第34話「楽しんでおいで」
────小さなバカンスは終わり、大きな事件が解き明かされた。二人の魔女の代理人は、瞬く間にオクトラス島に広がり、旅行に来ていた貴族たちの耳にも新しい噂話となった。彼女たちのことを知らない人間はいないくらいに。
二人にとっては本意でないものの、魔女の代理人と呼ばれるのは悪い気がしなかった。グレアにとっては、リヴェール孤児院で世話になったソフィア・スケアクロウズのように、立派な代理人となれるのが誇りだったし、マリオンにしてもグレアに肩を並べて旅ができるのがうれしかった。
だから少しでも誰かの役に立つのを厭わなかったし──ときどき休みたいとは思っても──努力も重ねてきた。自分たちから進んで手を貸そうとするのが当たり前になっている。
そんな彼女たちだからこそ、できることがあった。
「そろそろ出発だなあ」
長い仕事もそこそこに、連絡船に荷物をまとめて、いつもの服装に着替えた二人は乗り込んで、潮風を浴びながら出発のときを待った。
「いやあ、慌ただしかったけど悪くないバカンスだったね。きっとローズさんも会ったら褒めてくれる予感がある」
「そりゃいいや。だけど、たまには休みらしい休みをだな」
それはそうだ、とグレアもくすくす笑った。
「帰ったら頼んでみないとね」
小さな船が出発を告げる。港を離れようとして、遠くから誰かが駆けてきた。大きなトランクを抱えて「待って、アタシも乗せて~!」と叫びながら。
遅刻するほうが悪いんだぞ、とマリオンはけらけら笑いながら、船から手を伸ばす。
「ほら、飛び乗れ! 急げ急げ!」
「トランクを投げるんだ、リリナ」
グレアに言われた通りにトランクを思い切りぶん投げる。高く鋭い軌道を描き、グレアがキャッチしたものの、思ったよりも重量があって、潰されるように仰向けに倒れた。
「おいおい、自分で言っておいてそれかよ」
マリオンは、なんとか飛び乗って息切れ中のリリナを介抱しながら、可笑しそうに目尻に浮かんだ涙を指で拭った。
「うるさいなぁ。私だってそれくらい余裕だと思ったんだよ。いったい何をそんなに詰めてきたんだ、島のお土産?」
「大正解! 二人が喜ぶかなって!」
リリナ自身、彼女たちに力を貸したとはいえ、救われたのも事実だ。改めて礼らしいことがしたくて、悩んだ結果が島で出来たおいしい果物や、工芸品などを詰めていた。
「もちろん着替えとかもあるんだけどね。あれこれ持っていきたいって思い出したら、全然トランク一つじゃ足りなくてさ。これでも頑張って、できるだけいろいろと削ったんだよ?」
新天地への夢や希望。グレアとマリオンに対する強い友情。何もかも捨てがたく、苦渋の決断だったと語る彼女に、二人は嬉しさと戸惑いの混ざった笑みを浮かべる。
「君らしい話だな。でも旅の荷物ってのは、もっとこう、気楽でいいんだよ。最初こそ私も気負ったものだけどさ」
初めてマリオンと列車で顔を合わせたときを思い出す。大した荷物も持たず、ほとんど身一つで、せいぜいが煙草──それも自分が、過去に時をさかのぼって渡した奴だが──と硬貨くらいなものだった。
そこから徐々に彼女も荷物が減っていった。出会いも別れも、その場で楽しんで、お礼なんていくらでもあとで出会ったときでいい。旅とはそれくらい自由なものだと知ったのだ。
「そういうものなのかな」
「そういうものだよ」
手すりに肘をかけ、風にそよぐ髪を梳く。
心地よく吹く風に気分を良くしながら。
「あれこれと悩みながら町を歩くよりも、君らしく自由気侭な気風の良い旅のほうが、ずっと楽しくなるさ」
聞いていたマリオンもうんうんと頷いてフッと微笑み、リリナの肩に腕を回して──。
「そうそう、旅ってのは適当でいいんだよ、適当で。ときどき辛いことがあったり、誰かに騙されたりするけど、そんなのも生きてりゃあ笑い話になる。世の中っつうのは、捨てる神あれば拾う神ありって言うからな」
旅慣れした二人の言葉に、リリナは嬉しさが過ぎて、涙をぼろぼろと流し始めた。止まらない涙を何度もぬぐいながら、声を震わせて。
「二人とも、本当にありがとう。アタシ、ずっと大陸に渡るのが夢だった。もう一生叶うことなんてないかもって覚悟さえしてたのに、二人のおかげで、また夢が見れる──ううん、二人のおかげで夢が叶えられる。ありがとう、本当に、本当に嬉しい……っ!」
ぐすぐす泣くリリナの頭と肩を、二人は優しく撫でた。
「言ったじゃないか、君の依頼は承ったって。……旅、楽しんでおいでね。何かあれば、私たちの名前を出すんだよ。もし会いたくなっても同じだ。そうすればきっとまた巡り会えるから」




