テロリストのお礼
ある日差しのきつい初夏の候、冴えない男子大学生である【鮫島 恭介】は暇を持て余していた。
「あっっつぅ〜……日本どうなってんだ………」
スマホの温度計ではすっかり夏の常温となってしまった30度台後半である38度を記録しており、危険な暑さであることが伺える。
しかし、身寄りもなく奨学金とアルバイトでやっと大学に通うことができている苦学生の鮫島 恭介には冷房という贅沢は許されず、窓を開けて熱風を呼び込むという苦肉の策に乗っからざるを得ない。
「暑すぎて何もやる気がおきねぇ……なんか気分も悪ぃし……」
思い込みのような気もしないではないが、そんな痩せ我慢をして熱中症で倒れた老人のニュースを最近観たばかりだ。
熱中症や脱水症は馬鹿にできるものではない……何処かに緊急避難に向かわないと命に関わる。
「市立図書館にでもいくか……?」
あそこならば冷房もキンキンに効いていることだろう、しかも本も山程ある。
暇つぶしに読書がてら少しは涼しくなるであろう夕方ごろまで居座るのも悪くない。
「そうするか……」
そうと決まれば流石に上半身裸では出かけられない。
いくらこれから死の道を闊歩するにしても最低限の身なりは整えなくては……
鮫島 恭介は衣装ケースからできるだけ涼しいTシャツを引っ張り出して身に纏う。
玄関を開けると、部屋の中のほうが日陰の分、幾分かマシだと感じる熱波を顔面に浴びると玄関の鍵を閉める。
「………ドアノブも暑くなってやがる……」
人差し指と親指の先っちょでなるべく触れる表面積をなくしながらドアノブをガチャガチャと回す。
「よし、閉めた。」
頭で思っただけでは後で鍵を閉めたかどうかわからなくなってしまうため、いちいち口に出して確認する。
そんなことをしても忘れる時は忘れてしまうのだから人の頭というのはどうしようもない。
(そういや、人は頭の10%ほどしか使ってないって話あったよな……)
どこかの誰かが言っていた都市伝説。
人は10%ほどしか脳を活用しておらず、残り90%の能力を引き出すと身体が壊れてしまうという話……
(負荷に耐えきれずに筋肉や骨とかが壊れるって話だっけか……?だとしたらとんだ欠陥だよなぁ…)
そんなに脳みそが余力を残しているんだったら、30%ちょっとぐらいでいいから解放して大学の勉強に難なく追いつけるようにしてくれと切に思う。
そんなくだらないことを考えながら歩いていると目の前に見知らぬ男性が目に入る。
この暑い日に黒い上着に黒い帽子の如何にも怪しげな人物……太陽に殺してくださいと言わんばかりの出立ち。
(うわぁ………見てるだけであっちぃーー!)
鮫島 恭介はそのあまりにもな格好につい注目してしまう。
通り過ぎて行く時にその男の行動に違和感を覚えた。
「あのー……もしかして小銭か何か入っちゃったんスか?」
思わず声をかけてしまう。
ついつい首を突っ込んでしまう彼の悪い癖だ。
男はしゃがんでみたり自販機の下に手を突っ込んでみたりとやたら自販機の下を気にする素振りを見せていたために鮫島 恭介はそう感じたのだった。
「え!?あー……そうなんだよ。随分奥の方まで転がっていってしまったようでねぇ…コンクリートも熱いし、なかなか取れずに困っていたんだよ。」
男ははにかみながらそう答えると自身の手を鮫島に向かって開く。
男の手は真っ赤に変色しており、彼の努力の様が見て取れる。
「あちゃー……大変すねー」
「まぁね、でもあの小銭がないと電車賃が足りないから帰れなくなっちゃうんだよねぇ……」
「へぇ……なんぼ落としたんですか?」
「500円」
小銭界のナンバーワンである。
この500円玉があるのとないのとでは財布の頼り甲斐に雲泥の差が生まれる。
ちなみに時点で50円……これは勘違いされやすいのだが、頼り甲斐がある小銭ナンバー2は50円玉である。
100円と10円はなんだかんだ集まるが、500円50円はなかなか集まらない……なんなら50円は100円より使うのを躊躇するほどである。
1円玉は使う時は使うのだが、いかんせん使い時に反して溜まりやすさの推移が違う、きみはもう少し需要と供給のバランスを考えて欲しいものだ。
……………話を戻そう。
落としたのが500円先輩とあらばこれは手を貸さずにこの場を離れるのは男の名折れ……何かいい方法はないものか……
恭介は自分の持ち物を確認したが、あいにくスマホと財布、筆記用具ぐらいしか持ち合わせていない……このボールペンでなんとか届かないだろうか?
恭介は自販機の横に屈み、目を凝らすと自販機の奥の方にきらりと光るものを発見する。
あれがおそらく件の500円玉だろう。
恭介はボールペンを握り、自販機の横から手を伸ばす。
「おっ……こっちからなら何とか届きそうっすよ!」
「本当かい!?助かったよ!」
恭介はくいくいとボールペンで器用に500円玉を動かし、カーリングのように男の方へと滑らせる。
「おー!出てきた!いやぁーありがとう!!」
男は恭介に近づくと両手を握って握手をしてくる。
「いやぁ!キミのような親切な若者がいるならまだまだこの国は捨てたものではないなぁ!」
小銭を取ったくらいで大層な感謝のされ方だが悪くはない。
恭介は気持ちのいい思いをしながらその場を立ち去ろうとする。
「んじゃ、俺はこの辺で……」
「あ!ちょちょ!待っておくれ!」
男が慌てて恭介を呼び止める。
正直いい加減アスファルトの上は暑いのでさっさと図書館に向かいたいのだが……
「キミのような若者にはお礼をしないといけないからね。」
恭介はお礼という言葉に少し期待する。
なんだろう?お金でもくれるのだろうか?実はこの男はどこかの大富豪で、言い値を銀行口座に振り込んでくれるとか???
「いいかい?キミは明後日、8月10日の14時20分……玖波山公園には行ってはいけないよ?」
「…………はぁ。」
男はそれだけいうと「じゃあ」と言って立ち去ってしまった。
なんだか拍子抜けである……そもそも500円で電車賃が足りないと言っていた男が大富豪なわけがないのだ。
「馬鹿馬鹿し……やっぱスピリチュアル系の人だったのかな?」
このクソ暑い日に黒い上着に黒い帽子と全身黒ずくめで出歩いているのだ、変な人……とは言わなくてもすこし変わり者の線はある。
恭介はささやかな人助けを終えるとまた図書館に向かって歩き出した。
その途中、先ほど男の話していた玖波山公園が目に映る。
子供連れの親が多い普通の公園だ。
しかし連日の猛暑のせいか人の数は少なく、がらんどうとしている。
(来るなっつってもそもそも用事ないしなぁ)
インドア派というわけではないが、この暑い日に好き好んで公園になんて訪れない。
この暑い日にこの灼熱地獄の上を意味もなく出歩くのはかなりの変人だろう。
「おや!そこにおられるのは鮫島氏ではないでヤンスか!」
変人の話題を考えていたら変人に呼び止められてしまった。
この特徴的な語尾をつける人物を鮫島は一人しか思いつかない。
「おい、ヤス……お前は相変わらず元気だな……」
この特徴的な語尾の特徴的な人物は【山田 安弘】
通常【ヤス】
背の小さいキノコ頭の丸メガネ、いつも何が入っているかわからないようなリュックサックを持ち歩いている旧世代のオタクみたいな見た目をしている。
中学生みたいな背丈だが、こう見えて大学生であり、キャンパス内で柄の悪い奴らに絡まれたところを助けてやったら懐かれて今に至る。
あだ名はヤスとメ◯ブの二択で迷ったが、まだヤスの方が名前からとったあだ名に聞こえるということで本人の希望もあり、メレ◯は却下された。
俺はいつかこいつが本当に何かの犯人になってしまうのではないかと思っている。
「いやいや鮫島氏、拙者にはお見通しでヤンスよぉ!ズバリ!鮫島氏も《魔女》に興味があってここらを彷徨いていたのでヤンしょぉ!?……っでなければ!こんなクソ暑い日に出歩こうだなんて思いませんからなぁ!!!」
決めつけがすぎる。
このクソ暑い中、お勤めに出ている人間だっているんだぞ。全国の労働者に謝れ。
「……なんだ?魔女って………」
素朴な疑問をヤスに投げかける。
また漫画か何かの話だろうか?
「え!?知らないで外にいたんでヤンスかぁ!?鮫島氏無謀でヤンスね……!」
「ほっとけよ!何もないなら俺は行くからな!?」
「まっ……ちょ待って欲しいですヤンスよ!今教えるでヤンス!!」
ヤスはそういうと、裏路地の方へ移動し手招きする。
日差しが暑いから日陰で話をしようということだろうか?
「これはでヤンスね……友達の友達から聞いた話でヤンスけど……」
「え、おまえ友達いたの!?」
「まだ驚くところまで話してないでヤンスよ!!」
ぷんすか憤るヤスを悪い悪いと宥める。
どうもこいつはこうやってイジってやりたくなる。
「……おほん!ここの街の何処かには〈半地下の魔女〉と呼ばれる存在がいて、毎日人の死肉を集めては……自身の不老不死のために夜な夜な禁断の儀式を繰り広げているって噂があるんでヤス!」
「はぁ?なんだそれ?」
あまりにも突拍子のない話に耳を疑う。
今時小学生でももう少しまともな怪談を考えるだろう。
「本当なんでヤンスよ!ほら!この匿名掲示板でも死体消失の噂があったり、警察の遺体保管庫からも遺体が消えるものだから警察が揉み消してるって話でヤンス!!」
「なんで警察が揉み消してるってのにんなことわかんだよ。」
「ネット戦士を舐めないでいただきたい。」
急にイケボで喋るヤスに若干イラつく。
それとここらを彷徨くことと何の関係があるんだか……
「そんで…その友達の友達の話と、ここら辺をほっつき歩くのと何の関係があるんだよ。」
恭介の質問によくぞ聞いてくれましたと言わんばかりにメガネをくいっと上げるヤス。
「いるんでヤンスよ……」
ヤスは路地裏の先を指差し、ゆっくりと呟く。
「この路地裏の先に、噂の〈半地下の魔女〉の目撃情報が相次いでいるんでヤス!!」
ヤスは意気揚々と恭介に言い放つ。
「アホくさ」
恭介は踵を返し、路地裏から出ようとする。
「ちょ!ちょちょちょ!待ってくださいよ鮫島氏!何処にいくんでヤンスか!?」
「うっせぇなぁ!俺は涼みに出かけたの!こんなクソ暑い日に婆さん探しに来たんじゃないの!!」
「そんなぁ!せっかくなら一緒に行きヤしょうよ!絶対楽しいでヤンスよぉ!!」
「い や で や ん す !」
ヒョロガリのヤスが恭介に敵うわけもなくズルズルとひきづられていく。
「あーーーー!!!わかった!さては怖いんでヤンスね!?鮫島氏は案外ビビリでヤンスからねぇぇーーー!!!!!」
ヤスの言葉に鮫島 恭介はぴたりと止まる。
その様子を見てヤスはにやぁぁと笑った。
「誰が……何を怖がるってぇ?」
「鮫島氏は今のぬるくなった[本当にあったかも知れない奇妙な話]も一人じゃ観れないビビりでヤンスからね!一人で観れないどころか、観た後はしばらく一人の部屋に居れないでヤンス!」
鮫島の額に血管が浮かび上がる。
ここまで挑発されて黙って引き下がれるわけがない。
「おおよ!やってやるよ!!お前そのかわり俺が魔女見てビビんなかったら昼飯テメェの奢りなぁ!?」
「い……いいでヤンしょ!受けて立つでヤンス!!」
「オメェ破産させてやるっ!!」
魔女ぐらいどうということはない。
二人は路地裏をずんずんと進んでいく。
ある程度まで道を進むと下に降りる階段を見つけることができる。
その階段の下に目をやると西洋風のドアが目に入る。
「喫茶店ウィッチ?」
鮫島はドアにかかってある看板を読み上げる。
どうやら半地下の魔女とはこの喫茶店のことのようだ。
「残念だったな?噂の魔女じゃなくて?」
「ま……まだでヤンス!まだこの喫茶店の中に魔女が住んでいる可能性も!!」
いや無理があるだろ。
第一死体遺棄してる魔女が魔女って名前で堂々と喫茶店なんて営むか??
「ちょうどいい、昼飯の奢りはこの喫茶店でいいぜ?」
「ぐ……ぐぬぬ……っ」
鮫島は勝ち誇ったように喫茶店のドアを開ける。
すると、カランコロンと小気味のいいベルの音が二人を招き入れる。
「はい、ただいま。」
カウンターの奥の方から鈴の音のような綺麗な声が聞こえる。
その声の主が二人の前に姿を現すと、鮫島は言葉を失った。
姿を現したその女性は綺麗な黒髪を腰まで伸ばし、白雪のような肌との対比により、美しく靡いていた。
黒い瞳は夜空を思わせ、妖艶な雰囲気を醸し出している。
黒に統一された服装もよく似合っている。
鮫島は一瞬にして心を奪われていた。
「どうぞ、空いているお席にお座りください。」
にこりと微笑みを浮かべられた鮫島はカチコチに固まりながら席に着く。
すると、すぐに女性は注文をとりに来た。
「ご注文はお決まりですか?」
女性の一挙手一投足に目を奪われる。
その時、鮫島は女性の胸に名札が付いていることに気がついた。
(黒鳥 楓華さん……)
名前までなんと美しい人だろう……鮫島はぼーっと彼女を見つめている。
「じゃあ、このデミグラスオムライスをいただきたいでヤンス!鮫島氏はどうするでヤンス?」
ヤスがメニューを渡しながら問いかけてくる。
正直今はメニューのことなどどうでもいい。
「あー……ヤスくん、好きに選びたまえ……ここは俺が持つからね。」
「え?いやだから拙者はデミグラスオムライスに……ってアレ?いいでヤンスか?」
「ああいいとも、じゃあデミグラスハンバーグを二品貰えるかな?」
「え?いや拙者はデミグラスオムライスでヤンス。」
「デミグラスオムライスが一品、デミグラスハンバーグが二品ですね。」
黒鳥は注文をとり終えるとカウンターの奥……おそらく厨房であろう場所に消えていく。
「まさか……本当に魔女がいるだなんて……!」
恐ろしい魔女だ……一目見ただけで視界も思考も全て釘付けにされてしまった……これが魔女の所業ではないとしたらなんだというのか。
「………魔女って割には普通の女性でヤンしたね、あんな綺麗な人にビビったんでヤンスか?」
「失礼なことを言うな!あんなに綺麗な女性をみてビビるわけないだろ!!」
「えぇっ!?じゃあなんで奢ってくれたんでヤンスか!!?」
皆まで言わせるな。
いいカッコをしたかったからに決まっている。
鮫島は注文の品が届くまでの間、追及されまいと話題をずらそうとする。
「そういや今日、ヤスと会う前に変な男と出会ったんだよ。」
「へぇ……それはどんな男でヤンスか?」
案の定くいついてきた。
半地下の魔女の話題もそうだが、ヤスはこの手の話題が三度の飯より好きだ。
「全身黒ずくめの怪しい男でさ、自販機の下に小銭を落として困ってたんだ。」
「全身黒ずくめ……まるでさっきのお姉さんのようでヤンスね。」
鮫島はムッとする。
失礼な。
あの怪しいおっさんと黒鳥さんとじゃ雲泥の差、月と鼈だ。
あのおっさんはただただ怪しいだけだったが、お姉さんは妖艶な感じがする。
全然違う。
しかし鮫島 恭介は話題が戻りそうなのを危惧してそのことは言及しない。
「……んで、そのおっさんが困ってたから助けてやったんだよ。」
「流石鮫島氏、この令和の世にそんな親切をする若者は少ないでヤンスよ。」
「お前だって若者だろ………んで、お礼をくれるっていうんだけど……そのお礼ってのが明後日の14時20分に玖波山公園には行っちゃあいけないっつぅ忠告?みたいな……そういう奴だったんだ。」
鮫島は肩をすくめて変だろ?というような素振りを見せる。
「だいたいお礼に忠告ってなんだよ…やっぱスピリチュアル系の変な奴で占いかなんかしてんのかな?」
しかし向かいのヤスから返答が返ってこない。
どうしたのかと視線をヤスの顔に移すと、なにやら考え事をしている様だ。
「ヤス?」
恭介の呼びかけにヤスがゆっくりと口を開ける。
「なんだかソレ、どっかで聞いたことのある話でヤンスね。」
「テロリストのお礼」
急に横から綺麗な声が聞こえる。
慌ててそちらを見ると、お盆をもった黒鳥 楓華がこちらをじっと見下ろしていた。
「あー!そう!ソレでヤンス!!テロリストのお礼!!」
ヤスも合点がいったと言わんばかりに声を出す。
どうやらこの中で知らないのは自分だけのようだ。
「なんだよ……その…テロリストのお礼って……物騒だな。」
ヤスが黒鳥 楓華と共通の話題があるということが面白くなく、わかりやすく拗ねる。
そんなことはお構いなしにヤスは意気揚々と話し出すし、黒鳥は持ってきた料理を配膳する。
「これは友達の友達から聞いた話でヤンスけどね……」
「はいはい友達の友達ね。」
鮫島は不貞腐れたせいか、ヤスの語り始めをヤジるが、そんなことはお構いなしにヤスは語り続ける。
「ある日、男が街を歩いていると、なにやら困っている外国人がいたそうでヤンス。親切な男が事情を聞き、接しているとその外国人は男に『当分は〇〇の鉄道や〇〇の飛行機に乗らないほうが良い』と忠告するでヤンス。……その数日後、その外国人が忠告した通りの場所でかなり大きなテロ事件があり、その実行犯がその外国人だったというのを男は後のニュースで知ってしまうという話でヤンス。」
恭介はヤスの語り口調にうすら寒さを覚える。
こいつは稲◯ 淳二みたいに怪談の語り部でも目指しているのだろうか……
「うっっわ怖〜……知らない間にテロリストと接触してたってのかよ〜……」
確かにヤスの話と恭介が接した男との会話に共通点はある。
しかし恭介が接触した男は外国人でもなければ、この忠告がテロ予告だと確定したわけでもない。
しかしヤスはそうとは思っていないらしく、明後日の玖波山公園で何か行事がないかリュックサックから取り出したノートPCで調べ始めている。
「あ!あったでヤンス!8月10日14時30分あたりに政治家が玖波山公園に視察に来るらしいでヤンス!」
「はぁ?!」
なんでまたただの地域の公園に政治家なんかか視察に来るんだと思いつつ、肝を冷やす。
なんという変哲もない公園でテロなど起こるはずがないと思っていたが、政治家がくるなら話は別だ。
「あー……この政治家、この前汚職問題を追及されていた人ですね……あそこは子供連れの親御さんが多いですから点数稼ぎにでも来るんでしょうか。」
黒鳥 楓華はヤスの隣に座って肩を寄せ、横からノートPCを覗き込んでいる。
近い近い近い…何鼻の下伸ばしてんだ赤面すんなお前ヤス後で覚えてろよ。
「どうすんだ?い…一応警察とかその政治家に知らせたほうがいいんじゃねぇのか?」
恭介の心配にヤスはノートPCを閉じながら反対する。
「えー!?やめといたほうがいいでヤンスよぉ!鮫島氏は善意から忠告しようとしてるかもしれないでヤンスが、もしその男の話がこの都市伝説にあやかった冗談とかだったら脅迫罪や偽計業務妨害罪に問われる可能性があるでヤンスよ!!」
ヤスの言葉に恭介は口ごもる。
ここで変に罪に問われてしまえば奨学金もここまで頑張ってきたアルバイト生活も全て水の泡だ。
「そういうことでしたら私にお任せ願えませんか?」
席から立ち上がった黒鳥 楓華が胸辺りの位置で手を上げる。可愛い。
恭介が疑問の表情を浮かべていると、黒鳥がカウンターから一枚のチラシを持ってくる。
「実はこの喫茶店、そういう調べ物や失せ物の調査も引き受けておりますので気になる様でしたら是非……」
「探偵……みたいなことですか?」
「ええ…まぁ…」
恭介とヤスは渡されたチラシに目をやる。
そのチラシはデザインが良いとは言い難く、読みづらい上になかなか刺激的でサイケデリックな模様が描かれていた。
(独特のセンスだな……)
「これは…貴女が作ったんですか?」
「ええ、自信作です。」
「可愛い。」
あまり表情は変わらないが、自信満々といった態度に思わず口に出してしまった。
しかしヤスも黒鳥もその事に触れる事なくスルーされたため、逆に気恥ずかしさを覚える。
「いいじゃないでヤンスか?ここは頼んで見るでヤンスよ!」
「おい!ヤス!」
いくらなんでもテロかもしれない危険なことをこんなうら若き、可憐で、華奢な……守ってあげたくなる様な女性に任せるべきではない。
「お任せください、調査結果は後日報告いたしますのでまたご来店ください。」
黒鳥はそう話すと、またカウンターの奥へと消えてしまった。
「どうすんだよヤス!あの女性が危険な目にあったら!!」
「なにも彼女だけに任せるとは言ってないでヤンスよ!もちろん拙者もお供するでヤンス!」
「は?」
恭介は一瞬ヤスに殺意が湧いた。
いや、一瞬ではない。今もこめかみからピキピキと音がしている。
「こんな面白い話題に食いつかないほうが可笑しいでヤンスよ!人手はいくらあってもいいでヤンス!!」
こいつ………
そんなこと言って抜け駆けする気だろ。
調査を理由にどんどんどんどん二人の距離を縮めていって、吊り橋効果でそういう仲になることを狙ってやがるだろ。
そんで最終的にはゴールインする気なんだ「これが調査報告書でヤンス〜」とかいいながら結婚式の招待状をこれみよがしに当てつける気だろお前許さねぇぞこの野郎このデミグラスハンバーグ片方テメェの顔面にぶちまけてやろうか?てかなんでデミグラスハンバーグ二つもあるんだよ誰だよ頼んだ奴。
「もちろん鮫島氏も調査するでヤンスよね?」
「当たり前だよ悪かったなハンバーグ食うか?」
「え?いやお腹膨れるんでいいでヤンス。」
そういやヤスはこういう奴だ……三度の飯よりオカルトが好き……俺はこいつのことを見くびっていたのかもしれない。
こうして恭介とヤスは少し遅めの昼食を食べ、恭介が勝手に広げた溝を塞いでいくのであった。
「ちょ!だからハンバーグはいらないでヤンスよぉ!!」
____8月9日の朝。
鮫島 恭介は早くも玖波山公園を訪れていた。
調査をすると言ったものの黒鳥 楓華がいつ調査するのかわからなかったし、ヤスとも昼食の後別れて集合時間を決めていなかったからだ。
それに昼間の暑い時間帯に外に出る気にも起きなかった。
故に、こんな早朝に鮫島 恭介は家を出たのである。
「しかし朝といっても日差しが強いな……」
空気は涼しいのだが、日差しが強い。
この日差しが今日も暑くなるぞという警告を発しているのだ。
「あら…貴方は……」
鈴の音のような声をかけられて咄嗟に顔を向ける。
そこには黒いワンピースに黒い日傘をかけた黒鳥 楓華の姿があった。
「可愛い。」
「はい?」
あまりにも可憐な姿にまた脳直で言葉を出してしまった。
恭介は慌てた様子で話題を変える。
「いやぁ!あの!散歩!日課の散歩がてらやっぱり公園が気になりまして!!見にきちゃいました!!」
嘘だ。
散歩なんて日課にしていない。
大学の講義やアルバイトのない日は昼ごろまで寝てる。
「あら…そうだったんですか…私はてっきり調査を手伝いに来てくださったのかと……」
ふふふと黒鳥は手を口元につけて笑う。
あまりにも可愛らしく、恭介はすっかり見惚れてしまった。
「いや……まぁ!実は貴女のことが心配でして……!ほら!いくらなんでもテロの調査だなんて!!」
「いえ、この手の調査は慣れたものですわ。」
わかりやすく気を遣われてしまった。
テロの調査が慣れたものだなんてそんなわけがない。
「ちょ……調査と言っても何をするんですかね??」
「うーん……とりあえず公園内を見回ってみましょうか?せっかくですし、男子トイレの方をお願いできますか?」
「も……ももも勿論です!」
他愛無いことだが、頼られたことが嬉しくて少し鼻息を荒げてしまう。
そんなことは気にも止めずに黒鳥はトイレの方へと向かっていく。
(ここで……!良いところを見せないと!)
恭介はガチガチに肩に力を入れて調査を開始する。
トイレの用具入れや様式便器のタンクの中に至るまで念入りに探っていく。
「まぁ……特に気になることはないか……」
そう簡単に何か見つかるわけはない。
恭介は手を洗った後、トイレの外へと出た。
「何か見つかりました?」
外に出ると、先に待っていたであろう黒鳥に話しかけられる。
「いえ……何も……黒鳥さんは……?」
「いえ、こちらも……あら?私の名前、教えましたっけ?」
恭介は慌てて口を塞ぐ。
しかし時すでに遅し、しっかりと聞かれてしまったのだからここは正直に答えよう。
考えてみれば何もやましいことではない。
「いえ!あの!昨日のエプロンに名札がありまして、それで……」
「あら、よくみていらっしゃること。」
また黒鳥はふふふと笑う。
「可愛い。」
「はい?」
その様子にまた思わず口が滑ってしまったが恭介はおほんと喉を鳴らすと話題を変える。
「じゃ……じゃあ他も見てまわりましょうか!?ベンチとか滑り台とか!」
「そうですね、もしかすると不審物が見つかるかもしれませんし。」
二人は共に行動しながら公園内を隅々まで見て回った。
しかし、これと言った不審物は発見できない。
(なんか……デートしてるみたいだな…)
二人で遊具を見て回るその様は側から見たら恋人に見えるかもしれない……いやもしかしたら若夫婦に見られてもおかしくない……
そんな妄想を恭介は抱くのであった。
「不審な物はありませんでしたね、それではここからは張り込みをしたいと考えていますが、貴方はお時間の方大丈夫ですか?」
「え!?はい!今日は講義もバイトもないので!!」
妄想の中急に話しかけられたせいで素っ頓狂な声をあげてしまう。
気恥ずかしさを誤魔化そうと、腕時計を確認すればもう10時ごろにまで時間が過ぎていた。
「ではあそこのベンチに座りましょうか。」
黒鳥 楓華の指差した場所は屋根のついた休憩スペースだ。
なるほど、あそこなら日差しを避けて張り込みをすることができそうだ。
二人はテーブルを挟んで向かい合わせになる形で座る。
まるでお見合いのようだ。
「そういえば貴方のお名前をまだ聞いていませんでしたね。」
着席すると早々に黒鳥が話しかける。
じっと見つめるその黒い瞳に吸い込まれそうだ。
「あっ……えっと俺は鮫島 恭介っていいます!22歳の大学生です!!」
勢い余って年齢まで答えてしまった。
これでは本当にお見合いみたいではないか。
「なら、これからは恭介君とお呼びしますね。」
いきなり下の名前!!
恭介は心臓がバクバクと脈打つのを感じた。
「ひえ……く…黒鳥さんは普段何をなさっているんですか??」
また変な当たり障りのない話を振ってしまった。
これでは本当にお見合いみたいではないか。
「うーん……そうですねぇ…趣味に時間をかけることが多いですねぇ……ご覧の通りあの喫茶店は来客が少ないので。」
趣味……趣味はなんなのだろう……やはり喫茶店を営んでるだけあってコーヒーのブレンドなどだろうか……
そこまで考えてあの喫茶店の風景を夢想する。
カウンターの奥には料理をする黒鳥がいて、カウンターにはコーヒーカップを磨く恭介……
寡黙に仕事をするも注文に出た黒鳥が美人妻だと褒められて二人して照れたりなんかして……
「恭介君、人が来始めたね。」
黒鳥の声かけに現実へと引き戻させられる。
なんとも素敵な情景だった…正直もう少し浸っていたかった。
「みんな子供連れという感じだ……不審者などは見当たらないかな。」
勿論黒ずくめの男もいない。
「うーん……いないですねぇ…黒ずくめの男……」
「ふふ…江◯川 コ◯ンも黒ずくめの男には30年手こずらされてますから…私たちがすぐに見つけられるものではないのかもしれませんね。」
意外な返答に恭介は絶句した。
この人も漫画とか読むんだ…可愛いなおい。
「じゃあいつ来ても良いように麻酔針の準備はしておかないとですね。」
恭介は自身のホームセンターで買った安物の腕時計を構える素振りを見せる。
その光景をみて黒鳥もふふふと笑う。
(あれ?良い感じなんじゃないか??)
なんだかとっても良い雰囲気になってきたように恭介は感じる。
もう不審物とか不審者とかテロとか黒ずくめの男とかヤスとかどうでもいいからこのまま公園デートに切り替えたいくらいだ。
(ここは意を決して誘ってみるべきじゃないのか?こんな調査にかこつけた接触なんかじゃない……本物のデートって奴に!!)
公園で遊具を見て回るより遊園地でアトラクションを見て回る方が絶対距離が縮まるに決まっている!
恭介は意を決して勢いのままに誘いをかけることにした。
「あの!明日とかって!」
「明日もここで調査ですね、予告日当日ですし」
恭介はわかりやすく肩を落とす。
誘う前に振られてしまった。
「はは……いえ、そのことをお聞きしたくて…俺も明日調査をしようと……」
そんなこんな話をしているとだんだんと肌を指すような暑さに変わってくる。
時刻は正午を迎えていた。
「あーー!お二人さんもう来てたんでヤンスか!?」
その場に何やら大量の荷物を持ったヤスが現れる。
結構大きな声で喋りかけてくるので周りの子供がビックリしてしまっていた。
「いやー!お二人ともやる気満々でヤンスねぇ!………あ、これ差し入れの飲み物でヤンス、熱中症は怖いでヤンスからねぇ。」
そういうと、ヤスは二人にスポーツドリンクを手渡してくる。
こういう変なところは気がきく奴なのだ。
「長期戦になると思ってパンも買ってきたでヤンスよ!激辛焼きそばパンとかトムヤムクンパンとか……」
前言撤回、やっぱりこいつ変人だ。
その後も三人は取り留めのない話を続けた。
その中でもやはり印象的だったのは黒鳥 楓華の話だ。
彼女は見た目からうける印象と同じように知性的で、特にも医学方面というか、人体について異様に詳しかったり、意外にもヤスと同じようにオカルトの類の話が好きだという。
(こんなことならヤスの話をもう少し真剣に聞いておくべきだった。これからはちゃんと話を聞いてやろう。)
恭介はヤスのほうを見つめるとうんうんと頷いた。
「え?なんでヤンスか?拙者いま何も喋ってないでヤンスよ??」
三人で話をしていると、だんだんと人の数が消えていき、あたりも暗くなり始めていた。
「今日はこれくらいでお開きでヤンスかねぇ……」
ヤスの呟きに二人は賛同する。
「そうだなぁ…俺もバイトが深夜シフトだし、そろそろ帰って準備しないと……」
「ではまた明日ですね…本日は楽しかったですよ。」
恭介とヤスは黒鳥を喫茶店まで送り届けた後、帰宅する。
「ん?」
恭介は家に帰ると、ドアの郵便受けに何やら封筒が挟まっているのを発見した。
「なんだろ……なんかの請求とかじゃないだろうな……」
先月の家賃は払ったし、今月の徴収はまだまだ先だ。
恭介は訝しく思いながらも封筒を開けて中を確認する。
「いぃ!?」
中には新聞の文字を切り取り、散りばめられたようなまるで推理ドラマに出てくる脅迫状のように警告が書かれていた。
『関 わ ル な 。』
恭介は咄嗟に紙を丸めて周囲を見回す。
しかしあたりには誰の姿もなく、夕闇と蝉の音だけがあたりを包んでいた。
「き……気味悪いな………」
まだ昼間の暑さが若干残っているものの、恭介は身震いする。
そしてそそくさとバイトの準備をして勤めているコンビニに向かうのであった。
____8月10日朝
恭介はバイトの終わったそのままの足で玖波山公園へと足を運ぶ。
理由はもちろん黒鳥 楓華に会うためだ。
いや、下心ではない……昨日の郵便受けの手紙……思えばあれは脅迫状であったのだ。
このままでは彼女を危険な目に遭わせかねない……。
そう判断した恭介はこの一件から手を引こうと彼女を説得するつもりだったのだ。
公園に着くと、すぐに黒鳥の姿を確認することができた。
黒いワンピースに黒い日傘、美しい黒一色のコーデが彼女の白い肌をより一層際立たせる。
しかし、その場にはもう一人黒い格好の人物がいた。
黒い上着に黒い帽子で、男はナイフを握り締め黒鳥に迫っている。
「黒鳥さん!!」
恭介の身体は咄嗟に動いていた。
即座に男と黒鳥の間に割って入り、壁となる。
男は迫っていた勢いを殺すことができずに恭介の腹部を突き刺してしまう。
「鮫島君!?」
黒鳥は予想外だというように恭介の名前を叫ぶ。
「兄ちゃん!警告したろ!!」
男は目を見開き、申し訳なさそうな表情を浮かべるが、すぐに視線を黒鳥の方へと向け、恭介の腹部からナイフを引き抜こうとする。
しかし、恭介は火事場の馬鹿力と言わんばかりに男に抱き付き、押さえ込む。
「なんだ!?この力!!」
男は恭介に圧倒されながらどんどん地面との距離を近づけさせる。
「殺らせるかよ!!黒鳥さん!!離れて!!!警察を呼んで!!!」
「え……ええ!わかったわ……!」
黒鳥は恭介の忠告通り、公園の外へと避難するとスマホから警察に通報する。
「くっそぉぉっ!!」
男は叫ぶと、ポケットから何やらボタンのようなものを取り出し、押す。
すると轟音と熱風が恭介と男を包み、衝撃を飛ばす。
遊具は揺れ、地面は焼けこげ、肉塊が重力に沿ってボタボタと落ちてくる。
「うそ…」
黒鳥が驚いたような眼差しを公園へと向けると一際大きな肉塊が目の前に転がっている。
焼け爛れ、焦げているが、黒鳥はこの顔に見覚えがある。
「………焼けこげたのは表面だけね…脳は大丈夫そう……」
黒鳥はやけに冷静に鮫島 恭介の頭を確認すると、抱き抱える。
『どうしました?大きな音がありましたが、何かあったんですか?』
スマホから音声が流れてくる。
先ほどの轟音は電話越しにも聞こえた様子だ。
「玖波山公園で爆発がありました……一人は犯人で……一人巻き込まれました……」
黒鳥は状況を話すと電話を切る。
あたりの家からは電気がつき始め、人の気配が出てくる。
(急がないと……手遅れになるわね…………)
黒鳥は恭介の頭を抱えたままその事件現場を後にする。
誰かの悲鳴がこだまするのはその数分後の話であった。
感覚がない。
瞼が重い。
いや、瞼を開けているつもりなのだが、視界が入ってこない。
何も聞こえず、何も感じない。
(ああ……俺…死んだのかな…………)
声に出したつもりなのだが、喋った感覚すらない。
死後の世界には天国だとか地獄だとかあるという話だったが、何もない暗闇の世界。
(死んだら終わり……無の世界だってのはほんとだったみたいだなぁ……)
そんなことを思いながら暗闇の中をぷかぷかと浮かぶ。
しかしまた一瞬意識が途切れるも、こんどは異様な重みに目を覚ます。
(重……)
まるで久しぶりに重力を感じたような感覚に襲われて目を覚ます。
(ここは……何処だ………)
薄暗い地下室のような場所にいるようだ。
身体を起こそうと試みるがなんだか身体がダルく、胸が重い。
「あー………しまった…………こういう時知らない天井だって言っとけば良かった………」
こんなチャンスは滅多にないと思いつつ違和感を覚える。
なんだか声の調子が変だ。
何処となく鈴の音のような綺麗な声。
「あら……気がついた様ですね。」
そうそうこんな声……
ふとその声の方へ目を向けると黒鳥 楓華の姿があった。
「良かった……無事だったんスね……」
やっぱり声がおかしい。
目の前の黒鳥 楓華の声が自分からも出ているのだ
「まずは状況を確認しましょうか……自分の身体を見てくださいな。」
促されるままに視線を移す。
どうやら自分はバスタブの中にいるらしい。
待てよ?つまり自分は裸なのでは??
「だ……ダメっすよ!黒鳥さん!!お……俺まだ心の準備が………!」
「ええ、そうかもしれないわね……元の身体と全くの別物だもの……戸惑いますよね……」
ん?
何を言っているんだ?
もう一度視線を動かして、自分の身体を確認する。
そしてその目の前には大きな山脈が二つほど湯船にぷかぷかと浮かんでいた。
「なん………っじゃこりゃぁぁぁぁぁああぁぁっ!!!」
驚きのあまり絶叫する。
しかし水面に映るその顔は何処からどう見ても黒鳥 楓華だった。
しかし黒鳥 楓華はバスタブの横で心配そうにこちらを見つめている。
明らかに実体があり、鏡なんかではない。
「ごめんなさいね…緊急だったから私の次の身体に急いで貴方の脳を写したの……気分が悪いところとかない?」
恭介は黒鳥の言ってることのわけが分からず口をパクパクとさせている。
その様はまるで打ち上げられた魚のようであっただろう。
「えっと……一から説明させてね?まず恭介君、貴方は爆発に巻き込まれて死にました。」
一から強烈にぶっ飛ばしてくる。
死んだ?でも思い出そうとすれば確かに爆発に巻き込まれた気がする。
「あのままだと貴方は死んでしまうと思った私は貴方の無事だった脳を頭から取り出して、やっと完成した私の次の身体のまっさらな脳みそに貴方の脳みその記憶を写したの。」
「ま……待ってください?もうそっからわけわかんないんですけど……次の身体ってなんスか?」
恭介は耐えきれずに話をぶった斬って質問する。
全然全くこれっぽっちも話についていけない。
「えっと……私の夢は不老不死なのね?」
おっとぉ?なんだかだいぶ雲行きが怪しくなってきたぞ?
「それで、やっと噂の効力が高まってきた頃合いに錬金術でホムンクルスを生成したの。」
はい、もうついていけない。
なんだ噂の効力って
「えっと……噂の効力?ってなんですか?」
「噂をすればするほどその噂はだんだん形を成して本当になってくるの。都市伝説とか怪奇現象とか……」
(ははは……そんなまさか……こんな時に冗談を言うだなんて可愛いなぁ。)
だんだん現実逃避にしかなってきてないような気がした恭介は一旦話を聞いてみる。
「それで、不老不死を目指す魔女がいると言う噂を小さい頃に広めて……やっと形を成してきたのよ……それでホムンクルスの身体を生成できたからあとは私の脳を摘出して、この身体に写してくれる人を探すだけだったのだけれど……」
なんだか話が壮大になってきた……正直何を言っているのか分からない。
「だけどそんなことできる人なんていなくて、途方に暮れていたところに都市伝説の怪異と思われる存在が出てきたの……それがテロリストの男。」
どうやら話がやっと戻ってきたようだったが、しかしながらやはり話についていけていなかった。
それがどうしてこうなったのか……
「同じ超常現象の存在なら脳の摘出を協力できないかと思ったのだけれど……まさか本当にただのテロリストだったなんて……とんだ誤算……」
つまり、あの時はテロリストに協力を依頼しに行ったところ、逆上されて襲われそうになっていたと……
………この人だいぶやばい人だ……自分はいったいなんて人に一目惚れしてしまったのだろう。
「そしたら恭介君が爆発に巻き込まれて死んでしまって、蘇生させようにも元の身体はバラバラだし、苦肉の策で私の大事な身体に脳を写したの。」
「な……なるほど……?」
要するに黒鳥 楓華は自分の命の恩人らしい。
その点は感謝しても仕切れない。
「私に瓜二つの身体で申し訳ないけれどそれで我慢して頂戴ね。」
「瓜二つ……」
瓜二つと言うには何故かいささか肉付きが良いように思える。
特に胸と尻。
黒鳥さんの美しいスレンダーな体つきとは違ってなんか……こう…ボンキュッボンになってしまっている。
「はぁ……いや!ありがとうございます!おかげで死なずに済みました!」
ここで恭介はあることに気がつく。
奨学金とか大学とかどうすれば良いのだろう?
「えー……っと俺のスマホとか知りません?」
「持ち物なら警察の人が持っていってしまったわ。貴方の遺体の大多数も……申し訳ないけど社会的には貴方は死んだことになってしまうわね……」
社会的な死……
つまりは今までの人生の頑張りも何もかも無に帰ってしまったと言うこと……
「あれ?戸籍とかは……?」
「ないかな。」
すっぱり言われてしまった。
まぁ、天涯孤独の身の上ではあるが結構不自由なのではないだろうか………
「だ…大丈夫!記憶喪失の届出を出せば戸籍は貰えるから!私の姉妹ってことにして出しておきますから!」
黒鳥さんの姉妹……悪くない響きだ……
いやしかしどうせ籍をいれるなら旦那として入れたかった……
いや、実際籍を一緒にするのだから結婚なのでは??
恭介は訝しんだ。
「何はともあれ……何かこれからの方針が決まるまではここで生活すればいいわ……宜しくね、恭介くん。」
黒鳥 楓華が手を差し出してくる。
こうして鮫島 恭介の奇妙な日々が幕を開けたのであった。