「地球のみなさん、こんにちは!」「ならば、戦争だ!!」え?
『いざ我らくだり、
かしこにて彼らの言葉を乱し、
互いに言葉を通ずることを得ざらしめん。
ゆえにその名は、
バベルと呼ばる』
旧約聖書 創世記
◇◇◇◇◇
西暦20XX年、地球に一隻の宇宙船が現れた。
灰色の葉巻のような円筒型の宇宙船はゆっくりと地球の大気圏に降りてきた。
地上500キロメートルの高さで降下を止め、その後は翼も無いのに重力を無視するように浮遊。低軌道衛星の高度で地球を周回し続ける。
突然の宇宙からの来訪者に地球は大混乱となる。宇宙からの侵略か、未知の異星人とのファーストコンタクトか。
通信を試みようと上空の宇宙船にあらゆる周波数で呼び掛けが行われた。
しかし、葉巻型の宇宙船は一切返答しない。
地球では謎の宇宙船にどう対処したものか、と各国の政府は混乱する。攻撃はしてこない、通信を試みても何も返事が無い。これでは有人なのか無人の探査船なのかも分からない。
人々は誰もが謎の宇宙船の目的を推測するが、答え合わせもできないまま混乱が続く。
謎の宇宙船を神と崇める宗教まで誕生した頃、灰色の葉巻型の宇宙船が地球に来てから3日目。
ついに宇宙船から地球への初めての接触が行われた。
◇◇◇◇◇
『地球のみなさん、こんにちは!』
そう言うのは可愛くデフォルメされたレッサーパンダ、のようなキャラクターだった。
青いTシャツを来た三頭身のレッサーパンダが二本足で立ち、手を振りながらにこやかに挨拶している。
『今、地球人の皆さんの目の前にあるのは空間投影モニターです。宇宙船から放送しています。ご挨拶が3日と遅れまして申し訳ありません』
人々の目の前には黒い50㎝四方の板状の、空間投影モニターというのが宙に浮いている。誰もが突然現れた謎の空中の画面に注目している。
地球にやって来た宇宙人、その目的は? 地球に何をしに来たのか?
Tシャツを着たレッサーパンダのようなイラストは可愛らしくアニメーションしながら話す。
『僕は宇宙船、外域調査船『希望探査号』の船長です。メニタポ星系からやって来ました。
僕は地球の発見にとても感動して、とても興奮しています。
何故なら地球とは、メニタポ星系の外で500周期ぶりに発見された、メニタポ星系外の文明を持つ生物が住む星だからです。これは歴史的な大発見なのです。
僕たちはすぐにでも地球に着陸していろいろ調査したい、地球人にインタビューしたい、という願望を抑えるのが苦労でした。いきなり地球に降りては地球人の皆さんを驚かせて混乱させてしまいます。
地球人に着陸の許可をいただくためには、先ずは言語を解析してご挨拶してから、許可を申請して受理されてからが妥当な手順だと考えました。僕たちは直ぐに地球の言語の解析を始めました。
ですが地球には7000を越える言語があり、全てを解析するのはとても困難でした。そのために地球時間で3日という時間が必要でした。
現在、この空間投影モニターから流れる言語はモニターの前に立つ地球人の母国語に翻訳されています。また下部に流れる字幕などもモニター前に立つ方の母国語に翻訳されています。ただ、誤訳などあると思われますが、不慣れな言語の急な解析であり悪意は無いことをご理解をお願いします。
僕たちは上空から地球を観察し調査しました。その上で地球に着陸しての調査は難しいと断念することになりました。
地球には200を越える国があるからです。これは僕たちメニタポ星系人から見ると、とても異様なことです。
メニタポ星系ではひとつの惑星に惑星政府、またはひとつの星系に星系政府とあるのが当然であり、ひとつの惑星にこれほどの数の国がある地球とは初対面なのです。
これではひとつの国の政府から地球の着陸許可を得ても、他の国の政府が認めない、ということになるからです。
地球着陸の為の交渉を200を越える国のひとつひとつと行うには、時間がどれ程かかるか分かりません。
僕たちは地球着陸を諦めて、地球発見の報告をメニタポ星系に持ち帰ろうと思います。
後ほどメニタポ星系政府から外交使節団が組織され地球に来ることになると思われます。そのときは改めてよろしくお願いいたします。
これで僕たちは地球を離れる予定ですが、最後に地球の皆さんにお願いがあります。
簡単なアンケートにお応え下さい。
地球の皆さんにお尋ねしたいことは簡単なことです。
「地球を代表してメニタポ星系と交渉するには、どの国の政府が良いでしょうか?」
あなたが思う地球の代表に相応しいと思う国の名前をこのモニターに書き込んで下さい。
おそらくなのですが、皆さん自分の国が地球代表に相応しい、と応えられるのではないかと思われます。
なので地球の代表に相応しい国トップ3を選んで下さい。
また、下の欄には同様にこの国は地球の代表に相応しく無い、この国が地球の代表なんて恥ずかしくて嫌だ、という国ワースト3を書き込んで下さい。
このアンケートの集計結果はメニタポ星系政府に届けて、後の地球とメニタポ星系の友好に役立てたなら、と思います。
アンケートへの協力をよろしくお願いいたします。
以上で外域調査船『希望探査号』からの挨拶を終わります。それでは地球の皆さん、また会える日を楽しみに待ってます。そのときは地球に着陸して直接ご挨拶できたらいいな、と思います』
こうして地球に訪れた異星人のメッセージは地球の全人類に届けられた。
◇◇◇◇◇
宇宙船『希望探査号』船内
「船長ー! タイヘンっす! タイヘンタイヘンタイヘンっすー!!」
「♪なーなー、ななーな、れでぃふぉましょー」
「のんきにカラオケしてる場合じゃないっすよ! タイヘンっす! 一大事っす!!」
「♪りっすん、りっすん」
「聞くのはアンタっす!!」
「この歌いいよー、ノリノリで。僕たちの星でも流行ると思うな。持ち帰りたい」
「著作権関係の交渉すらできそうも無いんで諦めるっす」
「ホント残念、で、何が一大事なの?」
「地球であちこちの国が戦争始めたっす!」
「……は?」
「地球大戦争が勃発したっす!」
「え? どゆこと? ちょっと待って、映像出して」
「ほいっす」
「うーわ!? ホントだ、あちこちドッカンバッコンしてるー!?」
「どーすんです? コレ?」
「どーすんですって? え? なにその僕に責任があるみたいな言い方は?」
「だってコレ、船長のやったアンケートの結果っすよ」
「え? 待って、ちょっと理解できない。あのアンケートに何か問題があったの?」
「アンケートの集計結果を地球人に公表したじゃないっすか」
「うん、地球の人達も知りたいって言ってたし、地球人から聞き取りしたアンケートだし」
「それっすよ。そのアンケートの集計結果見て、『我々が地球の代表になるのは死ぬほど恥ずかしいと腹の底では思ってたのかお前らは! じゃあ死ね!!』ってなった国が核ミサイルを隣国に、」
「そんな理由で戦争する!?」
「現になってるじゃないっすか」
「う、うん。そーだね……。ドカンバコンしてるね……、うわぁ」
「見た感じ、人口密集地とか穀倉地域とか狙って核ミサイルで放射能汚染してるっすね」
「えー、コレ、戦争終わった後の占領とかまるで考えてないの?」
「占領よりも全滅させるのが目的みたいな感じっすねー」
「地球人、こっわ。なんでこんなことに?」
「あ、でもなんか分かってきたっす、地球の謎が」
「なに? 僕には理解できないよ? どゆこと?」
「ほら船長、地球を調査したときにメッチャ驚いたじゃないっすか。国の数と言語の数の多さに」
「うん、ひとつの惑星に国が200以上もあって、公用語も無いまま言語が7000種類以上もあるなんて。僕たちのメニタポ星系ではありえない文明のかたちじゃない?」
「その理由って、単に仲が悪いからだから、なんじゃないっすか? 同じ国の同じ国民になれないくらいに嫌いあってるから」
「そんな理由で?」
「ウチの田舎にもそんな魚がいたっす。やたらとナワバリ意識が強くて同じ水槽に入れたら死ぬまでケンカするっす」
「どうしても仲良く同じ国の中で住めないから、ケンカしないように仕切りを作ってたら、国がいっぱいできた?」
「たぶんそんな感じっす」
「えー? 仲良くしてるように見えたけどなー」
「表面上はそうして取り繕ってたんじゃないっすか? それを船長のアンケートが暴き出してしまったっす」
「て、ことは僕のせい? うっわ、ヤッバァ」
「だいたいなんでアンケートとかしたっすか?」
「え? それは着陸して調査できなくても地球の人達の反応とか見てみたかったし。それに君も着陸できないなら、アンケートのひとつくらい持って帰りたいっすねー、って言ってたじゃない」
「俺らこの辺境にロケに来ただけっすよね? 『驚愕!! 外域辺境惑星に伝説の銀河ドラゴンは実在した!! 探検隊が見た伝承の足跡がコレだ!!』のヤラセドキュメントの撮影予定で」
「ヤラセって言わないでよ。リスナーに夢と希望とドキドキワクワクをお届けするエンターテイメントだよう」
「それを外域調査船の船長って大見得切っちゃって、きっと地球人は誤解してるっすよ」
「僕が外域調査資格持ってるのは本当だよ? 資格がないと辺境でロケするにも申請とか手続きとか面倒だからさ」
「それでどーするっすか? 未開の文明惑星にちょっかいかけて惑星戦争の引き金になっちゃって。核ミサイルで地表の放射能汚染がエライことになってるっすよ」
「地球人の技術水準じゃ放射能除去は難しいんだっけ。じゃ、なんでこんなに核ミサイル持ってんのさ?」
「それだけみんな他の国が嫌いだったってことっすね」
「だいたい、あんなアンケートひとつで文明社会崩壊レベルの広域戦争になるとは思わないじゃない。地球人オカシイよ」
「コレ、船長の責任になるっすか?」
「ええー? 僕の責任問題? 納得できないけど、コレ僕だけで収まるかなあ?」
「うーん、未開文明研究家とか有機生物保護団体がいろいろ文句言いそうっすね」
「そうなると僕の辞職だけで収まらなくて、僕たちの会社が潰れるかも」
「カンベンしてください。俺んち弟が今年、大学受験するんすよ。俺が今、無職になるわけにはいかないっす」
「よし、ばっくれよう」
「え?」
「僕たちは地球なんて発見しなかった。こんなところに未発見の文明を築く惑星なんて見つからなかった」
「それで通るっすか?」
「これまで500周期も見つからなかった地球だよ。僕たちが黙っていたら又500周期は発見されないって」
「まー、研究者もこのあたりに生物のいる惑星のある可能性は低いって言うから、周りに迷惑かけずに撮影できるって、俺たちロケに来てる訳っすからね」
「ということで、地球の映像記録、音声記録、全て破棄。記録再現できないように徹底的に消しといて、もったいないけど」
「了解っす。歴史的な大発見だけど、会社が無くなって無職になるわけにはいかないっす。待ち望んでいた学者連中には悪いっすけど、俺たちにも生活があるっす」
「終わったらもとの仕事に戻ろう。番組を『地球発見!! これが銀河の果ての未開の文明惑星だ!!』にしたかったけど、これじゃもう無理だし」
「またもとのヤラセドキュメントに戻るっすよ」
「だからヤラセって言わないでよ。リスナーに夢と希望とドキドキワクワクを届けるエンターテイメントだってば」
灰色の葉巻型の宇宙船『希望探査号』は地球から離れその向きを変える。宇宙船のブリッジの中で船長は背後の地球へと振り向く。はー、と深くひとつため息を吐いて、
「地球人ってさあ、同じ星に住む自分と同じ形した生き物のこと嫌い過ぎでしょ」
疲れたように呟いて顔を正面へと向き直す。
「発進」
「了解っす」
宇宙船『希望探査号』は脱兎の如く地球を離れていく。その頃地球上では、またひとつの都市に核ミサイルが落とされる。
もくもくと上がる大きなキノコ雲は、遠ざかる宇宙船に手を振るように揺れていた。