⨕32:開眼ェ…(あるいは、SHOw取りオプス/彼岸悲願も現世まで)
生身ではありえないほどの「上空」を飛んでいるとそう自覚できる、そして速度も高度も方向も自分の思うにままならない歯がゆさも有していることからそういった「夢」なんだろうなという実感もある、そんな爽快感ともったりしたまどろみが共存するといった、極限まで身体が疲労した時に陥る、金縛り一歩手前の状態に今自分があるということだけを、脳がじわりじわと認識しつつある……
「……」
いや、内に内に、とか意識を向けている場合じゃあねえ。てめえだけじゃなく大事な女の命も騎乗ってんだ……現状を、把握しろ……っ!!
意識が戻ってきた。そして、あ、いや腹上には乗っけてなかった。ノガシターの球形操縦席は機体の姿勢に関わらず常に水平を保つとか言われていたが、その機構がやられっちまったのか、百八十度弱くらい、天地がひっくり返っている状態であることが確認されたが、それより先にてめえの身体が、その下で極薄スーツに包まれて逆になまめかしく流麗な曲線を描きつつかぱりと開かれていた正にの脚線美と脚線美の間に嵌まり込むようにして埋没しているのが確認された。
恐る恐る目線を上げてみると、お互い装着していたはずの黒細板は衝撃で上側に外れ飛んでいたため横たわっての上から目線の素の目と目がかっきり合った。ことを視認した。のですかさず峰打ちでござる、との極めて殊勝なる言の葉と共にそそくさとその場を辞そうとした俺だが、いつの間にか腰回りに回されたしなやかな両脚のロックにより離れることが出来ない。
「既成事実ですよねこれ……」「ん? えーといや? これは緊急時における回避行動、あるいは単なる事故と、極めて客観的に鑑みるにそうと言える……」「いえいえ? 危険である旨の進言はしましたが? それを突っぱねて強要した事実は揺るぎませんよ? え、なに事後聖人面してるんです? 盗人猛々しいとはこのことですか? この下手人がっ」「いやいや? ええと……だ、だぁからしょうがなかったって言ってんだろーがッ!! 他に手は無かった!! そして今無事に脱出が為っているッ!! それ以外のことはなぁ、うんまぁ仕方がなかったこととして穏便事後処理整理されるこったろうぜ!! 文句は事故調査委員会にでも言ってくれッ!!」「あ……そういう開き直りからの責任逃れは見苦しいですよッ!! そっちがその気なら私だって操縦席音声記録機全開示した上で然るべき法廷にて徹底糾弾しますからねッ!!」「え? ちょ、ちょ待ったって、そんな興奮して青筋立てつつ司法に委ねるようなことじゃあ決して無えと思うよ俺はぁ……お、落ち着いて考えてみてくれ? 薄さ0.01mmの防護スーツにより直接接触は皆無、そしてそれ差し引いてもほんの五mmくらいしか侵攻を許していない、となるともうこれは曇りのない零密閉集接……ッ!! そう、完全無罪的ノーカ」「五mmは立派ですッ!! 現場じゃ五mmで命を落とすんですよねッ!?」
ゴツツ、と機体が何か硬いものに当たった感触があった。正気に返っていやそうだぜ、ことここに至って白熱議論をしてる場合じゃあねえ。酸素供給型「白球」はとうに口から飛び出てどっかにいってたが、いま現在、会話が普通に出来るくらいには呼吸も普通に出来ているようだった。「無事脱出」、と推測で無意識に口にしてたものの、それは希望的観測じゃねえよな……身体を柔らかな熱を有する肢体から剥がすように起こすと、耳をそばだてる。水平機能は失われちまってるが、下へ下への重力は感じている。変な浮遊感は無い。そして遥か遠くから「オッイェース、オッイェース」というような、何か懐かしい金切る胴間声が微かに聴こえてくる……
ズルルルズコッと機体が何かに擦られる感触と共に、全身を覆っていたに違いない質量があるのか無いのか分からない「砂粒子」みたいのがざらり流れ落ちる感覚も受け取っている。聴こえていたのは「万事承諾」では無かった。「それ引けやれ引け」……黒細板をてめえの顔に嵌め直すと、外界の様子が百八十度以上クリアに視えた。首を振り向けると背後には金切声の主が操る征駿機がその両脇から伸ばすザイルをこの合体機のちょうど両脇を通るかたちで投げ掛けてくれていたのが分かり、そしてそのまま只今牽引してくれているだろうことも判った。実際そういう力仕事は向かないのではと思ったが、そこは例の銀・緑・赤の嬢ちゃんらが駆る「何とかセルダ」とか言ってた機体が三体がとこ、いや、その他諸々駆けつけてくれたんだろうか、わらわらと大きいのから小さいのまで、各種機体が若僧くんの機体に手を掛け身体を押し付けつつ、力を合わせて引っ張ってくれている図が目に入った。何てこった、てっきり俺ら二人だけの力で脱出できたとか、思い上がった思考でいたのがお恥ずかしいぜ。であればもう皆々様方の手を煩わせている場合じゃあねえ。テッカイト側にもノガシター側にも機体を稼働させる「光力」は粉ほども残ってはいなかったが、己の身にわずかに残存していた光力を燃やしくべ、姐ちゃんのご機嫌を窺いつつ両腕を脇上くらいに掲げ上げさせるやいなや、機体の両掌に感じた硬い感触を確かめる間もなく、それを思い切り下方向に押しやるようにして、さらに後ろ方向へと倒れ掛かるようにして未だ「砂塵沼」に浸かっていた下半身を引きずり抜き出すことに成功する。
「……」
湧き上がる歓声の中、復帰した通信窓が細い視界の右隅に開くと、珍しく安堵し弛緩した表情を見せる、端正な男前顔と向き合うのだが。
<オッイェ~、お楽しみ中のところ申し訳ありませんでしたが、一旦昇天の際に索機器に引っかかりましてですねー、何とか捕獲することが出来ましたと。お二人ともご無事でまずは何より>
うん……社会的制裁はこれからだと思うがまずは命あっての物種、素直に感謝する他はありようもないものだね……というスカスカする空気のような返答が口を突くが、とにかく本当に感謝しかねぇ……再び目線を下げてみると、呆れも交えた柔らかな微苦笑顔と目と目が合う。思わず同じような表情で相対しちまうが。そのまま右手をす、と差し出してきたので、こちらの左手にて引っ張り起こしてやると、そのまま腕を俺の首元に回し込みつつ倒れ込むようにしてもたれかかって来た。口元に柔らかな感触。うん……こっちも俺が肚さえくくりゃあ、何とか御縄頂戴回避になってくれそうだぜ……というまたしてもスカスカな思考がスカスカ脳の隙間を吹きすさぶようにして巻き起こるが。
だがまだ、嫌な予感というのは拭えてはいない。先ほど沼の奥底で壮年の生首的なモノを藍色光力にて一刀両断した手ごたえは確かにあったが、あれだけで息の根を止めたとはとても考えられねえ。瞬の隙をついてその腹底から抜け出すことは出来たものの、あの無尽蔵にも思えた何と言うかの「集合知」、いや「集合怨念」みたいなのをきっちりと屠り切ったと考えるには、これまで幾度となく奴らと対峙してきた己の感覚を信じるのならば、まったくもって早すぎると思った。果たして。
「……」
しかして、意外なほどに静かな対峙となった。先ほどまで俺らを呑み込もうとしてた「沼」の、その全土の「粒子の濁流」のような動きは今や鳴りを潜めていて、砂漠のような砂丘のような、無機質極まる光景が視界半分を覆うくらいだった。その先に、
「……こうまで思い通りにならないと、かえってすがすがしい気分にもなろうというものだね……」
不気味に落ち着いた壮年声。相変わらずの芝居がかった物言いであったものの、そこには今までに無かった諦観だとか達観だとかに分類されるニュアンスがまぶされているような気がした。こいつらに感情があるのかは未だに判らなかったが、何らかの情動のようなものは流れているんだろう、それが俺らとは違って、電気信号の類いじゃあなくて別の「粒子」の流れだってだけなんだろう。その肚の中に呑まれたからか、そんな納得感みたいなものが俺の腹の底にもすとんと落ちてきたようにも思えた。が、その上でまだ何か未練たらしくやろうってことかよ。尻を地べたにつけたままだった機体をそろりそろりと自分の呼吸も整えながら膝立ち、そしてゆっくりっと立ち上がらせる。このくらいの速度の挙動であれば、精一杯の深呼吸をしながら光力を紡いでいけば何とか動かせることは把握できた。そしてそれと共に全身に感じるようになっていた「違和感」についても徐々に把握はすることは出来ていた。
目の前。「画面」を通して視えるのは、「砂丘」の中心にずぞぞと現れたるかっちりとした人影。その体高は目測だがおよそ十mほど。最初に「巨大化」カマしてきた時と同じくらいの巨人度だ。だがその形態はどの「壮年」の体も成してはいなかった。
「……!?」
白い、真っ白い、光を全て反射しているのかと思うくらいの現実味の無い、発光しているのかと思えるほどの完全な「白色」を呈してくるその異様な質感を持った「巨人」は、張り出した肩部、長大な両腕部、そして猫背/ガニ股/真ったいら頭。前屈み姿勢まで鏡で映したかのようにぴたり揃ってるぜ……見間違えるはずはねえが、それゆえに強烈な違和感と、違法コピーされたような何ていうかの憤りを覚えている。白い、同一と窺える形態。が、その腹部にはノガシターは組み込まれていない。そして装甲も破損はしていない。てことはテッカイト(弐式)。そういや昂燃機は光力がどうのとかで複写出来ないとか何とか言ってたっけか……? その辺りは正確には分からんが。
「『記憶粒』は……いくつかの箇所が乱れ混じってしまったようだ……それだけなんだが、それだけで最早ほぼ全てが役に立たないがらくたになってしまった……こんなことが起こるとは、それは想定できていなかったが、かくも脆いものなのか、『記憶』というものは……」
そしてその白テッカイトから流れてくるひび割れた音声は、その物言いだけは壮年らしさを保っているようには表層上は聞こえたものの、喋ってることは大分、何か「失われている」ように感じた。
「『光力』……それが未知、それが正解、だったのかも知れんな……『ケイ素』『炭素』『鉄』……『鉱物』『金属』……『無機』『有機』……選択肢は様々、無限に近いほどあったが……それを取捨していくには、遥かに試行の時間も回数も足らなかったと、そういうわケカ……」
断末魔直前の、悪あがき挙作が始まりそうな予感がしていた。おいおい、そんなに王道筋道をなぞらなくていいんだぜ? 失われているかと感じたが、どっこい残ってたじゃねえか……これが壮年のサガか……
「……もう何モ理解モ把握も出来ナいが……『光力』とやらだけは最後に『試行』ヲしておきタい……貴様ラで、ナ……」
へいへい、そう来るんだろう予感はその姿で現出した時から消臭できてねえほどに感じられたぜ。そういう落とし前を御所望かい。ちょうどいいぜ。
「オメロさんッ!?」
ナディルカの驚きの声を背中に受けながら、俺はもう行動を開始している。球形操縦席の非常用脱出口開閉ボタンのようなものの位置は先ほど見つけていた。真上の天井に当たるだろうところに黄黒の枠で区切られたその赤色の四角い突起物を、立ち上がり軽く上に跳躍して押し込む。プシューギコ、というような重い金属音と共に、球体の前面が真一文字に割れると瞼を開いたかのような隙間が開いた。その上瞼下辺りを両手で掴むと、躊躇せずに身体を振って両脚を突き入れていく。うん、身体がやっぱり自在に動くようになってるぜぇ……ずっと首肩腰を中心に重質液体を満タン注入させられていたような、カラダが今軽い……
興奮と高揚感で熱が回っていた時とはまた違う、突き抜けるような「何も無さ」だ……何の障害も無く、身体が動かせる感覚……久しく忘れていたその感触に俺は今、静かなる感動を覚えている……
身体を操縦席の隙間から外へ滑り出させた瞬間に、腕と脚で反動をつけて上空へ。鮮やかな後方二回宙返りをカマしたところで、割れ砕かれていたテッカイト側の操縦席へとぴたり着到する。おうおう、やっぱここが俺にはしっくり居心地がいいぜ。玉葱状の座席に跨り、速やかに全身を固定するベルトを装着する。呼吸を大きく取っている限り、光力の方もつつがなく運用できそうだぜ。いいねぇ、これこそが最期に残っていた御都合って奴かい……
オメロさん、何を? ……と黒細板を通して声は聞こえて来ているが、構わず俺は機体に稼働を促すと、両腕を使って丁重に、腹の中に組み込まれていた機体の身体を掴み上げ摘まみ出すと、そのままの流れで優しく後方の地面へと降ろす。ナディルカの方はもう光力は尽きちまったのか、流麗なボディはそのまま力無くくずおれていくばかりだったが。ありがとうよ、お前さんがいなかったら助からなかったし、そもそも俺は死んだような日常を送り続けるばかりだったかも知れねえ。
「……」
あれやこれやの荒唐無稽な杯盤狼藉をした結果、凝り固まっていた身体のどこがどうなってその枷が外れたかは分からねえ。が、問答無用完全無欠の状態だぜ……動く動く。消える瞬間に一際まばゆく熱く燃えるそれなのかも知れねえが。
「光力デ……キサマラを……斬り裂」
まだ何か言ってくるヤロウの音声を遮って、
「おーおー、さんざか勝手やってくれて最後にゃあ自暴自棄たぁ、ダメ壮年のダメ挙作そのものなんだよなぁ……光力を御所望だろ? 最期もそれっぽく、『限界破壊状態の双方での一対一殴り合い』と洒落込もうやぁ……?」
俺は俺でちょいと古めの芝居がかりな台詞にて応酬する。よーしよしよし、超的状態のこの俺がぁぁぁ……ッ!!
「引導をッ!! 渡してやんぜぇぁああああッ!!」
決着を、つけるッ!!




