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気風の魔女─レディ・グレア─  作者: 智慧砂猫
第一部 レディ・グレアと始まりの旅
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第5話「似合ってるか?」

──翌朝、ぐっすり眠ったあとで窓から差し込む陽射しで目を覚ます。部屋を満たす温かで慣れ親しんだ匂いがして体を起こすと、窓辺でマリオンが静かにコーヒーを飲んでいた。グレアは「よく眠れたか」と声を掛けられる。


「ごきげんよう、マリオン。とてもよく眠れたよ」


「そりゃよかった」


 昨夜に酔って先に眠ったとは思えないくらい顔色が良く、朝も早い。グレアが起きてくるのを待っていたらしく「メシ、食おうぜ」と一階へ誘った。


 夜は喧騒に塗れている酒場も昼間は静かなものだ。優雅な喫茶店のひとときと似た姿で、落ち着いた雰囲気が漂っている。


 二人を待っていた主人の男が、にこやかに挨拶をした。


「おはようさん。良い時間に起きてきたね、ちょうどパンが焼けたところなんだ。すぐに他のものも用意するから好きなところに座って待ってててくれ。飲み物はコーヒーだが、温かいのと冷たいの、どっちがいい?」


 少し考えてから、マリオンはアイス、グレアはホットを頼んだ。窓辺の温かな陽射しのある席を取り、行き交う人々を眺めながら旅の計画を話す。リヴェール孤児院へ行くことはひとつの目的として、他にどの町を経由するかで話し合う。


「アルメニーを抜けたら数時間でヴェルディブルグ領に入るが、ウェイリッジって小さな町があるのは知ってるか?」


「知ってるよ。とても情緒のある美しい田舎町だ。カレアナという大きな商会で、ずいぶん前に髑髏のネックレスを買ったんだ」


 思い出して、情けなさそうにフッと笑う。


「お父様にはこっぴどく叱られたよ、『公爵家の令嬢ともあろうものが身に着けるようなアクセサリーではない』とね。あのときはそんなことないと思って意地を張ったんだけど、あとで鏡を見たときは納得したよ。とんでもなく似合わなかったんだ。黒いドレスだったせいか、まるで魔女にでもなった気分だった」


 興味を惹かれれば、なんでも買った。きらきら輝く宝石のアクセサリーでも、すこしくたびれた出来の悪い革靴でも、形が好みならとりあえず。しかしセンスは壊滅的だ。自分に似合うと思ったものは悉く似合わなかった。


「正直言って、それについてはお父様のほうが正しかったと反省したね。見た目は気に入っているから、今でも大事に持っているんだけど」


 のんびり話しているうちに朝食が届く。ロールパンにサラダ、大き目のソーセージがずっしり沈んだ熱々のコンソメソープ。シンプルだが、それがいい。ごくりと唾を呑んで、さっそく空きっ腹を満たしていく。


「……んぐ。ところで話は戻るんだけど、ウェイリッジは都市に大分近いよね。泊まるくらいなら、そのまま乗っていったほうが早くないかい?」


「ン。そりゃそうしたいのは山々だが、いったん燃料を積むのと休憩も挟むからさ。あんたが普段使ってただろう高級列車とはわけが違うんだよ。ほとんど毎日、それも休まず運行してんだから当然の権利だろ」


 それもそうか、とグレアはスープを飲み、フォークでソーセージを突き刺す。自分でも少し列車に揺られただけなのに疲れてしまったのだから、働いている人々はもっと疲労を重ねるはずだとすぐに気付かなかった。


 食事ひとつでさえ当たり前のように出来ない人間もいると聞いたことがあるのを思い出して、申し訳なさそうにソーセージをかじる。


「ではウェイリッジでひと晩かな」


「ついでに美味いモン食おうぜ」


「次はぜひ奢らせてくれたまえよ」


「おう、そりゃあ楽しみだな!」


 食事を終えて軽く談笑してから、いったん部屋に戻って荷物を持ち、代金を支払って宿を出る。寄り道をすることもなく駅へ向かい、列車に乗って適当な座席を見つけたら初日と同じくのんびり出発を待った。


 マリオンという新しい頼りになる旅仲間も加わり、初日の不安はもうどこにもない。窓から見える景色は、いつもより明るく感じた。


「あ、そうだ。忘れるところだったよ」


 グレアはおもむろに鞄を開き、ごそごそと何かを探す。興味深くマリオンが観察していると、しばらくして取り出された髑髏のネックレスを見た。


「……本当に大切に持ってたんだな?」


「結構大きいだろう。ウェイリッジでは人気らしい」


「ほお。で、わざわざなんでそんなもん──」


 ぽいっと投げられて、マリオンは片手で掴んだ。


「あげるよ、君のほうが似合うだろうからね。それとも信心深い人間だったりするのかな? だとしたら捨ててくれても構わないよ。私が身に着けることはないし、あげたものをどうするかは君の勝手だ」


 言われながらマリオンは自分の首に提げてみる。


「別に神様なんぞ信じちゃいねえよ。産まれてこの方、教会で祈ったこともない。目に見えないもんより、見えるもんを信じたい人間でな」


 ネックレスを見せびらかすようにして掴み、にかっと笑う。


「どうだ。あんたを信じてみたんだが、似合ってるか?」

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