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05.睨み返した相手は公爵様でした


 今回の話は短編より加筆と修正をしております。よろしくお願いいたします。



 困惑は帰りの馬車まで続いていた。

 一人で首を傾げていると、クリスタ姉様が切り出した。


「アンジェ。今日は男性と話していたわね」


「えっ」


「見ていたわよ」


 まさかあの一幕を見られていたとは。私の背中に嫌な汗が流れ始める。


「……偉かったわ。よく耐えたわね」


「あ……頑張りました」


「よく逃げずに、会話を試みたわね。素晴らしかったわ」


 姉様は私を何だと思っているんだろう。私はあの程度じゃびくともしませんよ。


「それにしても……アーヴィング様がアンジェに話しかけるだなんて」


「姉様、お知り合いですか?」


「直接は知らないけど……ねぇ、アンジェリカ。どうやらアーヴィングという名前にピンと来ていないように見えるのだけど?」


 突如向けられたクリスタ姉様の冷気に、私は挙動不審になる。


「……そ、そんなことは」


「それじゃあ、アーヴィング様がどんな方か言えるわね?」


「それは……」


 自信がないので、声が小さくなっていく。どんな方か言えるか。申し訳ないが何も知らない、というよりは姉様の口ぶりからは私は覚えていないというのが正しいのだろう。


「あれだけ貴族名鑑で名前を覚えるよう勉強したわよね?」


「ご、ごめんなさい」


「……全く。いい? アーヴィング家は我が国の三大公爵家の一つよ。アーヴィング公爵家当主を継がれたギデオン様は、若くして才覚を発揮している優秀なお方と言われているわ」


「こ、公爵……」


 知らなかった。ガン飛ばし野郎――アーヴィング公爵様が自分よりも身分の高い人だったなんて。どうやら私はまずい人に目をつけられたようだ。


「ど、どんな人なんですか」


「私も噂程度しか知らないけど、基本的に良くない噂しか聞かないの。冷酷な公爵と呼ばれていて、仕事ができない部下や使用人をすぐに追い出してしまうような方だそうよ。それに、極度の人嫌いとも聞いたことがあるわ」


「……それはまた、随分凄い方ですね」


 言われてみれば、冷酷という印象とあの強烈な睨みは合致する。

 私は噂を信じるタイプではないけれど、冷酷な公爵だなんて異名を持った相手の喧嘩を買おうとしたことは改めて反省するべきだと悟った。


(私一人が犠牲になる喧嘩ならいいけど、今はレリオーズ侯爵家に迷惑がかかる。それはだめだ)


 二度も睨まれてしまった理由はわからなかったけど、「いい度胸していますね」と煽られた理由はもっとわからなかった。理由を探ろうと、改めて公爵様との出来事を振り返る。


 まずデビュタントで睨まれ、それを睨み返した。今日もう一度睨まれたが、見なかったことにしようとした。それで「いい度胸してますね」と言われたという流れだ。それでもって「光栄です」と返したのだが……。


(……あれ? もしかして私、喧嘩買ってないか?)


 そんなつもりはなかったが、意図せず買う形になってしまったかもしれない。


「とにかくアンジェ。今後もパーティーでご一緒するかもしれないから、失礼のないようにね」


「……肝に銘じます」


 もう失礼なことをしたとは、とても言える空気ではない。

 アーヴィング公爵様が私にガン飛ばしてきたので、私も睨み返しましただなんて。

 売られた喧嘩を買ってしまいましただなんて……絶対に言えない。


(……むこうから仕掛けてきたから、ワンチャンセーフか? いや、セーフだろ。……頼むセーフであってくれ‼)


 内心でとんでもないくらい動揺をしていたが、淑女教育で鍛えた笑顔をどうにか貼り付ける。


「……アンジェ。もしかして、もう何かあったわけではないわよね?」


 その貼り付けた笑みに気が付くのがクリスタ姉様だ。私はどうにか平静を装った。


「まさか。今日はなぜか話しかけられたので、ご挨拶をしたまでです。……話しかけられた理由は私もわかりません」


「そう……それならよいのだけど」


 挨拶をしたのは本当のことだ。名前を聞かれたので、名乗ったまでのこと。わからないのは話しかけられたことより、睨まれたことだった。


 納得してもらえたことに安堵したのも束の間、クリスタ姉様はもう一度私に尋ねた。


「待って。今思い出したのだけど……アンジェ。貴女、デビュタントで誰かを睨んでいたわよね」


 ギクり。

 クリスタ姉様に指摘された瞬間、背中に悪寒が走った。


「まさかその相手、アーヴィング公爵様じゃないでしょうね……?」


「……ま、まさか」


「本当に?」


 クリスタ姉様からとんでもない圧が放たれている。これは駄目だ。嘘が通らない。


「……すみません。睨んでしまいました」


「アンジェリカ……」


「……言い訳になってしまうのですが、私は、その。睨まれたので睨み返したので……自分からは睨んでないです」


 声が段々小さくなるのが自分でもよくわかった。クリスタ姉様はずっと私の目を見ていたが、言い分を聞き終わるとふうっとため息を吐いた。


「そう、向こうからね。……それなら、アンジェに非はないでしょう」


「えっ。ほ、本当ですか?」


 予想外のことに、私は素っ頓狂な声が出てしまった。


「本当よ。先に仕掛けた方が悪いとすれば、アンジェはあくまでも公爵様に応じただけ。……もし先方に突っ込まれてしまったら、()()()()()()()とでも言っておきなさい」


「姉様。私、目はいい方なのですが……」


「知ってるわよ。睨んでたということを認めなければいいという話。証拠もないのだから」


「あっ、なるほど」


 クリスタ姉様の言葉が含みある表現だと気が付くと、脳内に大事に保存した。


 三度目はないと思いたかったけど「またお会いしましょう」というアーヴィング公爵様の言葉が、私の頭の中に残り続けていた。


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