エピローグ①『良い旅路を、良い相棒と』
────ヴェルディブルグ領から直通するリベルモント領行きの列車の中で、出発を待ちながらグレアは手紙を広げた。大切な友人からの手紙だ。
「ねえねえ、見たまえ。リリナから届いてるよ」
「おっ、本当か。どれどれ……」
グレアとマリオンが、リリナと大陸で別れてから、もう数ヶ月が経った。町の歩き方もたどたどしい雰囲気のあった少女からの手紙は喜びに溢れた文字がつづられ、二人への贈り物まで一緒だった。両手に抱えるくらいの箱の包みを剥がしながら、マリオンは「魚を模した銀細工だってよ」と、期待につられて箱の蓋を取った。
「島の周辺に分布する魚をモチーフにしてるんだってさ。君のはサメの骨格をデザインしたバレッタらしい。……ふふ、ちなみに私のはヒトデのヘアピン」
「いいチョイスなんじゃねえか。どうだ、似合うか?」
マリオンがさっそくヘアゴムを外してバレッタに取り替えると、グレアはぱちぱちと小さく手を叩いて「よく似合ってる。泳いでるみたいだ」と褒めた。
青藍の髪を手でふわっと梳いて揺らす。
「やっぱオレはなんでも似合っちまうねえ」
「私のことは褒めてくれないのかい」
「お前もよく似合ってる。可愛くなった」
「それは馬鹿にしてるのか、本当に褒めてるのか」
「褒めてるよ。それとも可愛いのは嫌いか?」
「別に。ただ……君にはカッコいいと思われたい」
少しだけ照れて、窓枠に頬杖を突いて口先を尖らせる。そんな、少しわがままを言うようなそぶりに、マリオンはきょとんとした。普段ならば言いそうにないことを口走った相棒の少年にも似た心に、くすっ、と笑って──。
「何言ってんだ、普段からカッコいい女のくせによ」
ポケットからタバコを取り出して咥える。マッチで火を点けて、ぷかあと煙を吐き出すのを、グレアがジッと見つめた。
「いつ買ったのさ。やめたんじゃなかったのかい、煙草?」
「……あー、ほら。ちょっとはやめてただろ」
「これだから喫煙者は。仕方ないな、一本くれないか」
彼女が手に持った箱を奪い取り、グレアは一本をつまむ。
「おい、やめとけって。初めてだと上手く吸えねえかも……」
「だったら君が教えてくれればいい」
咥えた煙草を落とさないように指の間に挟み、マリオンの咥える火のついた煙草に押し付ける。ほどなくして列車ががたんと動き出し、グレアは勢いに任せて席にどっかり座って、ふう~っと煙を吐き出す。
「なんだ、案外簡単なものだね。……けほっ」
「言わんこっちゃねえ。様にはなってらあ。けどな、」
ぱしっ、とグレアのタバコを取り上げる。
「お前にコイツは似合わねえし、無理に吸うのはカッコよくねえよ」
「君だって吸っているのにかい?」
「そうさ。こいつを吸っていいのは、吸いたくてたまんねえ阿呆だけだ」
灰皿に自分の煙草と並べて捻じ込む。
「いくら病気にもかからない不老不死だとしても、こんなくだらない嗜好品ひとつでオレの女が咳き込む姿なんか見たくねえっつの」
「そのためなら君も吸わない、と?」
マリオンの頬がうっすら紅くなった。
「フェアじゃねえのは嫌いなんだよ。お前はこんなものなくたって、最高にかっこいいに決まってる。オレが選んだ相棒なんだから」
「煙草よりひどい臭いのする台詞だが、酒よりも好きだな」
顔を合わせて、くっくっと二人して声を殺す。なんとも愉快な旅。島では互いに命を懸けた。無理をするなと言いながら無理をする、そんな気の合う二人の旅に憧れを抱いた少女の手紙が、開いた窓から風にさらわれた。
「あっ。あ~あ、どこかに行っちゃった」
「さっさと片付けねえから……。で、手紙にはなんて?」
「すごく楽しいってさ。私たちの案内は役に立ったようだよ」
「そりゃ最高の手紙だな。飛んでいっちまったのが惜しい」
がらっと窓を閉めて席に着く。
小さな島から旅立った少女の旅路の平和と幸福を祈りながら。
「オレたちも、リリナに負けてらんねえな」
「そうだねえ……。でも、行き先も適当だから、」
特にリベルモント領まで足を運ぶ理由もなく、今回はローズから『与えるべき仕事は今のところ何もない』と、事実上の休暇をもらったところで、何か目的があるわけでもなかった。そこでグレアはコインを一枚手に取って──。
「久しぶりにこれで行き先でも決めようか。──表か、裏か」




