第27話「取引しよう」
二人は静かに教会のすぐ傍までやってきた。灯りが点いていて、外にはペイテンの声が漏れている。苛立ちを募らせ、誰かに八つ当たりしていた。
「まったく、あの二人組はまだ捕まっていないんですか? 神を冒涜するような不届きを、みすみす逃す真似は許されません。はやく捕まえてきなさい。神の膝下で、地面に頭を擦りつけて謝罪させるのです。我々の前で!」
彼の言葉から、いまだマリオンが捕まっていないのだと分かってホッと胸をなでおろす。自分のためにわざわざ囮を買って出てくれた相棒の勇気ある行動は尊敬に値するが、かといって怪我でもされてしまったら。想像するだけで胸が苦しくなった。
「くそっ、はやく島を出る準備をしなければ……! せっかく稼いできたものを置いていくなど出来るものか……!」
激昂して島民たちを怒鳴りつけ、グレアたちを探しに行かせたペイテンは、ひどく落ち着かない様子を見せる。机の上で拳を握り締め、ぎりっと鼻を鳴らす。
「魔女の代理人だかなんだか知らんが、厄介な連中が入り込んだもんだ。まあ、ほとぼりが冷めるまで島を出ていればいい。私にはこれがあるんだからな」
気を取り直して服の乱れを直し、首に提げた十字架をふくよかな手でやわらかに撫でて、彼は鍵を手に別室へ向かおうとする。まだまだ自分には余裕があると信じている男の背中に、グレアは大声で言った。
「それはどうだろうね。あなたには過ぎた道具だと思うけど」
「……! お、おまえ、どうやってここに!?」
「さあ、どうやってかな。似たような方法だったりして」
自分の荊の腕輪を見せつけるようにして、指でさす。
「その十字架の容れ物の中身、魔道具だろ。どこでどうやって手に入れたかまでは知らないが、あなたこそ神への冒涜が過ぎるんじゃないかな、ペイテン?」
睨みつけられた彼が、汗ばんだ手で鍵を握り締めた。
「だからどうだってんだ。おまえらさえいなけりゃあ、俺は平和に宝探しに興じて幸せに暮らせたんだ。ここで始末をつけちまえば済む話よ」
「どうだか。悪事千里を走るって言うじゃないか。私たちを敵に回しておいて簡単に逃げられると思わないことだね、詐欺師さん」
既に教会周辺にペイテンを守る人間がいないのは確かめている。マリオンもまだ来ておらず、随分と手を焼かされているのだろうと笑いそうになった。しかし、自分のやるべき計画を進めよう、とグレアはひと呼吸して。
「でもまあ、人質の命は惜しい。なにしろマクフィンさんたちは大切な友達だ。その頑丈な扉の向こうにいるんだろ。ちょっと取引でもしようじゃないか」
「……はっ、取引? 俺を逃がしてくれるとでも?」
小馬鹿にして鼻で笑われたのに対して、グレアは頷く。
「その通りだ。それだけじゃない。あなたが欲しがっているものの在り処を知っているんだよね。──欲しいんだろ、海賊が残した財宝ってヤツが」
途端にペイテンが目の色を変えて、一歩近づいた。
「本気で言ってるのか。俺が五年も探して見つからなかったのに?」
「もちろん。見つけたのは偶然だったんだけどね。『島の背中』って知ってるだろ、あのすぐ近くにあったんだよ。隠れた砂浜があってさ」
そこまで話して、グレアは小さく手を挙げて合図を出す。恐る恐るの様子でリリナが教会に入ってくる。
「おお、リリナ……? なぜこの女と一緒に……」
「洗脳が解けたんだよ。今は、こちら側の人間だ」
グレアが指をぴんと立てて言った。
「洗脳を解く方法はふたつ。ひとつは真実の姿を見ること。たとえば、信じていた姿とはまったく逆の行いを見せるとか。そしてもうひとつが魔法による解除。魔女か、あるいは魔女の代理人である私たちにはそれが出来るってわけだ」
ともかく、と小さく咳払いをして続けた。
「彼女に宝の在り処を伝えてある。船くらいは操れるんだろうし、連れていくと良い。代わりに、その鍵は置いていってもらうよ。もちろん、そっちが外へ出るまで私は何もしない。あなたほど卑怯な手段は取りたくないからね」
両手をあげて長椅子に座り、いっさいの邪魔をしないことを誓う。自分は刺されたが、だからといって同じ手段を取るつもりはない。
彼に目を向けられたリリナは、緊張の面持ちで口を結んで、ゆっくり小さく頷いた。今となっては恐怖の対象でしかないペイテンを相手に、気を強く持とうと太ももをつねって、少しでも震えるのを止めようとする。
「……よし、取引成立だ。俺の鍵は、あとでそのへんに捨てておいてやる。島の連中にも少しは世話になった温情だ」
「それはどうも。ではさっさと行きたまえ」




