表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気風の魔女─レディ・グレア─  作者: 智慧砂猫
第一部 レディ・グレアと始まりの旅
51/136

第51話「一年の猶予」

────光に遮られた視界から解放され、白昼夢から目覚めたような感覚にハッとする。見知らぬ路地裏にぼーっと立ち尽くしていて、周囲をようやく観察し始めたときに、表へ出て、そこがヴェルディブルグの王都であると気付く。


「……いったい、今はいつだろう?」


 過去へ飛ばされたとはいえ、大して昔でないのなら変わり映えもなく、見ている風景はマリオンといっしょに歩いた場所と同じだ。まずはローズがいないかを確かめるために王城へ足を運び、門の周囲で警備をする近衛隊に声を掛けた。


「すみません、少しよろしいですか」


「はい。どういったご用件でしょうか?」


 近衛隊の男は見覚えのある顔だ。一瞬、普通に挨拶を交わしそうになって、彼が自分のことを知るのはまだ先の話だと言葉を喉で止めた。


「魔女が呼んでいるのです」


 以前よりも堂々と。男はすぐに関係者だと理解して「お疲れ様です」と短く返し、彼女を連れて王城へ招く。美しい庭園を抜けた先で、彼女は城のメイドに案内を受け、見るも惹かれる中庭で待つように言われた。


 既にクッキーやケーキ、マカロンなどが並んでおり、良い香りに、つい手が伸びそうになってしまうのを堪えて、椅子に腰かける。それから数分と経たないうちに、彼女のよく知る二人がやってきた。


「誰が会いに来たのかと思ったけど、初めて見る人だね」


「ああ。だが、少し訳知りのようだな」


 ローズの視線が、グレアの身に着けた荊の腕輪に向かう。


「私がローズ・フロールマン。こっちはシャルルだ」


「グレアです。いきなり押し掛けるようですみません」


 立ち上がって襟を正し、握手を交わす。


「謝る必要はない。それで、お前がここへ来た理由はなんだ」


「はい。……信じられないかもしれませんが聞いて下さい」


 グレアは自身に起きたこと。未来から過去へやってきて、運命を変えようと試みている事情をすべて包み隠さず伝えた。普通ならばあくびでも出そうな夢の物語に聞こえるが、二人は真剣に耳を傾ける。洞窟にあった時間を超える扉のこともよく知っていて、グレア・レンヒルトの言葉を心から信じた。


「──と、いうことがあって、私は一年間が経つと、どうやってかは分からないんですが、未来へ帰ることになります。それまでに過去を変えるために、未来のあなたから協力を求めればきっと応えてくれると言われて」


 しかし、ローズの反応はいささか渋いものだった。隣で聞いていたシャルルも、うーん、と顎に指を添えて、眉尻を下げた。


「君の言っている話が事実なら、少し時間を遡りすぎてる気がするよ? ボクたちはこれから、いくつかの町で依頼を受けているから、またここへ戻ってくるのがちょうど一年後くらいになる。つまり君たちに会うのは、その頃だ」


 アルストロメリアが言っていた『変えられない運命もある』という言葉の意味を理解する。過去の自分も彼女たちに会わなくてはならない好機のはずが、本を開く瞬間に立ち会えないのだ。小さな邪魔さえできないと分かって焦りが生まれた。


「でも、たぶん直前までは一緒にいられるはずなんです。だから、そのときに私がシャルルさんにもう一度伝えられれば……」


「ならば不測の事態が起きた時には?」


 ローズに言われてぴたりと言葉が出て来なくなる。


(言われてみれば、私はあのとき、シャルルさんが何をしていたのか知らない。そもそもローズさんはウェイリッジにいて、合流したのは王都だった。今の話を聞くかぎりだと二人でいっしょに仕事をするようだし……)


 やはり可能性はゼロに近いのだろうか、と落ち込んだ。


「ふむ。ではお前がやるべきことをまとめてみるとしようか」


 過去の改ざんが目的だが、魔導書を開く運命を変えられない場合はどうするのか? という点においては、現時点で未来のグレアが行った方法を用いれば難しいことではない。再び別のグレアを過去に送れば可能だとローズは提案する。


「時間は同じだけ戻される可能性が高い。この時間にいるグレアから不安要素を取り除けば、確実に過去は変えられるだろう。私と関係を持たせた『新たな未来を創るのに躊躇いのないグレア・レンヒルト』が必要だ。言っている意味は分かるな?」


 不安要素。グレアも自身で分かっていて、息苦しくなった。


「……未来の(ここにいる)私が、マリオンとの(・・・・・・)接点を消す(・・・・・)


「その通りだ。それが出来れば、こちらでどうにかしてやる」


 答えはすぐに出せない。マリオンは彼女の中で大きな存在になっていて、力強い応援があったから過去へ来るのも怖くなかった。なのに、その大切な親友との関係を断たなければならないと言われて心が揺らぐ。


 出会わなかったことにしてしまえば、元の時間に帰って未来が変わったとき、きっと自分の中からもマリオン・ウィンターの存在は記憶ごと抹消される。きっとマリオンとの接点のない自分は、その場合でも世間知らずとして協力を申し出るくらい堂々と過去へ渡れることだろう。そうなれば不老不死の呪いに苛まれることもないし、自分の思い通りの生活をするはずだ。──本当にそれでいいのか?


 思考の焼き切れそうな状況に、ただ沈黙する。


「まあ、答えを急ぐ必要はない。正確な時間的余裕は一年あるとして、それまでに心を決めればいい。当面の問題は……お前が、どこで過ごすかだが」


 急いでいたのもあって荷物は殆どない。グレアが未来から来た証明に身に着けた銀の荊の腕輪だけが、今の彼女を守る道具だった。


「お金借りたりとか、出来ます?……へへっ」


「はぁ……。仕方ない、良い場所を紹介してやるとしよう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ