第6話「それぞれの夢」
かっこいいと思った。マリオンは背も高く、すらりとした体型に見えるが彼女は意外と筋肉質だ。なにより屈託のない笑顔で髑髏を掲げる姿は、グレアの中にある少年のような心を強く揺さぶった。
「……すごく似合う。海賊みたいだ」
「ぶはっ! 海賊たぁ面白いこと言うじゃねえか!」
げらげら笑われて、グレアは自分が何かそんなに可笑しいことを言ったのだろうか、とすこし頬を紅くして目を伏せる。
マリオンはひとしきり笑ったあとで目に浮かんだ涙を指で拭う。
「いやいや、馬鹿にしてんじゃねえんだぜ。あんたがあまりにも鋭いというか……オレは海賊じゃないが、二週間くらい海賊船に乗ってたことがあるんだ。捕虜とか人質とかじゃなくて、船長さんに惚れられちまってね」
つい最近まで乗っていたという海賊船は、たまさか乗るはずだった船と間違えて港の酒場で酔っ払ったマリオンが乗り込んでしまったのが発端だった。もともと姉御肌な性格なのもあってか、たちまち打ち解けてしまったので、特に問題が起きることもなく普通に違う町の港で降ろしてもらったと面白がった。
「打ち解けた……って、普通に話をして?」
「いや。飲み比べだよ。どっちも酒が好きでさぁ」
グラスを持つような仕草をしてマリオンは思い出す。
「勝ったら次の町まで連れてけって話になってな。まあ、オレはすでに酔ってたんだがよ? いくら飲んだって吐きもしねえし眠りもしねえ。対して相手は海のど真ん中で口から泥水みてえなのを滝みたいに吐き出してさ」
もと着ていた衣服はそのときに汚れてしまったので代わりの服をもらい、思い出を持ち帰ったばかりにも関わらず次の旅を始めたから、グレアが海賊のようだと思ったのもあながち間違いではなかった。
「そうだったんだね。でも帰ったばかりでまた旅をするなんて体力があるんだな、君は。私なら三日は動けなくなりそうだよ、酒なんて飲めば特に」
「まあな。オレにも旅の理由ってのがあるからよ」
椅子にどっかりと座って足を組み、リラックスする。窓の外を眺めながら「お嬢様には夢ってあるかい」と尋ねた。
「私は世界中の多くのものを見て、多くの知識を得たい。自由気ままに生きながら、色んな出会いを楽しみたい。誰かの役に立つのもいいな。……君の夢は?」
マリオンを例にして遠回しに言ってみたが彼女は気付くことなく「そりゃあいいや」と、笑いながら。
「オレの夢ってのはな、グレア。聞けば信じられないかもしれないが、〝不老不死〟を探すことだ。永遠の命、永遠の若さ。永遠の健康。人類が目指す最後の到達点。忌み嫌う奴もいるが、オレはそいつを手に入れたい」
突拍子もない話だが、彼女は真剣な目でそう語った。
「……不老不死を探すって、そんな方法があると思ってるのかい? これまでだれも到達したことのない、おとぎ話にしか登場しないような話だぞ」
「だから夢なんじゃねえか。いい目標だろ?」
ぎらりと白い歯を並べてマリオンはニヤニヤと目を細めた。
「オレも最初は馬鹿げてると思ったが、この世界にはいるんだよ。たったひとりだけ不老不死になる方法を知ってる奴が」
老いることもなく、怪我をしてもすぐ治り、病にも悩まされない。マリオンもそんなものは眉唾な話で、叶えられることはない夢だと思っていた。少し前までは。
「あんたも聞いたことくらいあるんじゃねえか、紅い髪をした『魔女』って呼ばれてる女の話。なんでも何百年も昔から世界中を旅して周ってる〝本物〟だそうだ。オレはそいつに会って不老不死になる方法を聞く」
そのうわさをグレアも知っている。いや、うわさというより常識。当たり前のことだ。世界にはひとりだけ『魔女』と呼ばれて不思議な力を操る女性がいる、と。実際に見たという声は数多くあるが一部の国にはほとんど訪れないらしく、彼女たちが暮らすヴァルゴ帝国にも滅多と現れない。
なので二人共、話でしか知らない謎多き人物だ。
「そんな人に会うために、ずっと旅をしてるのかい?」
「ああ。もちろん観光もしたくて、ってのもあるけどな!」
「……ふふっ、ヴェルディブルグで会えるといいね」
マリオンがそれを聞いてぽんと手を叩く。
「そういやあ、魔女ってのもヴェルディブルグ領の小さい村の出身らしい。今は衰退とかで何もなくなっちまって生活の痕跡だけだって話だが、近くにある墓地はいつも綺麗だそうだ。管理してる奴に会うのもアリだな」
うきうきとしているマリオンを見て、グレアも自然と楽しくなってくる。まだまだヴェルディブルグ領内までは時間もあり、二人の新たな旅への期待はどんどん大きくなっていった。