第24話「友達だもん」
誰もが見れば恐れおののくことだろう。今のグレアは不死身で、刺されたくらいでは死など程遠い存在なのだ。いくらペイテンの魔道具で操られているとはいえ、思考の循環がまともな人間にとって、その光景は恐怖でしかない。
刺した張本人の男は怯え切っていた。化け物だと小さな声で罵り、ナイフから手を離してしまう。そして彼は、慌ててペイテンの傍に駆け寄って、彼の腕を掴むと「逃げましょう、俺たちが殺されちまう!」と叫んだ。
恐怖に支配された人間の行動を管理できるほど魔法は便利なものではない。ローズが操るもの以外は。だから、グレアも、その本心からの行動に救われた気がした。いくら不死身とはいえ一度に大量の血液を失って、正常でいられるはずがなく、マリオンは倒れそうになる彼女を慌てて抱きかかえた。
「グレア! おい、大丈夫か!?」
「平気平気。ちょっと気分は悪いけど」
状態が良いとは言えない。マリオンは振り返った。
「クート、グレアを担いでくれるか。安全な場所を探そう」
「お、おう……! でも、俺が担いで大丈夫か?」
「その貧相な身体でオレより喧嘩できるんなら頼もしいが」
切り返されたクートがぐっと押し黙った。マリオンは細身でも筋肉質で、鍛錬とは無縁な彼を比較対象にするのは厳しいものがあった。
「分かったよ、俺が背負う。でも、あいつは?」
「島民共が操られてるにしたって、客までは使いもんになんねえよ。この状況で派手にやらかすのは避けたいはずだ。オレたちが誰であってもな」
グレアの体調が思わしくないなかで刺されたのだ。宿に戻っても、安全地帯ではないどころか、猛獣の檻へ丸腰で入るようなものでしかなく、彼女を休ませるためには島のどこか、目立たない場所を見つける必要があった。
ペイテンを逃がしたくはなかったが、マリオンの中で優先順位は何よりもグレアが先に来る。死なないからといって、彼女を無視はできなかった。
「こっちだ、クート。お前はあっちへ走れ」
「えっ! でもあんたはどうすんだよ!?」
「あとから合流する。適当にそのへんの林に隠れてろ!」
マリオンは近くに島民たちの集まりを見つけて、わざと大声を出して近寄っていった。距離を保ち、自分が囮として彼らを誘導しようとしているのだ。意図を汲んだクートは、自分がやるべきことだったのでは、と思いつつ、背負ったグレアの身を案じて、言われた通りに人気のない林道へ入っていく。
「大丈夫か、グレア。このへんにどこか隠れるところは……」
「降ろしてくれていいよ。傷自体はもう治ってる」
「だめだ、あいつに怒られちまう。俺が守んなきゃ」
暗くて良く見えず、どこもかしこも隠れれば見えないのではないかと思うが、月明かりの差している場所も多く、目ざとい人間ならすぐに見つけてしまうだろう。きょろきょろとしているうちに、誰かの足音が聞こえた。
「二人共、こっちこっち!」
出来る限り小さめの声で呼びかける少女がいる。暗がりで、クートは目を細めて誰だと警戒したが、グレアはすぐに「リリナ?」と呼び返した。彼女は何故か手におたまを握り締めていた。
「クート、ごめん。ちょっと降りるよ」
「あ、ああ……。なあ、この子は?」
「リリナ。私たちが泊まっている宿の子だよ」
血まみれのグレアを見て、リリナはぞっとして、とても心配そうにおたまを投げ捨てて、彼女に「大丈夫!?」と駆け寄ったが、グレアは「少し気分が悪いだけ」と平気そうに笑ってみせた。
「それより、リリナ。君は平気なのかい?」
「平気って、何が? あ、島の皆のことを言ってるのね」
リリナも何が起きたのか分からない、と顎に指を添えて。
「急に皆、集まりだしてね。誰かを捕まえて教祖様に差し出すとかなんとか言ってて、すごく変な空気だったんだ。それでアタシもとりあえず、おたまを持って、付いてきたんだけど……すぐに二人のことだって分かったんだ」
グレアは、彼女が催眠に掛かっていないのか、と首を傾げる。
「君はどうして従わなかったんだ。こんなことをしたら、君だって狙われるかもしれない。それに、私が本当に島民の皆が言うように、悪人だったらどうするつもりだ? ここで殺されたって、文句は言えないんだよ」
帰らせるべきだ、と思った。今ならまだ、誰かにリリナのことを知られる心配はない。自分たちのせいで彼女まで必要以上に巻き込んではならない、と。しかし、彼女は真剣な表情で「ありえないよ」と、僅かに怒った雰囲気で。
「グレアもマリオンも、アタシの友達になってくれたんだもん。いつも気遣ってくれるし、そんな人たちが悪い人なわけがない。そうでしょ?」




