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70.アンジェリカの初恋


 アーヴィング公爵領の訪問を終えた。


 その日の夕食後、私は一人図書室にいた。


(やっと胸の調子が戻ってきたな……)


 楽しい一日を過ごした中でも、自分の体がおかしいかったのが気になっていた。ただ、大事にするほどでもなかったので、まずは自分で調べることにしたのだ。


「わからないことがあったら、まずは調べないとだな」


 これは淑女教育や観劇、スイーツ巡りなど、数々の経験から学んだことだった。幸いにもレリオーズ侯爵家の図書室は大きい。クリスタ姉様曰く、ほとんどの本なら揃っているらしいのだ。


(なら、不調の理由もわかるはず)


 ということで、まずは病気に関する本を読み始めた。本を何冊か手にすると、椅子に座って読み始める。


「鼻水出てねぇし、喉は潤ってる。熱もないから、まず風邪はないだろうな」


 本とにらめっこをしながら、自分が該当しそうな病気がないか確認していく。

 

「息切れもしてないな。別に鼓動が速くなってるだけで、激痛とかじゃないんだよな……いや、お腹は痛めてねぇ」


 すぐに原因がわかるだろうと思って読み進めていたのだが、予想に反して該当する病気は見当たらなかった。


「でも絶対本調子じゃねぇんだよな……」

「何が本調子じゃないの?」

「‼ 姉様!」


 ぶつぶつと本を読んでいると、突然背後から声がした。反射的に振り向くと、そこには不安げな面持ちのクリスタ姉様が立っていた。


「アンジェ、体調が悪いの? 顔色は良さげだけど」

「あ……はい。体調が悪いというか、なんだ体がいつもと違う感じで」

「いつもと違う……例えばどんな感じなのかしら」


 クリスタ姉様は私の隣に座ると、優しい声色で尋ねた。


「主に鼓動です」

「鼓動?」

「急に速くなったり、跳ね上がったり。風邪ではないと思うんですけど」

「……なるほどね。今日はアーヴィング公爵と一緒に過ごしたのよね」

「はい」

 

 その答えを聞くと、クリスタ姉様はなぜかクスリと笑みをこぼした。


「よくわかったわ。ちょっと待ってて」


 そう一言残すと、クリスタ姉様は立ち上がって本棚の方へ移動した。一体どうしたのだろうと様子をうかがっていると、姉様は一冊の本を片手に戻ってきた。


「アンジェの病気はそこにある本には載ってないわ」


 クリスタ姉様は私に、手にしていた本を渡してくれた。


「根詰めすぎないようにね」

「ありがとう、ございます……」


 いまいち意図がわからない私は、微妙な返しをしてしまった。それを気にすることなく、クリスタ姉様は図書室を後にした。


「なんだこの本……って、これ」


 渡された本の題名は“ヴィオラの初恋”だった。どうやら小説版のようで、観劇で目にした演目が綴られていた。


「ヴィオラの初恋……」


 よくわからないまま、取り敢えず本を読み始める。


「……あれ?」


 読み進めたところで、いくつか引っ掛かる部分があった。


「ヴィオラも胸の調子がおかしくなってるな」


 それは序盤に使用人ジョンが出てきてからのことだった。 


「ヴィオラは、ジョンのことを好きになるんだよな」


 観劇の内容を思い出しながら、ヴィオラの様子を改めて追っていった。


(ヴィオラはジョンを前にすると鼓動が少しずつ速くなる……その上で、急接近すると鼓動が跳ね上がる………………ん?)


 それは覚えのある状況だった。

 鼓動が速くなるのも、跳ね上がるのも。


「あれ? ……私、もしかしてヴィオラと同じなのか……?」


 そう胸に手を当てて考え始める。

 思い返してみれば、今日始めて鼓動に衝撃を受けたのは、ギデオン様の笑顔を見た時だった。考えていくと、鼓動がおかしい時は必ずギデオン様が関係していることがわかった。


「…………これがアンジェリカの初恋、みたいな」


 ボソリと呟いた言葉に、なぜか恥ずかしくなってしまった。


(初恋って、恋だよな⁉ 恋愛ってことだよな⁉ お、お、落ち着け。……恋愛は、相手を好きかどうかということだけど)


 初恋という言葉を理解しているはずなのに、少し混乱してしまい、わからなくなってしまいそうだった。それでも、単純な疑問に答えを出すことにする。


「…………いや、好きだな。ギデオン様のこと」


 真っ先に思い浮かぶのは、模擬戦での勇姿。そして鮮明に焼き付いているのが「あぁ、騎士団で待っている」のカッコ良すぎる一言。

 それだけではない。

 二人で歩いたスイーツ巡り、そこで見れたギデオン様の笑顔。遠乗りで過ごした時間、美味しかった昼食。目付きを気にしていたギデオン様が、初めて髪をかき上げた時の破壊力。


 思い出そうとすればするほど、たくさんの記憶が浮かび上がって、胸が温かくなったーーかと思えば、鼓動の音が少しずつうるさくなりはじめた。


「……そういえば、私はギデオン様がどんな人か、見極めようとしてたんだっけな」


 誘われるのには意味があるということを聞かされていたはずなのに、それを忘れてしまうほど、ギデオン様との時間は心地よくて楽しいものだった。


「やっとわかったな」


 あの時は見つけられなかった答えを、渡しはようやく見つけることができた。


「ありがとう。姉様、ヴィオラ」


 答えまで導いてくれた二人に感謝すると、私は急いで本を片して自室へ戻った。



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