。
いつの間にやら校舎は紅に染まり、ノスタルジックな雰囲気を漂わせていた。
「えっと、ごめんなさい……まだかかりそうかも……」
『そっか、帰るところだったなら帰りに買い出しを頼もうと思っていたのだけれど……残念。』
黒鳥を残念がらせてしまった……恭介は少し肩を落としてしまったが、ふと今調査が行き詰っていたことを思い出し、黒鳥に助言を求める。
___________『なるほどね』
ヤスのスマホをスピーカーモードに切り替えた恭介たちはことの顛末を黒鳥に一通り説明する。
彼女は口を挟むことなく、最後まで恭介たちの話を聞いて一言そう発すると、
『ヤス君、もう一つ類似する怪談……いや、都市伝説をキミは見落としているよ。』
黒鳥の言葉にヤスは驚いたような表情を見せる。
それは恭介や百合矢もそうだ、ヤスがことオカルトごとで語り忘れがあったことなど会った記憶がない。
「な……それは一体なんでヤンスか?」
ヤスの質問に黒鳥 楓華は簡潔に答える。
『怪人”赤マント”』
恭介はハっとしたように手をポンと叩くと額に手を当てる。
「あ、あ、あ……”赤マント”~!!そうでヤンした!そいつがいたでヤンしたよ!」
「そ…その怪人”赤マント”というのはどういったものなんでしょうか!?」
一人だけで納得しているヤスを傍目に百合矢が黒鳥に問いかける。
『これは友達の友達から聞いた話なのだけれど……』
ヤスのスマホ越しからいつもの語り句が流れてくる。
『日が沈むころに、頭からすっぽりと血に染まったような赤色のマントを羽織った怪人が現れるというの……その怪人は子供や女性を攫っては残虐な方法で殺害てしまうそうよ。みんなも帰り道には気を付けてね……?』
毎度のことであるが黒鳥の語りにはいつも身を震わせてしまう。
しかしここである疑問が生まれる。
「待って、私たちの話からなんでその”赤マント”が出てくるの?根拠は何?」
同じ疑問点を持ったのか野薔薇が電話越しの彼女に質問を投げかける。
そうだ、黒鳥の話すその都市伝説には学校も、トイレも、真っ赤に染まる死体も……なにも出てこないのだ。
共通点といえば夕暮れ以降に姿を現すということぐらい。
「”赤マント、青マント”でヤンス。」
野薔薇の疑問に答えたのはヤスだった。
その名前は”赤いちゃんちゃんこ”、”赤い紙、青い紙”を連想させる。
ヤスはそのまま話を続ける。
「この怪人赤マントには派生が存在するでヤンス。学校のトイレの個室で用を足そうとした生徒が突然背後から青白い幽鬼のような男に質問されるでヤンス。」
『赤いマントと青いマント、どっちが好みかな?……ね。』
黒鳥とヤスが息の合った調子で恭介たちに語って聞かせる。
その怪人赤マントの逸話を……
『答えなければ男はいつまでたっても去ってくれず』
「赤いマントと答えればいきなりナイフで刺され、全身から血が噴き出し殺されるヤンス。」
『青いマントと答えれば全身から血を吸い取られ、真っ青になり絶命する。』
恭介たちは絶句する。
同じだ……”赤い紙、青い紙”と……
『血を吸われるというところから怪人の正体は吸血鬼ではないかといわれているわ。この都市伝説が生まれた経緯としては1906年にあった青ゲットの男殺人事件と1926年に起こった二・二六事件が混在したことでしょうね。特に後者のほうは政府による言論統制のあったことからあやふやに伝えられたことが怪人を誕生させることを後押ししたわ……人ってあやふやな話題になるほどわからないことに恐怖を感じるから』
黒鳥の語りに恭介は違和感を覚える。
まるで何か実感があるような言い草だ。
しかし恭介がそのことを口に出す前に黒鳥が先に言葉を発する。
『でも……今回の被害者は頭を切り落とされていたのでしょう?』
黒鳥の言葉に一同は顔を見合わせる。
「そ…そうでヤンスよ?」
ヤスのスマホから黒鳥の息遣いが聞こえる。
『怪人”赤マント”は全身から血が噴き出すほどナイフでめった刺しにするわ……ねぇ、今回の犯人は本当に都市伝説なの?』
黒鳥の発言に一同は瞠目する。
そうだ、いつの間にか全員が都市伝説が犯人だと決めつけていたが、もともとこの調査は都市伝説が関わっているのかどうか判断するのが目的だったはずだ。
その時
「まて!逃げるんじゃない!!」
校舎内に皺がれた声がこだまする。
「八神のおっさんの声だ!」
「行ってみるでヤンスよ!」
恭介たちは声のした方角へ急ぐ。
その場は事件現場となったトイレであり、その扉の前で八神がドアを開けようと体当たりをしていた。
「刑事さん!何があった!?」
「来るんじゃねぇ!犯人がここに立て込んだんだよ!!」
「なんだって!?」
_______トイレ内
「おい!あきらめろ!凶器からお前の指紋が検出されたんだよ!逃げ場はねぇぞ!!」
扉の向こう側からあの刑事の声が聞こえる。
醜い皺がれた声だ……耳障りで仕方がない。
それに比べて先ほど生徒とともに来た黒髪の女性の声は素晴らしかった……まるで鈴の音のような心の安らぐ声……
「君の声も負けてないけどね……」
竹田川は刑事から逃げる際、とっさに持ち出したスポーツバックを除く。
そこには白い仮面と共に、かつて清らかな声で朗読をしていたある女生徒の頭が収められていた。
防腐処理もして、切り落とした直後にしていた生臭さももうしない……
もっとも欲しかった声ももうしないのだが……
「おっさん!どけ!!俺がやる!」
「馬鹿!!下がってろって言ったろ!!危ねぇんだぞ!」
扉の向こうであの美しい声が聞こえる……嗚呼、やはりいい……あの声をもらえないだろうか
「赤いちゃんちゃんこ着ーせまーしょか?」
「ああ……やっぱり欲しい。」
竹田川が感嘆の声を漏らした際、何かが聞こえた気がした。
バキンっっ!!
恭介のタックルがトイレの前に積み立てられていた掃除用具や段ボールに入った洗剤ごと扉を破壊する。
「……嬢ちゃん、格闘技か何かやってんのかい?」
「えっ!いや別に!!」
目の前の光景にあっけにとられた八神が恭介に問いかける。
恭介はまずいと思った。こんな人間離れしたものを見せつけたら何か変な薬をやってるんじゃないかと疑われてしまう。
「まずいい!嬢ちゃんは後は下がってろ!!こっから先は警察の仕事だ!!」
八神は恭介を押しのけると、トイレの中に踏み込む。
「………!?」
トイレの中を見た八神は目を見開き、立ち止まった。
「………?刑事さん…どうしたんだ?」
不審に思った恭介が八神に……トイレに近づこうとする。
しかしそれを八神が止めると……
「駄目だ…来ちゃなんねぇ……お前さんらは今度こそもう帰りな……」
と玄関まで押し返されてしまった。
______恭介たちを見送った八神はトイレに戻り、ホシだった者を見下ろし、拝む。
「……嬢ちゃんが関わるといつもこうだな……何かに取り憑かれてんじゃねぇだろうな。」
八神は携帯を取り出すと、署に連絡を入れる。
「ああ、俺だ……悪いがすぐに鑑識を寄越してくれるか……?」
八神はやれやれといった様子でため息を吐くとつぶやく。
「……また変死だ。」
「……なんか釈然としない終わりかただったな……」
百野瀬姉妹を送り届ける最中、恭介はぼそりとつぶやく。
ちなみにヤスはさっさと帰った。
「でもブティックの時もそうだったし……やっぱり生きた犯人がいるんだったら警察に任せるのが一番だよ。」
百合矢は恭介ににこりと微笑む。
つまりは恭介の苦手とするそういう系の調査はバンバン依頼するということなのだが……
「百野瀬さん…」
「「はい?」」
恭介の呼びかけに姉妹がそろって答える。
そういえばここにいるどちらも百野瀬さんだ。
「あう……えと……」
戸惑う恭介に百合矢はこれはチャンスとばかりに顔を近づける。
「あ、あの!やっぱり妹と混同しちゃうので私のことも名前で呼んでくれませんか!?」
百野瀬 百合矢の鼻息が荒い……そんなに混同するのが嫌だったろうか……
「わ……わかったよ……百合矢…さん」
恭介の返事を聞いた途端百合矢の顔面は夕焼けのように赤く染まっていき、俯きながら歩く。
「お姉、”赤マント”みたい。」
野薔薇のからかいに百合矢が怒っている。
先ほどまで気落ちしていた野薔薇のことを思えば微笑ましい光景だ。
そうこうしている間に百野瀬たちの自宅に到着する。
「それじゃあ、俺はこれで……」
「あ!あの京子さん!」
別れ際、恭介は百合矢に呼び止められて振り返る。
「あ……えっと……ありがとうございました。」
「はは、いいって。それじゃ」
恭介の立ち去る背中を百合矢はじっと見つめていた。
「お姉、これじゃいつまでたっても進展しないよ?」
「わかってるよ……」
「あの人、好きな人いるよ。」
「わかってるって……」
百合矢は暗い面持ちで玄関の扉を開ける。
妹である野薔薇はその様子をため息を吐きながら見つめていた。
「ねぇ、知ってる?これ友達の友達から聞いた話なんだけど……」
「え?なになに?」
「出るみたいなの……この学校、玄関のところの女子トイレに七不思議の七番目……”トイレの花子さん”が……!」