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気風の魔女─レディ・グレア─  作者: 智慧砂猫
第二部 レディ・グレアと小さな島の少女

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第26話「立場の違い」

 純粋な少女の想いを踏みにじり、私利私欲のために使おうとした醜い男。何があろうとも許してはならない巨悪。怒りが沸々と湧きあがるのを抑えて、まず最初にグレアが行動に移そうと決めたのは──。


「そうと決まれば教会へ行こう」


「えっ、おい! なんで教会に行くんだよ?」


 クートにしてみれば、丸腰で敵の本拠地へ飛び込むようなものだ。理解ができない。だがグレアは力強い目つきと声色で答えた。


「マリオンもそこに行くはずだ。放ってはおけない」


 大事な友人が不死身とはいえ命を懸けて囮になったのを見過ごして、自分だけがいつまでも隠れているつもりはなかった。


「それに、だ。ペイテンは五年間も島に居座り続け、島民たちから多くの資金を集めている。……となれば、あの金と支配に取りつかれた男が、自分の資産を捨ててまで島を出るとは考えられない。少しでも多く運び出そうとするだろう」


「そういえば……、確かにアタシもそんなことを言ってたのを聞いた気がするよ。夜中に何人かに積み荷をどうとか!」


 顎に手を添えながら、グレアは「うーん」と唸った。ペイテンがやろうとしていた事の時系列を頭の中で整理していく。


(積み荷を深夜に運び出そうとしていたのなら、最初にマクフィンさんたちを頃合いを見て捕まえたんだろう。そして彼らの口を割り、私たちが会いに来るのを待っていた。……となれば教会へ急いだほうが良さそうだな。私たちを始末するつもりが、想定外のことが起きて焦っている今がチャンスかもしれない)


 そうと決まれば、とグレアはクートへ向き直り──。


「君はどこかに隠れていたまえ。ここからは私とリリナだけでいい」


「はあっ!? いやいや、何言ってんだよ。俺も関わった以上は──」


「立場の問題だ。君の出る幕はない」


 ぴしゃりと遮られて、彼は口ごもって黙った。


「いいかい、クート。私たち魔女の代理人は、どこの誰にも属さないし守られているわけでもない。自ら危険なことに飛び込むことなんて何度もあった。だけど君はそうじゃない。島民たちのためにも隠れていてくれないか」


 理屈はクートにも分かる。ナルヴィック伯爵家は帝国でも有数の名家だ。だからこそ公爵令嬢であったグレアとの縁談も期待があった。そんな彼が、もし大怪我のひとつでも負うことがあれば、教祖であるペイテン一人のせいだと言える問題ではなくなってしまう。島民たちにも責任を追及する者も増えるだろう。


 ただでさえ貴族を相手にリゾート地としてやってきた島民たちには大打撃だ。そうならないためにも、クートには尊重と協力の意味で大人しくしていてほしい、というのがグレアの考えだった。


「でもお前に何かあったら、俺……」


「君がどう思ってるか知らないが」


 突き放すように、グレアはまっすぐ言った。


「私にはマリオン以上に大切な誰かはいない。彼女は誰よりも私の覚悟を理解してくれる、最高の相棒なんだよ。だから、他の誰かの言葉に耳は貸さない」


 これまでの旅で、グレアの中でマリオンの存在は大きく、そして彼女以外に自分の隣に立つ人間は他にいないとさえ思っている。だからクートの心配する声にありがたさは覚えつつも、必要のない想いの言葉は雑音にしかならなかった。


「分かったら隠れていてくれるか。私を心配するんならね」


「……ああ。そうだよな、俺たち、一応は友達だしな」


 少なくとも嫌われなかっただけマシか、と弱々しくも笑みを浮かべて納得したクートは、そこで彼女たちと別れて、林のどこかで息を潜めておくことにした。彼が離れていくのを見送りはせず、グレアも急いでリリナと教会を目指す。


「あまり目立つのは避けたい。近道はあるかい、リリナ?」


「ちょうど近くに獣道があって、そこから教会の坂道に出られるはず!」


「いいね。じゃあ行こう、マクフィンさんたちの無事も確かめないと」


 リリナは身体が弱かったものの、山で遊ぶのが好きだった。何度も踏んだ土の感触。風の流れ。いつもより明るい月明かりのおかげで、彼女はグレアを案内するのに躊躇なく進んでいく。疲れて息切れは起こし始めても、慣れていない上に散々な目に遭ったグレアに比べれば、まだまだ元気そうだ。


 草木を掻き分けて、ほどなく歩けば、するっと抜けた先で、坂道の中腹あたりが見える。リリナは「しっ、ちょっと待ってね」と、周囲をきょろきょろと見渡して耳を澄ませ、誰もいないのを確かめてから先に滑り降りて、グレアに手を振った。


「いけるよ。さ、怖がらずに降りてきて。アタシもいるから」


「はは、何も怖くないよ。さっき刺されたのに比べればね」


 そう言いながら滑り降りて、足を捻って痛い思いをする。苦痛を必死に堪えて唇をかみしめながら、グレアは何事もなかったかのように。


「……よし、じゃあ、行こうか」

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