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気風の魔女─レディ・グレア─  作者: 智慧砂猫
第二部 レディ・グレアと小さな島の少女
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第22話「嫌な予感」

 マリオンの自信がどこから来るのか分からず、いささか不安はあった。しかし、グレアも正直言って、それが一番安直で正しいのだろう、とも思っていた。


 コップから水が溢れる〝かもしれない〟程度で、ぐずぐずと考えている時間はない。可能性など言い出せば尽きることなく永遠に湧いてくるのだから。


「……ま、いっか。それならそれで」


 いつもなにかしらの勇気をくれるマリオンに、またも背中を押された気がして、笑みがこぼれた。


 それから深夜までゆっくり休んで、コソコソと外出の支度をする。ほとんどの島民が寝静まっている頃を狙って、彼女たちはマクフィンに会いに行く。もうゆっくり待っている時間はない。明日の昼過ぎには帰るのだ。


「さて、と。やはり水着よりも普段着てるほうが落ち着くし、考えも纏まりやすいな。どう、ちゃんと男の子みたいに見えるかい?」


「少なくとも令嬢には見えねえよ。安心しろ、似合ってるから」


 ひそひそ言い合って、静かに部屋を出る。扉を開けると小さく軋んで、二人揃って心臓が口から飛び出しそうなほど、どきっとさせられた。


「もっと静かに開けなよ」


「オレのせいじゃねえ、扉のせいだ」


「まあいいよ、行こう」


 なんとか誰に気付かれることもなく宿の外に飛び出し、すっかり人も少なくなった深夜のオクトラス島で灯りが点いているのは、せいぜい酒場くらいだ。客もまばらにいる程度で、目立たずに歩きやすい。


「あ、そうだ。ところでマリオン、ひとつ聞いても?」


「答えられるならな。……ま、なんとなく分かるけど」


「マクフィンさんのおうちってどこだっけ」


「ああ、うん。よく考えたら知らねえや」


 考えることが多すぎたせいなのか、それとも単純に忘れていただけか、二人揃っての失態に、苦笑いと汗が出た。誰かに「マクフィンさんのおうち分かりますか」と尋ねることもできないので、引き返すかどうかを心底悩まされた。


「虱潰しってわけにもいかないし、どうしようか」


「今のオレたちは目ぇつけられてるしなあ」


 そうとはいえ帰るわけにもいかず、どうしたものかと人目に付かないようにウロついていると、そこへ見慣れた──二人に最悪な気分をもたらしてくれる──男の姿を見つけた。相手も彼女たちに気付くと、大きな声で手を振って来た。


「デカい声出すんじゃねえ、あの阿呆!」


「何時だと思ってるんだよ……。普通に非常識だ」


 クートはまったく悪意がなく、今度こそ仲直りできればと思って、偶然見かけた機会を逃すまいと駆けてくる。グレアはマリオンの手を引くと、人気のない道へ逃げた。しばらく走ったところで足を止め、追いかけてくるクートを振り返って──。


「いい加減にしてくれ! なんのつもりだ、君は!?」


「えっ……! あ、いや、ごめん。ただ仲直りがしたくて」


「だとしてもだ。時間を考えたまえよ、深夜だぞ!」


「そ、それはそうだけど……でも、こんなに逃げなくても」


 二人揃って呆れたため息をもらす。


「あのなあ。あんたが何考えてるかなんて、いちいち気にもしてねえが、迷惑だけは掛けてくんじゃねえ。こちとら仕事中なんだよ、シ・ゴ・ト!」


 ずいっと前に出て威嚇するマリオンに物怖じもせず、クートも強気に。


「だったら俺にも手伝わせてくれないか。仲直りがしたいんだよ」


 正直な気持ちを言った彼に、グレアは頭を掻きながら。


「じゃあマクフィンって人の家の場所知ってる?」


 そもそも答えられると思っていないので、それを口実に追い返してやろうとした。彼が好きか嫌いかは別にして、巻き込んでしまうのは気が引けた。


「マクフィンって漁師のおっさんか、知ってるぞ」


「えっ、知ってるの? 嘘じゃないよね?」


「こんなときに嘘なんか吐くかよ……少しは信用してくれ」


 がっくりと肩を落とす。期待されていないのはなんとなく理解していても、実際に突き付けられてみるとショックなものだ。しかし、当然の報いだろう、と彼は気を取り直して「こっちだよ」と手招きして歩きだす。


「昨日、釣った魚を捌いてるのを見たんだ。店だったけど、二階建てになってて、多分、住んでもいると思う。でも、こんな時間になんで漁師に?」


「言ったでしょ、仕事なのさ。詳しいことは話せない」


 魔女の代理人であることを伏せておかなければ、きっとクートは帰ってから──あるいは帰るまでのあいだでも──あちこちに喋ってしまうことだろう。彼が自分のことのように自慢をし始めたら迷惑だ、とあえて言わなかった。


「そっか……。まあ、いいや。あ、ほら、あれだよ、あの家」


 青い屋根をした木造の家屋を指差す。玄関にある看板には『荒磯の風』と書かれてある。「生で魚を食べるんだ。俺も一回だけ来たんだけど、すごく美味かったよ」と、言われて、二人共、『酒に合いそうだ』と期待しつつ、今は関係ないと誘惑を振り払い、店の扉に手を掛ける。鍵は掛かっていなかった。


「ちょっと不用心じゃねえか?」


「うん。……なんだか嫌な予感がするね」


 大声を出すのも良くない。静かに、そろそろ歩く。


「クート、君は入り口を見張っててくれ。私たちは二階の様子を見てくる。もし何かあったら、私たちのことは気にせず走って逃げるんだ」

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