第3話「少女の夢」
リリナは島で生まれ育った少女だ。もう十六年、同じ道を通り、変わらぬ顔に挨拶をして、いつも果物を食べながら教会までの道を歩いた。観光地として賑わいを見せ始めた数年前から多少は変化もあったが、それでもリリナの生活に影響はない。
だから、どこで何が買えるのかも良く知っていたし、グレアたちが目にも留めないだろう島の人々の生活についても詳しく教えてくれた。協会までの道すがら、二人は彼女の話にずっと耳を傾けて歩く。
「でね、島の生活は結構豊かで……」
リリナがあれこれと指を折りながら島の生活の良さをひとつずつ話すうち、「でも」と言葉を止めた。後ろ手に組んで歩き、温かい空を見上げながら。
「アタシ、この島を出るのが夢だったんだ」
「どうしてだい? ここの生活が好きなのに?」
「うん。色んな文化に触れてみたいと思っててさ」
マリオンが不思議そうに首を傾げた。
「だったら出ればいいじゃねえか」
「あはは、それが出来たら苦労しないよお」
リリナが寂し気に笑った。
「昔っから身体が弱くてね。大陸になんて渡れないって思ってたけど、いつかは王都へ行くのが夢だった。けど、アタシ、このままだとそんなに長く生きられないんだって。だから、島から出ないほうがいいってみんな言うんだ」
今度はグレアが違和感を覚えて尋ねる。
「なぜ? 身体が弱いなら、余計に出るべきじゃないかな。腕の良い医者に診てもらうのがいちばんだ。なんなら紹介してあげようか?」
しかし、リリナはやんわりと首を横に振って返す。
「お医者様じゃ駄目なんだって。これはいわゆる、呪い? とかいうやつらしくて、アタシもよく分からないんだけど、教祖様が言うには、なんでもこの島にあるうわさが関係してるとか……そんな話をされたっけ」
グレアもマリオンも、渋い顔をする。明らかに異質な話だ。呪いと言われて自分たちの身に少し前まで降りかかっていたことが頭を過ったが、ローズ以外で呪いに関わるような人間がいるのだろうか、と疑念を抱く。
島民たちはいささか妄信的なところがあり、教祖と呼ばれる男を悪く言う人間はおらず、むしろ信仰していないよそ者がひと言でも『本当か?』と疑いを持ったことを口にすれば、明らかな敵意のまなざしを向けているのを見た。
だから、事情のありそうなリリナの話に深入りをしないでおこう、と二人は「それは大変だね」と濁すだけに留めて関わろうとしなかった。
「でさ。せっかく仲良くなれたし、良かったらいっしょに思い出作りなんてしてくれないかな……なんて。今年はちょっとだけ宝探しに参加しようと思ってて、ママからも許可をもらってるんだ。どう、ダメかな?」
太陽のように朗らかな表情でお願いされると、二人も断り切れない。マリオンが頭をがりがり掻きながら、「別に構わねえけど」と答えたら、リリナは彼女の手を握って「本当に! ありがとう!」と、とても嬉しそうに飛び跳ねた。
グレアがマリオンの背中に指を這わせて小さく呟く。
「良かったの? あまり関わりたくないんじゃない?」
「いや、まあ。なんつうか、可哀想に見えちまって」
無邪気に先を歩く少女の時間は、もっと幼いときで止まっているように思えた。周りから愛されたマリオンには、彼女がなぜか孤独に見えたのだ。
「思い出をつくるくらいなら良いかと思ったんだけどよ。なんか怪しくねえか、教祖様って奴。島民を食い物にしてるだけな気がしてならねえ」
「……うーん。君はそういうの許せないよなあ」
関わりたがらなかったマリオンのほうが、少しずつ島民の妄信的な様子に耐えかねてきたのか、困惑と怒りの混じったような複雑な表情だった。
「悪意ってのは善人のふりをして近づいてくるもんだ。オレの親父のときもそうだった。最初は仲良くして、お互いに手を取り合うふりをして、最後には崖から蹴落とすような真似しやがった。若いリリナにオレと同じ思いはしてほしくない」
ただのバカンスで済ませるつもりだったが仕方ない、とグレアは肩を竦めつつ、マリオンの気持ちも分かるので、彼女の肩を優しく撫でた。
「じゃあ、思い出作りのついでに軽く調べてみようか」
「ああ。悪いな、なんか面倒事頼むみたいになっちまって」
「いやあ、気にしなくてもいいよ。それに──」
先を歩いていたリリナが手を振って笑う姿に、グレアは目を細めた。
「どうも、ただのバカンスを贈ってもらったわけじゃなさそうだ」




