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気風の魔女─レディ・グレア─  作者: 智慧砂猫
第一部 レディ・グレアと始まりの旅

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第58話「もう寂しくない」

 素っ頓狂な挨拶に、マリオンが大きなため息をつく。


「十分くらいしか経ってねえぞ。本当に終わったのか?」


「えっ、そんなに短いなんてどういう……」


 こほん、とローズが咳払いをする。


「時間の扉は、我々の想像とは違う独自の流れを持っているんだろう。……そして、お前はやはり、過去をなにひとつ変えずに戻ってきた」


 マリオンが目を丸くしてグレアを見る。彼女はぎくりとした表情で「実は、そうなんだよね」と申し訳なさそうに笑って、マリオンにぽかっと額をドアをノックするように叩かれて、「あいたっ」と小さな声を響かせた。


「お前なあ! 何しに過去へ行ったんだよ?」


「色々あってさ。やっぱり、いいかなって」


「阿呆か。それじゃあ不老不死の呪いは解けねえんだろ」


 他に方法がないのはローズが証明している。なんの成果もなく帰ってくるのでは、扉を開けた意味とはなんだったのか、とマリオンが怒った。彼女が不老不死でいたくないと言ったから、そのために尽くして背中を押したのに、と。


「まあ、そう言ってやるな。マリオン、最初からこうなることは決まっていた。過去へ飛んで、グレアが決断したことだ。自分の呪いよりも、お前との縁を繋いでいることのほうが大事だったんだから」


 マリオンが振り返って「はあ?」と納得のいかなさそうな表情を浮かべる一方で、グレアはやっぱり、と呆れた顔をした。


「なーんだ。やっぱり全部知ってたんじゃないか」


「隠すつもりはなかったんだが、そうするしかなくてな」


 ローズがからから笑うのを見て、マリオンが疎外感を覚える。


「おい、どういうことだよ。オレにも分かるように説明しろって」


「……私たちの旅は、最初からこうなる運命だったってことさ」


 グレアとマリオンが初めて会うとき、煙草を吸おうとしていたのを思い出す。あれは自分が渡した煙草だったのだ、と苦笑する。それだけじゃない。今は閉まっている時間の扉を一度だけ振り返り、グレアは尋ねた。


「ここを試しに通ったのは私だった。そうですよね、ローズさん?」


「ああ。あの日、私はお前から、ここを通った話を聞かされたんだ。全く知らないふりをするのは大変だったが、中々に演技が上手かっただろう?」


 すべては、二人が出会うより一年も前から決まっていたことだった。さすがのローズも、すべての始まりがどこからなのかまでは分からなかったが、少なくとも未来からやってきたグレア・レンヒルトの話を聞いて、今日まで沈黙を貫き続けた。まったく初めて会うようなふりまでして。


「不老不死を解く最もたる障害はマリオン・ウィンター、お前との繋がりだった。詳しく話せば長くなるから、それはまた別の機会にするとして、ともかくグレアが選んだのは、自分に掛かった呪いを解くことより、お前といることだったんだ」


 なんとも言えない恥ずかしさに、グレアはマリオンの視線から逃れるように顔を背けてしまい、ぎゅっとあごの下から顔を掴まれて無理やり目を合わせられ、「なんでオレを選んだんだ」と半ば怒り気味に言われた。


 出会えなくたって、苦労をしないほうがグレアにとってはいいはずだと思った。魔女の代理人になったとして、それはいわば荒波のような人生に自分から飛び込んでいくのと変わりない。苦労ばかりが待ち受ける人生よりも、気楽に、思うままの旅が出来たほうがいいじゃないか。そんなふうに考えていた。でも、だからこそ、グレアは過去を変えなかったのだ。


「君がそういう奴だから、選んだんだよ」


 時間が過ぎれば過ぎるほど、傍にいなければいないほど恋しくなった。誰よりも傍にいてほしい、心から信頼できる相手。ソフィアの遺した言葉が沁みこんできて、彼女は『やはり私にはマリオンが必要だ』と改めて感じた。彼女がいたほうが、いないときよりも、ずっと楽しい旅になってくれると信じられた。


「……ごめん、君の期待に応えられるような人間じゃないんだ。なんというか、私はわがままで、贅沢で……。だから、改めて言わせてくれないかな」


 首に手を回して、ぎゅっとマリオンを抱きしめる。


「これからも一緒にいてくれ、私には君が必要だ」


 まるで愛の告白のようになってしまい、少し恥ずかしくなって抱きしめる力が強くなる。しかし、この一年の寂しさを埋めるには、ちょうど良い加減だった。マリオンは彼女の背中を優しく抱いてぽんぽん叩きながら──。


「当たり前だ、馬鹿。オレだって、いまさら独りで旅すんのは嫌だよ。……おかえり、グレア。もう寂しくねえからな、お前も」


 眺めているほうが恥ずかしい、とローズが咳きこむ。


「さて。仲睦まじいのも結構だが、ひとつ話したいことがある」


 魔導書を手に、ローズは二人に歩み寄って差し出した。


「私の代理人として生きる覚悟があるのなら、マリオン・ウィンター。お前の願いを、このローズ・フロールマンが叶えてやってもいい」


 マリオンは考えるべくもなく魔導書に触れる。


「へっ。なら頼むとしようか。オレの願いは────」

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