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気風の魔女─レディ・グレア─  作者: 智慧砂猫
第二部 レディ・グレアと小さな島の少女

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第35話「優秀な代理人」

 オクトラス島の騒がしい日々が過ぎ、リリナはグレアたちとしばらくの旅を楽しんだあと、改めての一人旅に出発した。どこまでも続く草原の美しさ。見慣れているはずの野生動物が駆けていく姿ひとつでさえ新鮮で、今までの自分の殻を破って飛びだした先にある世界の姿に、彼女は大いに喜び、そして永遠にグレアたちへの感謝と思い出を忘れないと誓った。




────そんな日々の裏側。いくらか遡った、ある晩の出来事。




「はあっ、はあっ……! くそっ、あのガキ共め、俺のことを舐めやがって……。財宝も何もかも、全て水の泡だ! 絶対に復讐してやる!」


 でっぷり肥えた巨体が苛立ちに船を叩くと、ぐらぐら揺れる。グレアとマリオンにやられた傷が痛み、腕を押さえて悶えた。反省の色はなく、目にはうっすらと涙を浮かべて、口端に垂れた血を袖で拭った。


「くそお、くそお! あいつらさえいなければ、島の財宝はいずれ俺が見つけたんだ……。それれを横から掠め取りやがって、下らん教会なんぞ建てて善人のふりをしてきたってのに、その仕打ちがこれとは納得が行かん!」


 強い恨みを持ち、グレアたちの表情を思い浮かべるたびにペイテンは心から腹立たしさを覚える。たかが小娘風情に、自分の長年の努力をふいにされた。奴らこそ泥棒だ、俺がどんなに苦労をして生きてきたかも知らずに、と身勝手に。



 だからこそ天罰は下ることになる。



「時間通りだな、ペイテン・ロピエット」


 噂通りの紅い髪が風に靡く。深碧色の瞳が、彼の抱える闇をつまびらかに見抜く。黒い司祭服を思わせる衣装の胸には、宗教とはまるで無縁な髑髏のネックレスを提げていて、冷たく重く響くハスキーな声の女性が、彼を怯えさせた。


「さすが、グレア・レンヒルトだ。よく頭の回る娘を選んで正解だった」


「あ、あんたは……まさか、まさか……!?」


 彼女の背後には何人もの憲兵隊が立っている。今に船を降りてきたところを捕まえてやるぞと意気込んだ、ぎらぎらとした目つきだ。


「下らんママゴトは楽しめたか? 若い二人にバカンスついでに仕事をくれてやったんだが、上手くやってくれたようでなによりだ。事前に手紙を寄越しておくのもそうだが、まさか私が見張っているのに気付いていたとはな」


 指に挟んだ折りたたまれた紙。彼女の傍では、少し離れた場所で鳶が屋根から見下ろしている。全ては、グレアの手の内で回っていたことだ。彼女が出した手紙には、自分たちの身に何か起きた場合、全てはレディ・ローズが責任をもって解決にあたってほしいという願いに加え、万一にもペイテンが逃げ出したとき、港町にいるのなら対処してほしいという旨が記されてる。


『さぞや港の新鮮な魚料理が口に合うことでしょうが、私たちはあなたの想像通りに、いいえ、ご覧の通りに働いております。願わくば、もう少しだけ手心を加えた仕事を回して下さると幸いです。しがない魔女の代理人より』


 フッ、とローズは笑う。

 

 急な風にグレアの手紙が飛ばされていった。


「憲兵隊の諸君、あとはよろしく頼んでおく」


 よく出来た代理人。先代であったソフィア・スケアクロウズに肩を並べるほどの優秀さ。勤勉で、相棒に連れているマリオン・ウィンターも、やや武闘派的なところはあるが、切れ者なのは間違いない。


 代理人として、けちのつけようがなかった。


「ローズ。もう用件は済んだの?」


「ああ。もう帰ろう、シャルル」


 待っていたシャルルと合流したら、ローズは港町から出発を決めた。


「二人に会わなくていい?」


「わざわざ説教をされに留まるつもりはない」


 どうせ会ったところで何を話すかなど、思い浮かべるべくもなく決まっている。「相手にするより、逃げてしまったほうが面白そうだ」とローズは言った。一瞬渋ったシャルルも、うーんと考えてから、ニコッと笑って──。


「それもそうだね。マリオンは忘れてくれなさそうだけど」


「ハハ、十分考慮はしてある。ま、楽しみにしておくとしよう」


 再会はまたいずれ。永遠を生きる者同士なればこそ。


「さて、次はどんな仕事を任せようか。──私の優秀な代理人(レディ・グレア)に」


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