69.微笑ましい領地
「ほら、言っただろ? 領主様だって」
「本当だ……!」
馬車の窓越しにかすかに聞こえてくるのは、子ども達によるギデオン様に会えたことによる喜びだった。微動だにしない子ども達を見る限り、恐らくギデオン様と話しがしたいのだろう。
「アンジェリカ嬢。少しお待ちいただけますか」
「お邪魔でなければ、私も下りてもいいですか」
「もちろん構いません」
ギデオン様も子ども達の気持ちを察したようで、下りることを選択した。静かに見守るという選択肢もあったのだが、それは性に合わなかった。むしろ私は、一緒に交流したいという考えがあった。
(領民と関わることも大切な領地視察って本に書いてあったからな。まぁ、立っているだけになるかもしれないけど、形は大事だ)
共に下りるということに意味があると思ったからこそ、この選択をした。早速ギデオン様と一緒に馬車を下りると、子ども達はより強い期待の眼差しをギデオン様へ向けた。
「こ、こんにちは!」
「「「こんにちは‼」」」
子ども達の中で一番背の高い男の子が、先陣を切ってギデオン様に挨拶をした。ギデオン様の返しが入るよりも先に、子ども達が私に体を向ける方が先だった。
「綺麗なお姫様もこんにちは!」
「「「こんにちは‼」」」
自分にも挨拶をしてくれたことに驚きと感動を覚えながらも、〝お姫様〟という聞きなれない言葉にどこかむずかゆい感覚を抱いた。
「こんにちは」
「こんにちは」
ギデオン様の返しに続いて、私も挨拶を笑顔で返した。子ども達はエミリアよりも年齢は上のようで、身長もそこそこ高い子が多かった。しゃがまない方がよい年齢の子達だろう。
「りょ、領主様! 俺、絶対騎士になります‼」
「ぼ、僕も!」
「私も!」
元気よく宣言する子ども達。私はチラリとギデオン様を見上げた。
「あぁ、騎士団で待ってる」
(‼)
ギデオン様はそう一言だけ返すと、子ども達は眩しいくらいの笑顔を広げた。
「「「はい‼」」」
一連の光景を微笑ましく思っていたのだが、ギデオン様の言葉で私も心を奪われた。子ども達は「ありがとうございました‼」とお辞儀をすると、嬉しそうに町の中へ走っていった。
「子ども達が騎士を目指したくなる気持ちがわかります。今日のギデオン様は憧れてしまう程素敵でしたから」
「あ、ありがとうございます……公開訓練をした甲斐がありました」
ギデオン様の明るい声色からは喜びが感じられて、私まで嬉しくなった。
「では行きましょう。町をご案内します」
「はい、お願いします」
ずらりとお店が並んでおり、多くの領民で賑わっていた。領民からの視線を感じるものの、話しかけたり近付いたりする者はいなかった。
「……なんだか領民の皆さん、ギデオン様がいるのにそこまで驚かれていないですね」
「定期的に視察に来ているからかもしれません」
「そうなんですね」
領民の視線や様子は明らかに好意的なもので、ギデオン様が多くの人に慕われる領主なのだろうというのは容易に想像できた。
「ここが町の入り口であり中心で、昼夜問わず賑やかな場所です。この通りを抜けた先に広場があります。その先は店が減って、主に居住地になります」
「素敵な町並みですね。食べ物を扱うお店が多いからか、いい匂いばかりします」
「どのお店も美味しいものばかりなんです。特にスイーツは王都に引けを取らないほど、魅力的なものばかりなんです」
「是非とも食べてみたいです」
自身の領ではあるが、ギデオン様が勧めるのであれば間違いなく美味しいはずだ。そう思って即座に反応すると、ギデオン様の表情が一段と明るくなったように見えた。
「今日は時間に限りがあると思いましたので、実は事前に領内のスイーツ店詰め合わせを用意しているんです。レリオーズ邸に戻られた後にはなるのですが、食べていただければと……!」
「ありがとうございます。凄く楽しみです」
お土産まで用意していただいたのは申し訳ない気持ちもあったのだが、ありがたくいただくことにした。
町の中を歩くのはあっという間で、到着した時には遠くに見えていた広場にもう到着してしまった。
「賑やかなだけでなく、とても穏やかな町ですね」
「ありがとうございます。やはり騎士団があることが大きいと思います」
昼夜問わず騎士が町内を巡回しており、当番交代の際などに食べることがあるので、料理店が並んでいるようだ。常に騎士という監視があるからなのか、アーヴィング領は平和な日々が続いているとギデオン様が語った。
ただ、私は話を聞く中で一つ気になることがあった。
(確かに料理店も多いけど、同じくらいスイーツの店も多い気が)
ギデオン様は視察で訪れることもあるが、純粋に買い物をしに町に来ることも多いという話もあった。
(領民にギデオン様のスイーツ好きが伝わっているからこそ、多かったりして……だとしたら素敵すぎないか? この領)
領主は領民のことを思っており、領民も領主のことを慕っている。その延長でスイーツ店が多いかもしれないのは、とても微笑ましいなと思う。
その後、少しだけ先の住居地を見てから馬車に戻ることにした。アーヴィング公爵邸に戻る頃はまだ日が沈んでいなかったが、私の帰りの時間も考慮してくれているようだった。
アーヴィング公爵家使用人や執事長が屋敷前で迎えてくれて、最後に挨拶をすることができた。彼らに見送られながら、公爵邸を出発した。
「暗くなる前に、レリオーズ邸に到着できればと」
「お気遣いいただきありがとうございます、ギデオン様。それに、こんなに素敵なお土産もいただいて」
「喜んでいただけてなによりです」
一日のお礼を伝えながら、レリオーズ邸に向かうのだった。




