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気風の魔女─レディ・グレア─  作者: 智慧砂猫
第一部 レディ・グレアと始まりの旅

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第46話「こんにちは、未来の人」

「あっ、そいつはもしかして箱の鍵か?」


 オルケスがニヤッとして頷く。


「どうせエドゥレから開けるように言われたんだろう。なにしろ俺も、そう長くない。せいぜい良く出来ても一年か、二年か……。とにかくこれがなくては箱は開かない。欲しいのなら、ひとつ爺の頼みを聞いてはくれんかね」


 グレアは隣に座り、「私たちに出来ることがあるのなら」と答える。彼は大層満足のいった表情で「君は、ソフィア嬢の生き写しのようだな」と笑った。力ずくで奪い取れもするだろう。言いくるめるのも難しくないはずだ。だが、真剣に助けたいという気持ちを持った彼女の言葉に、ずいぶん昔の友人との思い出が蘇った。


「実を言うとな、箱の中身が何なのか俺も知らんのだ。この鍵以外では、ローズ殿しか開けられないらしい。ただ不思議な話なんだが、『いつかこれを必要とする者が現れる』と。それはおそらく君たちのことかもしれん」


 震える手で、鍵をグレアに託す。


「ここで開けてみてくれ。きっと、何か大事なものが入っているのだろうが、俺ではない誰かが必要とするものを、勝手に開けて確かめるなど無粋な真似はできんのでな。それでエドゥレにも絶対に開けさせたくなかったんだ、手間を取らせたね」


 マリオンも傍に屈み、彼の膝にぽんと手を置く。


「気にしすぎんなって。誰にだって曲げたくないもんはあるさ」


「フフ……がさつに見えるが、本当に優しい子だ」


「おっ、なんだ。がさつは余計じゃねえか、なあ?」


 口先を尖らせたマリオンを見て二人が笑った。


「では開けさせて頂きますね、オルケスさん。……よいしょっと」


 小さな箱は少し重い。鍵穴に挿しこんで捻ると、ガシャ、と音がする。ゆっくり蓋を開いてみたとき、中には腕輪が入っていた。荊を想起させるデザインで大きくはない。標準的なしっかりめの体格の男性が身に着けるには少し小さいくらいだ。


「おお、これは……ソフィア嬢がいつも身に着けていたものだ」


 懐かしんで、そっと取り上げたオルケスが、手で口を覆う。


「ソフィアさんが身に着けていた腕輪なんですか?」


「ああ。いつも腕に嵌めていたね。よく似合っていた」


「なあ、紙も二枚くらい入ってるぜ」


 マリオンが取り出したものは、折りたたまれた手紙だ。二通入っていて、ひとつは『これを必要とする誰か』に宛てられている。書いたのはローズだ。


『これを必要とする者へ。箱を開けたということは、オルケスはお前を認めたんだろう。これを手に入れたらモンストンの西門にいるカラスに声を掛けろ。〝時間が来た〟と伝えればいい。回りくどい方法だが我慢してくれ』


 意味は分からなかったが、ローズが無駄なことを言うはずもなく、指示に従えばいいのだろうと納得して、もう一枚の紙を開いてみる。そこには、グレアもよく見知った字で綴られた、優しい言葉があった。


『こんにちは、未来の人。誰が読むか分からないから、こう書くしかないのだけれど、ローズが認めていなければ鍵は回せないから、きっと良い人でしょう。多分、箱が開く頃には私は死んでいるわね。残念だわ、後任の姿が見られないなんて』


 たちあがって覗き込んだマリオンが「誰の手紙だ、これ?」と尋ねると、グレアは心からの嬉しさと寂しさの入り混じった感情で、ぽつりと言った。


「ソフィアさんの手紙だよ」


 小さい頃から字の書き方ひとつ丁寧に教えてくれる人だった、と振り返り、懐かしさにたまらず笑みが零れた。


『中に入っている腕輪は私が使っていたものよ。魔力を注げば、あなたを助けてくれる力になる。まあ、使う機会なんてないほうがいいものだけれど、ちょっとした護身用だと思ってちょうだい。きっと大変な思いもするでしょうけれど、頑張ってね。──ソフィア・スケアクロウズより』


 ローズが、そしてソフィアが、新しい魔女の代理人となる者が現れたときのために用意していたものだった。手紙の日付は何十年も前で、オルケスはそれを指差して「彼女が代理人をやめて孤児院の院長になった日だ」と言った。


 その下に、まだ文章が書かれている。『ちょっとしたおまけだけれど』と添えられているのは、ソフィア・スケアクロウズと、その相棒であったリズベット・コールドマンの名で、何かをつらつら書き込んであった。


 グレアは、それぞれの文字がぼやけて見えた。


「……あれ、なんだろう。マリオン、読める?」


「いや、オレにもよく分からん。ちょっと見せて──うわっ」


 マリオンが手紙に触れた瞬間、彼女の身に着けたネックレスからふわっと紫煙が舞い、ぼやけた文字がうっすらと輝いて、べりべりと音を立てながら剥がれて宙に浮く。神秘的な光景に誰もが口をぽかんと開ける。


 剥がれた文字がぐるぐる回り、今度はぎゅっと一つにかたまった。


『これ、本当に声、届いてるのかなあ。ちょっとふざけた文章書いてみよっかな? ヤッホー、リズベット・コールドマンです!』


 部屋の中に、どこからともなく明るい声が響いた。

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