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3.刀に映る姿は

「薪拾いが出来る林っていえば、ここくらいだもの。ここで待っていれば悪魔が現れるはずよね」


 私、オフィーリアは一際大きな木の根元に座り込んだ。


 それにしてもテックとかいうあの少年。彼は案外挑発に乗ってこなかった。この町暮らしているあのくらいの歳の男子ときたらみんな愚鈍……いや少しばかり素直で、おちょくってやればすぐに言うことを聞かせられるのに。外の人はそうでもないのかもしれない。


 その上、彼はエクソシストのような力を使いながら“退魔師”と名乗ったそうだ。生まれてこのかた聞いたことのない名称だった。

 もう一度会ったらそのあたりを問い詰めなくちゃ。


 そのとき、周囲が急に寒くなった気がした。いや、気温は変わってない。それなのに全身に鳥肌が立っている。


「きたわね」


 落ち着け。根本は魔物退治と変わらないはず。


 私は気付かれないように立ち上がり、レイピアを抜いた。


 去年行商人から買った曰く付きの剣だ。眠っている間に動いたり、なにか音を発したりというポルターガイスト的なやつ。でも、そういうのは得てして守護霊が宿った悪魔祓いの武器である可能性が高い。いや、そうに違いないと勘が告げてる。


 さあ、どこから来る。前か、横か? 背中をぴったりと幹に張り付けて構える。


 再び、ブワっと毛が逆立った。

 この感じ、上!


 思いっきり振り上げたレイピアは、それの中心を切り裂く。ぐわ、と短く声を上げて、薄靄が周囲に霧散した。


「あはは、ざまぁないわ!」


 しかし、再び背筋が凍る。

 恐る恐る振り返ると、それはいた。苦しげな呻き声をあげてはいるものの、無傷。というより、煙のようで、斬ったところで効力がなさそうなのは感覚的に分かった。


 突如勝つイメージが湧かなくなる。


 ううん、でも何撃か喰らわせれば勝ち目はある、はず。スッと剣先を向けて構えた。


 思い出せ、父はなんと言っていたか。私は父さんと、そして彼のためにも最強のエクソシストにならなきゃいけないのだから。そう思うと、妙に落ち着いた。


 悪魔に立ち向かって、大きく斬りつける。綺麗に真っ二つだ。悪魔は、大きな呻き声を上げた。


 予想外だったのは、悪魔が怯まなかったことだ。こちらを包み込まんとそのモヤのような体を広げる。怖気のようなものを肌に感じて身を強張らせた。


 そのとき、目の前に真っ赤な花が咲く。


「忠告しただろ」


 その声に振り返る。


「……テック?」


 花の模様の透明な壁が私を包み込んでいた。悪魔はこちらに干渉できていない。


 なに、この壁。結界術?


 彼はすらりと鞘を抜き取った。長い柄から伸びる、美しく湾曲した刃が顕になる。あんな武器、初めて見た。


 彼が構えると、元々不思議な気配をもつその武器ががより一層気配を増した。


 テックはとても人間とは思えぬ身のこなしで悪魔に詰め寄り、美しく真横に切り裂いた。耳をつんざくような叫びが聞こえたあと、今度こそモヤは霧散し、二度と戻ることはない。


 あっという間。熱い戦いでもなく、大技を見せるわけでもなく、ただ、彼は淡々と悪魔を倒したのだ。


「帰るぞ」


 そう言ってテックは座り込んだ私に手を差し伸べたのであった。


 少し、その目を見て違和感を覚える。彼は、こんなに鮮やかな黄金の瞳をしていたっけ、と。



◇◇◇



 俺は、はあ、とため息を吐いて道を歩く。腰が抜けたオフィーリアを背負う羽目になってしまい、武器屋まで連れ帰ったものの、当のオフィーリアが黙ったままでどうも居づらい。怖い思いをしたのだろうから、落ち着くまで側にいてやろうかと思ったのだが。


 視線を感じて彼女を見ると、彼女もまた俺をじっと見つめている。……いや違う。俺の持っている薙刀を見ているのだ。


「……これは売らないぞ」


「……え、いや、そういうつもりで見ていたんじゃないの。あなたの武器と私の武器、何が違うんだろうって」


「何が違うって、別に何も変わらないだろ。同じ鉄製の武器だよ」


 そう言うと彼女は少し黙り、今度は決意したように俺の目を見た。


「ねえお願い。どうやって悪魔を倒したのか教えてくれない? 私、どうしてもエクソシストにならなきゃいけないの」


「そんなもの、本物のエクソシストとやらに言ってくれ。さっきのはたまたまだ」


 別に隠すようなことでもないかな、と思ったが、その考えは振り払う。悪魔なんて類のものは本来関わるべきじゃないのだ。なら、それに対抗する術も始めから教えるべきではない。


 彼女は突然、身に付けていた革手袋を脱いだ。左の手の甲には丸の中に正三角形が描かれ、その中心に一本線が引かれた印がある。どこかで見た形だ。


「それは……教会の印か?」


「丸と三角だけだとそうよ。ここに一本線があると……」


 そう言いながら彼女はその線をなぞる。


「魔女の印」


「……魔女って?」


「魔女と魔術師は悪魔のしもべよ。だから教会に裁かれるの。それで、父と幼馴染は……」


 オフィーリアの目元に力が入る。


「父親はエクソシストじゃなかったのか?」


「そうよ、父さんは最高のエクソシストだった。それが、なぜか……」


 ……なるほど。魔術師の疑いがかかったのか。


「娘の私は処刑は免れたけれど、この入墨があるから普通には生きられないわ。……そういうやつらの溜まり場でもあるのよ、この町は」


 なんとなく、ああ、と思った。オフィーリアは、エクソシストとして名を上げ、死んだ父親の汚名を返上したいのだ。しかし、本物のエクソシストに教えを請うことはできない……。


「でも、俺は教えられない」


 彼女はがっかりした顔をする。そのまま奥に入っていきそうな雰囲気だ。


「待て。最後まで聞いてくれ。理由はふたつある」


 そう言って、まず人差し指を一本立てる。


「まず、俺の力は魔術師の力と酷似しているらしい。ますます疑いがかかるかもしれない」


「でも、さっきの壁は魔術師の力じゃないわ」


「ならなおさら、調べが必要だから今すぐは無理だよ」


 そして、今度は中指を立てる。


「ふたつめは、俺の力のしくみがオフィーリアにはきっと理解できない」


「なんでよ。私だって……」


「最後まで聞いてくれ。……この国の言語体系と、俺の使っている言語体系は随分違う。こうやってここの言葉を話してはいるけど、俺の頭の中はもともと使っていた言葉で動いてる。今までは気にしたことがなかったが、俺の力は東国の言葉や文化、宗教観なんかが基礎になっているらしいから……」


「じゃあ、テックの力を覚えようとしたら、言葉の勉強からしなくちゃいけないということ?」


「そういうことだ。やってられるか?」


「……無理ね」


 心底残念そうにため息を吐いた彼女は、持っていた細身の剣をもともとおいてあった壁に立て掛ける。


「……それにしても、よくその剣であそこまで戦ったな」


「その剣とは何よ。これがうちにある武器でいちばん悪魔祓いに向いた剣よ。変な感じがするもの」


 これが? 俺は目を細める。


「それがいちばん普通の剣に近いよ」


「……嘘」


「ここでの基準は分からないが、宿っている……霊的な……そういうのって何て言う?」


「守護霊、とか?」


「じゃあ守護霊でいいや。守護霊が小動物だ。小動物の守護霊は弱いのが多い。でも、そっちの……弓か?」


「クロスボウね」


「クロスボウは強そうな守護霊が宿っているな。悪魔祓いに向いていそうだ」


「……クロスボウって神に背く武器なのだけど」


「それは……皮肉だな」


 へえ、と言いながらオフィーリアはちょんちょんとクロスボウをつついている。そんなに怖がらなくてもいいのに。


「でも、それで言えば今まででいちばん守護霊が強そうな武器はテックのその槍ね。段違いよ」


 彼女は俺の持つ薙刀を指差した。


「槍って、これのことか? これこそ守護霊も宿ってない普通の武器だよ」


 思わず笑ってしまった。小動物の霊をいちばん強いという娘だ。いわゆる霊感がほぼないのだろう。そのあたりのものは、本来見えないに越したことはない。


「ね、少しだけ触らせてくれない? 後学のために!」


「ええ……」


 あからさまに嫌な顔をしてしまう。


「……いいけど、重いぞ。絶対落とすなよ。大事なものだし、俺の武器じゃないんだから」


「へえ、そうなの? 借り物?」


「まあ、そんなところだ」


 そう言って、オフィーリアに薙刀を渡す。そして、オフィーリアの指先がそれに触れた。


 そのときだった。


 瞬間、彼女は膝から崩れ落ちるように、力が抜けたように見えた。慌てて彼女を支え、薙刀を掴む。


「どうした?!」


 妙な霊力があたりに漂っている。


 これは、俺の霊力?


 オフィーリアはすうすうと、寝息を立てている。


 どうやら彼女は眠っているだけらしい。非常に深い眠りだ。ため息をつく。


 この状況で寝るとは、よほど肝が据わっているというか。あるいは、もしかすると妖……悪魔の瘴気にでも当てられていたのかもしれない。


 勝手に奥に上がる。そこに寝台を見つけてオフィーリアをそこに寝かせた。

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