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気風の魔女─レディ・グレア─  作者: 智慧砂猫
第一部 レディ・グレアと始まりの旅

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第39話「一番の笑顔」

────新たな決意を抱き、二人の旅立ちの日がやってくる。


 王都での活動は孤児院で子供たちの面倒を見るのに留め、観光はそれほどしなかった。そもそも、どちらにとっても足を運ぶことの多い、慣れ親しんだ場所でもある。ローズから連絡の来るまでの数日は、子供たちといっしょになってお菓子作りをしたり、ときどき散歩へ行ったりして過ごした。


 その穏やかな日々が終わりを迎え、依頼の手紙が届いたら、彼女たちは列車に乗って、新たな旅へと向かう。目的地はモンストンという、ウェイリッジにも似た情緒ある雰囲気の小さい町だ。城壁に囲まれているため、やや閉鎖的に感じられるが、門を守る憲兵団たちはよほどの事情がない限りは歓迎してくれる。


 依頼は、その町の領主であるダルマーニャ子爵家から届いたものだ。


「王都からはちょっと遠いね。列車でも数時間かな?」


「馬車を使うよりゃマシだ。つうか、いつ来るんだよ」


 駅に立ち、列車がやってくるのを待っていたが、中々来ないのでマリオンが退屈そうにベンチに腰掛けて空を見上げた。隣でグレアが受け取った魔導書をじっくり読みながら「あと少しじゃない?」と、一瞬だけ駅にある大きな時計に目をやった。


 予定の時刻はとっくに過ぎているので、いつ来てもおかしくない。遠くに汽笛の音が聞こえて、やっとかとマリオンが立ち上がった。


「ったく、遅すぎだぜ。どっかで燃料でも積んでたのか?」


「かもしれないね。ま、それも旅の醍醐味じゃないかな」


「そりゃそうなんだけど、久しぶりで楽しみでさあ」


「ふふ、気持ちはわかるとも。ほら、行こう」


 列車が止まり、荷物を持って乗り込む。降りる客のほうが多く、席は空いていて、グレアは陽当たりの良い窓側の席に座った。


「いやあ、ついに王都ともさよならか。ただ孤児院に挨拶に行くくらいの気持ちだったのに、なんだか大変なことになっちゃったな」


 魔導書の表紙を見つめて、ふうん、と息を吐く。


「私は自分が世間知らずだと自覚していたつもりだったけど、身の回りの人のことすら知らなかったなんて、なんだか除け者にされてたような気がしてしまうよ。……ただ、それを知った切っ掛けが呪いを受けたことだとは、実に恥ずかしい」


 未知の世界に一歩踏み入れた感覚は、まだ事実として捉えきれていない。しかし、自分が誤った踏み込み方をしたことだけは理解していて、顔が少しだけ熱くなる。できればもっと良い形であってほしかった、と。


「仕方ねえよ、まさかそんなヤバいもんだとは思わないっての。だけどよお、心配だよな。本当に解決策が見つかるかどうか」


 ローズは必ず見つけ出すと言ったが、これまでの魔女の歴史を振り返れば、彼女が言ったのは〝不可能を可能にする〟という無理難題への挑戦にも近い。もしグレアがこのまま不老不死で生きることになったら……。考えたくもなかった。


「今は信じるしかない。私には私の出来ることをやるだけだ。もし神様がいるのだとしたら、ただ甘んじて待つだけの私よりも、努力をしている私に手を差し伸べてくれるはずだから。君だってそう思うだろ」


「まあ、確かに? 泣き言は言ってらんねえよな」


 くよくよと後悔するのは、すべてが終わってから。そう決めて、とにかく前に進む。俯いて悩むくらいなら、気を強く努力を積み重ねていく。今のグレアは、それくらいまっすぐで、明るい表情を見せていた。


「ところで、その魔導書はどうだよ。覚えられそうか?」


「まあ程々に。全部を一度にとはいかないけど」


 ぱらぱらとページをめくりながら、難しい顔をする。


「しかし驚かされることばかりだ。魔法に関することだけでなく、挟まれていた小さなメモがあったんだけど……こっちにはソフィアさんが魔導書を独学で作ったと書かれている。ローズさんの魔導書を一度読んだだけで、ほとんど記憶していたところから創られた二冊目の魔導書らしい。さすが、魔女の血統を持つだけあって、私たちとは有能さが違う。長年にわたって代理人を務めた理由が分かるよ」


 再び魔導書を閉じ、そっと手を乗せて窓の外を見る。流れる景色。時間がそこにある不思議。かつて魔女が、そして魔女の代理人であった者が、今の自分と同じように旅をしていたのか、と。


「こうやって同じ空を見上げてたとき、みんなは何を想ってたんだろうね。緊張や不安とかあったのかな。それとも、期待だろうか。これから何が起きるのだろうって、おとぎ話の英雄譚を読んでいるときみたいに」


 トランクの中には、一冊の本が入っている。グレアが昔から好きだったおとぎ話。魔法使いの女性が、弟子と一緒に旅をして、やがて世界を救う物語。主人公たちが戦って、傷つき、時には心を痛め、頭を悩ませ、不安の中でもがきながらも立ち上がる姿は、かっこいいと思った。自分もそんなふうに気侭に旅をして、人の役に立って──。


 魔女の代理人とは、まさにそれと似ている気がした。


「さあな。少なくとも、今のお前は、めちゃくちゃ楽しそうだ」


 遠くを眺めるグレアは、今までで一番の笑顔だった。

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