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気風の魔女─レディ・グレア─  作者: 智慧砂猫
第二部 レディ・グレアと小さな島の少女

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第29話「そろそろ終わりに」

 砂浜まで降りてきて、二人はすぐ行動に移った。


 広い砂浜にも多少の岩陰はある。一人分の隠れる余裕にはマリオンが息を潜めた。グレアの作戦として、いきなり殴りかかるのも目につきやすいから、万が一にも抵抗を受けてリリナに怪我をされては困る。そのため、まずはグレアが一人で油断を誘い、ペイテンが自分一人でもどうにかなると思ったところで取り押さえてもらう。


 完璧な作戦、と彼女は鼻を高くした。


「とりあえず君の出番は少しあとだ。良いよね?」


「もちろん。いまさら嫌だって言うわけがねえよ」


「物分かりがよくていつも助かるよ。じゃあ手筈通りに」


 月明かりが照らす海に、ふらふらとやってくる船の黒い影を見つけて作戦は始まった。グレアは堂々と立って待ち受け、砂浜に降りてきたリリナが走ってきて「こっちだよ」とペイテンを案内する姿に、小さく手を挙げた。


「やあ、ペイテン。ここまで来てくれてありがとう」


「……っ!? お、お前どうやってここに……!」


 ペイテンの傍からリリナが走りだす。さらさらした深い砂の上は、身軽で慣れているリリナのほうが早く走れた。でっぷりと肥えたペイテンは、咄嗟に気付きはしても、俊敏とは縁遠い緩やかさで踏み出すのだった。


「くっ……。なるほど、魔女の代理人だけあって先回りする手段はあったわけか……。俺をここまで虚仮にしてくれるなんて、本当に愉快な女だ」


「だろ。喜劇の主演ができそうだと思わないか?」


 グレアがリリナを自分の後ろに下がらせる。仮に自分が怪我をしても、すぐに治るのだから問題はないだろうと岩陰にちらっと目をやった。マリオンは少し不満げだったが、今回ばかりは仕方ない、と拳を握り締めていた。


「ふん、どこまでもむかつく奴だな。だけど、おまえ一人でどうするつもりだ? 頼みの綱の、あの野蛮人も、島民共に追われて、こんな場所まですぐには辿り着けない。だが俺にはこれ(・・)がある。念のため持ってきて正解だった」


 そういって彼は懐から鉈を取り出す。彼の体格を包み込む大きな司祭服の下に隠していた革のケースからするりと抜かれた山鉈が、月明かりで牙を剥くようにぎらりと光った。流石にまずいか、と思ったが、僅かに顔を覗かせたマリオンはニヤッとしていた。あの程度ならばどうにでもなると言いたげだった。


「そんなたいそうな物を隠していたとは驚いたよ。どうして教会ではそれを振り回さなかったんだい? 私ひとりならどうにでもなっただろうに」


「……教会を汚したくなかった。多少の信仰心はあるものでね」


 下らない、とグレアは内心で一蹴する。これまで散々と島民たちを操って私腹を肥やしてきた男が、多少の信仰心とやらで教会を汚したくなかったなど笑い話にもならない。馬鹿馬鹿しさに肩をすくめて「もう手垢塗れだろ」と言った。あの教会は、教会と呼ぶにはあまりに相応しくない、と。


「君の目的のために、どれだけの人たちが犠牲になっていると思う?」


「誰も殺していないんだから、大した犠牲じゃないだろ」


「そう思うのは君だけだと思うけど。大きいも小さいもないんだよ」


 グレアはぎろりと睨みつけて──。


「悪事ってのは等しく最低な行いだ。どんなに小さかろうが、どんな理由があろうが、君の言葉に納得する者はいない。大人しく裁かれたまえ」


 一歩ずつ下がる。それに合わせてペイテンが一歩ずつ近づく。


「残念だろうが、そうはならない。ここでおまえたちを始末してしまえば済む話だ。たとえ不死身だとしても、首を切り落とされてすぐに動けるわけじゃないだろ? ここまで来れば、目撃者のリリナも始末してしまえばいい」


 不敵に笑って、自分に運命は傾いているとペイテンは信じた。だが彼は気付いていない。ずっと近くの岩陰でマリオンが静かに、そのときを待っていることを。


「現実はそう上手くいかないと思うよ?」


「はっ、やってみなくちゃわからんだろうが!」


 岸壁を背中に、退路を断たれた二人に鋭い殺意が襲い掛かる。まさに、その瞬間。たった一、二秒ほどの隙を縫うように、岩陰から飛び出したマリオンが彼に勢いよく体当たりをして突き飛ばした。不意な一発が彼の体勢をあっさり崩し、手に握っていた鉈は宙を舞って、砂にすとんと静かに落ちた。


「おう。立てよ、くそったれの詐欺師さんよ」


 ペイテンが起き上がるのを待ち、マリオンは仰向けに手招きして──。


「馬鹿げた宝探しもここで終わりにしようじゃねえか」

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