第26話「繋がり」
父親に考えていることを見透かされ、恥ずかしさが湧いた。近くにクッションでもあれば顔をうずめていただろう。自分の浅はかさに呆れて、頭をがりがり掻く。小馬鹿にされた気分ではあるが、そこには紛れもない善意があったから。
「泊まっていくなら、以前までソフィア様が使っていらした部屋がありますよ。ちょうど掃除も済ませたところでしたから」
「ソフィアさんの部屋を? いいのかい、使っても」
シルヴィはニコニコして頷く。
「もちろん。使わないより使ってもらったほうがきっとお喜びになるでしょうし、孫のように可愛がってらっしゃったグレアお嬢様が使うのなら私も大歓迎です」
グレアは、シルヴィにとっても大切な我が子と変わりない。嫁いでしまった娘とも長らく会えていないので、彼女が尋ねてきてくれたことが嬉しくて仕方がなかった。その想いは、友人であるマリオンにも同じように向けられる。
「ソフィア様の部屋は、二人部屋なんです。マリオンお嬢様も、グレアお嬢様と同じ部屋に泊まられるでしょう? 料理も用意しないとですね」
「ハハ、オレも歓迎してくれるんだ、シルヴィさん?」
孤児院には縁がなく、ただグレアと友人であるというだけで手厚くもてなされるのに、深いありがたさを感じる。シルヴィは「当然です」と胸に手を当てた。
「マリオンお嬢様も、ここにいらしてくれただけで立派な支援者。いえ、家族同然と言ってもいいくらいです。そういう扱いは苦手ですか?」
「いやあ、そんな。ただ、お嬢様って柄じゃあないけどな」
照れくささに頬を掻く。お嬢様と呼ばれるのは、いったいどれくらいぶりなのか。あまりにも久しいので、どうにも落ち着かなかった。
「ふふ。そうですか? マリオンお嬢様と言えばウィンター伯爵様のご息女ではありませんか。よくここへ旦那様がいらっしゃっては自慢をされていましたから、よく覚えていますよ。とても気が強くて優しい子だと仰っていました」
マリオンの父親はリヴェール孤児院の支援者のひとりだった。収入の多くを孤児院の子供たちが未来で活躍できる社会をと寄付してきたが、その後に届いた訃報にはシルヴィもたいそう驚かされた。定期的にやって来ては子供たちにたくさんのお菓子なども届け、そのたびに『うちにも可愛い娘がいるんだ』と自慢話をして帰るのが、いつもの風景だったと懐かしむ。
「もうお会いできないのは残念ですけど、こうしてみると、マリオンお嬢様は、あのお美しい旦那様にそっくりですね。背丈は少しお嬢様のほうが大きく感じます。ふふ、本当に瓜二つで、正直とても感動してるんですよ」
面影の強く残る娘のマリオンを見て、シルヴィはかつての家族に会えたような気がした。血筋とはこうして受け継がれていくものなのだろう、と。
「そうか、親父は……ときどき王都に出かけてるのは知ってたが、仕事のことはあんまり家族に話さない人だったんだ。まさか行先が孤児院だったなんて」
もともとウィンター家は伯爵位を持っているので、当然と言えば当然だ。ヴェルディブルグでもそれなりには名の知れた人物だったし、マリオン自身も誇りに思っていた。息子はおらず、一人娘だった彼女は大切に育てられ、連れ回されたりはせず、いつかは嫁いでいくだろうと温室の花のように扱われた。
だから孤児院のことは知らなかったし、当然、彼女もまたウィンターの名に恥じぬよう生きていこうと、必要以上の環境を望まなかった。今となっては、それも過去のこと。ウィンター家を知る者はいても、マリオンという娘を知る者はあまりいない。
「まさか初めて来た場所にオレを知ってる人がいるなんてなあ」
「出会うべくして出会った、って感じがするねえ」
「案外、オレたちの親も顔くらいは合わせてたりして?」
二人がそんなふうに言って笑うと、シルヴィはうなずいた。
「ええ、ここに来たとき、二度くらいは会っていると思いますよ。ただ、どちらも娘自慢がすぎて、ちょっぴり仲はよろしくありませんでしたが」
途端に笑顔が引きつってしまう。両者共々、自分の親が言い争っている姿を想像して、なんとも呆れてしまった。
「オレたちは仲がいいってのにな……」
「とんでもない親馬鹿もいたものだね……」
あまり会わなくて良かった、と二人して安堵の息を吐く。
「ま、親は親だよな。オレたちがこうして仲良くなれたんなら、別に気にすることじゃねえのかも」
「ああ。できれば仲良くあってほしかったけど」
ソファから立ち上がって、グレアは大きくのびをした。
「んん~っ……。さて、ゆっくり話すのも程々にして、部屋に案内してもらってもいいかな。荷物を置いたら、ちょっと買い物に行きたいんだ」
 




