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気風の魔女─レディ・グレア─  作者: 智慧砂猫
第一部 レディ・グレアと始まりの旅
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第54話「やるべきこと」

 用が済んだら、まだ残っている紅茶とクッキーをゆっくり食べながら退屈しのぎでもするよう言って、テルフィはそうそうにアトリエに戻っと言った。意欲的に目を輝かせて足早に去ったのを、シャルルは良い傾向だとくすっと笑う。


「彼ね、あまり他人に興味を持たないんだ。友達も作らないし、そのくせさっきみたいに寂しいってよく言うんだよね。だから、君が絵のモデルになってくれるのが嬉しいみたい。ローズも気に掛けてたくらいだから良かった」


 もともと彼の父親も似たようなもので、家に誰かを招くこともなく、パーティも開かないし参加もほとんどしない。だからか、テルフィもそれが当たり前だと思ったし、ただでさえ普段から贅沢をしているのに、これ以上の図々しさを持つことは許されないはずだと、同年代の子供たちにも触れたりしてこなかった。


 そのせいでどこか引きこもりがちで、来るもの拒まずの精神ではあるが、あまり積極的に関わったりはせず、一歩分の距離を置く。そんな彼が自らグレアに提案したというのだから、シャルルも少しだけ意外だった。


「まあ、私で役に立てるのなら。状況に甘えてばかりも、やはり申し訳ないですから、絵のモデルにくらいなりますよ。……裸体じゃないですよね?」


「彼はそういうの描かないから大丈夫だよ」


 ホッと胸をなでおろし、グレアの興味は少し前へ戻る。


「そういえば、さっきの話って本当なんですか」


「ああ、ボクが不老不死って話?」


「そうです。自分から受けるなんて怖くなかったんですか?」


 マリオンに聞かせてやる良い土産話だと思い、尋ねてみた。


「うーん。怖いと思ったことはないなあ。なにしろボクは、ローズがいっしょにいてくれれば絶対に大丈夫だと思ったし、不安よりも期待が大きかったから」


 照れを隠すのに、彼女はクッキーをひとつかじった。


「誰かが一緒にいてくれるって心強いし、楽しいんだ。ボクたち、ほとんど喧嘩もしたことないからね。危険なことはするなって怒られたことはあるけど。不老不死だからって、怪我をした瞬間は痛いし、体調だって崩すし」


 グレアが紅茶を飲む手を止めて驚く。


「ほとんどって、喧嘩したことあるんですか?」


「百年以上いれば、そりゃあね」


 ぷくっと頬を膨らませて、シャルルは思い出したことに「あれはでも、ローズが悪かったんだよ」とささやかな怒りがぶり返す。もう何十年も前のことだが、それでも気に入らないものは気に入らなかった。


 しかし、グレアが聞けば大したことのない話だ。


「周りはみーんな手を繋いで歩いてるんだから、ボクたちもってせがんだら『気恥ずかしい』なんて言うんだ。もう百年以上も一緒にいるのにだよ!? まったくいまさらって感じだよね。そりゃあ、確かに視線は集めるけどさあ」


 いわゆるのろけ話ではないか、とグレアは紅茶のカップに口をつけて苦笑いを隠す。聞かされる愚痴は、ローズへの愛情に強く溢れていた。


「それで、君はどうしたいの?」


 不意に投げかけられた質問に、グレアが固まった。


「……どうしたい、とは」


「マリオンって子のことだよ」


 シャルルの真剣な眼差しが射るように見た。


「君が不老不死から解き放たれるには、マリオンとの接点を失わせ、ローズとの繋がりだけを持つ必要があるんだろう。……君は、その子をどう思ってるのかなって。だって、その子の名前を出すと、すごく寂しそうな顔をするじゃないか」


 胸がチクリと痛む。彼女はどうしたいのか、まだはっきりしていない。マリオンとの接点を消す理由が、自分の不都合で、今後関わることはないと思うと、どうしていいのかが分からない。短いとはいえ、あの共に過ごした時間を無かったことにしていいのだろうかと、まだ迷っている。


 ローズの言う通り一年は時間がある。しかし、裏を返せば一年しかないのだ。出来る限り早くに答えを見つけなければ、と焦燥感に苛まれた。


「……どうなんでしょうね。でも、このまま何もせずに帰るのも、彼女が背中を押してくれたのに申し訳ない気がして、戸惑ってるんです。永遠に生きるのは、正直怖い。だからって、マリオンと別れるなんて考えたくもなかった」


 突然、くすっとシャルルが笑った。


「な~んだ。答えはもう決まってるじゃないか」


「でも、私は、自分の呪いを解くために……」


「本当に必要なほうを選べばいい。君の人生は君だけのものだよ」


 カップをそっと皿の上に置き、シャルルはにこやかに言った。


「そんな顔するなら、やるべきことは決まってる。そうでしょ?」

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