⨕10:地道ェ…(あるいは、窮鼠バイツァキャット/危機危急まるでサヴォイア)
いきなりだが、別の鉱掘場に駆り出されている。
想定内と言やぁそうだが、退院したその足で行かされるとは思ってなかった。下着とか日用品とか諸々は用意するからとにかく早く向かってくれという、「職員」と端的に名乗られたものの端的すぎて逆に怖ろしさを醸すほどの名称の屈強な黒服の輩数名に否応なく促され、やや性急な感じが気にならなかったと言えば全くもって嘘になるものの、まあ、改めて持っていくもんなんてほぼ無いよな作業着はあの時着てたのが綺麗に洗浄おまけに糊まで利かせて病室に届けられていたし、うん身軽というか敢えて無えんだな持ち物って奴は俺は……てな感じでその辺りはうやむやの内に閑散とした駐車スペースの中ではまた一際目立つことこの上無ぇごつい見たことの無い型の四駆らしき黒のボックスに詰め込まれるように乗せられてそのままあれよと出発していたのだが。
この齢に至ってもの相変わらずの我が身の軽やかさというか薄っぺらさに硬いシートに接した背中辺りにまたも不意なひりつかんばかりの寒気を感じてしまったものの、てめえの日常の行動半径は実に三kmに満たないことが入院中に行われたあの姐ちゃんからの「今後のレクチャー」によって図らずも明らかになったこともあり、こうして遠出をするというのが実に十年ぶりぐらいになったことに愕然とする……ことも無く、まあ独り身になったらそうなるかもだよなぁという魂の不感症というかのいつもの凪いだメンタルのまま、ただただグレーがかった車窓から、見覚えがあるのか無いのかすら定かでは無いほどに変化の無い岩肌と青々しい木々葉がメインのまるでループでもしているんじゃないかほどの流れる風景を見るとも無しに真顔で眺めながら、ひと山越えてのその先もうひとつの山裾をぐるりと東側から回り込んで、目的の地、「スロクスリヤ鉱掘洞」に着いたのは昼を回ったくらいのことであった。
「……目標二体がここ二日かけてこちらの『鉱場』へと南下しながら接近していることが確認されました。『第一態』と呼称することとなりましたが、それらの進行を止めること、が今回の任務ということになります」
凛とした声が室内に虚ろに響く。物々しさに持って回った感がまぶされ、相変わらずのこちらのやる気を起こさせることのない物言いだ。着いて早々、ウチのよりは幾分新しく敷地面積も二倍くらいありそうな鉄筋の事務所建屋の二階の一室で、例の姐ちゃんはまた温度の無い言葉にて、相対するなりそんな風に切り出してきやがったのだが。ちなみにこの御仁にはこの二週間の間で「監査部」兼務の「総務部警備課」付との肩書がさっくり追加されていたんだが、うぅん……何とか機関の完全言いなりじゃあねえか、うすうす感づいていたがウチの組織はガバガバに過ぎんだろがよ……とは言え他者の事などは全く言えない我が身であり、とにもかくにも指示されたことくらいはつつがなくやらんとあかんめぇ……
「……機体の運搬はされていないようですがねぃ? まあーまだ自由に動かせられる状態じゃあ全然無かったですかい。で? 何かしら代機みたいなのがあると?」
陽光差し込む窓を背にした、本日は淡いブルーのスーツ御姿で固めた眼鏡女史のその細身ながら美しい稜線を描くその姿は相変わらず少しこちらを揺さぶる何かしらを放っているように感じたが、俺は事務机挟んでのその前に「休め」の姿勢から更に脱力したベクトルに分類されるだろう殊更やる気の無さを前面に出した体勢にて、殊更ぶっきらぼうにそう言葉を投げ掛けるにとどめる。
何と言うかこの姐ちゃんはこと仕事に関しては「任務」最優先の狭窄視野持ちで人を人と思っていないフシがあるように感じられてきた。「手駒」感……俺と愛機は「怪物用の必殺兵器が開発・配備されるまでの場繋ぎ」くらいとしか思ってねえような……まあいいけどなぁ。それならそれで俺の方も権限を最大利用して引き出せるだけ引き出すまでだぜ……「任務」の方は最低限適当にこなしながら、その裏でじゃばじゃば予算を垂れ流し込み、テッカイトをよりピーキーな、触れるだけでピリピリとした衝震を発するかのような機体へとキリキリなチューニングを施してやるまでなんだからねっ……みたいな決意を新たにしていたら、手元の雑多な書類を挟んだボードに目を落としていた女史が大して興味も無い、みたいな言葉の温度にてこちらに告げてきたのは。
「『掘腕機』が二台、あとは『汎搬機』の上半身のみ稼働を確認できている物が一台……」
おい。
オメ「ば、馬鹿にするのも大概にせいよぉ、お嬢ちゃんよぁぅッ!! お前さんも直に肌で感じたろうがあの野郎のヤバさをよぉぉぉッ!! 何であの超速でこちらを舐め喰らおうとしてくる輩相手にそんな機動力皆無の布陣で挑まなならんッ!? 俺ぁ体のいい撒き餌じゃあねんだぞぁぅッ!!」
アラ「署名をした以上、契約には従っていただきます……それに、それにですね、そこはツハイダー課長の超絶操縦術でっ。あ、あの時さんざん私に強いた『複座操縦』も視野に入れてもいいですけど? 私あれから結構訓練をしたんですっ、その……ですから前よりはお役に立てるかも……知れないですよ?」
オメ「お、おぅ……ふ……」
この硬軟入り交ぜたというか、人格がどこかでぱっきり割れてんじゃねえかと訝しむほどの二極性に最近は呑まれがちいや挟まれがちでもあるが、それも計算している感があって絶対この手の口車に乗ってはいけねえとは頭では分かっているんだが。そんな理性を遥か彼方に置き去りにして、ちょっと一肌脱いだろうかい的な、更年の琴線を掻き鳴らさんばかりの超絶人心操縦術に既にっ、いつの間にかッ、寄り切られて、いるので、あった……
とは言え、小型ショベルが二機に、簡易汎用ヒト型の上半分だけ。条件はいやがらせと思い紛わんばかりに厳しい。しかも相手は「二匹」とか言ってたよな……「初戦」からの難易度がケタ上がり過ぎじゃあねえの……そして姐ちゃんは何故か「複座」とかに乗り気だが、エセベロ機の操縦席っつうのはギリギリ一人が嵌まるようにして座れるシートがあるだけだったよな……流石に二ケツとかは無理でわ……
「まあ、『援軍』も要請はしていたのですが、肝心の『征駿機』のパイロットがですね、ついおととい機体が中破する状況に遭いまして……」
深い思考を巡らす際にはつい真顔で白目がちになってしまう俺の不気味な癖に不穏なものを感じ取ったのか、姐ちゃんはそれでも状況は好転しないそんな補足を注ぎ足してくるものの、うぅん、どうすりゃあいいのか本当に困る状況だぁ……
と、
「放してくれッ!! 僕は行けるって何度も言っているだろうッ!!」
開け放たれていた背後の入口の方から、そんな、若いと思しき野郎の凛々しいながらも甲高い耳障りな声がいきなり響いてくる。と同時に扉枠に掛けられる指先。それに頼りすがるかのようにして己の上半身を引きずりつつこちらに姿を見せたのは。
「アランチⅧ督ッ!! お呼びいただき誠に光栄ですッ!! フーリ=ミトライカー、いま、今ここに馳せ参じましたぞッ!!」
金髪碧眼の優男、だった。それ以上の描写は無駄なので俺の大脳が省くタイプの性別年格好だ……そして時と場と状況によって声質声色声量を使い分けることが出来ないタイプの輩の声が、この決して広くは無い事務室の空気を震わせつつ温度を奪い去っていくように感じられたのは気のせいだろうか……
「……フーリ君」
これも気のせいだろうか、この騒々しい奴の存在をただそこに認めただけの確認のような呼称が姐ちゃんの口から為されたわけだが、うん……俺が言うのも何だけど持て余し気味になってしまうタイプの奴だよね……
「ハッ!! 先日の『東の鉱掘場』ではとんだ失態を晒してしまいましたがッ!! 今回こそはその汚名を奏上いたしたくッ!! 恥ずかしながらままならぬ身体に鞭打ち罷り越した次第にて、ございまするぞッ!!」
指向性のある、腹にも大脳にも響くその爽やかな胴間声のような迷惑音波が、発生元の野郎がずりずりと室内へと侵入してくるに従ってその強度を指数関数的に上げていくのにキレそうになりながらも、「奏上」って誤用をする奴は初めてだよ何かそれでも本当にそうしてしまいそうな危うさを内包していそうなところが本当に怖ろしいよ……と思わず一歩引いてしまう俺なのだが。
「……ではそちらのツハイダー課長のサポートについてもらいます……と言うか、ままならないのであれば無理に出張ることは無いんですけど……」
姐ちゃんの素の困惑声というのは初めて聞いた気がする(そうでもないか)。それもやむなしな、これでもかの真白き包帯を左半身のほぼほぼ全域に渡って巻き付けているのみならず、何かにすがってるかと思ったらそいつは車輪が噛ませられた点滴スタンドであったわけで。まあよく病床からここまで這い出て来れたよな……心配で付いてきたんだろう背後の若い女看護士の顔も今は心配よりも諦観に振り切れようとせんばかりの無表情なものなのだが。
「ハハッ、心配は御無用ッ!! それよりもおや? この方が? ははぁん、採掘現場の方と聞き及んでいましたが、これはイメージ通りと言うか……いやぁ良く『鋼捻機』なんかであの『第二態』まで進んだ目標を抑え込めましたね? 運良くというか、それは大したものと思われましたが」
悪気があるのか無いのか分からねえ精神構造してそうなんだよなぁ……こちらに向けて如才なく話し掛けてきたと思ったらそんな物言いかよ。面倒くせぇなぁこりゃまた。そのしゅっとした顔面の包帯に覆われて無い方は整った、人好きのする醤油顔と言ったらいいか、癪を承知で言うと女好きのしそうなイケ面であるものの、それがこの男の全体感からすると却って薄ら怖ろしさを足し増してくるようで、こうして対面すると何かケツ穴から骨盤の辺りがムズ寒さでぞんぞんしそうなのだが。気を取り直し、
「ああ……それより『征駿機』って言ってたよな? ジナの『第六』を標準で積んだ機動力高い奴……足回りも大分軽快と聞いたぜ? そいつがいるんなら心強い」
諸々の感情を抑え込んで大人な対応を。って殊勝な感じでってだけでもなく、現況をもう少しマシにしてくれる要素であることには間違いねえわけでそこは歓迎せざるを得ない。それプラス単純な俺自身の趣味興味ってのもある。果たして。
「……まあ拙者は敢えてサスはカチカチに固めていますがねぇ……即応に次動作に移るためには沈むコンマ二秒ですら惜しいわけで、ゆえにっ、奴ら……『第一態』なぞは無論、『二態』に至っても速度で後れを取るなんてぇなことは皆目無いと、コポ、思われまするゾナ……?」
案の定ってほどでも無かったが喰い付いて来てくれたぜ。割と御しやすい奴かも知れない。とは言え「中破」言うてたのが気にはなる。その事をほのめかしたら、ハハッ、まあ便宜上そんな呼ばわれ方ってだけで、一部の破損以外はハハハ、この私よりは至極問題無く動きまするぞ心配御無用……とのニヤリ顔を半分男前の顔に浮かばされた。まあ何つうか「通じ合った」感は得られた。こいつも相当の機体マニアだ。疎通もうまくいきそうだぜこいつは想定以上の天の助けかも知れねえ……ッ!!
――昂燃メモその13:説明しようッ!! 若者との会話の接点は当然あまり無く、無難な会話に終始するが常態ではあるが、たまさか趣味の話などが同調してしまうと終わりの無い雑談地獄へのとばぐちがくぱりと開いてしまうものなのであるッ!!――
<緊急。北北西一kmに『目標』二体確認。各員は駆除準備をして現場に向かってください。繰り返す……>
とか思ってたら、そんな構内放送のような声が響き渡る。おいおいおいおい、早すぎるんじゃあねえか間が良すぎる悪すぎるんじゃあねえか? いや、そんな事を言ってても始まらねえ。
「格納庫は西側出口を出て左手方向ですっ!! ツハイダー課長、フーリ君、よろしくお願いしますッ!!」
それまで俺ら二人のやり取りを、あ、これなら面倒に面倒を押し付けられて万事がうまく回るかも……みたいに緑縁眼鏡の奥の生温かい目で見やっていた姐ちゃんだったが、その第一報的なものを聞いた瞬間、鋭い顔貌に瞬時に引き締まると、そんなきびきびとした命を飛ばしてくる。その反応。肌で知ってんもんなぁ分かってんぜぇ、あいつらは絶対確実に駆除すべき輩だ。いま急ピッチで進められているだろう「殺虫粉」体制が出来上がるまでは、俺らが身体を張って踏み留めてやる……ッ!!
柄にも無い熱血に身体の全部が震え、そしてうずくようだ。諸々各部の不調なんざどっかに行っちまったかのような感触……こんなのは久し振りだ。いや初めてかもな……
オラ若僧くん、おめえさんの愛機までは不本意だろうがこの俺に乗っかっていけや、と、しゃがんだからか、いや、そうじゃあなくて極めて自然に腹からの威勢のいい声が出てきやがる。腰の事も考えはしなかった。果たしてまたも悪そうなニヤリ顔をかましたイケ面くんが、乗り賃は地場酒一献でお支払いしますよとの声と共に躊躇なくスタンドを背負ったまま背中に体重を預けてくるが、おし、全然いけるぜぇぁッ!!
気合いと共に入口付近に待機していた女看護士を慄かせつつ、俺は背中に荷物をおぶったまま、一気に慌ただしくなってきた廊下を走る。適度な休暇というか休息があったからか、身体が嘘のように軽い。これなら、これならいけるッ!!
西側まで一気に突っ切り、簡易舗装された格納庫までの道をひた走る。見えてきた結構立派なコンクリ造りの建屋。その開口部付近では、まだ顔合わせも済んでなかった整備員と思しきつなぎの面々が真剣な顔で俺らを迎え入れる手信号を発してくれている。いいぜこの雰囲気、やってやるぇぁッ!!
と、気合い最高潮にて機体がスタンバってる格納架に滑り込んだ俺であったが、
刹那、だった……
「ん? ……あれこれ何? 残骸? 余剰パーツ?」
凍りついたかの言の葉が、肺からの急速に温度を失った呼気と共にだだっ広い空間に染み渡っていく。そこに見たのは、カタログで見た俺の記憶では確か頑強な下半身と細身の上半身を有したやや寸詰まりながられっきとした二足歩行を行う「うさぎ跳びをしているような人型」であるはずの「征駿機」の、その頭部と両腕部が無残にもげ、硬度と軽さを両立した「ヒマ鋼」の装甲板が九割くらい執拗に剥がされ落ちて消失している、骨格標本のような何かであったわけで。
「ハハッ、嫌だなあ、たかがメインカメラとメインアームとメインアーマーをやられただけですよ、全然心配は御無用御無用」
いやいやいやいや、全ッ然、「たかが」じゃあ無ぇーんだわッ!!




