徒桜〈二〉十二月十七日
「お前、寧のことどう思ってるん」
突然そう聞かれて暁孝は口籠る。
「……敬愛する主人だよ」
「ほんまかあ? さっき頭に付いてた枯葉を取ってもらって嬉しそうな顔しとったくせに」
そういう彼を暁孝は顔を赤らめながら睨み返した。
「俺と千代姫みたいな関係が羨ましいんちゃうの? え?」
「そりゃ、永信たちは仲睦まじい夫婦だと思うけど、それとこれとは話が違うだろ!」
永信と呼ばれた体格の良い男は、すこしおどけながら、しかし真剣に言う。
「こんな世の中やから、いつ死ぬか分からんで。伝えられるときに伝えとかな」
そう言われると暁孝は押し黙るしかなかった。そこに暁孝によく似た顔で、しかし対照的な長髪の青年が通りかかる。
「おお、明孝。ええところに」
「なに、どうしたの」
「トキがさあ、未だに寧への想いで燻っとるんよ。お前からも兄貴になんか言ったってや」
それを聞くと、その青年・明孝はやれやれというふうに首を振り暁孝の肩を叩く。
「早く寧姫に言うべきだよ。本当に、本っ当に寧姫が可哀想」
「なっ……」
「暁孝君は元従者だからとか言うけど、それはただの言い訳だからね」
暁孝は口をパクパクさせるが、その口から何か言葉が紡がれることはない。
「僕を見習って? 僕にとっても元主人だけど僕は寧姫に対して敬語なんて使わないよ」
「お前……お前はむしろもう少し敬えよ」
「敬ってるさ。でも、寧姫がそれを望んでるんだよ。なのに頭の固い兄上ときたら……ねえ?」
明孝と永信が目を合わせて頷きあう。
「あーっ、もう、分かったよ! 次の作戦が終わったら覚悟を決める」
「いーやそれから覚悟決めるとかあかんわ。今のうちから腹括っとけ」
木の枝から枯れ葉がひらりと舞い落ちた。その木の枝に一羽の鷹が止まる。鷹は妙に人間じみた視線で彼らを見た。
「そろそろ我らが団長が帰ってくるみたいやな。さ、お前ら散れ! 支度や!」
永信にそう言われふたりは立ち上がる。和やかな昼下がりの一幕に冬らしい冷たい風が吹いていた。
そして。
そんな未来が来ることはなかった。