第38話「良い自慢に」
魔女の代理人であったソフィア・スケアクロウズが所有していた魔導書は、彼女自身の手で書かれたものだ。ローズの魔導書を中心に、ほぼ独学で開拓された、第二の魔導書。幸い、こちらには不老不死の呪いなどは掛かっていないと言われて、二人ともホッと胸をなでおろす。
ローズが言うように呪いを解く手段はあるとしても、彼女たちは魔女ではないので実行には移せないし、まんがいちにも誰かが開いてしまったら責任など持てるわけがない。危険な代物を持ち歩くのは正気では無理だ。
「……ソフィアさんが第二の魔導書を創ったのって、なんでなの? 私たちのようにネックレスを身に着けていたのが理由だったり?」
シルヴィはゆっくり首を横に振った。
「いいえ。そもそもソフィア様もリズベット様も、魔女とは親戚にあたる家系なのです。特に魔女の血筋を色濃く受け継いでいたのがソフィア様で、彼女は最初から魔法を扱える才能があったそうですよ。これは、私どもと出会うよりもずっと、ずっと前に書かれた、とても古い魔導書だとか」
とはいえソフィアが受け継いでいたという魔力も大したものではなく、扱える魔法にも限度があったため、ローズが二人に薔薇飾りのネックレスを贈った。本来の魔女の持つ力を宿すネックレスは、何度も二人の窮地を救ったという。
「魔女の代理人ともなれば、利用しようとする人間や、貶めようとする者も多くあらわれるようになります。もともと公爵令嬢でいらっしゃるグレアお嬢様は、そういった方々への嗅覚も鋭いでしょうけれど、くれぐれも無理はなさらないようにしてくださいね。もちろん、マリオンお嬢様もですよ」
注意を胸に留めて、グレアは魔導書を手に取る。
「うん……つまり、これを私たちが持ち歩いておけばいいんだね。しっかり読んでおかないと駄目っぽいというか、何が書いてあるのか分かんないな。理論の構築、魔法の扱い方までさらりとメモされてるみたいだからじっくり頭に入れなきゃ」
横から覗き込むマリオンもぎゅっと眉間にしわが寄った。
「これ、よく書けたな。魔女の魔導書もこんな感じだったのか?」
「よく覚えてないや。なんか焦っちゃって」
あの全身が毛羽立つようなぞわっとする感覚は、二度と味わいたくない。思い出せば小さく身がぶるっと震えた。
「もうお仕事は任されたんですか?」
「ううん、まだだよ。もう少し先だってさ」
グレアが思い出しように本を置いて箱を差し出す。
「それで、依頼が来たら、私たちも孤児院には、またしばらく顔を出したりできないだろうし、せっかくだからケーキを貰って来たんだ。『フクロウの止まり木』っていう宿でね。ソフィアさんたちがよく食べてたって聞いて」
シルヴィが「あぁ、あの方の」と手を叩く。ソフィアが好きだったもので、彼女が足を運べないときは代わりに何度か買いに行ったことがある、と懐かしそうに箱の中に入っているクリームの少な目なショートケーキを見て言った。
「あの方はケーキが大好きで、王都にいるときはよく色んなお店を巡っていらっしゃったんです。でも、いちばんのお気に入りが、このケーキだったんですよ。生きていらっしゃったら、きっとお喜びになったでしょうね」
ぱたんと箱を閉じ、席を立つ。子供たちに振舞う準備をしなくてはと二人に食堂で待つように言って、先に部屋を出て行った。
「……ソフィアさんねえ。オレも一回会ってみたかったな」
「私も、久しぶりに会いたくなったよ」
しんみりとした空気が流れる。グレアは何度も世話になっているので、余計にこみあげてくるものがあった。
「知らなかったなあ。あの人が魔女の代理人どころか、そもそも親戚だったなんて。いつもしてくれてた旅の話も、代理人として各地を巡ってたときのことだったんだろう。私たちも、歳を取ったら同じふうに話をするのかな」
どかっとソファにもたれてマリオンは天井を仰ぎながらクッと笑った。そういえば、父親もよくそうやって昔話をしていたなあ、と思い出して。
「人間ってなぁ、歳を取っちまえば、『これからの経験』よりも『これまでの経験』のほうが多くなっちまうもんなのかもしれねえなぁ。オレたちも魔女の代理人をやってた、なんて、良い自慢になりそうだ」
立ち上がってグレアが大きくのびをする。
「ん~。たしかに、そんな未来もいいねえ。そのためには、とりあえず呪いを解く方法を見つけてもらう代わりに、しっかり仕事しなきゃね」




