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Friend of a Friend  作者: koenig
4/40

8月も終盤に差し掛かってきた暑い日。

アスファルトで熱された道を元気に歩くキノコ頭がいた。


「今日はお宝発掘デーでヤンスねぇ!」


彼の名前は山田(やまだ) 安弘(やすひろ)……親しい友人にはヤスという愛称で呼ばれている大学生である。

彼の趣味はネットサーフィンとオカルト話……そして休日のジャンク品漁りである。

彼は店を梯子し、掘り出し物が見つかれば使う使わないに拘らず、とりあえず手に入れておくというような贅沢な性分であった。


「おっと、ここはまだ入ったことがない店でヤンスねぇ!」


彼は目についた中古屋に立ち寄る。

その中古屋は人目につかないような裏路地に存在しており、ヤスのような大通りを通らない()()()以外には認知されないような場所に存在していた。


「ごめんくださいでヤンス〜♪」


「ごめんなんて商品は売ってないよ。」


ヤスの入店時の挨拶に合わせて店の奥の方から無愛想な声が聞こえる。

その声の正体はレジに座っている店主と思わしきお爺さんであり、ヤスに目をくれることなくスポーツ新聞に目を通している。

一件気難しそうな人物であるが、ヤスは既にその店主を気に入っていた。


何故ならヤスの入店の挨拶にユーモアたっぷりの完璧な返答を返してきたからである。


「それじゃあ本当に売ってないか確認させてもらうでヤンスね〜」


ヤスはずけずけ入店すると、店の商品を見て回る。

ありとあらゆる商品が過不足なく置かれてはいるが、ヤスの琴線に触れるような商品は見当たらない。


(だいたいがもう持ってるやつでヤンスねぇ…)


ヤスが少し残念に思い、顔を下げたところであるものを発見する。


それはプレ◯テ2だ。

しかしただの◯レステ2ではない。

隣のプ◯ステ2が1100円で売られているのに対し、このプレス◯2は100円で売られているのだ。

しかもダンスダ◯スレボリューション5thMixが一緒についてこの価格だ。


「あれ?店主、このゲームほんとにこの価格でいいのでヤンスか??」


ヤスが店主に向かって質問すると、ちらりとこちらを見てすぐにスポーツ新聞に視線を戻す。


「ああ……そいつぁ…ちょっと訳ありでな………」


店主の語るそのワケを聞いたヤスは目を輝かせる。


「店主!ごめんをちゃんと売ってるじゃないでヤンスか!!」


やすは嬉々として100円を払い、その中古屋を後にした。





_______喫茶店ウィッチ


「いやぁ!百野瀬さんが常連になってくれて嬉しいよ!」


「いえ……そんな…」


喫茶店ウィッチに黒鳥(くろとり) 京子(きょうこ)こと鮫島(さめじま) 恭介(きょうすけ)の笑顔が煌めく。

その彼女の煌めきを百野瀬(もものせ) 百合矢(ゆりや)は直視できずに運ばれてきたコーヒーをただ見つめていた。


「そうだね、百合矢くんのような若い子に来てもらうとこの店も華やぐよ。」


「そんな……!黒鳥さんも対して歳は変わらないでしょう!?」


黒鳥(くろとり) 楓華(ふうか)の言葉に恭介は慌てて訂正を挟む。

いくら不老不死を目指しているとはいえ、まだなっていないのだから見た目からして自分たちと歳が近いはずだ。

たまにかなり昔の話をしたりするけれど実年齢は伴わないはずだ。

………伴わないよな?

いや!もし歳がそれなりにいっていたとしてもこうして黒鳥 楓華は美しく、可愛げのある女性なのだ。

例え100歳だとしても好きという気持ちに偽りはない。


「……前から思っていたのですけれど…お二人はやっぱり姉妹……?何ですよね………?」


百野瀬がじっと恭介を見つめながら質問してくる。

いったいどういうことなのだろう?質問が突飛すぎて意図がわからない。


「そ……うだけど?なんで……?」


「いや、姉妹なのにお姉さんのことを苗字で呼んでいるのが不思議だなと思って。」


しまった……!

そりゃそうだ……!

何処の世界に同じ苗字の家族を苗字で呼ぶやつがいるというのか……!

いや、百野瀬の目からみたらここにいる事になるのだが……!!


「あっと……えっと…それはぁ………」


恭介は出来が良いわけではない頭をフル回転させるが、良い言い訳が浮かんでこない。

自分の姉を苗字で呼んでいる事に対する言い訳って何だよ聞いたこともないよ。


「そういえばキョウちゃん、記憶喪失になってから“お姉ちゃん”って呼んでくれなくなったわね。」


「ええっ!?京子さん記憶喪失だったんですか!?」


「えっ……えぇうん…まぁ………」


困っている恭介に黒鳥が助け舟を渡してくる。


「どうかしら?これを機に“お姉ちゃん”呼びに戻してみたら?」


黒鳥は笑顔で恭介に提案してくる。

………いや、これは助け船か?


「え……っいやぁ…それはぁ………スゥーーー………」


いや恥ずかしい。

言えるわけがない。

これは何かのプレイだろうか?援軍かと思ったら普通に背後から撃たれたような感じ。


「ほら、言ってみて?お ね え ち ゃ ん 。」


「____ん。」


ボソボソと言った声が聞こえないのか、喫茶内は静寂に包まれる。


「お、お姉ちゃん……。」


「あら…いいじゃない。」


いや、スッゲェ恥ずかしい!!

羞恥心で変な汗がやばい!!!

そして百野瀬からの視線が痛い!!!

何!?その羨ましそうな、感動したような表情!!どういう感情の表情なの!?それ!!!!


恭介は自分の顔が沸騰しそうになっているのを感じ、そそくさと厨房の奥へと引っ込んでいく。

それと同時にカランコロンと来客を告げるベルが鳴る。


「あら、ヤスくんいらっしゃい。」


「これは楓華氏!どうもでヤンス!」


来店した人物はこの店の常連第一号のヤスであった。


「おやおや、百野瀬氏もいたでヤンスか?これは運がいいでヤンスな!今日は面白いものを見せるでヤンス!」


「え?何だろ?」


ヤスは百野瀬の向かいの席に座ると背中のリュックを下ろす。

中からはいつものノートパソコン………ではなく、分厚いゲーム機が出てきた。


「ヤスくん…これはなに……?」


百野瀬は不思議そうに取り出されたゲーム機を眺めている。

その様子にヤスは気をよくしたのか、饒舌に語り始める。


「これは2000年3月4日に発売されたプレイ◯テーション2でヤンス!驚くべきは当時ゲーム機として革命的だったDVD再生機能でヤンス!この機能のおかげでDVDプレイヤーを買う余裕のなかったゲーマー達も茶の間でテレビを占領するというような罪悪感を抱かずに済んだのでヤンス!注目すべき点はまだまだあって、なんと前作のプ◯イステーションとの互換性が抜群で、なんと1用メモリーカードから2用メモリーカードにセーブデータをコピーする事によってそのまま1のゲームを2のメモリーカードに保存することが可能になっているんでヤンス!これでデータ容量のせいでなくなくデータを消去していた層にも救いの手が差し伸べられたでヤンスねぇっ!」


「へ……へぇ〜……」


百野瀬は自分から聞いた手前うんうんと話を聞いていたが、正直理解することができなかった。

しかしこんなに生き生きと一生懸命説明しているヤスを止めることができずにヤスの語りは続く。


「かと言ってもそんな昔のゲーム引っ張り出してどうするんだよ?」


いつのまにか厨房から戻ってきていた恭介にヤスの長話は遮られる。

ヤスは恭介の言葉で本題を思い出したようで話の腰を戻す。


「おっとおっとそうでヤンした、面白いものというのはこのゲーム機のことではなくてでヤンスね……」


ヤスは喫茶店ですっかり物置きの台座にされてしまっている古いブラウン管テレビへと近づく。


「楓華氏、これはまだ動くでヤンスか?」


「さぁ……?わたしが祖父からこの喫茶店を受け継いだ時から使われていなかったから良くわからないわね……」


黒鳥の返答に「そうでヤンスか」と返事をしたヤスはブラウン管テレビの上に置いてある小物を脇に退けるとブラウン管テレビの埃をはらい、コンセントに差し込む。


「お、電気は通るでヤンス。いやぁ拙者の家にはないでヤンスからなぁ、目をつけていたでヤンスよぉ……これでこのゲームを起動できるでヤンス……」


HDMI変換器を使えば話は早かったのだろうが、せっかくならみんなで確認しようと思ったヤスは喫茶店ウィッチにブラウン管テレビが飾ってあるのを思い出してゲーム機を持ってきたのだ。

ヤスは早速三色ケーブルをブラウン管テレビに差し込み、ゲームのプラグをブラウン管テレビと同じようにコンセントに差し込んで電源を入れる。

すると、ビャァァンというような独特の起動音が鳴り、ゲームが起動する。


「この何ともいえないちょっと不安を誘うような起動音が乙でヤンスよねぇ……。」


なかなか共感しにくい感想をヤスが述べると、カーソルをメモリーカードの項目へと移動させる。


「みんなに見てもらいたいのはこのセーブデータでヤンス。」


そこにはギル◯ィギアやドラ◯ンクエスト4、ファイナル◯ァンタジー10にドラ◯ンボール……ク◯ッシュバンディグーに◯ョジョという錚々たる面子の中に紛れる明らかに異質なデータがそこにはあった……。


「身………?」


他のセーブデータは筋斗雲やそのゲームのキャラ等、一目で何のゲームかわかるように表示されているのだが、そのデータだけは緑と青と黄色が混ざったようなモザイクの箱に似た表示でそこに存在していた……。


「これは近代都市伝説の金字塔……多くの行方不明者を輩出したセーブデータなのでヤンス!まさかこんなところでお目にかかれるとは………!」


ヤスは興奮した様子で語りかけてくる。

それほど有名な物なのだろうか?恭介は聞いたこともない。


「私もこれは初耳ね……」


黒鳥 楓華ですら聞いたことがないというのだ。

恭介にわかるはずなどない。


「このセーブデータを手にした者は職場にトラックが突っ込んだり、身内が重い病にかかったり、ホモに狙われたりと……様々な不幸がその身に降りかかったでヤンス!」


「何だよそれ!そんなもん此処に持ってくんな!!」


この喫茶店にトラックが突っ込んできたらどうするんだと思ったが、この喫茶店は裏路地の奥に存在しているため、そんなことはなかなかないだろうと考え直す。


「安心してくだされ、スレやまとめサイトを見た感じ、そう急激な不幸に見舞われたようではないでヤンス。あとは拙者が解読に勤しむでヤンスよ。」


ヤスは自慢気に応えるとゲームの電源を落とそうとする。

どうやら噂に聞いた都市伝説の代物を手に入れたことが嬉しくて自慢しにきただけのようだ。


「…………?……あれ?おかしいでヤンスね?」


ゲームの電源を落とそうとしていたヤスの様子がおかしい。

少し慌てた様子でゲーム機本体の電源を押してみたり、テレビの電源を押したり、ゲーム機とテレビのコンセントを抜いてみたりしている。


しかしあろうことかテレビの画面には依然ゲーム機の画面がついたままだ。

ゲームにも翠のライトが煌々と点灯している。


「……………消えないんでヤンスが………」


「はぁ!?」


ヤスの言葉に一同絶句する。


「どういうこと?なんで電気の供給がなくなっているのにそのテレビはついてるの??」


「な………なんででヤンしょねぇ…」


百野瀬の質問にヤスは答えない。

いや、答えられるはずがないのだ。

こんなことは普通あり得ないのだから。


「と……ともかく一旦ここを離れよう!」


何が起こったかわからないが、異常事態であるのは変わらない。

恭介は皆を誘導して玄関の方へと向かうとドアノブに手をかける。


「……ん?………アレ……?」


「ど……どうしたの……」


恭介は力いっぱいドアを引っ張るがうんともすんとも言わない。


「ドアが……開かな…うわぁっ!!」


恭介が力任せにドアノブを引っ張ったせいか、勢いよくドアノブが外れて恭介は尻餅をつく。


「嘘……なんで…?」


百野瀬もあまりの事態にだんだんと表情が強張ってくる。


「だって!急な変化はないって!さっきっ!!」


百野瀬は取り乱したのか声を荒らげる。

彼女は服屋の一件で怖い思いをしたばかりだ……あの事件が脳裏をよぎったのだろう。


「噂の効力の増大……」


黒鳥が口に手を当てて何かを呟いている。

こんな状況ではあるが、そんな仕草も絵になっている。


「ヤスくん……その噂が初めて書かれた…出所時はいつのことなのかわかるかな……?」


「に……2007年のスレでヤンス…!」


ヤスの発言に黒鳥はまた考え込む。


「18年前……私が魔女の噂をネットに流したのが13年前の10歳の頃だからそれよりもっと前……その間ずっとネットを放流し続けて多くの人の目に留まり囁かれ続けたのだとしたら……ありえるかも…」


黒鳥はブツブツと呟きながら考えをまとめさせていく。

恭介も黒鳥が自分と一歳差だと知り、その情報を頭に叩き込む。


「ヤスくん、その都市伝説……もうすでに“呪いの品”に到達しているかもしれないね。」


「ど……どういうことでヤンスか…?」


黒鳥は戻ってブラウン管テレビの前に立つと説明を始める。


「人形や装飾品など物は持ち主の逸話と共に語り継がれていつかはそれ自体が物のチカラとして語られ、効力を持つことがある。非業の死を遂げた少女の持っていた呪いの人形……夫への憎しみの末家族を惨殺した夫人の首飾りなど……持っていたら呪われるといった品物……一度くらいは聞いたことないかしら?」


恭介と百野瀬は片唾を飲む……。

ホラー特番のCMとかでそんなものを目玉にした番組があった気がする。

怖いので番組自体は見ていないが……


「アナベル人形みたいなことでヤンスか!?」


「あ…それは映画で聞いたことある……。」


ヤスと百野瀬の返答に黒鳥はこくりと頷く。


「この“身“っていうデータも()()()()()()()()()()という都市伝説がネットっていう衆目の中語り継がれることによって本当にその効力を持ってしまった……いえ、ヤスくんの言葉が正しければ()()()()()()()()()()と考えられるわ。」


黒鳥 楓華が淡々と考えを語っていく……

凛々しい彼女も素敵だ……


「ヤスくん、その掲示板もだんだんと不運が多くなってきたんじゃない?」


「確かに…そう言われてみるとスレが進むにつれて消えないだけのセーブデータが破損データを増殖させるようになったり、解読班が失踪したりしていったような……」


つまり、曰く付きの物をネットに晒したことによって憶測とともに衆目にふれ、リアルタイムでチカラを増して行ったってことか?なんてはた迷惑な……


「ネットにあげた時点でそれなら相当なものね……今じゃこれはだいぶ危険な代物になっていると考えていいかもしれない……状況から考えると、トリガーは“身“というデータを直接見たことかしら……。」


黒鳥はゲームのコントローラを握ると、他のセーブデータと“身“を比較していく。


「ほかのデータは8キロバイトなのに対して何でコレだけ10キロバイトなのかしら……」


「ああ、それはプ◯ステ1から2へデータを移行したからでヤンスね、1のデータは何故か2キロバイト増えるんでヤンスよ。」


黒鳥の疑問にヤスが答える。

黒鳥は「そうなのね。」といった感じで他にも気になるところがないかほかのデータと“身“を比べていく。


「その掲示板には解決方法は明示されなかったのかしら?このセーブデータが何だったのだとか……」


「それが……解決する前にスレは自然消滅してしまったのでヤンスよ……未解決だからこそそれがまた謎に謎を呼び、都市伝説として語り継がれたでヤンス!」


「なるほど、解決法が明記されていない都市伝説ね……」


挿絵(By みてみん)

黒鳥は内心厄介だと感じていた。

口伝の噂話で語られる怪異や都市伝説…例えば“さとるくん“などは噂が伝播する経緯で必ず「じゃあどうすればいいの?」「じゃあなんでこの話は広がっているの?」といった疑問や話の整合性をあわせるために【解決法】が噂の中で生まれ一緒に流れることで解決法も同じように効力を持つようになる。


しかし近代都市伝説と言われるネット発の噂……“ひとりかくれんぼ“など解決法が一緒に提示されるものもあるが、この“身“のように解決法が確立されていないものも多い。

それが偶発的、自然発生的に生まれた噂なら特に……

何故ならネットに上がった時点で多くの人の目に留まり、話しを流布する上での整合性が必要ないからだ。

特にこのようなリアルタイム実況型ではその配信、書き込み事態に整合性が担保され、疑う余地など無くなってくる。

写真がつけば特にだ。

何故なら画面の前にいる自分たちがその事案の当事者であり、体感者だからだ。

目の前で人が倒れているのにそれを疑う者などいるだろうか?


(まぁ、それでもその倒れている人がただ寝てるだけってこともあるのだけれど……)


都市伝説がチカラを持つか否かに【事実であること(リアリティ)】はさほど重要じゃない。

信憑性があること(ハイパーリアリティ)】が重要なのである。

似てはいるが全く別のことだ。

そしてその差異が都市伝説の事象に遭遇した際にその事象から抜け出す突破口になることもある。


「ヤスくん、この“身“に関する出来事でなにか他に語られたりしてないかしら?トラックが建物に突っ込んできたり、これを解読してた人がいなくなっただけ?………あ、あとは身内が病気になったりしたんだっけか?」


黒鳥の質問にヤスは考え込み、答えようとする。


「あとホモに狙われるが抜けてるでヤンスね。」


「それだけなんか被害のベクトルが違くないか?」


恭介はヤスに突っ込みをいれると無意識に(ケツ)を庇ってしまう。


「それが本当だとしてこの場で狙われるのはヤスくんだけだしね。」


「ひぃぃっ!!」


百野瀬の言葉にヤスは悲鳴をあげる。

よかった……今は女で……………………


「うん、まずは当時との差異がどんなものなのか色々試してみましょうか。」


黒鳥は“身“のセーブデータにカーソルを合わせると、消去を実行する。

すると、恭介に急激な変化が発生する。


「う……なんか………腹痛くなってきたな……」


恭介の腹からギュルルルルルという音がすると、顔色がだんだん青ざめてくる。


「ごめん……ちょっと俺、トイレ…」


恭介はそばにいた百野瀬に断りを入れると、トイレに駆け込む。

………しかし


「…………?………え?うそ??マジかよ!!」


恭介はトイレのドアノブをガチャガチャと引っ張るが、一向に開く気配がない。


「玄関だけじゃなくてここまでも………ひぅっ!?」


そうこうしているうちに恭介の腹はゴロゴロと鳴り響き、恭介は内股のまま地団駄を踏む。


「京子さん?!どうしたんですか??」


「百野瀬さん……トイレ……!トイレ開かない!!」


「えぇっ!?」


その場に座り込んでしまった恭介に変わり、百野瀬がトイレのドアを捻る、

しかし、幾度ガチャガチャとドアを弄ってもうんともすんとも言わない。


「………………あっ」


「……えっ」


百野瀬が必死にドアを開けようと試みている最中に背後から何とも気の抜けた声が聞こえてくる。


「京子さん…………まさか……」


百野瀬の問いかけに恭介はなにも答えることができずただしたを俯いたまま立ち上がると……


「ちょっと……2階に行ってくる…………」


と死んだような目ですごすごと厨房の奥、階段を登っていった。

百野瀬は恭介が両手で(ケツ)を押さえていたのを目撃してしまい、顔を伏せる。


「………身内の…不幸……」


「…………でヤンスね……。」


黒鳥とヤスはそう呟くと、テレビ画面に視線を移す。

すると、“身“のデータの横にあったセーブデータが黒いキューブ状に変化しているではないか。


「おや?隣が破損データになっているでヤンス。」


「破損データ?」


ヤスの言葉を黒鳥は聞き返す。

その黒いキューブ状のデータにカーソルを合わせてみると、ヤスが言った通り、【破損データ】と表示された。


「これが本来ならセーブデータが壊れた際に映される表示なのでヤンス。だからこそこの“身”というデータは長らくバグだという説も流れていたんでヤンスねぇ。」


黒鳥はヤスの情報から今の出来事を推理する。

“身”のセーブデータを消去しようとしたら鮫島 恭介に不幸が降りかかり、“身”のデータは消去されずに別のセーブデータが破損データになった……


「……キョウちゃんには悪いけれど、これは確かめておく必要がありそうね。」


黒鳥はこの場にいない恭介に謝罪の言葉を述べると、もう一度“身”を消去する。


すると、2階の方から「うわぁっ!」という声が響き、大きな物音をたてながら恭介が階段を転がり落ちてくる。


「ちょっと!京子さん!大丈夫ですかっ!!?………って何で下履いてないんですか!!!?」


百野瀬は恭介に駆け寄ると、介抱しようとする。

しかし、あられもない恭介の姿に赤面し、顔を覆う。


「いや……2階のドアも開かなくて…浴室のドアも………仕方がないからティッシュで拭いて手を洗おうと下に降りようとしたら階段を踏み外しちゃって……」


恭介はあまりにも情けなくなり涙を浮かべてしまう。

よろよろと立ち上がり、厨房で手を洗うと腰エプロンで下を隠す。


「……京子氏、散々でヤンスな。」


「見ちゃダメよっ!!」


ヤスの目線を百野瀬が必死になって隠している。

ヤスは全然そんなつもりはないのだが、なんだか悪い気がして視線をテレビに戻す。


「………おや、また破損データが増えてるでヤンス。」


テレビ画面には先ほどとは別の破損データが出来上がっていた。


「やっぱり…推測が正しかったら“身”を消去するたびに身内に不幸が降りかかり、破損データが増殖していくようね……全部破損データにしてしまったらどうなるのかしら……」


黒鳥の発言に恭介はゾッとする。


「ま……まって黒鳥さん…!それは……それは流石に……っ!!」


「うふふ…心配しなくていいわキョウちゃん。そんなことはしないもの……ごめんね?」


恭介は心底ホッとする。

それにしてもさっきの「ごめんね?」は可愛かったな、心のフィルムに刻んでおこう。


「おそらくだけれどセーブデータが全て破損データになってしまったらそれこそ当時の解読班のように行方不明になってしまうのではないかしら?他のセーブデータは所謂(いわゆる)身代わりね。」


黒鳥はコントローラをいじり、ディスクを確認する。


「これは?」


「ああ、それはこのゲーム機を買った時についてきたディスクでヤンス。中身はダンスダンスレボリュ◯ション5thMixでヤンスねぇ。」


黒鳥はディスクを選択し、起動する。

しかし、起動はできるもののセーブデータの読み込みがうまくいかない。


「セーブデータのロードができないということはセーブデータが一応存在しているのよね…?このゲームのセーブデータなんて見た?あの二つの破損データのうちの一つかしら?」


黒鳥の言葉をヤスが否定する。


「いや、壊れたのはドラ◯エ4と◯ラバンでヤンス。位置を覚えていたので間違いないでヤンスよ。」


黒鳥はまたメモリーカード画面にもどり、ダ◯スダンスレボリューション5thMixのセーブデータを探す。


「やっぱりないわね。」


黒鳥の呟きに百野瀬が憶測を話す。


「じゃあ、そのゲームのセーブが“身”なんじゃないですか?」


可能性はある。

消去法でいうならそのゲームのセーブデータがバグで“身”と表示されているのだろう。

バグって漢字一文字で表示されるというのはゲーム界隈ではよくあったりする。


「そう……ならこれが“差異”であり“解決法”になりそうね。」


黒鳥のそう呟きに一同は首を傾げる。


「この“身”はこのゲームのセーブデータなのでしょう?ならこのセーブデータを元に戻せばいいのではないかしら?」


百野瀬と恭介はさらに首を傾げたが、ヤスがぽんと手を叩く。


「それならいいのがあるでヤンス!」


ヤスがリュックサックから取り出したのはいつものノートパソコン。

そして何やら四角い藍色の箱。


「これはプレイステーション用メモリーカードとコントローラをUSB経由でパソコンに接続するアダプタでヤンス!ほんとは家での解析に使うつもりでヤンしたが、この際仕方がないでヤンス。」


そんなものがあるなら初めから出せと言いたいところだったが、こんな状況では忘れてしまっていても仕方がないだろう。

ヤスはゲーム機からメモリーカードを引き抜くと、ノートパソコンに接続する。


「…………むっ、パソコン経由でも消去はできないでヤンスねぇ。」


「このメモリーカードから“身”を取り出せればいいわ。」


ヤスは「了解でヤンス!」と元気よく返事をすると、“身”をパソコンに移動させる。

黒鳥はヤスからメモリーカードを受け取ると、またゲームを起動してセーブデータを作成する。


「………これで正常にセーブデータが作成できたわけなのだけれどどうかしら?」


黒鳥が席を立って玄関へ向かい、ドアを開ける。

すると、カランコロンという小気味よい音が響いて玄関の扉が開いた。


「ヤンス!」


「うそっ!」


「うおおおっ!!やったぁぁっ!!」


黒鳥は振り返り、一同を見渡すと


「さぁ、また閉じ込められないうちに今日は帰った方がいいわ……ヤスくん、その“身”のデータ私に預けてくれるかしら?」


「え………まぁ、楓華氏なら大丈夫でヤンスかね。」


ヤスはパソコンから“身”をUSBメモリに移し替える。

黒鳥はヤスからUSBを受け取ると、百野瀬とヤスを帰宅させた。

恭介は挨拶もそこそこに急いで2階から着替えをとってきては浴室へと駆け込む。


「ふふ……なんだか賑やかな一日だったわね。」


黒鳥はくすくすと笑いながら手元のUSBを見つめる。


「さて、あなたには私の不老不死の礎となってもらおうかしら……」


黒鳥は嬉しそうにそう呟くと、地下室への階段を下っていった。




_______後日。


「いやぁこの前は散々な目に遭いヤンした。」


「お前のせいでな。」


喫茶店ウィッチには恭介とヤスの姿があった。


「あのセーブデータのせいで俺は女子に…黒鳥さんに痴態を晒しちまったんだぞ……!」


「その節は本当に申し訳ないことをしたでヤンした。」


ヤスは深々ーっと頭を下げる。

しかし「女子に……」などとこの人はほんと男のようなことを言うものである。


「ところであの後改めて“身”についてネットで調べてみたでヤンスよ!」


「まだ懲りてねぇのかオメェ。」


ヤスの言葉に恭介は呆れ返る。

こいつのオカルトへの探究心は止められないらしい。


「色々情報を募ってみたでヤンスが……なんと!あの“身”は2020年に既に解決されていたらしいのでヤンス!」


「は?」


なんだそれは?だったらあの時そのことを知っていればあんな苦労はしなくて済んだのではないか?


「どうやらあのデータはやはり◯ンエボのセーブ時のバグでああなってしまうらしいでヤンス。セーブデータとしては読み込めず、P◯2から◯S3へのデータコピーも可能だったらしいでヤスよ?」


「何だよ……じゃあ結局ただのバグなんじゃん。」


恭介はどっと肩を落とす。

その話が早くに広まっていて、もっと色々な人の目に留まっていれば今回のような都市伝説化した“身”に振り回されることはなかったはずなのに……

結局はただのバグデータ、その時の事故も身内の病気も失踪も、偶然が偶然を重ねただけ……


「ま……なんにせよこれで別の被害は起きなくなったもんだよな。」


恭介がやれやれといった様子でいると、何やらヤスは重々しいように口を開く。


「拙者もそう思って聖地巡礼とばかりにその人物のSNSへ飛んでみたんでヤンスが………」


ヤスはここまで語ると唾を飲み込み、もったいつけた様子で恭介に語りかける。



「その人物のSNS……2023年12月28日以降…更新が止まってるんでヤンスよ………。」



挿絵(By みてみん)

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