僕はある事実に将来の夢……喜びの運命、そのどちらを思うだろうか?
ある箱があった。その箱は生まれながらにして、その中に世界一の真珠を仕舞われる運命だった。その箱は作られた瞬間から、自分が死ぬ瞬間を知っていたのだ。だから箱は、自分に真珠が注ぎ込まれる瞬間を待ちわびていた。はやく、はやく、それがしたいと思っていた。
それ以外は何もない。箱は辺りを見渡した。周りは白い……いいや、透明で視認することもできない壁に覆われている。もしかしたら、壁すらも存在していないかもしれない。もちろん、友人も恋人もその他大勢の箱や人間、自身に関係する特別な物質や人間関係も存在しない……ところで、僕は箱だったはずだ。それがどうして、人間関係が存在するんだ?
そんなことは関係なかった。ここで大事なのは、僕が悩み、思い煩うようなこと全てから解き放たれたということなのだから。僕はきっと爽快なのだろう。……きっと?
僕は一体、誰なんだ?
もちろん、言い添えておきたいのは《僕は寓意的な存在ではない》ということだ。僕は確かに運命が決まっているが、それは誰かに寓意的なメッセージを送るために存在しているのではない。僕は自分のために、この世界に迷い込んだ。それは安全地帯から僕を観測し続ける君たちのためではない。つまり、この世界には意味がないのだ。
そういえば、ある一つの事実を思い出した。僕がいた前の世界……灰色の道路と街路樹の木漏れ日、側溝に溜まった茜色の落ち葉と隣を流れる人工的な小川に車窓へ落ちてしまった銀杏の葉、そしてロードサイドに建ち並ぶネオンや鮮やかな飲食店の数々……そこには、映画はなかった。ええ、なになに。「映画なんてあるさ」って……?
だから言ってるじゃないか。僕は君たちの寓意的な存在じゃないってことをさ。とにかく、僕は僕のためだけに存在しているんだ。決して君たちの道楽のために生まれたんじゃないのさ。
ああ、話を戻すとして……なんだっけ。そうだ。僕は決して君たちの寓意的存在じゃない。その証拠に、この世界は映画がないからね。
そして、この世界は自由だった。しがらみから解き放たれた喜びは、休日にゆっくり羽を伸ばして「これからあと十時間、どうやって心地よい時間を過ごそう」と考える感じに似ていた。
悩ましいものが無いなんて、それだけで幸せだった。
だって俗世で過ごしていたら、将来とか結婚とか仕事とか給料とかいちいち悩むことが多すぎてキリがないだろう?
それに比べて、僕なんて時期が決まったら身体に真珠を詰め込むだけなのさ。
僕は最大限にまで何もない空間にいたから、悩むものはなかった。だから自分が持てる限界の体力を使って、できる限り多くの真珠を詰め込むことができるように努力した。それは俗世では実現できないほどに効果的だった。驚くことに、僕は箱業界の中で一般的に拡大できると言われている現積載量五〇%アップの壁を突き破ったのさ。
ある日、気がつけば僕はこの透明な世界に迷い込んだ時より三倍近く身体が大きくなっていた。それでも僕は、この身体を限界まで広くすることに努力した。四倍、五倍。僕は現世でも戻ったら論文を一本書いてやろう。いいや、やっぱりやめた。論文を書くくらいならこの空間でもできるし、現世のやつに論文を書いてみせつけることは僕が君たちにとっての寓意的存在であることを証明してしまうからだ。物語なんてものはない。すべて自分のための日記、映像、記憶……備忘録なのさ。
ふと、僕は身体が十倍もの大きさに膨らんでいることに気づいた。言いもしれず、一人で密かに喜んだ。それだけで幸せだった。
次の日、僕の身体に真珠が詰め込まれた。僕は目が覚めているままに、生まれた瞬間に見たような光景をそっくりそのまま実現してしまったのさ。今もこうやって真珠が詰め込まれているけど、それが現世から持ち込まれたものなのかはわからない。この空間で自然発生したものかもしれない。とにかく、現時点では判断ができないのさ。
そしていよいよ、僕は注ぎ込まれるすべての真珠を詰め込むことに成功した。もう余剰も不足もない。何もかもがちょうど良く、すべてが丸く収まっていた。僕は華やかな幸せを感じると同時に、気がつけば……眠くなっていた。
たぶん、僕も死ぬのだろう。これでいよいよ、僕という箱は役目を終えて、死んでしまう。悔いはなかった。晴れ晴れしかった。すべての真珠を詰め込めて……。
これは将来の夢だと思うだろうか?
これは喜びの運命だと思うだろうか?