ポケットシュガーのあま~い魔法
本のページをめくる音だけが響く、薄暗い部屋の中。
机の上に一つだけ置かれた、魔道具のカンテラがぽわりと灯す、その淡い橙色の光だけを頼りに、視線がすべる。
椅子に腰掛け、机に広げた本の文字をじっと追う魔法使いの青年は、夜がすっかり深まっていることにも気づいていない。
……と、そんな青年がまとうローブのポケットが、ふいに小さく揺れた。
ポケットの中、ほのかに灯った小さな光の色は、白。
ちょこりと、ほんの少しだけ外へ顔をのぞかせたのは――ポケットに隠れるほど小さな、少女だった。
正確には、ふわふわの長い髪と小さなワンピース、そしてその背に持つ翅まで白色をまとう、妖精の少女である。
彼女のようなフェアリーは、魔法使いが着る服のポケットのように、小さく魔力が宿る場所を、住処に好んでいた。
ポケット暮らしをすること、そしてその小さく真白い姿が特徴的な、彼女のようなフェアリーには……とある呼び名がある。
薄い翅を揺らして、ポケットの中から空中へと躍り出た、フェアリーの少女。
彼女は、キラキラと白色の魔力粒を散らしながら、魔法使いの青年の頭上へと飛び上がり、じっと眼下を見つめる。
そのつぶらな瞳が、ある物を見つけて煌めくと、一瞬でその小さな姿は、机の上に置かれたティーカップのそばに移動していた。
すっかり冷めてしまっているカップの中身をのぞき込んだ彼女は、チラリと本を読む青年をうかがう。
読書に集中している若き魔法使いは、可愛らしい友人のフェアリーが、ポケットの外に出たことにも、まだ気づいていない。
その姿を見たフェアリーの少女は、声を立てないようにくすくすと笑い、ティーカップの上をくるりとひと回り。
小さな指をちょんちょんっと振るい、カップの中に魔法をかけた。
キラキラと煌めく白粒の光が、カップに残った紅茶に注ぐ。
澄んだ紅茶の色は、少しも変わらない。
変わったのは……。
ふいに、本にそえられていた片手が、ティーカップへと伸びて持ち上げ、口元へ。
冷たい紅茶を一口ふくんだ青年は――次の瞬間、驚きに表情を染め上げた。
慌ててカップを口元から遠ざけた彼は、ハッと横へと顔を向ける。
そこでようやく、魔法使いの青年は、真白いフェアリーの少女に気がついた。
今度こそ、彼女はくすくすと、鈴の音のように可愛らしい笑い声を立てる。
反して、青年はフェアリーの少女を見つめたまま、安心したように吐息をこぼし、穏やかに微笑んだ。
「あぁ、君の悪戯だったか」
『本に夢中なんだもの!
あなたが、あま~い紅茶も好きなこと、知ってるの!』
「分かっているよ。
君たちは、甘いものが好きな人に、魔法の贈り物をするのだから」
そうだろう? と、青年が小さな少女に声をかける。
「ポケットシュガー」
そう呼ばれたフェアリーの少女は、また楽しそうに笑みを零す。
あま~い魔法をかけてくれる、小さな隣人。
ポケットに住む、砂糖のように真白い子たち。
そのフェアリーたちを、人々はそう呼んでいた。
――小袋の中の甘い存在、と。