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気風の魔女─レディ・グレア─  作者: 智慧砂猫
第一部 レディ・グレアと始まりの旅
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第25話「我が子を想って」

 マリオンは世の中のことにいささか疎い。商売に明け暮れていた父親から、それらしい話を聞かせてもらったことはないし、母親も彼女への興味が薄く、可愛がってもらった記憶もない。いつだって耳にしたのは面白くもない事業の話か、好きでもない相手との縁談のどちらかだ。世の中に魔女がいることは知っていても、魔女に代理人がいることまでは知らなかった。


「魔女の代理人というのは、つまり、魔女様の仕事を代行できる人間──ソフィア様は、もうひとりの魔女(・・・・・・・・)とも呼ばれておりました」


 マリオンの視線がグレアに向けられた。


「お前は知ってたのか?」


 まさか今まで黙っていたのか、と思ったのだが、グレアも意外そうに口もとに手を当てて考え込むような表情を見せる。


「……いや、初耳だ。私もよく可愛がってもらったんだけどね」


 ソフィア・スケアクロウズとの関係は良好だった。孫のように可愛がってもらい、いつだって楽しい旅の話を聞かせてもらったが、彼女が魔女の代理人であったと聞いたことはない。ましてや、わざわざそれを他人に尋ねて知ろうとするまでには至らなかった。だからグレアも、マリオンと同じか、それ以上に驚いた。


「シルヴィおばさん、じゃあ、今は魔女との関係は?」


「魔女様に何か御用なのですか?」


「う~ん。まあ私というか、マリオンが」


「そうですねえ、あの御方はとても気まぐれだから……」


 魔女は数日で町を去ることもあれば、数カ月はのんびり過ごしていることもある。とにかく自由で誰にも縛られず、ただ必要以上に誰かと関わるのは嫌った。会おうと思って会えるのは限られた人間だけだとシルヴィは話した。


「ヴェルディブルグ王家とは深い繋がりがあるそうですよ。グレアお嬢様でしたらお会いになられるのではありませんか? レンヒルト公爵家は帝国の貴族といえど、慈善活動にも精力的ですから顔を合わせたこともあるでしょう」


 うーん、と歩きながらグレアは首を捻った。


「何度かは……。でもお父様はいつも『遠い土地は疲れるから』って、お母様や弟と一緒に行くようになってね。厳しい方だけど、そういう気遣いはしてくれたから、私も甘えて帝都で過ごしていたんだよ。まいったな、勿体ないことをした」


 もっと積極的に関わっていれば情報も得られたかもしれないとがっかりする。同時にマリオンに申し訳なく感じた。もしかしたら、今頃は魔女に会う手段などとっくに持っていて、彼女を会わせてあげられたかも、と。


「まあいいじゃねえか。時間も金もあるんだし、ゆっくり探せば」


「君は優しいねえ……。あ、それはそうと、だ」


 応接室までやってきて、部屋に入る前にグレアが手紙をシルヴィに渡す。


「お父様から手紙を預かっていたのを忘れてたよ」


「あらまあ、旦那様から。開けても良いですか?」


「うん。できればすぐに開けてほしいくらいだ」


 魔女のことはさておき、今の最優先事項は王都でしばらく泊まれる場所を確保することだ。手紙の内容も気になっていたので丁度良い、と切り出してみると、シルヴィはすぐに封筒を開けて目を通す。


「あらあら、まあまあ。そうなの?」


 シルヴィが手紙とグレアを交互に見て目を丸くする。


「とりあえず部屋に入って、そこで話しましょう」


「中に何か大事なことでも?」


「ええ。でも、立ったままじゃあ疲れてしまうわ」


「あ……そうだね、ごめん。ありがとう」


 応接室へ入って椅子に座り、ひと息ついてからシルヴィは手紙をテーブルの上に広げる。二枚ある便せんは、どちらもびっしりと文字が詰まっていた。


「旦那様は相変わらずお優しいですね」


 シルヴィがニコニコしているので、グレアは不思議そうに字の詰まった手紙を取って目を滑らせる。


『まず、これはきっとグレアも目を通すのだろうが』


 そんな一文に眉をひそめる。


『娘はレンヒルト公爵家を出て、旅をするそうだ。私としては嫁いでくれることを願ったが、どうせ我が娘のことだ、言っても聞かないだろうとは想像がついている。律儀な性格だが、回りくどいところもある。何かを頼まれたら快く受けてやってほしい。追伸、これは馬鹿な娘宛だが、くれぐれも病に伏すことのないように』


 むっ、と口先を尖らせるグレアを、マリオンが「よく分かってんじゃねえか」と肘で小突く。


「……ふん。出ていくときは、二度と顔を見せるな、なんて言ってたくせに」


「それは違いますよ、グレアお嬢様」


 シルヴィはくすくすと可笑しそうにしながら。


「本来、親というのは子供を想い行動するものです。貴族社会の常など私にはわかりませんが、少なくとも旦那様はそういう方ですよ。皇太子殿下との婚約破棄を本人がどう思っていようと、周囲からの視線は良いものではないはずです。帝都を歩けば、指をさされて辛い思いをするのはお嬢様でしょう? だから遠ざけて、そんな気持ちを味わうことのないようにしたかったんだと思います」


 手紙を掴む手に力が籠った。


「……本当に、なんて嫌な性格なんだ」


 はあ、と大きなため息が漏れる。


「何か土産でも買って送ってあげないとな」

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