第4話「胡乱な教祖」
まだ島で過ごした時間は短いながら、その中に異質さを感じたグレアは、ローズも当然気付いていたはずだと推察する。決して彼女がリリスの境遇を知っていたとは考えなかったが、島に根ざす疑わしい宗教を知らないわけがない。
ただのバカンスとして過ごすなら良し。ただ、グレアとマリオンの性格なら、自分たちから問題に飛び込んでいくだろうと想定されていた可能性があった。
「とりあえず、まずは教祖様のご尊顔を拝まないとね。協会前に集まる以上は絶対に顔を出すはずだ。どんな人間か、そこで軽く見極めておかないと」
「……ああ、そうだな。こっちにはこれもあるし」
マリオンが首から提げた宝石のネックレスをつまみあげる。魔女の代理人が使う、魔力のこもった宝石は、あらゆる自衛手段としても用いることができる。毎日、欠かすことなく魔導書に目を通し続けてきたグレアは既に中身を完全に理解し、記憶しているので──開拓は出来ないが──どんな魔法でも即座に扱えた。
一方、マリオンは魔導書に興味はないので、いざというときにグレアが使えればそれでいい、と常日頃から身に着けることだけを意識している。
何が起きても問題ない態勢で、長い坂道を歩いた先にある、島のどの家よりも高い場所に建てられた教会へ足を運ぶと、既にそれなりの観光客や、毎年参加している島民の子供たちが集まっていた。
「リリナちゃん。説明会ってのは、いつも教会でしてるの?」
「うん。教祖様が考案したものだからね」
あごに指を添え、ぼんやり空を見上げて彼女は続ける。
「もう六年前だったかなあ。島にやってきた教祖様が、このままだと島は活気を失って衰退していくからって考えたんだよ。この島にあるうわさというか言い伝えというか、そういうのを使って、たくさんの人を呼び込もうって」
言い伝えについて尋ねようとしたところで、ざわつきが広がった。見れば、教会から見るからに怪しげなふくよかな男が、祭服に身を包んで皆の前に立ち、「皆様、本日はお集まりくださってありがとうございます」と丁寧にお辞儀をした。
それから特に問題は見受けられず、ただ普通に宝探しの概要について観光客向けに分かりやすく説明をするだけだった。ぱっと見は、気の良いだけの宗教家に過ぎない。だが、グレアもマリオンも何か妙な雰囲気を感じて注視した。
「島のどっかにある印の刻まれた小さい木箱を見つける、ねえ……。催し自体は普通だけどよ、なーんか、あの教祖様っての胡散臭くねえか」
「私もなんとなく、変な感じがしたね。なんでだろう?」
教祖と呼ばれる男は、教会の入り口前で島民と仲良くお喋りに興じている。首に提げた十字架を指でさすり、ニコニコと優しげな表情だ。眺めているだけでは何もつかめそうにない、と声を掛けてみることにした。
「リリナも話しかけているし丁度いい。私たちを紹介してもらおう」
「手っ取り早いな。友達ってんなら歓迎もしてくれるぜ、たぶん」
二人の思惑通り、近寄って「初めまして」と声を掛けたら、教祖の男は「初めまして、教会にお祈りに?」と尋ねた。傍にいたリリナが「アタシの友達になってくれたんです」とグレアたちを紹介する。
男は歓迎した様子で手を差し出して握手を求めた。
「私は、この教会を運営しております、ペイテンと申します」
「……グレア・レンヒルトです。こっちはマリオン・ウィンター」
ぷくぷくとした厚い手を握り返したときの汗ばんだ感触にぞわっとしたが、グレアはちっとも表情に出さず、愛想笑いで応えた。
「こちらの島では信心深い方々が多く、教祖様……ペイテンさんのことを皆がそう呼んで慕っておられるようでしたので、私たちも少し興味を持ったのです。お会いできて光栄だ。せっかくなのでお祈りをさせてもらっても?」
ペイテンは大きく手を広げて喜んだ。
「もちろんです、主もきっとお喜びになるでしょう」
一瞬、彼の首から提げていた十字架が鈍く淡い、紫色の光を帯びたように見えて、グレアがじろっと見つめる。しかし、今はそのようにも見えず、気のせいだったのだろうか、と首を傾げたくなるのを堪えて彼の案内を受けた。
中はいたって簡素な、どこにでもある小さな教会だ。やや大きめな信仰している女神の石像は、毎日の手入れを欠かさず行われているのか、艶があった。
グレアとマリオンは両手を組んで膝をつき、簡素な祈りを済ませる。実際のところ、まったく信仰心を持ち合わせていないので、何も考えてはいなかったが。
「お二方も島の宝探しに参加を?」
尋ねられて、グレアはこくんと短く頷く。
「初めてのバカンスなので、思い出をつくるのに良いかと思いまして。宿泊先で色々とリリナにも話を聞いていたんですが、面白そうだな、と」
「そうでしたか。では、ごゆっくり。先ほど説明した通り、三日後の明朝までに財宝……島のどこかに隠した小さな木箱を見つけて持ってきてくださいましたら、鍵をお渡ししますので。ご健闘を、グレアさん、マリオンさん」
また握手を求められたのを、グレアはまったく気付かなかったふりをして彼の目をまっすぐ見つめ、胸に手を当ててほんの小さなお辞儀で挨拶をする。
「ありがとうございます、ペイテンさん。それでは、また」




