夫が死んだら私は自由になれるのに~子どもができないので王子に離縁され年上公爵の後妻として寂しく生きるはずが何故か溺愛されるのですが!?~
「ようこそ、エリーゼ嬢」
王都から馬車ではるばるやってきたエリーゼを真っ先に出迎えてくれたのは、ダミアン・ロペス公爵。彼女の夫だ。あたたかな色合いの茶色い瞳が印象的な優し気な男性だが、その黒髪にはわずかに白いものが混じっている。
彼は、20歳のエリーゼよりも15歳年上なのだ。
エリーゼは差し出された手を無視して、一人で馬車を降りた。夫に『お嬢さん』呼ばわりされては立つ瀬がない。その抗議のつもりで。
「……私はあなたの妻です。その呼び方はおやめください」
「ああ、そうだね」
ダミアンはエリーゼのとげとげした物言いに気を悪くするどころか申し訳なさそうに眉を下げた。彼からすれば、彼女は確かに『お嬢さん』でしかないのだ。
「あ……」
ふと、ダミアンの視線がエリーゼの目元を捉えた。それに気づいたエリーゼが、赤くなった目元を隠すように慌てて顔を伏せる。
(弱いところを見られたくない)
それが、彼女に残された唯一の矜持だ。
「長旅で疲れました。先に部屋に下がらせてください」
嫁ぎ先に到着したというのに挨拶もせずに一人になりたいというエリーゼの我儘にも、ダミアンはすぐさま頷いた。
「そうだね。ゆっくり休みなさい」
戸籍上結婚したばかりである新婚夫婦の、これが最初の会話だった──。
* * *
エリーゼはとある侯爵家の3番目の娘として生まれた。
透けるような金の髪に透けるような青い瞳。彼女は儚ささえ感じさせる美しさを持っていた。その美しさは彼女に自信を、そして欲を持たせた。
いつか絶対的な成功者──王の妻、そして王の母となることを夢見たのだ。
そして、とうとう第一王子の妻の座を手に入れた。約1年前のことだ。
だが、その結婚には重大な問題があった。
第一王子には離婚歴があったのだ。
エリーゼは二人目の妃として、第一王子・マティアスと結婚した。
離婚の理由は公にはされていないが、『子どもができないこと』が理由だったと実しやかに噂されていた。結婚後、それが単なる噂ではなく事実であることをエリーゼは知ることになる。
毎晩のように夫の寝室に押し込まれ、毎日のように医師の診察を受けさせられたのだ。
彼女にとっては屈辱の日々だった。
それでも、王族の一員として社交界のトップに君臨することができた。そのことだけが彼女の心を支えた。
ところが。
いつまでたっても、彼女は妊娠しなかった。
1年経つ頃には、日に日に強くなっていくプレッシャーに耐えられず、エリーゼは部屋に閉じこもるようになっていた。
夫に離婚を告げられたのは、そんな折の出来事だった。
「やっと、この地獄から解放される」
だが、その期待はすぐに裏切られた。
離婚後は辺境の領地を治めるロペス公爵の後妻になることが、王家の一存によって決められたのだ。また、『子どもを身ごもることは絶対にあってはならない』と、秘密裏に、そして厳重に命じられた。
『第一王子は種なし』だという事実を、公にするわけにはいかないからだ。
こうして、エリーゼは地獄から地獄に追いやられてきたのだった──。
* * *
「奥様、本日はどうなさいますか?」
窓越しに朝日が昇る東の山脈をぼんやりと眺めていたエリーゼに、老年のメイドが優しく声をかけた。彼女が嫁いできてから、すでに2週間ほどがたっている。
「……何も」
小さな声で答えたエリーゼに、メイドは静かに頷いた。この2週間、彼女は部屋から一歩も出ていない。
「承知いたしました。では、ご用の際にはお呼び下さいませ」
メイドが下がると、エリーゼは一人きりになった。
だが、何一つ不自由はなかった。
ベッドの側には常に温かい飲み物と軽食が準備され、数時間おきにやってくるメイドが音もたてずに交換していく。ベッドのリネンは彼女が入浴のためにベッドを離れる数十分の間に清潔なものに取り換えられ、その間に部屋の中もキレイに掃除されるのだ。
さらに書物机には常に美しい紙とペンが準備されており、手紙を書こうと思えばいつでも書けるようになっていて、その隣には彼女が好みそうな書籍が並べられている。
心地よい完璧な空間で、エリーゼはただただ時間を浪費していた。誰もそれを咎めたりはしない。公爵家の妻となった彼女に、誰も何も強制しないのだ。
(夫が死んだら、私は自由になれるのに)
そんな苛立ちを募らせたのは最初の数日だけだった。
今はただ、温かいベッドに身体を横たえて静かに目を閉じる。そうして過ごす時間が、嫌いではなくなっていた。
ふと、彼女が窓の外に目をやると、庭園に桃色の花が咲いているのが見えた。
(あれは、なんていう花かしら?)
初めて見る花のようだが、遠目にはよく見えない。
起き上がって窓に顔を寄せていると、メイドが静かにやってきた。立ち上がって窓の外にじっと目を凝らすエリーゼに驚き、そして優しく微笑む。
「サクラソウをご覧になるのは初めてですか?」
「サクラソウ?」
「東洋のお花だそうです。庭園には、他にも珍しい花がたくさんございます。旦那様は珍しい花がお好きなんです」
「へぇ」
「……近くで、ご覧になりますか?」
微笑むメイドの目じりに、深い皺が寄る。
「そうしようかな」
「では、お支度を」
メイドはことさらゆっくりとエリーゼの支度を手伝った。
(私がいつでも『やめた』と言い出せるように、気遣ってくれているのね)
彼女は本来なら引退していてもおかしくないような年齢だ。公爵が適当な人間をあてがったのか、逆に最も信頼を寄せる人材を寄越したのか……。
どちらが彼の真意なのか、分からないエリーゼではなかった。
エリーゼが庭に出ると、少し肌寒い春の風が吹き抜けた。
メイドが着せかけてくれたストールを羽織り、庭園の中をゆっくりと進む。彼女が言った通り、庭園には珍しい草花が多く植えられていた。
しばらく進むと、例のサクラソウの花壇が見えてきた。可憐な花が風にゆらゆらと揺れている様を静かに眺める。
ふと、エリーゼの瞳からポタリと涙がこぼれた。
「きれいね」
「そうだね」
答えたのは、メイドではなかった。
エリーゼが振り返ると、そこには困り顔のダミアンが佇んでいた。メイドは、いつの間にかいなくなっている。
「どうして……」
「ばぁやがね、きちんとエスコートしなさいと言うんだ」
「ばぁや?」
「君の世話をしている彼女だよ。私の乳母なんだ」
エリーゼは納得して一つ頷いた。彼は自分の乳母をエリーゼの世話係にしてくれていたのだ。公爵家の乳母ということは、もちろんただのメイドなどではない。
「こんなおじさんなんか嫌だろうけど。エスコート、させてもらえるかな?」
ダミアンが遠慮がちに差し出したのは、白いハンカチだった。エリーゼは黙ったままそれを受け取り、涙をぬぐった。なぜだか、今日は泣き顔を見られても嫌な気分にはならなかった。
「……向こうのバラ園も、見たいです」
少し唇を尖らせながら言ったエリーゼに、ダミアンは優しく微笑んだ。
「うん。行こうか」
再び差し出されたダミアンの手にエリーゼが手を重ねると、ガラス細工でも扱うように優しく、優しく握られたのだった。
* * *
その日から、エリーゼは少しずつ部屋の外に出るようになった。
夕食を食堂で食べるようになり、ダミアンや彼の3人の息子たちと談笑を交わすようになった。息子たちはエリーゼよりいくつか年下で、息子というよりも友達のように気が合った。彼らに誘われて街に遊びに行ったり、乗馬を習うようになった。
しばらくすると、ばぁやの紹介で仲良くなった近隣に住む令嬢たちと、ささやかなお茶会を楽しむようになった。
エリーゼは少しずつ彼女本来の明るさを取り戻していった。
彼女の側にはいつも誰かがいて、ただ静かに彼女を見守った。ただただ穏やかな日々を過ごせるように。
そのすべてが、ダミアンが与えてくれるものだと。彼女が気づくのにそれほどの時間はかからなかった。
* * *
「少し遠出しよう」
ダミアンに誘われて、初めて二人きりで遠出することになった。目的地は東に数時間ほどの距離にある湖で、馬に乗って移動することになった。まだ乗馬に自信がないと言ったエリーゼにダミアンは二人乗りを提案し、前に乗ったエリーゼの身体を囲うようにしてダミアンが手綱を握った。
「狭くない?」
「大丈夫です」
「嫌になったら、すぐに言ってね。私が下りて手綱を引くこともできるから」
「そんなことをしていては、帰る頃には日が暮れます」
「うん。でも、君が嫌がることはしたくないんだ」
彼の身体に触れる背中が温かいを通り越して熱く感じられて、エリーゼは戸惑ったがそれでも平気な顔を続けた。
「嫌がったりしません。……夫婦ですから」
「……そうだね」
それっきり、二人は黙り込んでしまった。
結婚以来、夫婦らしいことは何一つしていないから。エリーゼは今さら夫婦であることを意識して何も言えなくなってしまったのだ。
だが、気まずい空気はすぐに消えてしまった。道中見える珍しいものに目を凝らすたびに、ダミアンが『あれはね……』と話しかけてくれる。エリーゼは、その話にすぐ夢中になった。
そんな彼女の様子にダミアンが目を細める。
いつも通りの二人に戻ったことに、エリーゼは内心で安堵の息を吐いたのだった。
目的地の湖に着くと、ダミアンはその湖面を見下ろす崖の上にエリーゼを案内した。
初夏の爽やかな風がエリーゼの頬を撫でる。
「きれいね」
「そうだね」
二人の間で、何度も交わされた言葉だ。
それが嬉しくてエリーゼが微笑むと、同じようにダミアンも微笑んだ。
「……私、あなたに死んでもらいたいと思っていました」
思わずこぼれた言葉に、ダミアンは驚かなかった。
「うん。私が死ねば、君は自由になれるからね」
「はい」
素直に頷いたエリーゼに、ダミアンが苦笑いを浮かべる。
「でも、そんなことは叶わないから……。王子殿下に離縁されて、年上の公爵と無理やり結婚させられて。私はこの辺境で一人寂しく生きるしかないんだと思ってました」
「今も、そう思ってる?」
優し気な声で問われて、エリーゼははっきりと首を横に振った。
「いいえ」
彼女の答えに、ダミアンがホッと息を吐いたのをエリーゼは見逃さなかった。自分で尋ねておきながら、不安だったのだろう。
「私にとってはどこも地獄だろうと思っていました」
ダミアンは静かにエリーゼの言葉に耳を傾けている。
「でも、そんなことなかった。ここにきて、私の心は一度空っぽになったんです。悲しみも怒りも、欲望も、何もかもなくなった。……そして、その空っぽの胸の中に、たくさんの温もりをもらったんです」
それこそが、ダミアンがエリーゼにしてくれたことだ。
彼女の心の傷と、それ以上に凝り固まっていた彼女の欲望を解き放った。
「ありがとうございました」
「うん。君は、もう大丈夫だね」
「……はい」
エリーゼが頷くと、ダミアンは心から嬉しそうに微笑んだ。そして、握っていたエリーゼの手を離して、一歩、後ろに下がる。
「え」
思わずその手を追いかけそうになったエリーゼを、じっと見つめて押しとどめた。
「君は自由だ」
ダミアンの瞳がエリーゼを見つめる。そこには、有無を言わせぬ気配が漂っていた。
「どういう、ことですか?」
エリーゼの声が震える。
「君の心は十分癒えた。もう、こんな辺境にいる理由はないだろう?」
「でも……」
「君はどこにでも行けるし、なんでもできる。私との婚姻も、紙切れ一枚でいつでも清算できる」
とうとう、ダミアンはエリーゼに背を向けてしまった。
「君は、自由だ」
繰り返された言葉が、風に滲んで溶けていった。
遠ざかっていく背中を見つめながら、エリーゼの瞳に涙が滲む。だが、彼を呼び止めることはできなかった。
(私には、そんな資格が、ない……)
馬に飛び乗って、さらに遠ざかっていくダミアンの背の向こうから馬車が近づいてくるのが見えた。エリーゼの迎えだ。
この日から、ダミアンはエリーゼの前に姿を見せることはなくなった。
* * *
数日後、出立の準備を進めるエリーゼの部屋にダミアンの息子たちが訪ねてきた。
「本当に出ていくの?」
息子の一人が訪ねると、エリーゼは力なく頷いた。
「本当に、それでいいの?」
彼らには、エリーゼの気持ちなど筒抜けだったのだろう。
ダミアンに恋心を抱くエリーゼの気持ちが──。
エリーゼ自身がそれに気づいたのは、あの湖で彼に突き放された瞬間だった。
自覚した途端に、彼女の初恋は終わったのだ。
「こんな年下の女なんか、相手にもされないわ。こんな小娘に好かれて、きっと迷惑だと思ってるのよ」
だから、別れを告げられたのだ。
せめて、見苦しいところなど見せずに去りたい。エリーゼはそう考えていた。
「それに、あなたたちも、こんな私が義理の母親になるなんてイヤでしょう?」
エリーゼが眉を下げると、息子たちは何とも言えない微妙な表情で互いに顔を見合わせた。一人は深いため息を吐き、一人は呆れた表情を浮かべ、一人は眉を吊り上げている。
「もしかして、父上はあなたに何も話していないの?」
なんのことなのかさっぱりわからず、エリーゼは首を傾げた。
「僕らから言う話でもないのかもしれないけど……」
戸惑いがちに切り出されて、エリーゼはまた首を傾げた。彼らは、いったい何が言いたいのだろう、と。
「父上は、王子の命令であなたと結婚したんじゃない。自ら望んで、あなたを妻にしたんです」
「え」
エリーゼが思わず声を上げると、息子の一人が苦笑いを浮かべた。
「やっぱり、続きは父上から聞いてください」
「それがいい」
「きちんと二人で話をしてください」
「素直になって」
「お願いします」
息子たちが言い募るので、エリーゼは戸惑った。彼らは二人の結婚に反対するどころか、このまま夫婦でいてほしいと言っているように聞こえる。
「あなたたちは、嫌じゃないの?」
問いかけたエリーゼに、息子たちはまた呆れた表情を浮かべた。
「イヤなら、とっくにあなたを追い出してますよ」
「母上が亡くなったのは、もう10年以上前のことだし」
「だいたい、僕らはもう大人ですよ?」
「父上が誰と再婚しようと、あまり関係ないというか……」
「むしろ、ようやく身を固めてくれて安心するというか」
「それに、あなたがいなくなるのは僕らも寂しいです」
「せっかく屋敷が明るくなったのに」
「使用人も領民たちも、きっと寂しがります」
「みんな、あなたにはここにいてもらいたいと思っていますよ」
彼らの言葉に、エリーゼの胸がじんわりと温かくなる。
「だから、お願いします」
* * *
息子たちに背を押されて、エリーゼはダミアンの書斎を訪ねた。
大きな窓を背にして座り、難しい顔で手元の書類を見つめている。エリーゼが来たことは分かっているだろうに、顔を上げてはくれなかった。
「どうかした? 何か足りないものがあった?」
下を向いたまま尋ねるダミアンに思わず怯みそうになったエリーゼだったが、すぐに気を取り直した。つかつかと音が鳴りそうなほどの勢いで大きな机の周りをぐるりと回って、ダミアンのすぐ隣に移動する。
そのまま床に座り込んで、下から覗き込むようにして無理やりダミアンと目を合わせた。
「ちょ、ちょっと……」
慌てたダミアンが椅子を引いて立ち上がろうとするが、エリーゼがその手を握って押しとどめる。
「私を見てください!」
思わず叫ぶように言ったエリーゼに、ダミアンの身体がギシリと音を立てて止まる。
「私のことを嫌いになったのなら、そう言ってください! でも、もし……。もし、そうじゃないなら」
エリーゼは心の中で繰り返した。『勇気を出せ!』と。
ここではダミアンに与えられるばかりだった。ただ穏やかな日々の中で、何も望まず、与えられる全てに満足していた。
(でも、今は……!)
どうしても、欲しいものがあるのだ。
「教えてください。どうして、私を妻にと望んでくださったのですか?」
一瞬驚いた表情を浮かべたダミアンだったが、すぐに困り顔で溜息を吐いた。
「息子たちだね? 君には秘密にしてくれと頼んだんだけど……」
「どうして秘密にするんですか」
「だって、嫌だろう? ……こんな年上のおじさんに想いを寄せられてるだなんて」
予想していたが予想していなかった答えに、エリーゼの顔が真っ赤に染まった。その様子に、ダミアンが目を細める。
「ずっと前に、君と会ったことがあるんだ。王子と結婚する前、一度だけ舞踏会で踊ったことを覚えてる?」
「……ごめんなさい」
「覚えてないのも無理はない。君は社交界の華で、たくさんの男に誘われて踊っていたからね」
いつの間にか、エリーゼが握っていたはずの手はダミアンに握り返されていた。
「凛として美しくて、本当に花のようだと思ったんだ。領地に戻ってからも君のことが忘れられなくて、庭師に頼んで君とよく似た雰囲気の花の苗を植えさせたりした」
ダミアンがエリーゼの手を引いて、彼女を立たせる。そのまま、抱き上げられて膝の上に座らされる頃には、エリーゼは戸惑いと緊張で頭が沸騰しそうになっていた。
「でも、どの花も君には遠く及ばなくて。もう一度会いに行こうと思ったら、君は王子の妃になっていた。……諦めようと思ったんだけどね」
ダミアンがエリーゼを抱き寄せて、その肩に顔を埋める。白い色の混ざった黒髪が、彼女の首筋をくすぐった。
「諦められなかった」
喉から絞り出すような声に、エリーゼの胸もぎゅうっと締め付けられた。
「だから公爵という立場を利用して、王子殿下に詰め寄ったんだ。君を解放してくれって。そうしたら、二つ返事で了承された。……私からの提案は殿下にとっても渡りに船だったらしい」
「え?」
「マティアス殿下も、君のためにどうすべきなのかを悩んでいたんだよ」
「どういうことですか?」
「殿下は不妊の理由が自分にあることを知っていたんだ。だから、早々に離縁するつもりだったらしい。君のために。ところが、王家の側近たちは反対した」
「秘密が漏れてしまうから?」
「そう。だから、君を無条件に解放することはできない。そこへ、年上の私が君を妻に欲しいと言ってきた。私は監視役として適任だったというわけだ」
「それじゃあ、どうして私に自由にしろだなんて……」
「君にも、選択肢が与えられるべきだと。……そう思ったんだ」
そこで言葉を切ったダミアンが顔を上げた。その頬が、わずかに赤く染まっている。
「君は二度も望まない結婚をさせられた。そんなの、あんまりじゃないか。だから、君には君の望むように生きてほしいと思ったんだ。思ったんだけど……」
また、ダミアンがエリーゼの肩に顔を埋めた。
「だめだ」
その切実な声音に、エリーゼの胸が高鳴った。
「もう、離したくないよ……」
ドクドクと音を立てて、熱い何かが全身を駆け抜けていく。
「は、離さないでください!」
叫ぶように言ったエリーゼに、ダミアンが驚いて顔を上げる。真っ赤な顔で自分を見つめるエリーゼを見て、ダミアンの目尻がぎゅうっと下がった。嬉しいような、泣きたいような表情に、またエリーゼの胸がぎゅうっと音を立てて締め付けられる。
「あなたのことが好きなんです。だから……」
続きを言葉にすることはできなかった。
ダミアンの熱い唇に邪魔されて。
それ以上、二人の間に言葉は必要なかった──。
Fin.
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※こちらは単独でもお楽しみいただける短編ですが、以前は本編にあたる連載作品を掲載していました。本編に当たる作品は、現在では諸事情により削除しています。申し訳ありません。