第47話「支えてくれる人」
『もし本当に声が届いているのなら、きっとすごく驚いてると思うけど気にしないで。ソフィアは少しだけ魔法が使えるから。で、本題なんだけど、アタシから言えるのはひとつだけ。もしこれを読むのが新しい代理人なら──良い旅を。大変だと思うけど、そのぶん楽しいこともたくさんあるはずだよ。頑張ってね、応援してる』
優しく、穏やかで、だがはっきりとした強い陽射しのような声が自分たちの後継者に向けた言葉を贈った。それからすぐに、もうひとつの声が響く。
『何十年も先の相手に、声が残せているか不安だから、これはちょっとしたお試しみたいなものなんだけれど、上手くいっていたら嬉しいわ。後継者になる人なら、私の創った魔導書も受け取ったはずよね。ややこしい書き方ばかりで頭に入れるのも大変なはずよ。ごめんなさい、私にはそれが限界だったから』
不思議だった。まるで傍で話してくれているかのようで、その感情も溶け込んで伝わってくる。
『会話が出来ないのは残念だけれど、せめて伝えることはできるから聞いて。あなたはたぶん、ローズが認めるくらいだから、きっと優しい子ね。それはあの人が誰かを選ぶのに欠かせない要素らしいの。なにより大切なことだと思うけれど、でも、あなたにはその分だけたくさんの辛い出来事も起きるはずよ。大切な何かを失いそうになるときもある。それでも前を向いて。あなたが頑張った分、あなたを支えてくれる人たちもいる。もし長い旅になるのなら、誰か信頼出来る人に傍にいてもらいなさい。どんなときでもあなたを助けてくれて、あなたを味方してくれる、かけがえのない誰かを作るの。そうすれば、どんな困難も乗り越えられるから』
ひとつひとつの言葉が重たく伝わる。助言は彼女の経験だ。ソフィア・スケアクロウズの人生に起きた出来事の要約とも言えた。グレアは、黙って最後まで聞き届け、『心から応援しているわ』と言われて、泣きそうになるのを堪える。
ソフィアが優しく頭を撫でてくれたのを思い出し、久しぶりに会いたいな、と口にして俯く。もう二度と叶わないことだ。
宙に浮いていた文字の塊は、煙となってふわっと散った。
「おお……なんと懐かしい声か。若いな、ソフィア嬢もリズベット嬢も、当時を思い出してしまうよ。俺もあの頃は、憲兵隊を引き連れて町中を走ったものだ。治安を守り、民に平和を提供するのが、なによりの誇りだった」
ぎゅっと拳を握り締め、ふっ、と微笑む。
「こうしてまた関われたのを光栄に思うよ、グレア嬢、それからマリオン嬢。前途多難ではあるだろうが、俺も背中を押すくらいの応援はしよう」
「ありがとうございます、オルケスさん」
かつての熱意を胸の中に灯した老人は、さっきよりも勢いよく杖を突いて立ち上がり、意気に満ちた声で「ではもう行きたまえ、エドゥレには俺から説明しておく」とちいさく拳を作って掲げる。もう震えてはいなかった。
「ローズ殿のカラスが西門にいるのは俺も知ってる。あれはどうしてかモンストンを離れず、いつも暗くなると西門の城壁で何かを待つみたいにとまっているらしいから、会いに行ってみるといい」
促されるまま、箱はオルケスに預け、グレアは荊の腕輪を着けてからダルマーニャ邸を出ようとする。部屋を出て少し離れたところで立っていたエドゥレが「終わりましたか」と声を掛けるなり、オルケスが彼を呼びつけるので、困ったふうに頭をかきながら「すみません、話の続きはまた」と部屋に入っていくのを手を振って送り、自分たちも急ぐ。カラスが来て、誰もいないからと去ってしまわないように。
翌日に持ち越してしまうのはいやだったから。
「にしても、カラスに声を掛けろとはなあ……。オレの知らない世界にでも来たのかって、いよいよ感じてきちまうよ」
「まったくだね。流石に私もこんなことになるとは」
邸宅をあとにして西門を目指して歩く。これは現実か、それとも長い夢でも見ているのか。物語の一節に取り込まれた気分だった。
「あれ、今から宿へお帰りですか」
隣に停まった馬車から御者が顔を出す。シモネの弟だ。
「ああ、えっと……」
「自己紹介してませんでしたね。アロンです」
「アロンさん。今から西門へ行くところなんだ」
彼は、えっ、と驚いたが、すぐに荷台を指差して言った。
「せっかくだから送りますよ。どうぞ乗って、行きましょう」




