第9話「呪いのうわさ」
くだらない世間話や、今後の計画。島にいる間に、リリナがめいっぱい楽しめるように時間を使おうと決めて盛りあがり、食事は緩やかに進んだ。しばらく話したところで、マリオンがふと思い出したようにリリナに尋ねた。
「そういやあ、この島のうわさ、ってなんなんだ?」
「ああ~、話してなかったね。アタシもよく知らないんだけど」
ぱく、とデザートのいちごを齧って彼女は言う。
「なんでも、この島はずうっと昔、アタシたちみたいな島民じゃなくて、海賊が住んでいたとか。教祖様が財宝探しを考え付いたのも、そのうわさがあってのことなんだ。……でね。今も、この島には、ホンモノの財宝が眠ってるらしいよ」
海賊の隠した財宝を探した者は呪われる。そんな話が広まったのも最近のことで、グレアがうわさの広まった時期を尋ねると、リリナは「ちょうど教祖様が島に来た頃だよ」と話す。
「最初はアタシたちも信じてないうわさだったし、教祖様も財宝目当てに来たんだと思ってた。でも、あの人はずっと島にいてくれて、みんなのためにって教会を建てたら、島にもっと活気を入れようって力になってくれてさ。今じゃあ、みんな毎日、教会にお祈りに行くくらい敬虔な信者になっちゃった」
当たり前のことのように話し、リリナもお祈りを欠かさないという。
「でも、それと君の身体の弱さが関係してるって理由はなに?」
グレアもさっぱり見当がつかない接点に、リリナがグラスを揺らして、溶けかかった氷をくるくると回す。
「その海賊の呪いっていうのが、アタシに掛かってるんだ。教祖様はそう言ってた。もともとママが島の外から嫁いできた人だから、偶然、アタシに呪いが掛かってしまったんじゃないか、ってさ。だからアタシは島の外には出られない」
島を出れば呪いが強まって早死にしてしまう。そう説明を受け、リリナも母親も、それを強く信じている。もともと過保護気味に育てられた彼女は、外の世界のこともよく知らず、諦めるしかないのだろう、とがっかりした。
「んで。その呪いっつーのは解く方法がねえのか?」
「アタシが十七歳の誕生日を迎えたら、儀式をするんだ」
「儀式……つーと、なんだよ。神にお祈りでもすんのか」
リリナは首を横に振った。
「よく知らないの。でも、絶対に必要なことだから、教祖様が、十七歳になったら、教会の地下室にある祭壇で儀式を行うとかなんとか。二人だけでね。他の人は入っちゃだめなんだって、大事な場所らしくて」
あまりにも下らない、とマリオンが鼻で笑って一蹴したのをグレアが足で小突く。いちいち顔に出すなと言いたげに笑顔を見せた。
「そうなんだね。きちんと呪いが解けるといいけど……」
「もうすぐ誕生日だから、うまく行くよ。アタシ、毎日、神様にお祈りしてるもん。この呪いから救ってくださいって、五年前からずっと」
屈託のない、まさに無邪気な彼女の言葉に、グレアは悲しくなった。
「そっか。ねえ、誕生日っていつなんだい?」
「ちょうど二人が帰るくらいだと思う」
「ふうん。じゃあ、お祝いだけでも言えそうだ」
それからほどなく、リリナは母親の手伝いがあるから、と席を立ち、二人も疲れを癒すために借りている部屋に戻った。あまり聞いていて気分が良くなる話ではなかったので、はやく不愉快を吐き出したい気持ちでいっぱいになっていた。
特に、取り繕った態度でリリナの話に耳を傾けていたグレアは、胸がむかむかしていて、部屋に戻ってくるなり、強めの舌打ちをした。
「マリオン、十七歳で呪いを解く方法ってなんだと思う? どう考えたって、リリナを食い物にするつもりじゃないか。あのクズ教祖め。なめるように私たちのことを見ていたのも、それが理由だったのかもしれないと思うとゾッとする!」
早口で苛立ちをあらわにするグレアに、マリオンはただ同意して、窓の外に見える島の穏やかそうな景色に見たくない裏側を見て呆れる。
「あの教祖っつーのが振りまいてるもんのほうが、よっぽど呪いじみてるぜ。どうにかしてやらねえとなあ……。せっかく仲良くなったのに、みすみす放っておくなんて出来るわけがねえよ」
これといった解決策は、まだ二人の中にない。たとえ魔道具を奪うか壊すかしたとして、それがどう作用するかも分からないから、無理なことはできない。かといって、たった三日で解決するのはなかなかに難しい。
「……そうだね。じゃあ、もっと話を聞いて、私たちも敬虔な信者のふりでもしてみようじゃないか。こっちにも秘策はあるんだから」




