第34話「情報源」
既にグレアが王城に来たことは知れ渡っており、魔女が許した人物ならば問題はないだろう、と副隊長のディルウィンが判断して連れて行くことになった。個人的にも魔女との親交が深いため、届け物の際は必ず彼が向かうことになっている。
「グレア・レンヒルトです。よろしくお願いします」
軽い握手を交わし、ディルウィンは顔を明るくした。
「あのレンヒルト公爵家のご息女とお会いできるとは意外だ。帝国の方にも王都へ足を運んでいただけるのは嬉しい限りです」
「ハハ……この国が好きなんですね」
どんっ、と胸を張ってディルウィンは力強く頷く。
「もちろんです、この国を誇りに思わない者はいないでしょう」
自国への信頼と平和をこよなく愛するヴェルディブルグの人間であれば、多くが彼と同じ答えをするだろう。それはマリオンも同じだ。他の貴族に対しての不信感や嫌悪感を抱くことはあっても、国そのものは嫌いではない。
「さあ、話は歩きながらでも。魔女様は、今日はそれほど遠くない宿にいらっしゃいますから、馬車は用意してないので少し面倒かもしれませんが……」
「大丈夫、オレたちも歩くのは好きだ。賑わいもあるしな」
寂しさあふれる路地裏を歩くわけでもない。ただ歩いているだけでも見るものは多い。観光のついでにもなると言うとディルウィンはニコニコと満足げな顔で魔導書を小脇に抱え、「それでは参りましょう」と先頭を歩く。
足取りは軽やかだが、あまり急ぎ過ぎないよう二人に歩幅を合わせて進む気遣いに、グレアはよく出来た人だ、と感じた。
「この国では女王や大貴族の方々は実に高い支持を受けていて、私はバーナム家を強く支持しているんです。前当主様であるディルウェン・バーナム様はとても人当たりがよく気遣いが出来て、心優しい人物だと言われています。だから私の名も、ディルウェン様に少しでも近い人間に育つように、とディルウィンと名付けられたのです」
自慢げにしてから「あ、すみません。少々私的な話が過ぎました」と頬を掻き、照れ隠しに前を向いて話を続ける。
「現当主様のテルフィ様も、前当主様と同じで、国民からの支持も強く、魔女様との繋がりもあると言われています。少し前までは魔女の代理人様とも仲が大変よろしくて……つまり、何が言いたいかといいますと、私としては挨拶に伺ってみるのをオススメしたいのです。我々も魔女様の動向を常に把握しているわけではないので、今回のように急を要するのなら他の情報源も必要でしょう?」
ありがたい提案だったが、二人は驚いて顔を見合わせる。
「いいのかよ、そんな話をオレたちにしても」
「迷惑じゃない? 何か困ったことがあったら」
ディルウィンは何を気にするふうでもない。二人に心配されて風の吹いたような爽やかな笑いで返した。
「テルフィ様は寛大な方ですとも。お会いになれば分かります。御父上とそっくりで、いつも邸宅に引きこもって絵を描いてらっしゃいますから、ご在宅でないほうが少ないかと。そのくせ寂しがりな方でもあるので、きっと喜びますよ」
バーナム家の話は、グレアもマリオンも耳にしたことはある。親子そろっての変わり者で、人付き合いも少ないわりには支持者が非常に多く、会った人々からも『彼らほどの貴族はそういない』と身分問わずに言わせるほどだ。
他の貴族と関わりたがらなかったグレアは特に親近感を覚えた。
「では、魔女様にお会いしたあとで尋ねさせてもらおうか。せっかくだし、良い友人になれたら……マリオンもそう思うよね?」
「いいんじゃねえか? オレもどんな奴か気になるしな」
魔女が定住地を持たない以上、行き先を知る者とは一人でも多く顔を合わせておきたい。用が済んだら会いに行こう、と提案に乗った。
それからほどなくやってきた小さな宿の前で彼は足を止める。
「ここは『フクロウの止まり木』という宿です。宿泊客もほとんどいない小さな安宿なんですが、かえって目立たないので魔女様にとっては都合が良いんだとか。さ、行きましょう。観光に出てなければいらっしゃるかと」
くたびれた雰囲気の木造の扉が、ぎい、と音を立てる。コーヒーの味わい深い香りと共に、物静かなひと声が彼女たちを出迎えた。
「待っていたぞ、グレア・レンヒルト。こっちへ来なさい」
小さなテーブルに温かいコーヒーが三つ。椅子に座ったローズが小さく振り返り、そう言った途端に部屋の中は緊張感で満ちる。
「ひとまず座ってくれ。お前たちとゆっくり話がしたい」




