第20話「信頼関係」
相手が魔法に掛かっているかを確かめる術をペイテンが持つはずもない。千載一遇のチャンス、彼を追い詰めるにはちょうど良い。
もちろん、彼らがもう一度魔法に掛からないとは限らず、グレアは「念のために」と、マリオンの宝石も使って、彼らに保護の魔法を施して、さっそくペイテンが戻ってくるのを教会で待っておくよう頼んだ。
彼らが山を降りていくのを見送って、マリオンはその場に座り込んで、やっと休憩ができると息を吐く。グレアも、同じように彼女の傍に座った。
「しかし、驚いたね。マクフィンさん、平気そうにしてたけど」
「なんでだろうな。あのおっちゃんはペイテンの魔道具に影響を受けなかったってことだろ? そもそも関わりが薄かったとか?」
グレアも不思議に感じたことだ。普通の人間が魔法に対する抵抗力などあるはずがない。だが、マクフィンはたしかに無事だった。
「うーん。そういえば、たしか彼は三年前に島へ渡ってきたって言ってたね。だとしたら、ペイテンの魔道具はなんらかの条件で相手を洗脳に近い形で支配するのかもしれない。機能させることについては、おそらく彼の意思だろう」
自分たちがローズからもらった首飾りによって守られたのは、そもそもペイテンが魔道具を使おうとしたことに反応しての話だ。マクフィンにはなんの盾もなく、保護される理由が分からない。少し考えてから、マリオンがぽんと手を叩く。
「なら、信用度の問題じゃねえのか」
「……つまり、どういうことだい?」
「簡単な話が、マクフィンはペイテンを信用してねえ」
「ああ、そうか。可能性は十分あるね」
大陸では宗教が根強く広がっているが、無神論者もそれなりに多い──ローズが、その代表的な例でもある──ため、宗教家という理由で不信感を抱いていたり、距離を置いたり、中には露骨に嫌う人間も中にはいる。
もしペイテンの魔道具が〝信頼〟をもとに相手を支配するのであれば、信心深い人間ならば簡単に、そうでなくとも、五年という月日は彼を〝島民の一人〟として数えさせたに違いない。マクフィンが操られなかった理由が、無神論者で彼を僅かにでも心のどこかで胡乱な人間だと思っていたからだとしたら。
「島の人たちをペイテンの支配から逃れさせるのは難しい話じゃないかもしれない。……といっても、まずは彼がどういう人間かをみんなの前で暴く必要があるんだが。君はどう、何か名案でも思い浮かんだりしてない?」
「んなもん浮かんでたら、もう言ってるっつの」
だよねえ、とグレアはけらけら笑って、休憩もほどほどにたちあがり、ぐぐっと身体をのばす。木漏れ日をみあげて、ふう、と疲れから息を吐く。
「君と旅を始めて、魔女の代理人になって……色々と夢は叶ってきたけど、本当になんというか、休む暇がない。なんだか一日中、ベッドの中に潜り込んでいたいような気持ちだよ。この件が片付いたら、いっそ高熱でもでないかなぁ」
横で黙って聞いていたマリオンも、こくこくと頷いた。
「さあて、じゃあ私たちも行こうか。あまり長居もよくない」
「だな。なんか腹も減ってきちまったし」
「うんうん。じゃあ、宿に戻って何か食べようか」
ゆっくり山を降りたら、ペイテンを待つマクフィンたちに軽く挨拶をしてから帰り道を歩く。いつの間にか陽射しは落ち着いて、帰りは少しだけ、生ぬるい風でも涼しく感じた。
「下り道ばっかりだと流石に楽だね」
「だなあ。つっても、歩き倒したあとだからダルいけど──」
マリオンがグレアを横目に見て、ぎょっとする。彼女は、力が抜けたようにふらりと倒れていったのだ。慌てて支えたものの、その体温の高さに、なおさら驚く。
「おっ……お前、どうしたってんだよ!? いきなりぶっ倒れて本当に高熱出す奴があるか! おい、大丈夫か!?」
肩で息をするほど弱っている顔色の悪くなったグレアが、力なく笑って「大丈夫、多分、魔法を使ったせいだ」と彼女を安心させようと手を握った。
魔法は使った者の肉体に負担を掛ける。以前、ローズもそれで倒れた経験がある、とグレアは聞いたことがあった。
「あーもう! 仕方ねえ奴だな……!」
誰かに頼るのもいやだ、とマリオンは彼女を背負う。
「……軽いなあ、お前。栄養足りてんのか?」
「君と違って大きくないからね、色々と」
「下らねえこと言うなら平気だな。よし、行くか」




